処刑された令嬢、隣国の王妃として蘇る
断頭台の上に立つ。冷たい風が頬を打ち、周囲から囁きや嘲笑が聞こえてくる。
「婚約者を呪った罪で、イレーネ・フォン・エルバンに死を!」
婚約者であった王子が、まるで虫けらでも見るかのように私を見下ろしている。
違う。私は何もしていない。だが、証拠は捏造され、私は『嫉妬に狂った魔女』として裁かれた。
家族はすでに粛清され、私はただ一人、断罪される。
鋭く振り下ろされる刃――そして、意識が途切れた。
しかし。
目を覚ましたとき、私は見知らぬ天蓋付きの寝台の上にいた。
⸻
「……生きている?」
驚いて起き上がると、そばにいた侍女が目を見開いた。
「アストリッド様! 目が覚めたのですね!」
アストリッド? 私の名前はイレーネのはず――。
鏡を覗き込むと、そこには私とよく似た……けれど微妙に異なる顔が映っていた。
すると、扉が勢いよく開かれ、一人の男性が入ってきた。
漆黒の髪、鋭い黄金の瞳――威圧的な雰囲気をまとった男。
「アストリッド……いや、本当に生きているのか?」
低く震える声。
だが私は知っている。この男は隣国ヴェルクレストの王、クラウス・フォン・ヴェルクレスト。
戦場では冷酷無比と恐れられる、隣国の暴君。
そして、彼の亡き王妃の名こそ『アストリッド』だった。
彼の目が私をとらえた瞬間、彼はゆっくりと口を開いた。
「――お前を、私の妃として迎える」
その言葉を聞いたとき、私の心はざわめいた。
――これは、復讐の始まりだ。
⸻
私は王妃アストリッドとして、クラウスの隣に座ることとなった。
初めは戸惑ったが、次第にわかってきたことがある。
アストリッドはかつてこの国の王妃だったが、病で急逝したとされていた。
しかし、クラウスの態度を見るに、彼は彼女の死を信じていないようだった。
「アストリッド、なぜ戻ってきた?」
その問いに、私は答えられなかった。
だが、私は確信していた。
――私はイレーネとして殺された。ならば、私の魂がこの身体に宿ったのは、復讐のためではないのか?
⸻
やがて、隣国エルバン王国は使者を送ってきた。
その代表として現れたのは、かつての婚約者――エルバン王国の第一王子、エドワードだった。
「君は……?」
彼の顔色が変わる。私は気づかぬふりをして、優雅に微笑んだ。
「初めまして、エルバン王国の王子様。私はヴェルクレスト王妃、アストリッド・フォン・ヴェルクレストです」
エドワードの顔が青ざめる。
「……いや、そんなはずはない。君は、イレーネ……?」
「イレーネ? どなたのことかしら」
私はとぼけた。
だが、クラウスは私の手を握りしめ、低く囁いた。
「……お前、やはりアストリッドではないな」
――クラウスは気づいていた。
⸻
私はクラウスにすべてを話した。
イレーネ・フォン・エルバンとして生き、無実の罪で処刑されたこと。
目覚めたときにはアストリッドとして生きていたこと。
すると、クラウスは静かに目を閉じた後、にやりと笑った。
「ならば、お前は俺の妃として――エルバン王国を滅ぼすために、共に生きろ」
彼の瞳に宿る炎に、私は戦慄した。
けれど、私の中にも同じ炎が燃えていることに気づいた。
「ええ、共に」
――これは、私たちの復讐の物語。
そして、愛の物語の始まりでもあった。
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