エピソード4
エピソード3の続きです。
トエルが操作してくれている小型4輪車両に乗り、自身のリビングルーム前に戻ってきたファス。
「送ってくれて、ありがとう。 トエル。」
ファスは降車後、無人の車内に向かってにこやかに告げた。
「次戦も頑張ってください!」
一方、トエルの弾んだ声が、服にある肩スピーカーから聞こえてくる。
「あはは・・・。 次戦の事は、わからないや・・・。 サンゴから、今後の話を聞かないと・・・。」
と、トエルの話を聞いたファスは、話を濁すように答えた。 そして、リビングルーム出入り口の扉へ向かおうとしたが、ふと思いつき、
「そうだ! もし、次の手合いも勝ったら、今度こそは、トエルの本体をもう一回見せてくれるかな?」
ファスは小型4輪車両へ振り向き、襟のマイクに向かって問いかける。
「え~!?」
片や、「人」とは思えないような、驚いた口調で答えるトエル。 ファスにはその声が、イチゴやその他の「人」が驚いた時に発する声と、明らかに違うように聞こえた。
『びっくりした・・・。 「人」でも、こんな声、出すんだな・・・。』
そう考え、ファスは問いかけた姿勢のまま硬直してしまっていた。 一拍置いて、
「・・・わかり・・・ました・・・。」
と、恥ずかしそうに答えるトエルの小声が、肩にあるスピーカーから聞こえてくる。 続けて、
「では、戻ります・・・。」
トエルは再び小声で告げると、小型4輪車両は乗降扉を閉じ、ゆっくりした速度で走り去っていった。 一方、しばらくの間、走り去っていく小型4輪車両を見送っていたファスだったが、
『ん・・・? この約束だと、少なくとも、手合いで勝つまでは、トエルの本体姿を見られないってこと・・・?』
リビングルーム出入り口前に立ち、自身が口にしたことを考え始めたファス。
『・・・ちょっと、失敗した・・・かな・・・。』
トエルの本体姿を想像し、しばらく見られないことを悔やむのだった。
リビングルーム内へ入ったファスを待ち受けていたのは、「面」と頭部覆いを外して立っているイチゴだった。
「ただいま、イチゴ。」
と、ファスは笑顔で挨拶をして、イチゴに近づいていく。
「おかえりなさい。 そして、おめでとう、ファス。 無事で何よりです。」
一方、イチゴは近づいてきたファスに歩み寄って冷静に告げると、ゆっくりとファスを抱きしめる。
「ちょっと! ・・・イチゴ、どうしたの!?」
ファスはイチゴの取った行動に驚きを隠せないでいた。 手合いに赴く時といい、今まで一緒に生活していて、こんな事は初めてだったからだ。
「私、ファスが無事に帰ってこられるか、心配で、心配で。」
と、ファスを抱きしめていた状態から少し解放しつつ、泣き震えているような声で答えるイチゴ。 片や、身長差があるファスは、イチゴを僅かに見上げ、「面」と頭部覆いが無いイチゴの素顔を間近で見てしまう。 すると、「人」特有の整った顔が、今にも泣きだしそうな表情をしている。 だが、当然「人」である以上、涙を流すわけもなく、そのことがファスを返って冷静にさせ、
「大丈夫だよ。 イチゴは心配性だね。 それに、操機戦で怪我って、いつの時代の話?」
と、イチゴを冷やかすように話す。
「そうね。 でも、本当に無事で何より。 それじゃあ、ファス。 昼食はファスの食べたい物を作るから、何でも言ってちょうだい。」
ようやくファスを解放したイチゴはそう話す。 そして、先程と一転、笑顔でファスを見下ろしている。 一方、ファスはその表情の切り替わりの速さに戸惑ってしまい、
「えっと・・・それじゃあ・・・、肉・・・料理を・・・。」
と、イチゴから視線を逸らして告げる。 すると、
「わかったわ。 準備するので、座って待っていて。」
と、イチゴは嬉々として調理場へ向かって歩いて行った。
『なんだろう、この感じ・・・。』
ファスはそんなことを考えながらも、リビングルーム内のソファーへ向かい、座席にうずもれるように座り込んだ。 目の前のテーブルには、栄養飲料の容器と、氷の入った冷水のグラスが置かれている。 ファスは栄養飲料の容器を手に取り、封を開けて勢いよく飲んだ後、深呼吸をしてようやく落ち着いた。 だが、
『何だったのだろう・・・。 この違和感・・・。 今のイチゴといい、トエルの声といい・・・。』
その日の夜。 ファスは寝付けないでいた。
『昼間の・・・実機手合いの興奮が残っているからだろうか・・・。』
自室の寝具で横になり、暗闇の中、薄ぼんやりと考えるファス。
『実機手合いで勝利したといっても、まだ、「人」が操っている操機に勝っただけだし・・・。次の・・・人間の操機主を相手にして勝った時、初めて喜べるんだろうな・・・。』
寝付けないファスは気分転換をしようと、寝具から起き上がり、壁面近くにあるソファーに移動する。 着座した後は、映し出されている夜景をぼんやりと眺めていた。
いかばかりかの時間が経っただろうか。 ファスはふと、昼間にサンゴが言っていた、『今後の事』を思い出す。
「・・・『今後の事』って、何だろう・・・。」
と、ファスは一人呟いてしまう。 が、
「・・・まぁ、明日になれば、わかるか・・・。」
と、再び呟く。 さらにしばらく後、今度は格納庫からリビングルーム前に戻ってきた時の事を考えていると、
『・・・トエル、恥ずかしそうに、「わかりました」って言っていたな・・・。』
含み笑いをし、トエルが恥ずかしそうに話していたのを鮮明に思い出す。 しかし、
『ん・・・? 「人」が・・・恥ずかしいって・・・?』
と、ファスは昼食前に感じた違和感について、ようやくわかりかけてきた。 それは、トエルが発した、『「人」なのに恥ずかしそうな感情の声』と、イチゴが、『「おめでとう」と言っている時の感情の無さ』の違いだった。
『でも、イチゴは『人』だし・・・、前からあんな口調だし・・・。 だとすると、トエルの口調が変なのか・・・? ただ・・・、僕だって、そんなに多くの「人」と関わりあったことがあるわけでもないし・・・。』
と、ファスはこれまで関わってきた、「人」の話し方を色々と思い出してみる。 すると、イチゴのような口調が大半・・・いや、全員であったように思えてくる。
『・・・そうすると、トエルが例外なのかな・・・。』
そう考えたファス。 さらに、トエルについて、別の事も思い出し、
『・・・そういえば、トエルは、「最新の『人』」だって、誰かが言っていた・・・ような・・・。』
と、暫し記憶を辿るも、
『・・・駄目だ・・・。 思い出せないや・・・。』
と、ファスは少々の眠気に襲われ、諦めてしまう。
『もう、いいや。 この話は、ここまで・・・。 次の手合い、勝ってトエルの姿をみれば、何かがわかる・・・かな・・・。』
そう思い、ソファーを離れたファスは、再び寝具に潜り込んだ。
翌日。 朝食を食べ終えたファスは、自分用の訓練室に向かっていた。 事前にサンゴからは、
『手合い反省会は、個別の訓練室でやります。』
と、通知が来ていたからだ。 食後の運動を兼ね、体をほぐしながらゆっくり歩いていたファス。 訓練室の出入り口に近づくと、自動で扉が開く範囲内に入っていないにもかかわらず、扉が自動で開くのが見える。
『せっかちだな・・・。』
ファスはそう考えつつ、開いた扉から訓練室内に入って行く。 すると、室内中央のいつもの場所には、「面」と頭部覆いを付けたサンゴが立っていた。
「おはよう、サンゴ! 機体の整備、サンゴがいなくて大丈夫なの?」
と、ファスはサンゴに近づきながら、元気よく話しかける。
「おはよう。 なに、ここにいたところで、機体の整備くらい可能じゃ。」
と、両手を腰に当て、自慢げに話すサンゴ。
「なるほどね・・・。 それで、本日は、お説教?」
ファスは納得の返事をした後、すぐさま冷やかすように聞き直す。
「お説教ではない。 手合い反省会じゃ。」
片や、サンゴは不機嫌な口調で返事をする。
「ごめん、ごめん。 それじゃあ、早速、訓練用操縦席に入ります。」
ファスは追加で何か言われそうだったので、自ら進んで訓練用操縦席へ向かっていった。
ファスとサンゴが手合い反省会を始めて3時間程度経っただろうか。
「以上、次回以降の手合い時、参考にしてくれ。」
と、サンゴが手合い反省会を締めくくるような言い方をした。 一方、ファスは、
『あれ? 手合い中に盾を捨てた件、話が無かったな・・・。 お咎めなしか・・・?』
などと不思議に思い、
「あの・・・、サンゴ・・・。 盾を捨てた事は・・・?」
と、恐る恐る自ら話を切りだした。
「そうじゃな。 盾については、外の休憩椅子で話すか。 疲れただろ。」
