第10話 いきなりデカいヤツが来たんだが
隣国――ユリウス=エーリアへ向かうには、徒歩でおよそ1週間かかるらしい。交通手段を使うのが一般的だそうだが、俺はあえて徒歩を選んだ。
自分の足で景色を感じながら進む方が、旅の醍醐味ってやつだろ?
門を抜けると、すぐにルグド森林が見えてきた。実はこの森、一部が「禁域」として封じられた危険地帯になってるらしい。禁域て......わくわくしないわけがない
出発の前にギルド受付嬢のエレナさんに、その「禁域」について尋ねたときのことを思い出す。
『禁域――その名をアゲハ。数十年前、突如として発生した魔力の暴走が一帯を覆い尽くしました。
魔物は凶暴化し、格上の存在へと変質。多くの命が失われたのです。ですが、大賢者――グーラ様が結界を張り、封印してくださったことで、外部への被害は抑えられています。......けれど、足を踏み入れてはいけません』
俺がそのアゲハの場所を知りたいと願ったとき、エレナさんは明らかに顔を曇らせた。だが、俺のしつこさに根負けしたのか、ぽつりと本質を語ってくれた。
『ルグド森林とは、"禁域アゲハ"そのものでもあるのです。ですが、民の記憶や認識から「禁域」は抹消され、あの森はただの"森"として存在しています。知らなければ、平和な空間。けれど――知ってしまった者には、現実が牙を剥く』
まるで、異なるレイヤーの世界が重なっているような話だった。
ルグド森林の外見はそのままに、認識によって性質が変わる。危険な真実に触れる者だけが"禁域"に迷い込むというわけか。
俺は、知ってしまった。
ならば、行くしかない。俺はもっと強くならなきゃいけないんだ。
「――禁域、アゲハに入るぞ」
その言葉と共に、一歩を踏み出す。
景色は同じはずなのに、空気が違った。張り詰めた魔力。木々のざわめき。まるで森全体がこちらを見ているようだった。
「......こっわ。こんな異様な雰囲気、普通のやつなら即失神もんだな」
俺は地面に手をつき、周囲の気配を探る。
3ヶ月のサバイバルは伊達じゃない。水の気配、動物の痕跡、風の流れ.......自然との対話に少しずつ慣れてきた。
「とりあえず、水を確保しねぇと話にならねぇ」
気配察知を頼りに、森の奥へと足を運ぶ。
やがて、小さな清流を見つけた。両手で水を掬い、喉を潤す。衛生なんて考えてない。
くあ~、自然の水ってやっぱうまいな......!
そのときだった。空気が、重くなる。
ただでさえ濃密な魔力が、ひときわ激しく脈動を始めた。
「......なんか、来る――!」
即座に【気配遮断】を発動し、茂みに身を潜める。
そして、目の前の獣道を巨大な影が通り抜けた。
「......おーし、鑑定、鑑定......って、は?」
【災害級】白雪の宿主 銀狼
「......は?」
思考が追い付かない。
"災害級"――その単語が、脳内で何度も反響した。
これは......やばい。絶対に勝てない。見つかった瞬間、狩られる。
冷や汗が背中を伝う。
何も音を立てるな。動くな。息も――止めろ。
今の俺じゃ、あれを前にして戦えるわけがない。
けれど......同時に、心の奥に湧き上がる感情もあった。
――強く、なりたい
――あんな存在すら、越えてみせたい
震える指先を抑えながら、俺はその銀狼の背を見送った。
(......くそ、強くならなきゃ話になんねぇ)
王立魔法学園?成績ランキング?
そんな枠組みじゃ語れない"現実"が、ここにはある。
だが、そういう世界でこそ――
俺は、生きる意味を見つけられる気がするんだ。
「行くぜ。次は――喰らわれる側じゃなく、喰らう側になるためにな」




