第34話 厄介はどこにでも潜んでいる
下南と出会って、数日が経った。
今更だが、こいつに一つ聞いておくべきことがある。
《ここ数日で分かっていると思うが、俺の生業は暗殺だ。お前が俺の駒として動く以上、それなりに仕事を覚えてもらう》
下南は肩をすくめながら、面倒くさそうに笑った。
『いいさ。好きにしてくれ』
そいつの目には恐れも迷いもなかった。
どこか、昔の俺に似ている――そんな気がした。
俺と下南が街を歩いていたのは、昼下がりのことだった。
市場の通りがやけに騒がしい。
何やら、ギルドの方で揉め事が起きているらしい。
(平和な日を送らせてもらいたいものだな......)
俺は軽くため息をつきながら、近くにいた商人へと声をかけた。
《何かあったのか?》
『ああ、新生ギルドの連中が暴れているみたいでな。中心に女がいるだろ?確か"燭艶"とかいうパーティの団長らしい』
ロリアンテ――聞き覚えのない名だ。
だが、商人が言葉を続ける前に、俺の中で何かが引っかかった。
その名の中心にいる女の名前を聞いた瞬間、頭が真っ白になった。
――シノ・クスノキ。
(......クスノキ、だと?あいつ、頭良かったはずだが。なぜ、ここに?)
俺の胸に、現実離れした違和感が走る。
同じ世界の人間、それも"楠"の名を持つ女。
隣で下南が顔をしかめた。
『うげ、楠じゃん。なんでここにいんの。自己中すぎて抜け出してきたんかな』
(下南がこう言ってるってことは......やっぱり、あいつは頭いいのか)
心の中で舌打ちをする。どう考えても面倒なことになりそうだ。
周囲がざわつき、歓声が上がる。
「「「「「茨姫!茨姫!茨姫!」」」」」
群衆の中で女が片手を上げ、誇らしげに微笑んでいた。
――茨姫、ねぇ。
「姫と言うにはブスすぎる」
思わず口から漏れたその一言が、致命的だった。
瞬間、茨姫もとい楠しのの視線がこちらを射抜いた。
(地獄耳かよ!!自分の評価のときだけこっち見んな!!)
彼女の瞳が一瞬で細められ、
そのあと、俺の隣に立つ下南を見つけてニヤリと笑った。
『――あれ、下南じゃん!こっち来てよ!隣の黒い人も連れてきていいから!』
声がやけに通る。周囲の視線がこちらへ集まった。
下南は露骨に嫌そうな顔をした。
そりゃそうだ。楠は学年でもトップレベルで嫌われている。
自己中心的で、他人を見下し、何より"正論"で人を殺すタイプだった。
だが、ここで無視するのも面倒だ。
俺が軽く顎を動かすと、下南は観念したように足を向けた。
燭艶のメンバーは女ばかりで、妙な香水の匂いが鼻を突いた。
場違い感がすごい。俺は無言で立っているだけにした。
楠は、軽く笑いながら俺たちを見下ろすように言った。
『下南はここで何してるの?こんな変質者みたいな人とさ』
(失礼なやつだ)
「お前こそ、王都じゃなくてなんでここにいる?」
『んな窮屈な場所、二年もいられないわ。無理やりにでも抜け出してきたの』
「......あぁ。お前みたいな人間は、この掃き溜めみたいな街が似合ってるよ」
『は?このっ......!』と彼女の声が荒くなったが、すぐに何かを飲み込んだかのように肩を落とし、息を整えた。
『......いや、私、落ち着いて。こんな弱者に怒る必要も無いわ』
"弱者"という言葉に下南の眉がピクリと動く。
俺は面倒ごとを避けるため、黙ってその場を眺めていた。
『まぁいいわ。ねぇ、変質者さん。あなたの名前を教えてちょうだい?』
《......黒煙だ》
『ふーん』
その目は、ただの興味ではなかった。
黒煙を見ているのか?それとも水谷悠真を見透かしているのか。
そのどちらとも分からないような視線だった。
『ねぇ、いきなりだけど私と依頼を受注しない?あなたに光るものを感じるの』
(ほんといきなりだな......)
だが、ここは乗っておくべきだろう。
彼女の実力を測るにはいい機会だ。
《......あぁ、構わん》
『そ!じゃあ今すぐ行こ!あ、下南もついてきていいよ』
下南は明らかに嫌そうな顔をしていたが、俺は静かに頷くと、しぶしぶ後を追った。
さっき、俺は楠の案に乗ったが他に理由がある。
実力も知りたいのはそうだが、コイツに【鑑定】が効かない。
おそらく、俺よりも圧倒的に強い。
――この女、いや、勇者組の実力。しかと目に焼き付けてやる。