サンゴの優しい声が頭部覆い内スピーカーから聞こえてくると同時、ファスを包んでいたセーフティベルトが外れる。 ファス自身も「面」と頭部覆いを外し、訓練用操縦席から外に出た。
出入り口から出た先、ファスは室内の休憩椅子を見てみると、既にサンゴが休憩椅子に座っていた。 ファスはゆっくり近づき、空いているサンゴの右隣りに腰掛ける。
「ほれ。 栄養飲料と冷水じゃ。」
サンゴは自分の左側に置いてあった各飲み物容器を両手で持ち、ファスに手渡そうと差し出す。
「ありがとう・・・。」
ファスは穏やかに各容器を受け取り、栄養飲料の容器は自身の右隣の椅子上に置いた後、冷水の入った容器の封を開け、一口飲んだ。
「さて、盾の話だが。」
サンゴはファスが冷水を飲み、ひと落ち着きしたのを見届ける。 その後、ファスから視線を外し、正面の訓練室中空を見つめて話を切りだした。 続けて、
「手合い中に盾を手放した件。 わし・・・じゃなくて、私から言う事は無い。 ファスが手合い中に盾を不要と判断したのなら、私はそれに従う。」
と、冷静な口調で話す。 一方、ファスはサンゴからの回答が、自身の予想と外れていたため、
「そう・・・なんだ・・・。」
と、少々驚いたためか、口数少なく答えるのが精一杯だった。 そこから一転、サンゴはファスを見上げ、
「ところでファスよ。 今後、盾を使う気はあるか?」
と、単刀直入に聞いてくる。 一方、唐突なサンゴの質問に対し、ファスは少々考えた後、
「えっと・・・。 そういうのって、決めなきゃ駄目なのかな?」
と、ファスはサンゴの「面」を見て、質問に質問で返す。
「いや。 決める必要は無いし、手合いごとに盾を持つ、持たないを選んでもいい。 ファスの自由じゃ。」
と、サンゴは優しく答えてくれる。
「よかった・・・。 自由でいいんだね・・・。 それなら次の手合いは、どうしても盾無しの両手剣で挑みたいんだけど・・・、いいかな?」
と、ファスは恐る恐るサンゴに尋ねる。 しかし、
「その前に、もう一つ、ファスに問わねばならないことがある。」
サンゴは「面」下の目線の高さをファスに合わせようと、少し姿勢を正すようにした後、徐に問いかけてきた。
「何?」
一方、ファスはそんなサンゴの仕草など気にもせず、いつもの調子で元気に返事をする。
「ファスは今後、実機の操機主でやっていくか、はたまた仮想空間内の手合いのみをするか、問わねばならん。」
と、古式ゆかしい口調でファスに尋ねるサンゴ。 一方、そんなことを突然言われたファスは、
「え・・・? それって、どういうこと?」
と、またも質問に質問で返してしまう。
「昔からの決まり事でな。 『操機戦管理』から、ファスに対しても、この件について確認するように言われておる。」
と、サンゴは至って冷静に答える。 だが、
「サンゴ・・・。 それじゃあわからないよ。 なんで、実機と仮想空間内の選択を、今聞かれなければならないの?」
ファスはサンゴの回答に納得できず、改めて聞き直す。
「そうじゃな、詳しく話すか。 ならば、ファスよ。 昨日の実機手合い中、『怖い』と思った事はあったか?」
と、サンゴは黒い「面」をファスに向け、真剣な口調で聞いてくる。 一方、ファスはサンゴが付けている「面」下に、冷酷な表情をしているサンゴの素顔の幻を見る。 その幻の表情に、一瞬心を奪われてしまうも、
「・・・なかった・・・よ・・・。」
と、サンゴから視線を外し、辛うじて発することができた声量で答える。 だが、ファス自身、その答えが嘘であることは重々承知していた。 さらに、操機主用の服を着ていることから、心拍数や呼吸の状況で、『「サンゴの質問に対して動揺している」のがばれるかもしれない』とも思う。 ところが、
「そうか。」
と、サンゴは一言答えるだけだった。 その後は暫しの間、ファス、サンゴの2人を沈黙が支配した。
「あ・・・の、サンゴ・・・?」
先に沈黙を破ったのはファスだった。 サンゴの「面」を見つめ、機嫌を伺うように覗き込みつつ尋ねると、
「ああ、すまない。 ちょっと、『操機戦管理』や格納庫とやり取りをしていた。」
サンゴはそう言った後、自身の「面」に手を掛け、外し始める。 頭部覆いも取り外し、「人」特有の整った素顔が露になる。
「どうしてこんな質問をしたかと言えば、実機手合いの初戦後、勝ち、負けにかかわらず、実機の操機主を辞めてしまう人間は非常に多いのじゃよ。」
サンゴはファスを見つめ、悲しそうな表情と声で話し始める。 続けて、
「初めての実機手合い後に操機主を辞めた人間達の中で、『実機の操機戦に恐怖を感じた』が、辞める理由の一番手じゃ。」
そう話した後、サンゴはファスから視線を外して正面を向き、中空を睨んだままとなった。
「そうなんだ・・・。」
片や、理由を聞かされたファスは、一言、呆然と答える事しかできなかった。 何しろ、ファスにも一部の心当たりがあったからだ。
『やっぱり、そうだよね・・・。 あの時・・・。』
と、ファスは昨日の実機手合い時の事を思い出す。 『操機が転倒し、操縦席内が僅かに揺れた時』、『相手機体がファスの機体の側頭部付近を攻撃し、武具が視界をかすめていくのを見た時』等々、恐怖を感じなかったかと言えば嘘になる。 いかばかりかの時間が経っただろうか。
「・・・ねえ、サンゴ・・・。 操機主を辞めた人間達は、その後、どう・・・なったの・・・?」
色々と思い出してしまい、サンゴと同じように訓練室の中空を眺めていたファスだったが、重い口を開き、サンゴを見ないまま、不思議そうに尋ねてみる。
「ああ。 実機の操機主を辞めた人間の内、『仮想空間専門』の『操機主の真似事』をしている者は多い。 その次は、遠隔操作で操機を操る者だな。 いずれも、『操機には関わりたいが、怖い思いはしたくない。』、というのが本心なようじゃな。」
と、サンゴもファスを見ずに答える。
「でも・・・、仮想空間内の手合いだと、手合い自体を見てくれる人間って、ほぼいないんじゃないの・・・?」
と、ファスは続けて尋ねる。
「ああ。 だが、仮想空間と言っても、観衆がほぼいないだけで、仮想手合い自体に人気がないわけではない。 大昔のように、『操機に銃のようなものを持たせ、陣地争奪戦』をしている仮想空間内の争いものもあれば、『現実離れした動作ができる仮想空間内での手合い』をしているものもある。 ファスも、一度くらいは見たことあるじゃろ。」
と、サンゴはようやくファスを見て話しかけてくる。 一方、ファスはサンゴの話を聞いて思い出す。 操機戦に興味を持ち始めたころに見た、『操機が昔の銃器のようなものを使って撃ち合いをしている』映像や、『武具から衝撃波を放って手合いをしている』映像等々。
「ああ・・・。 見たことあるけど、まさに『仮想空間』って感じだった。 あまりにも現実離れしていて、興味がわかなかったよ・・・。」
と、冷静に答える。
「もし、ファスに実機の手合いが合わなければ、そういう『仮想空間内』専門で操機主の真似事をするのも選択肢の一つじゃ。」
と、サンゴも冷静に答える。
「ううん。 僕は、実機の・・・真の操機主になりたいんだ!」
ファスは首を横に振って否定した後、サンゴに向かって躊躇なく答えた。
「ファスよ。 お前さんは、もう立派な操機主じゃ。 『なりたい』じゃなくて、『操機主』じゃ。」
と、サンゴもファスを見ると、優しい声で言い切った。
「ありがとう、サンゴ! それじゃあ、これからもよろしくね!」
一方、サンゴの言葉を聞いたファスは元気にそう告げると、サンゴに向かい、力強く右手を差し出す。
「ああ。 こちらこそ、よろしくたのむ。」
と、サンゴも優しい口調でそう告げた後、右手を差し出し、互いに握手を交わすのだった。
ファスの初実機手合いから6日程経った。 その間、ファスは対「人」との実機手合いで、良くなかった動きの改善をサンゴと進めていた。 その一方で、午後の自由時間には、サンゴに内緒で共用訓練室に行き、一人で「ツーハンドソード」の扱いを訓練していた。
「ここならサンゴもいないし、秘密特訓にはもってこいだな。」
模造武具「ツーハンドソード」を使っての剣戟訓練を終えたファス。 模造武具置き場に武具を戻しつつ、ぽつりと呟くも、
『・・・まあ、どうせ、サンゴやイチゴには、この部屋の視覚装置で、僕のやっていることがばれてるんだろうけど・・・。』
などと、ファスは自身の目では判別することのできない、室内の視覚装置を見つけようと天井を見上げる。 だが、視覚装置らしきものは見つけられず、諦めて、今度は共用訓練室内をぐるりと眺める。 その後、
「・・・それにしても、ここ、本当に誰も来ないんだな・・・。 誰も来ないなら、無駄じゃないのかな・・・。 でも、室内の手入れは、しっかり行き届いてる・・・。」
