第40話 いつかのトラウマを思い出す
獣人の子たちとカムイは、何も言わずに俺の背中を追ってきていた。
俺が「昔馴染」と口にしたからか、表情は様々だ。面白そうに笑っている者、不安そうに耳を伏せる者、そして――覚悟を決めたように前だけを見る者。
アリスだけは少し違った。
彼女は周囲よりも、俺を見ていた。
以前【心理掌握】の影響で俺の考えを覗いていたせいか、その瞳には心配の色がある。それでも、立ち止まることはしない。
......信じてる、って顔だな。
「これから会いに行く奴は本当に昔馴染だ」
俺はわざと軽い調子で言った。
「ただ、――苦しめられたって点でな!」
一瞬、周囲の空気が張り詰めた。
獣人たちの呼吸が浅くなり、木々のざわめきすら止んだように感じる。
......が。少し気になることがある。
俺は歩きながら違和感を噛みしめていた。
俺、前倒したよな?
森をさらに進むにつれて、空気は目に見えて変質していった。
肌に貼りつくような冷気。
木の葉に霜が張り、地面が音もなく軋む。
――いる。
その確信と同時に、カムイが小さく息を呑んだ。
「師匠……最初の一撃、もらってもいいですか?」
俺は一瞬だけ視線を向ける。
「ああ。ただし、その後は獣人の子たち優先だ。
カムイ、お前はサポートの立ち回りも学習しろ」
「はい、師匠!」
元気な返事だが……正直に言えば、俺自身サポートなんてしたことがない。
というか、できない。
全部力技で解決してきた男だ。よく言えるよな、俺。
その時だった。
ゾワッ――と、背筋を這う感覚。
「っ……!」
反射的に振り向いた瞬間、複数の氷柱が空を裂いて飛来してきた。
殺意が、露骨だ。
だが――
「【浸食】」
そう言うと同時に、カムイが踏み込む。
氷柱は彼に触れる前に、まるで“意味を失った”かのように崩れ落ちた。
分解。完全な分解だ。
(……このスキル、やっぱりおかしい)
俺は、奥に潜む"主"の気配を捉えた。
「はっ……おでましか?」
だが、そこで違和感が膨らむ。
――小さい。
記憶よりも、気配が明らかに弱い。
念のため鑑定を使った。
【脅威級】白雪の宿主 銀狼
「……は?」
災害級じゃ、ない。
下がっとる……!
あの銀狼だぞ?
(輪廻転生......?知らんけど)
理由は分からないが、危険度だけ見ればこの人数なら勝てる。
俺は即座に判断を下した。
「カムイ。お前が喰らっていいのは、俺に飛んでくる攻撃だけだ。分かったな?」
「はい、師匠!」
その合図を皮切りに、獣人たちが一斉に動く。
【獣化・狼】
【獣化・狐】
【獣化・獅子】
【獣化・熊】
【獣化・鳥】
咆哮、羽音、地響き。
まさに圧巻だった。
数多の種類の獣が続々とスキルを発動していく。
(……すげぇな)
素直にそう思った。
獣対獣。血生臭い長期戦になるかと思えば――
終わるのは、一瞬だった。
人数差。経験差。
それだけで十分すぎる結果だ。
「……っ」
倒れ伏す銀狼を見て、俺は一歩近づいた。
(やっぱりだ)
あの時、確かに感じた"何か"が、今はない。
【昇華】が、無い。
やはり、あのスキルは――
自分で掴み取るか、何かを代償にするか、その二択。
俺は軽く息を吐いた。
「よし。じゃあ次だ」
長期戦になるかと思いきや、余裕ができた。
その後は、そこら辺にいる脅威級を手当たり次第、サンドバッグにした。
獣人たちは疲労よりも興奮が勝っている。
そして、俺が一番安心したのは――
(理性、残ってるな)
獣化には、理性を呑み込むイメージがあった。
だが、誰一人、自我を失っていない。
この世界はそういう仕組みなのかな......?
(いつか……)
今は集団での戦闘だが、
いつかは――たった一人で、伝説級と立ち向かってほしい。
そんな未来を、自然と思い描いていた。
「……まあ」
俺は肩を回す。
「俺も鍛えなきゃな。特に、身体能力」
魔法だけじゃ足りない。
あの日のトラウマは、まだ完全には消えていないから。
だから――
俺は、前へ進む。