ファスは模造武具置き場にある他の武具をいくつか手に取ってみる。 埃などは着いておらず、掃除や手入れがしっかり行き届いているのがわかる。 さらに視線を落とすと、床も綺麗に清掃されている。
『・・・夜中・・・深夜とかに、『人』が、ひっそりと掃除してくれてる・・・のかな・・・。』
などと、ファスは勝手な想像をしつつ、手に取った模造武具を元に戻し、訓練室を出て行こうとする。 しかし、少々の疲労を感じたため、暫し考えた後、休憩椅子へと向かった。
「・・・ふう・・・。 ちょっと、休憩してから戻るか・・・。」
ファスは休憩椅子に腰掛け、暫し呆然としていた。 だが突然、服にある肩のスピーカーから、柔らかな呼び出し音が聞こえてくる。
「うわっ!」
呆然としていたためか、柔らかな呼び出し音にすら驚いてしまうファス。 一拍置いて、落ち着きを取り戻し、
「何?」
と、呼び出し音に対し、襟のマイクに向かって応答する。 そうすると、
「『操機戦管理』の訓練室管理者です。 ファス様、何か飲み物を用意しますか?」
と、いつものように、若い女性のような声が尋ねてくる。
「ええと・・・。 それじゃあ・・・栄養飲料と・・・水・・・冷水を・・・。」
と、ファスは躊躇しつつもどうにか答えた。 が、
『う~ん・・・。 ここ何日か聞いてるけど・・・この呼び出し音、慣れないんだよな・・・。』
とも思っていた。
「わかりました。」
と、訓練室管理者が冷静な口調で応答してくれる。
それから1分程経っただろうか。 訓練室出入り口の扉が開き、人間位の大きさの荷物運搬用六脚「人」が、室内にゆっくりと入って来た。 ファスは入って来た「人」を目線で追いかけていると、真っ直ぐ自身へ向かってきているのがわかる。 そして、ファスの目の前に到着した運搬用「人」は、
「お待たせしました。」
年少男性のような優しい口調で声を発すると同時、目立たなく収納されていたセーフティベルトそっくりな形状の腕が展開される。 そして、運搬用「人」の後部にある荷物入れから、良く冷えた栄養飲料の容器と冷水の入った容器を取り出し、ファスに向かって差し出した。
「・・・ありがとう・・・。」
運搬用「人」が、食べ物や飲み物を運んできてくれる、至極当然の光景。 が、ファスはここ最近、人間型の「人」とばかり関わりあっていたためか、いつも唖然としてしまう。
『・・・そうだよな・・・。 家でだって、「飲み物」って襟のマイクに向かって言えば、だいたいは運搬用「人」が持って来てくれていたんだし・・・。 なんなら、僕の喉の渇きを感知していて、喉が渇く前には飲み物を持って来てくれていたし・・・。』
飲み物容器を受け取ったファスはそんなことを思い出しつつ、飲み物類を運んできてくれた運搬用「人」が、訓練室から出て行くのを見届けていた。
運搬用「人」が室外に出て行くと、ファスは再び共用訓練室に一人きりとなる。 出入り口の扉が閉まったのを見届けると、受け取った飲み物容器のうち、冷水の入った容器は右隣に置く。 そして、左手に持っていた栄養飲料の封を開け、一口飲み、乾いていた喉を潤す。
「ふぅ・・・。」
すると、心地よい室温と訓練後の疲れによって、今度は少々の眠気が差してきてしまう。
『・・・どうしよう・・・。 部屋に戻るか・・・ここで少し休む・・・か・・・。』
などと考えていたファスだったが、強くなってきた眠気と、訓練の疲れに勝てず、休憩椅子に腰掛けたまま、うとうとと目を閉じてしまった。
「・・・ちょっと・・・。 あなた、大丈夫?」
ファスの耳に、かすかに声が聞こえてくる。
『・・・誰かに・・・呼びかけられている? 誰だっけ・・・? いや・・・聞いたことの無い声・・・。 それに・・・なにかの・・・いい香りが・・・。』
虚ろな意識からはっとなるファス。 訓練室の休憩椅子で、完全に寝てしまっていた自分に気付く。
「えっ! あ・・・大丈夫・・・です・・・。」
と、驚きの声を上げた後は一転、たどたどしい口調で答える。 目を開くと、正面には、操機主用の白い服が見える。 さらにゆっくり顔を上げていくと、そこには、黒く長い髪で、端正な顔立ちの人間が一人、ファスを覗き込むように、間近に立っていた。
『うわっ! ・・・操機主だ・・・。 でも・・・。 声といい・・・女の子・・・だよな・・・。』
と、ファスは正面に立つ人間の顔を、まじまじと眺めてしまっていた。 すると、
「何よ?」
ファスの前に立っている人間も、ファスに見入られていることに気が付いたのであろうか。姿勢を正し、腕組みと冷たい眼差しで、冷静に問いかけてくる。
「いえ・・・その・・・。 この部屋で・・・、他の操機主に会うのが・・・初めてなもので・・・。」
片や、冷たく問いかけられたファスは緊張し、またもたどたどしく答える。 一方、
「ふ~ん・・・。」
そう言うと、立っている人間も、ファスを観察するように眺め始める。 しばらくすると、
「・・・あなた、その服を着ているなら操機主なのでしょ。 ちょうどいいわ。 ちょっと私の訓練に付き合いなさい。」
と、立っている人間は腕組みを解き、右手をファスに翳して冷ややかにそう告げてきた。 片や、
「あなたじゃないです。 名前はファス。」
と、少々機嫌が悪いような口調で答えてしまうファス。
「そう・・・。 なら、ファス。 もう一度言うわ。 私の訓練に付き合いなさい。」
またも冷ややかな口調でそう言うと、ファスの目の前に立っていた人間は、模造武具置き場へ向かって歩き出してしまった。 結構な広さがある共用訓練室内をゆっくりと歩き、模造武具の「ロングソード」と「ミディアムシールド」を2個ずつ抱えて戻ってくる。 そして、一旦すべての武具を足元床に置いた後、「ロングソード」と「ミディアムシールド」を1個ずつ床から拾い上げ、
「はい、武具。 『ロングソード』と『ミディアムシールド』でいいでしょ。」
変わらずに、冷ややかな口調でそう言うと、両手で武具類を抱え、休憩椅子に座っているファスの目の前に差し出してきた。 一方、そんな人間の行動を呆然と見届けていたファス。 目の前に模造武具が差し出されると、
「えっ! 君と武具の訓練!?」
と、驚きの表情と声で答える。 片や、武具を差し出している人間は、冷ややかな表情をして、
「そうよ。 その服、あなたも操機主でしょ。」
と、軽い口調で聞き直す。 一方、その答えを聞いたファスは、焦った表情で、
「・・・たしかに・・・操機主だけど・・・。 君、女の子でしょ・・・。」
と、見たままをそのまま言葉にしてしまった。 ファスの見た目では、自身より年下に見えたからだ。 片や、ファスの言葉を聞いた人間は、表情を一変させてファスを睨みつけ、
「ちょっと! それ、どういうこと!?」
と、厳しい口調で問いただしつつ、休憩椅子に座っているファスに向かい、一歩踏み込んでくる。
「・・・いや・・・。 訓練とはいえ・・・、女の子を・・・叩くわけには・・・。」
と、一歩迫ってきた人間の迫力に対し、尻込みしてしまったファス。 徐々に正面に立つ人間から目線を逸らし、困ったように答えるのが精一杯になってきていた。
「・・・。」
一方、ファスの言葉を聞いた人間は、意味を噛みしめるような間を取った後、不機嫌そうな表情になり、手に持った武具類を無言でファスに押し付けた。 片や、ファスは押し付けられた模造武具類が、自分の胸部に軽く当たっていたため、
「・・・。」
何か言いたかったが言葉にせず、渋々と模造武具を受け取ってしまう。
「それじゃあ、始めましょう!」
と、立っていた人間は、ファスが武具類を受け取ったのを見届けると、機嫌が直ったように力強く話し掛けてきた。 その後、両手が空いてすぐに頭部覆いと「面」を装着し始める。 片や、受け取ってしまった模造武具類を、呆然と眺めていたファス。 暫しの間、頭部覆いと「面」を装着中の人間の姿を、ちらちらと横目で見ていたが、
『どうしよう・・・。 このままだと、この女の子と武具訓練することに・・・。 そんなことが、イチゴにばれたら・・・。』
自身の心音が分かるほど心拍数が高くなっているのを感じつつ、悩み考えたファスは、
「・・・ごめんなさい! やっぱり、出来ません!」
目を閉じて大声でそう告げると、受け取った武具類を、自身が座っている休憩椅子右脇に素早く置く。 そして、一目散に共用訓練室の出入り口へ向かって疾走し始めた。
「あっ! 待ちなさい!」
と、強い口調で叫んでいる人間をよそに、
「トエル、迎えに来て。」
必死に疾走する中、ファスは襟のマイクに向かって小声で呟く。 一拍置いて、
「わかりました。」
と、服にある肩スピーカーからは、トエルの声が早口で聞こえてくる。 ファスはその声を聞いて少々安堵しつつ、共用訓練室を全力で走り出て行った。
共用訓練室から通路に出てきたものの、トエルが運転する車両は到着しておらず、ファスは暫く自身の居住場所方向へ向かって通路端を疾走することとなってしまう。
坂を駆け上がり、地下から晴天の屋外に出て、振り向かずに2~3分程ひたすら走っただろうか、
「ファス!」
息も絶え絶えに走っていたファスの肩スピーカーからは、呼びかけるような、聞き覚えのある声が聞こえてくる。 その声を聞いたファスは安心し、走るのを止めて両膝に手をつき、
「はぁ・・・はぁ・・・。 ・・・よかった・・・。 トエル・・・来て・・・くれた・・・。」
ファスが振り向くと、小型4輪車両が少し後ろの通路上を追いかけてきている。 よくよく見てみると、その車両は、トエルが運転する時に使用する車両だった。
「大丈夫ですか? ファス?」
と、服にある肩スピーカーからは、トエルの心配そうな声が再び聞こえてくる。 一方、ファスは共用訓練室からかなりの距離を疾走気味で走っていたため、
「はぁ・・・はぁ・・・。 ・・・。」
と、完全に息が上がってしまい、何の反応も出来なかった。 小型4輪車両がファスに並ぶと、乗降扉を早々に開けてくれたため、ファスは吸い込まれるように無人の車両内に入り、通路上から消えていく。
「まずは座ってください。」
ファスが車両内に入ると乗降扉は閉まり、トエルの声は車両正面画面から聞こえてくるように切り替わる。 その声に応じるように、ファスは車両内の椅子に倒れこむように腰掛け、
「はぁ・・・はぁ・・・。 ありが・・・とう・・・。 部屋まで送って・・・。」
と、息も絶え絶えにそう告げる。 すると、セーフティベルトがファスの体を覆い、
「わかりました。 それでは、出発しますね。」
優しい口調でトエルが告げると、車両はいつもより早めの速度でその場を走り去っていく。
「ファス。 冷水しか積んでいませんが、飲みますか?」
車両が走り始めて暫くすると、トエルの声が正面画面から聞こえ、車内収納箱に入っている冷水容器が、セーフティベルトに似た形状の小型腕によって取り出される。 そして、ファスに向かい差し出された。
「はぁ・・・。 助かるよ・・・。」
息を整えていたファスはそう言うと、差し出された冷水容器を手に取り、素早い動作で容器の封を開け、中の冷水を一口、二口と勢いよく飲み込んだ。
「ふう・・・。 何だったんだ・・・あの人間・・・。」
ひと落ち着きしたファスは、ぼやくように呟いてしまう。
「共用の訓練室にいた方ですか?」
トエルはファスの呟きに反応し、不思議そうに問いかけてくる。
「うん・・・。 初対面なのに、いきなり模造武具で訓練に付き合えなんて・・・。 って、見てたの!?」
ファスはごく普通に答えそうになっていた。 が、自身が走ることになった状況をトエルが知っていて驚く。
「ええ。 ファスに呼ばれてから到着するまでに、記録されていた共用訓練室内映像を確認し、あらかたの内容は把握しましたよ。」
と、にこやかに答えてくれるトエル。
「ええと・・・。 それじゃあ、トエルは、あの人間の名前はわかるの?」
ファスは全力疾走をした直後だったためか、あまり考えずにトエルに質問してしまう。 すると、
「ファス。 『人』が、人間個々人の情報を詮索することは、禁止事項となっていますよ。」
トエルからは、優しい口調での注意を受けてしまう。
「あっ! そう・・・だったね・・・。 忘れてたよ・・・。」
ファスも、『「人」が人間の情報詮索をすること』が禁じられていることは知っていた。 だが、訓練室から逃げ出すように走ってきたため、すっかり忘れてしまい、トエルに聞いてしまっていた。
『・・・それにしても、女性の操機主って・・・。 少し前に公園でも会ったけど、結構いるのかな・・・。 身長も、僕より低そうだったし・・・。 年下なのかな・・・。』
車両内でだいぶ落ち着きを取り戻し始めたファスは、共用訓練室で会った人間の事を思い出し、ふと考えてしまう。 自身が座っていた時はわかりにくかったが、休憩椅子から立ち上がってすれ違った時の感覚。 明らかに、ファス自身より低い身長であったことに気付く。
そんな事を考えているうち、小型4輪車両はファスの居住場所前に到着した。 車両が停止すると、自動で乗降扉が開き、
「ファス、着きましたよ。」
と、トエルの優しい声が車両正面画面から聞こえてくる。
「ありがとう、トエル。」
ファスは車内で礼を告げた後、開いた乗降扉から首だけを車外に出し、きょろきょろと見渡す。 すると、
「ファス、大丈夫ですよ。 追跡してくる人間、「人」、車両は、いませんよ。」
と、トエルはにこやかに話しかけてくる。 一方、それを聞いたファスは、
「そう・・・なんだ・・・。 ありがとう・・・。」
と、恐る恐る答える。 そして、周囲に他の車両や「人」がいないことをファス自身でも確認してから車外に出始めた。
「トエルは、すぐに格納庫に戻るの?」
車外に出たファスは、乗ってきた車両に振り向き、襟のマイクを使って問いかける。 すると、
「ええ。 この車の返却は、別「人」にお願いして、私はすぐに格納庫に戻ります。」
と、優しい口調で告げてくる。
「そうなんだ・・・。 送ってくれて、ありがとね、トエル。 それじゃあ・・・。」
ファスが別れの挨拶を告げると、小型4輪車両はゆっくりと走り去って行く。 その方向は、共用訓練室がある方向だったため、
『共用訓練室か・・・。 ・・・それにしても、訓練以外で全力疾走するなんて・・・。 ひどい目にあったな・・・。』
などと、つい先ほどの出来事を思い出す。 続けて、
『・・・暫く・・・共用訓練室に行くのは・・・やめるか・・・。 また会うかもしれないし・・・。 他の操機主には会いたいけど・・・ああいう身勝手な人間とは、関わり合いたくないしな・・・。』
などと考え、居住場所の出入り口へ向かうのだった。
翌日午後の自由時間。 ファスは共用訓練室に行かず、自分用の訓練室にいた。 午前の訓練同様、「ロングソード」と「ミディアムシールド」を模造武具置き場から取り出し、訓練室広間へ向かうも、
「ファスよ。 今日は、『ツーハンドソード』の訓練をしないのか?」
少々離れた場所に立ち、ファスを観察するように眺めていたサンゴが問いかけてくる。
「あはは・・・。 なんで、知ってるの・・・?」
片や、サンゴのいる方に振り向き、笑って誤魔化しながら答えるファス。
「ああ。 何でも知っているぞ。 ここ数日、共用の訓練室で『ツーハンドソード』の訓練をしていたことや、昨日の人間との一件も。」
サンゴはファスのすぐそばまで歩み寄り、そう告げる。 一方、ファスはサンゴの話を聞き、
「やっぱり、ばれてるよね・・・。 それに、昨日の事まで・・・。」
がっくりとうなだれ、サンゴに向かって素直に答える。
「ああ。 ファスが何処で何をしていようが、私は全てお見通しじゃ。」
サンゴは自身が付けている黒い「面」下の目があるであろう部分を、両手の人差し指を使って指しつつ可愛らしく答えた。 続けて、
「まあ、『ツーハンドソード』に関しては、わし・・・じゃなくて、私から言う事は特に無い。 ファスが操機主になった以上、ファスが自分で使いたい武具を選ぶのは自由だし、私はそれを全力で補助する。」
と、威張ったように胸を張って告げるサンゴ。
「そうなんだ・・・。 僕はてっきり、『まだまだ「ロングソード」と「ミディアムシールド」を使い続けた方がいい』って言われるかと思ったよ。」
ファスはそう言うと、左前腕に装着途中だった「ミディアムシールド」を外し、「ロングソード」と一緒に抱え、小走りで模造武具置き場へ向かう。 そして、各武具を模造武具置き場に戻した後、改めて模造武具の「ツーハンドソード」を取り出し、サンゴが立っている訓練室広間に戻ってきた。
「やっぱり、僕はこの武具を使いこなしたいんだ! だから、よろしく頼むよ、サンゴ!」
と、「ツーハンドソード」を両手持ちで胸前に掲げ、力強くそう告げるファス。
「そうすると、次戦は暫く待ちにするか?」
と、サンゴは唐突に聞いてくる。
「えっ? 次戦って・・・?」
ファスはサンゴの言っている事が理解できず、不思議そうに聞き直してしまう。
「次戦じゃよ。 実機手合いの次戦。 実は、『操機戦管理』から、ファスの次戦の話があってな。」
と、サンゴが言いづらそうに切り出すと、
「・・・ちょっと! それ、早く言ってよ! 次戦って・・・早く準備しないと!」
と、驚いたファスは、大声で答え、持ってきた「ツーハンドソード」を慌てて模造武具置き場に戻しに行こうとする。 だが、
「ファスよ、落ち着きなさい。 今日の手合いというわけではない。」
と、サンゴはファスの背後から優しい口調で声を掛ける。
「あ・・・。 そうだよね・・・。」
一方、声を掛けられたファスは、模造武具置き場へ向かおうとしていたのをやめ、サンゴへ向かってゆっくり戻りつつ、
「それにしても、次戦って、『操機戦管理』から言ってくるんだね・・・。」
と、模造武具の「ツーハンドソード」を左手のみで側面に収め、不思議そうに話しかける。
「いや。 自分から積極的に手合いを申し込む人間もいるし、『操機戦管理』から言われるまでなにもしない人間もいる。 それぞれじゃ。」
サンゴはそう告げると、徐に訓練室の一角へ向かって歩き出す。 向かっている先は、休憩椅子がある方向だ。 ファスもそれに気づき、サンゴの後を追いつつ、
「それじゃあ、今回、『操機戦管理』が、僕に手合いを進めてきたのは、なぜ?」
と、サンゴの背中に向かって問いかける。
「戦績じゃよ。 この闘技場施設で、ファスより少し前に操機主になった人間がいる。 そして、まだこの施設内にいる。 『その人間と手合いをしてみてはいかがでしょうか』と、言うわけじゃ。」
サンゴはゆっくり歩きながらもファスに振り向きつつ話し、休憩椅子前まで来た。 そして、話を終えると休憩椅子に腰掛ける。 さらに、サンゴはファスに座るのを促すように、自身の右隣りの休憩椅子を右手でぽんぽんと優しく叩く。 一方、ファスもサンゴの仕草を見て、誘われるようにサンゴの右隣の休憩椅子に腰掛ける。
「戦績・・・。」
ファスは左手に持っていた「ツーハンドソード」を、自身が座っている休憩椅子右側に立て掛けつつ呟く。 すると、サンゴから間を置かず、
「ファスよ。 戦績といっても、勝ち負けの数ではないぞ。 手合いを行った回数を指しておる。 操機戦は・・・」
「操機戦は勝ち負けではない。 わかってるよ・・・。」
と、ファスはサンゴが言おうとしていたことを先回りし、冷静に告げる。
「わかっているなら、よし。 焦って、無理に手合いを受ける必要も無い。 ファス自身が人間との手合いに納得できるようになったら、話を進めよう。」
と、サンゴは優しい口調で話してくれる。 一方、サンゴの話を聞いたファスは、
『・・・対、人間との手合い・・・。』
などと、人間との手合いを意識してしまったため、
「・・・わかった・・・よ・・・。 サンゴ・・・。」
と、少し言葉を詰まらせつつ、サンゴから僅かに視線を外してどうにか答えた。
「ところで、話は変わるが、昨日の共用訓練室での人間との悶着。 あれは、何じゃ?」
視線を外したファスの仕草を気にもせず、サンゴは一転して口調を変え、ファスをからかうような口ぶりで尋ねてくる。
「えー・・・? あー・・・? 昨日の・・・共用訓練室・・・?」
一方、ファスはとぼけたような口調で、サンゴから視線を外したまま返事をする。 しばらく後、
「共用訓練室での事を見ていると、ファスは、他の人間との関わりが苦手なのか?」
と、サンゴは包み隠さず、冷静な口調で聞いてくる。 なので、
「あはは・・・。 そうだね・・・苦手というか・・・。」
笑って誤魔化そうと、サンゴに向かって答えたファス。 だが、一旦言葉を切り、サンゴから再度、視線を外して訓練室中空を眺めながら答えた。 しばらく後、続けて、
「・・・ほら・・・。 僕、両親がいなかったし、イチゴが親代わりだったし・・・。 こんな時代だから、他の人間と関わることも少なくてね・・・。 人間との接し方が、よくわかんないっていうか・・・。」
と、寂しそうに話すファス。
「そうか。」
片や、サンゴはファスに向かい言葉短く答えた後、ファス同様、訓練室中空を眺めるように向きを変えた。 しばらく後、
「だが、昨日の共用訓練室。 模造武具での模擬手合い訓練くらいは、付き合ってもよかったのではないか?」
と、サンゴはファスを見ず、正面を向いたまま問いかける。
「う~ん・・・。 あの人間・・・多分、女の子だよね・・・。」
と、ファスはサンゴに尋ねるように呟く。 暫く返事を待つも、サンゴからの反応が無かったため、
「僕ね・・・イチゴから、『ファス。 叩いたり、殴ったりの暴力は、絶対にしてはいけない事よ。 特に人間の女性に対しては、絶対に駄目!』って、厳しく言われているからね・・・。」
と、しんみりと話す。
「そうか。」
それを聞いたサンゴは、一言だけ答えた。 再び、しばらく後、
「ファスよ。 二つ、質問だ。 一つ目の質問。 ファスは操機戦を暴力と考えているのか?」
サンゴはゆっくりと「面」をファスに向け、見据えるように冷静な口調で問いかけてくる。
「・・・操機戦は、暴力じゃないでしょ・・・。」
一方、問いかけられたファスは、唐突な質問の内容に驚き、困惑した表情でサンゴを見つつ、弱々しく答える。 すると、間を置かず、
「では、二つ目の質問。 昨日、共用訓練室にいた人間が、『操機主として操機に搭乗』し、ファスの前に手合い相手として現れた時、ファスは手加減無しの手合いが出来るか?」
と、今度は強めの口調で聞いてくるサンゴ。 片や、そんなサンゴの声を聞き、脅されているような感覚になりそうだったファスは、
「・・・えっ・・・? なんで、そんなこと・・・聞くの・・・。」
そう聞き直すのが精一杯だった。
その日の夜。 ファスはまたも眠りに就けないでいた。 薄暗い部屋の中、寝具上で横になり、昼間、サンゴから言われたことを考えてしまう。
『共用訓練室にいた人間が、「操機主として操機に搭乗」し、ファスの前に手合い相手として現れた時・・・。』
ファスの回想では、サンゴの「面」下の表情が、冷酷な顔つきをしているような幻が浮かぶ。
『でも、よくよく考えれば、サンゴの言う通りか・・・。』
ファスは両手を枕代わりにし、部屋の天井を見ながら考えに耽る。
『公園で会ったレバンさんやエメさんとも、今後、手合いをする可能性があるんだよな・・・。 そうなった時、僕はちゃんと手合いが出来るのだろうか・・・。』
などと自問していたが、結論は出なかった。
しばらく後、またもサンゴの言っていた、
『「ファスより少し前に操機主になった人間がいる」・・・か・・・。 この闘技場にいる、戦績の近い人間・・・。』
今度はそのことが気になり、この闘技場施設で行われた手合い映像を見ようと、寝具上を這って行き、枕元近くに置いてある「面」とメガネ型端末のうち、自身のメガネ型端末を装着する。 そして、
「この闘技場施設で行われた実機手合いを、日付の新しい順に表示して。」
そう呟く。 するとファスの視界内には、メガネ型端末から投射された実機の手合い映像が、各日付事に区分けされ、整列して映し出される。
『ん・・・?』
ファスはその中、最新日付の手合い映像の一部に目が行く。 以前に見た記憶がある、真っ赤な塗装を施した機体が、武具を構えている映像。 暫し映像に注視していると、メガネ型端末はファスの視線を読み取ったようで、その映像をファスの視界内いっぱいに大きく映し出してくれる。
「始め!」
映像内の手合いが始まったようで、「操機戦管理」手合い進行役の声が、寝具内の音響装置を介してファスの耳に聞こえてくる。
『・・・サンゴと一緒に手合いを見た機体・・・か・・・? ・・・武具を変えた・・・のか・・・?』
手合い映像を見ていたファスは、真っ赤な機体の所持武具が違っていることに気付く。 真っ赤な機体の武具は、「ロングソード」、「ミディアムシールド」ではなく、右手に細身の剣、左手に短い剣を持って戦っているように見えた。 その手合い映像を、暫し虚ろに見ていたファスだったが、
「・・・大丈夫・・・。 僕は、誰とでも手合い出来る・・・。」
と、自分自身に言い聞かせるように、静かに呟いた。
それから6日後。
「次の実機手合いをしたい?」
と、不思議そうにファスに答えるサンゴ。
個人の訓練室で「ツーハンドソード」の訓練を終えたファスは、昼食時刻に近づいてきたので訓練を切り上げた。 そして休憩椅子で座っているサンゴの左隣に座り、息を整えつつ冷水を飲んでひと落ち着きする。 しばらく後、「面」と頭部覆いを付け、隣に座っているサンゴに向かい、次の実機手合いの申し込みを伝えた。
「・・・そう。 僕も、そろそろ次戦をしたくてね。 訓練も重ねたし!」
と、ファスは自信満々に話す。 一方、サンゴは休憩椅子を降り、ファスの目の前に来て、
「そうか。 だが、ファスよ。 次戦は、対人間の手合いになるが、大丈夫なのじゃな? 指定すれば、再度、『人』操機主相手の手合いも可能じゃぞ?」
と、冷静に聞いてくる。
「うん! 人間が手合い相手でも大丈夫だよ! そのための心構え・・・? は、したつもり!」
と、ファスは元気よく答えた。
「わかった。 それじゃあ、『操機戦管理』に手配する。 機体は、前の手合いから間隔が空いているし、整備状態に問題は無い。」
と、ファスに向かい、優しい口調で告げてくるサンゴ。 続けて、
「ところで、武具は『ツーハンドソード』のみでいいんじゃな?」
と、一転、心配そうに問いかけてくる。 一方のファスは、サンゴから武具の事を聞かれると思い、心の準備をしていた。 が、
「うん・・・。 駄目・・・かな・・・?」
実際、問い質される場面に出くわすと、考えていたよりも自信が無くなってしまい、サンゴに向かい堂々と答えることは出来なかった。
「駄目ではないが、『ツーハンドソード』のみだと、防具が機体の鎧部のみになってしまう。 せめて、『ハンドシールド』を装備しないか? あれなら、手を塞がないので、『ツーハンドソード』と併用できるぞ。」
と、サンゴは引き続き、優しい口調でファスに提案をしてくる。
「『ハンドシールド』・・・?」
片や、ファスは復唱するように答えると同時、模造武具置き場で見かけた、小型の盾のことを思い出す。
「あの小さな盾か・・・。 あんなの、前腕の防具と大して変わらないから、必要ないんじゃないの?」
と、ファスはあっさりサンゴの意見を否定した。 一拍置いて、
「そうか。 それなら、ファスよ。 午後から、わし・・・じゃなかった、私の操作する仮想機とで、模擬手合いをしないか?」
と、サンゴが唐突な提案をしてくる。
「えっ!? 仮想機で、サンゴと模擬手合い?」
と、ファスはサンゴからの思わぬ提案に驚く。 続けて、
「・・・別に・・・いいけど・・・。 何か、教えてくれるの?」
と、ファスは不思議そうにサンゴに向かい問いかける。
「いや。 ただ、私の機体は、『ツーハンドソード』と『ハンドシールド』を装備する。 ファスは、お好きな武具防具でどうぞ。」
と、サンゴは少々挑発的な声でファスに話しかけた。 一方、ファスはその声を聞き、サンゴの「面」下の素顔も、挑発的な顔をしているかのような幻が見えてしまう。 その影響だろうか、少々むっとなり、
『・・・はは~ん・・・。 サンゴ・・・さては、「ハンドシールド」の有効性を見せつけたいんだな・・・。』
などと考え、
「わかったよ! それじゃあ、僕は『ツーハンドソード』のみの武装でいくよ! 僕がこの仮想手合いに勝ったら、実機手合いでの武装も好きにさせてもらうからね!」
売り言葉に買い言葉。 ファスはサンゴの挑発に乗せられてしまったように答えた。
その日の午後。 訓練室内の休憩椅子には、がっくりとうなだれて座るファスの姿があった。
「・・・負け・・・た・・・。」
顔を両手で隠すように押さえ、悔しそうに呟くファス。 一方、ファスの隣に座っているサンゴは、
「まあ、そう言うな。 操機戦は・・・」
と、優しい口調でそう言いかけていた。 それに対し、
「勝ち負けではない・・・。 わかってるよ・・・。」
ファスはサンゴが言おうとしていたことを先回りし、うなだれたまま憮然と呟く。 一方、サンゴは話を途切ったまま、ファスを静観していた。 そして、しばらく後、
「でも、今日のファスの動き、良くなっていたな。 以前から、『ツーハンドソード』の扱いは上手だったが、今日は、今までで一番良かった。」
と、ファスを慰めるように言葉を掛ける。 だが、ファスはその声が聞こえていないかのように、うなだれたまま微動だにしない。
「そう落ち込むな。 『ハンドシールド』が有効なのもわかったじゃろ。」
と、サンゴは自身の右側に座っているファスの左肩をぽんぽんと優しく叩きながら慰める。 一方、ファスは肩を叩かれたしばらく後、徐に立ち上がり、ふらふらとした足取りで模造武具置き場へ向かって行く。 そして、その中から円形の模造武具、「ハンドシールド」を一つ取り出し、呆然と眺める。
実際、今日のファスとサンゴの仮想機を使った模擬手合いでは、サンゴは上手に「ハンドシールド」を使いこなし、ファスの剣戟を捌いていた。 一方、ファスは仮想機本体に攻撃を受けないように、ひたすら攻め続けた。 だが、結局、サンゴに攻め手をあしらわれてしまい、機体本体に攻撃を受けすぎたファスは負けてしまった。
暫し「ハンドシールド」を眺めていたファスは、徐に左前腕に「ハンドシールド」を装着してみる。
「・・・。」
納得のいかない表情で、自身の左前腕を眺めていたファスは、円形の「ハンドシールド」を左前腕から外すと、一旦模造武具置き場に戻す。 次に長方形の「ハンドシールド」を取り出し、再び左前腕に装着してみるも、
「う~ん・・・。」
と、再び納得のいかない表情をするファス。 そして、長方形の「ハンドシールド」を装着したまま、サンゴのいる休憩椅子前まで戻ってくると、
「ねえ、サンゴ。 この『ハンドシールド』、形は、円形と長方形しかないの?」
と、左前腕の「ハンドシールド」を右手人差し指で指しつつ、落ち込んだ口調で問いかける。
「ああ。 標準的な模造武具置き場には、この2種類しかないな。」
と、サンゴからは冷たい回答が返ってくる。
「そう・・・なんだ・・・。」
と、サンゴの回答を聞いたファスは、しょんぼりした表情で、再びサンゴの右隣りの休憩椅子に座った。
「なんじゃ、形が気に入らないのか?」
サンゴはファスの表情から、何かを察したかのように尋ねてくる。
「・・・うん・・・。」
一方、口数少なく、しょんぼりと答えるファス。
「なら、自分の好きな形を取り寄せたらいい。」
と、サンゴは軽い口調で答える。
「取り寄せる・・・?」
片や、ファスはサンゴの言っていることが理解できないように聞き直す。
「ああ。 ファスよ、『面』を着けてみなさい。」
そう言われ、ファスは「ハンドシールド」を左前腕に着けたまま、頭部覆いと「面」を装着する。 「ハンドシールド」の影響で、少々装着に時間がかかってしまうも、
「着けたよ。」
と、なんとか「面」を装着し終えたファスは、サンゴに向かい落ち着いて答える。
「それじゃあ、ファスよ。 この中で、好きな形はあるか?」
サンゴがそう言うと同時、ファスの「面」視界内は、色々な形状や意匠の「ハンドシールド」が整然と並んでいる映像を映し出す。
「うわっ・・・。 これ、全部、『ハンドシールド』なの・・・?」
と、ファスはその数に圧倒されてしまう。
「ああ。 かつての操機主達が使っていた物や、今も使っている物、『操機戦管理』が意匠したものまで、さまざまじゃ。」
と、サンゴは優しい口調で答える。
「へ~・・・。 凄い数・・・。」
ファスは暫し、「面」視界内の「ハンドシールド」一覧を見入っていた。 が、
「じゃあ、これ! これを!」
ファスは「ロングソード」や「ミディアムシールド」の意匠違いを選んだ時とは違い、大量にある「ハンドシールド」一覧の中からあっさりと一つを選び出した。 それは、長方形に近い六角形の形状をしていた。
「わかった。 これじゃな。」
サンゴは優しい口調でそう言うと、ファスが注視していた六角形状の「ハンドシールド」を選び出した。 続けて、
「それじゃあ、ファスの選んだ模造武具用と操機用の『ハンドシールド』を、『操機戦管理』へ手配する。 次戦は暫し待ちじゃな。 いきなり実機手合いというわけにもいかんじゃろ。 模造武具用は、明日の午後にはここに届くだろうが、操機用は、6日程度の待ち時間が必要じゃな。」
と、サンゴが説明してくれるも、
「じゃあ、それを2個、頼んでもらえる?」
と、ファスは機嫌よく唐突に言い出す。
「えっ? 2個?」
一方、サンゴは驚いた口調でファスに聞き直してしまう。
「そう、2個! 右腕用と左腕用!」
ファスは先ほどまでの落ち込んでいた表情とは打って変わり、元気よく答えた。
「そうか。 『ハンドシールド』は、どちらか片方の腕だけでも十分なのだが。 ファスがそうしたいなら、2個、取り寄せよう。」
と、サンゴは驚いた口調から一転、落ち着いた口調で答えた。
「それじゃあ、選んだ『ハンドシールド』が届くまで、この長方形の『ハンドシールド』を使って再訓練だ!」
ファスは元気よくそう告げて休憩椅子を離れると、「面」と頭部覆いを外しながら模造武具置き場に向かって走り出した。
日は経ち。
「11時から2回目の実機手合い。 いよいよ、対人間相手の本格的な操機戦だな。」
時刻は10時20分になろうとしている、ファス個人の操機格納庫内、整備台平面。 「面」と頭部覆いを付けていないロッカが、整備台の機体を眺めているファスに近づきながら話しかけてくる。
「あれ? 今日は抱き着いて来ないの?」
と、話しかけられたファスは、ロッカに振り向き、皮肉っぽく言い返す。
「ん? ああ、さすがに今日だけはやめておく。 対人間相手の操機戦一回目は、そんなに悠長にしていられないだろうからな。」
と、真面目な表情と口調で答えるロッカ。 だが、
「そうなの? 僕は、そんなに緊張していないけど・・・。」
ファスは平然と答え、既に「ハンドシールド」が両前腕に装着されている自身の機体に視線を戻した。 一方、
「そうか、なら。」
そう言うと、ロッカはファスの背後から近づき、左腕をファスの首元に回して、肩を組むようにする。 もっとも、身長差があるため、ファスはロッカに頭部を包み込まれたような状態になってしまう。
「頑張れよ! ファス!」
と、ファスの肩を揺らし、にこやかな口調と笑顔で手荒に応援するロッカ。
「ちょっと! ロッカ・・・放してよ・・・。」
片や、頭部をロッカの左腕で包み込まれてしまったファスはもがき、なんとかロッカから逃れようとしていると、
「ところで、ファス。 なんで、『ハンドシールド』を両腕に装備したんだ?」
と、ロッカはファスを解放しないまま、冷静な口調で尋ねてくる。
「えっ? だって、左右揃っていた方がかっこいいでしょ。」
と、ファスは頭部を包み込まれた状態からさらにもがき、どうにかロッカに顔を向けて答える。
「そうなのか。 私は、どっちかの片腕に装備した方が好きだな。」
ファスと視線の合ったロッカはゆっくりとファスを解放し、整備台の機体を眺めて答える。 続けて、
「まあ、好みはそれぞれだ。 それじゃあ、準備はいいか?」
そう言うと、ロッカはファスに視線を戻し、ファスの左肩に右手を置いて尋ねる。
「うん! 今日のために、『ハンドシールド』を着けた状態で『ツーハンドソード』を扱う訓練も頑張ったし!」
と、ロッカに対して力強く答えるファス。 間を置かずに、
「ファス、そろそろ行こうか。」
今度はサンゴの声が、服にある肩スピーカーから聞こえてくる。 ファスは整備台の一段下、格納庫内の壁際休憩椅子に座っているサンゴの姿を確認し、
「わかったよ!」
と、襟のマイクに向かって元気よく答え、
「行ってきます!」
と、ロッカに向かっても元気よく告げ、頭部覆いを被り、「面」を装着した。
「おう! 頑張れよ!」
右手を肩の高さで振りつつ、笑顔で声援を送ってくれるロッカに背を向け、整備台で横になっている操機を横目に操縦席へ向かって駆け出していくファス。 操縦席出入り口扉近くには、「面」と頭部覆いを付けていないクウコが待機していた。
「ファス、頑張ってください。」
と、冷静な口調だが、笑顔でファスに声を掛けるクウコ。
「ありがとう、クウコ。 行ってきます!」
ファスは再び元気よく答えると、狭い出入り口扉をくぐり抜けて操機操縦席内に入ろうと、少々身を屈める。 が、突然、何かが気になったように辺りを見渡しはじめた。
「どうしました、ファス?」
一方、辺りを見渡しているファスに対し、クウコが不思議そうに問いかけてくる。
「あ・・・。 いや・・・。 トエルがいないなと、思ってね・・・。」
と、ファスは屈んだまま、寂しそうな口調でクウコに答える。 続けて、
「トエルは、また、この格納庫内の視覚装置で見ている・・・のかな? ははは・・・。」
と、格納庫の中空を眺め、ファスは乾いた笑い声を上げる。 しかし、
「ファス。 トエルなら、そこに。」
と、クウコが左手を翳し、冷静に告げる。 その意外な回答に驚いたファスは、再度クウコを見上げた後、クウコが手を翳す先を見る。 その手の先、ファスが乗り込もうとしていた操機操縦席出入り口を挟んだ向こう側、黒い服を纏った誰かの姿が見える。 視線を上げていくと、「面」と頭部覆いを付けていない、「人」の姿のトエルが立っていた。
「あの・・・。 ファス・・・。 頑張って・・・ください。」
と、恥ずかしそうな声と表情で、ファスに向かい話しかけてくるトエル。 一方、操機操縦席出入り口扉前で屈んでいたファスは、苦しい体勢ながらも、姿を見せてくれたトエルに対し、呆然と見とれてしまう。
「ファス・・・。 恥ずかしいので、あまり見ないでください・・・。」
「面」と頭部覆いを付けていない影響もあるのだろうか。 独特な・・・いや、人間と同じ、自然な口調で話すトエルの声が、ファスの耳に伝わってくる。
『そうだ・・・。 最初にあった時も感じた・・・トエルへの違和感・・・。』
その恥ずかしそうに視線を外す仕草が、イチゴやサンゴのような、今まで会って来た「人」とは何かが違っているような感覚を思い出す。 暫し、トエルの本体を眺めて固まったようになってしまっていたが、
「その姿で・・・来てくれたんだ・・・トエル・・・。」
ファスは屈んで苦しい体勢から、辛うじて聞き取れるか程度の声を出す。
「・・・はい・・・。」
ファスに視線を合わせられず、もじもじしながら話す姿が、イチゴやサンゴ達とも違う、一層の違和を感じさせるのかもしれない。 なにより、その素顔。 頬を僅かに赤らめて話す顔は、「人」であるため整った顔立ちなのだが、やはりイチゴやサンゴ達とも違い、むしろ、人間に近い整った顔立ちをしているように思える。 ファスは、実機手合い直前だということを忘れそうになってしまうほど、しばしの間、トエルの顔に見とれてしまっていた。 が、
「ファス! 何してんだ! とっとと乗り込め! 遅刻するぞ!」
と、ロッカの急かすような大声が、頭部覆い内スピーカーから聞こえてくる。
「・・・わかってるよ! 大きな声、出さないで!」
ファスは我に返ったようにそう答えると、一旦立ち上がり、「面」と頭部覆いを外し、
「応援ありがとう、トエル! 行ってきます!」
と、トエルを見つめ、興奮気味に力強く答える。 その後は再び屈んだ姿勢になり、操機操縦席内に消えていった。
狭い出入り口を抜け、それなりの広さがある操機操縦席内に到着したファス。 表情が少々浮ついた笑顔になったまま、操縦席内中心部にゆっくりと歩いて行き、両腕を肩の高さまで持ち上げる。 が、いつまでたっても何も起こらない。 不思議に思ったファスは、
「・・・サンゴ? セーフティベルトの装着は?」
と、操縦席天井付近を見上げ、不思議そうに問いかける。 だが、サンゴからは何の反応も回答も無い。
「サンゴ、どうしたの?」
心配したファスは両腕を降ろし、再びサンゴに問いかける。 すると、
「ファスよ。 お前さんは、ああいうのが好みか?」
と、操縦席天井付近から、問いかけてくるサンゴの声が聞こえてくる。 その声を聞いたファスは、サンゴの声があきらかに不機嫌そうに聞こえたので、
「ああいうのって?」
と、サンゴの言っていることが分からず、不思議そうに聞き直してしまう。
「トエルじゃよ。 実機手合い直前だというのに、トエルの素顔を見た途端、ファスの心拍数や呼吸数が激増しておったぞ。」
と、再び不機嫌そうな口調で答えるサンゴ。 一方のファスは、自身でも意識していなかった身体的変化を言われたため、こちらも少々不機嫌になり、
「いいでしょ! 別に・・・。 サンゴこそ、やきもちでもやいてるの?」
と、少々顔を赤くし、きつい口調で言葉を返す。 続けて、
「それより、セーフティベルトを着けてもらえる? それから、機体を起こしてよ!」
実機手合い直前なので、サンゴとは言い合いをしたくなかったファス。 嫌な話の流れを断ち切ろうと、機体関係の話をするも、
「りょうかい。」
と、サンゴからは相変わらず不機嫌な・・・いや、あきれたような口調の回答が返ってくる。 その後、再度両腕を上げたファスの体に、セーフティベルトが包み込むように装着され始めた。
『・・・なんだよ・・・サンゴ・・・。』
セーフティベルトが体を包み終えると、サンゴに対して少々の不満を感じつつ、頭部覆いと「面」を装着し始めたファス。 が、「面」を装着し終えた時、
「・・・って、うわぁっ!」
操縦席内正面画面が機体の起き上がりを映し出すと、突然、ファスはがくがくと揺れ動く操縦席内で困惑する。 立っていられない程の揺れに、ファスは片膝を突きそうになってしまうも、セーフティベルトがファスの両肩、両脇の下をきつく締め付け、どうにか転倒は免れた。
「サンゴ! どうしたの!? この揺れ!?」
セーフティベルトに支えられたファスは、頭部覆い内のマイクを使い、困惑しつつも強い口調でサンゴに問いかける。 すると、
「操縦席の振動吸収機構を作動させていなかった。」
と、サンゴからは無感情な口調の回答が返ってくる。 同時に、操縦席内の揺れは収まり、セーフティベルトも、ファスの体から僅かに離れた定位置に戻った。 だが、いままで遭遇したことの無い状況に対し、ファスは暫し呆然となってしまう。
『・・・これって・・・、やっぱり・・・、やきもち・・・。 サンゴってば、僕がトエルの素顔に見とれていたのが、そんなに嫌だったのかな・・・。』
などと、操縦席天井付近をわずかに見上げて考えてしまう。 そこから一旦冷静になり、操縦席内正面画面を見ると、立ち上がった機体は少し歩き、せり上がってきた武具を左手で乱雑に掴み取る。 その後は順調に、再び格納庫内を進んで行く様子が映し出されている。
「ファス! 頑張れよ!」
「気をつけて。 頑張ってください。」
「いってらっしゃい、ファス。」
機体が歩き出すと、ロッカ、クウコ、トエルの声援の声が頭部覆い内スピーカーから聞こえてくる。 が、
「え・・・と、いって・・・きます・・・。」
と、ファスはたどたどしく小声で答えるのが精一杯だった。
「あの・・・サンゴ、今日の・・・闘技場・・・は・・・?」
機体が歩き出してもなお、ファスは少々心拍数が上がっているのを感じつつ、恐る恐るサンゴに問いかけると、
「地上闘技場。」
一方のサンゴは、再び不機嫌そうな口調で言葉短く答えるだけだった。
機体はサンゴの操作で地上闘技場へ向かう順路をゆっくり進んで行く。 が、いつもなら短く思える闘技場までの道のり、今日はとても長い距離だと感じてしまうファス。
『このあたりで操縦を切り替えて、機体の状態を知りたいんだけどな・・・。』
ファスはそう考えるも、サンゴからは何の提案も無い。
ファス、サンゴとも無言のまま、闘技場への順路を進んでいた。 だが、闘技場出入り口が近づいてくると、さすがにファスは機体の状態が知りたくなり、
「あの・・・。 ねえ、サンゴ・・・。 そろそろ・・・、機体の操作を・・・渡してほしいんだけど・・・。」
と、萎縮したように告げる。 すると、サンゴからは何の応答もないまま、機体は歩行状態から急停止する。 ほんの微かに操縦席内が揺れ、再びセーフティベルトがファスの両肩、両脇の下を数秒きつく締め付けた後、定位置に戻った。 その後もサンゴから何の応答も無いまま、ファスの服に負荷圧がかかり、足元も地面の感触が切り替わる。 そして「面」視界内は操機目線と同一となり、ファスに機体の操作が移ったのを感じ取れた。 しかし、
「あ・・・。」
左手の武具を意識していなかったファスは、手にそれほどの力を込めておらず、「ツーハンドソード」を通路床に手放してしまう。 重苦しい金属音が通路内に響き渡った後、「ツーハンドソード」は通路床で静かになった。 ファスは操縦席内で屈みこみ、落としてしまった「ツーハンドソード」を機体に拾わせようと操作するも、服に負荷圧がかかっているため、拾うのに苦労してしまう。 が、どうにか「ツーハンドソード」の刀身部分を左手で掴み、
「ふう・・・。」
と、立ち上がって一息ついた後、ファスは闘技場出入り口へ向かって自力で歩き出した。
『操作を渡してもらってから武具を落とすなんてこと、今まで無かったのに・・・。 ・・・だいたい、こんな時って、操機補であるサンゴが、武具を拾い上げてくれるんじゃないの・・・。』
と、ファスは少々寂しい思いをしてしまう。
『もうすぐ闘技場への出入り口・・・。 このままだと、手合いに影響があるよね・・・。 どうしよう・・・。 こうなったら、人間の権限を使ってでも、サンゴをいつもの操機補として動いてくれるように指示を出すか・・・。』
そう思っていたが、ファスはふと、昔に映像で見た物語を思い出す。
とある操機主と操機補の物語。 訓練中は言うに及ばず、実機での手合い中ですら、口喧嘩になってしまう主人公の操機主と操機補。 そんな喧嘩中、主人公が操機補と仲直りしたい時に使う言葉があった。
そして、ファスは機体を歩かせつつ、
「ねえ、サンゴ。 この手合いが終わったら、デートしようよ。」
と、唐突に思い出した物語の一説を言い出す。 一方、
「ファス! 何を言っとるんじゃ! 手合いに集中しろ!」
怒ったような、焦ったような、どちらとも言えない口調で答えてくれるサンゴ。
「あははは・・・。 サンゴらしくなってきた。」
片や、冷やかすように笑って答えるファス。
「なんじゃ、その言い方!」
と、サンゴはまだ怒っているような、焦っているような口調で話しかけてくる。 だが続けて、
「闘技場出入り口は目の前じゃ。 集中しなさい。」
と、呆れたような口調から、徐々に冷静な口調に切り替わっていく。 一方、
「わかったよ!」
と、元気よく答えたファス。 「面」下でほっとした表情をしつつ、
『・・・よかった・・・。 どうにか、サンゴの機嫌を取り戻せたみたい・・・だけど・・・。 「人」にも、気分や機嫌みたいなものが・・・あるんだな・・・。』
などと考えていた。 よくよく思い出してみれば、イチゴも、ファスが他の「人」と楽しげにしていると、その後に、やきもちをやいているような行為を受けたことを思い出す。
『「人」って、そういう感情的なところまで再現出来ているんだな・・・。』
と、つくづく感心する。 が、
『だけど、トエル・・・。 あの「人」は・・・。 確かに、新型って話しだけど、それ以外にも・・・言葉にできないけど、何か・・・他の「人」と違うような感じが・・・。』
ここにきて、ファスは再びトエルの事を思い出してしまう。 初期訓練所での顔合わせ以来、2度目の素顔を見せてくれたトエルだったが、ファスは他の「人」との違いが気になって仕方がない。 そこへ、
「ファスよ、闘技場出入り口じゃ。 余計なことは考えるな。」
と、サンゴはファスの生体データの脳波を読み取ったのであろうか、冷静な口調で釘を刺してくる。
「・・・え・・・。 ・・・わかってるよ・・・。」
一方、ファスはひと呼吸置き、にこやかに落ち着いて答える。 そして機体を進ませ、目の前の通路角を曲がると、闘技場出入り口が見えるとともに明るさが増し、地上闘技場内が見えてくる。
地上闘技場。 天候は曇り。 だが幸い、風はほぼ吹いていない。
「曇りか・・・。 手合い中、雨が降らなきゃいいんだけど・・・。」
ファスはそう呟きつつ、闘技場中央に目線を移す。 すると、対戦相手側手合い開始位置には、真っ赤な塗装の操機がすでに立っていた。
「あれ・・・? あの機体・・・。 どこかで見たような・・・。」
ファスは対戦相手の手合い開始位置にいる機体を見て、既視を感じつつ呟く。 そして、闘技場中央にゆっくり歩きつつ思い出そうとしていると、
「この闘技場施設に来て、初めて、わし・・・じゃなくて、私と実機手合いを見た時の機体だな。 あの時は、目の前の機体も、対『人』相手の実機初戦だったようだが。」
と、ファスの呟きに答えるように、サンゴの冷静な声が頭部覆い内スピーカーから聞こえてくる。
「・・・ああっ! 思い出した! サンゴと一緒に、訓練室で手合いを見た時の機体!」
サンゴに言われ、ようやくどこで見た機体か思い出すファス。 だが、
「・・・でも・・・、本当に、あの時の機体なの・・・? なんか、細身なような・・・。」
と、ファスは正面に立つ機体を見た感想を告げる。 確かに見た目だけでも、対戦相手側手合い開始位置の機体は、ファスの搭乗する機体に比べ、か細く見える。
「操機の骨格と装甲を軽装化した機体じゃな。 ファスが仮想手合い2回目で相手をした機体は、骨格と装甲を重装化した仮想機体だったが、この機体は、その真反対じゃな。 まだ実機手合い数戦目だというのに、自分好みに誂えたようじゃ。」
と、サンゴが事細かに説明してくれる。 一方、ファスはサンゴの話を聞き入ってしまい、手合い開始位置までの歩みを止めてしまいそうになるも、
「ファス、歩みを止めるなよ。」
と、サンゴから早口の警告を受け、
「あ・・・。 う・・・ん・・・。」
と、辛うじて返事をし、歩みを止めることなく、「面」視界内で赤く光る手合い開始位置の線へ向かい近づいて行く。 そしてファスの目には、真っ赤な機体がそれぞれの手に持つ武具がはっきりと見えてくる。 右手に細身の剣「レイピア」を持ち、左手には短い短剣の「ダガー」を持っているように見えた。 一方で右腕、左腕、共に盾の類は装備していない。
『「レイピア」か・・・。 あれって、突いてくる武具だよね・・・。 回り込まれて、後ろから突かれないように注意しないと・・・。』
ファスは、相手機体が細身で軽量な体を生かし、動き回る戦法を取って来るだろうと考えていた。 が、
「ファスよ。 相手機体の左手武具、『デュアルブレード』に注意じゃな。 柄側にも刀身がある。」
と、考え中のファスに対し、割り込むように告げてくるサンゴ。
「えっ? あれ、『ダガー』じゃないの?」
相手機体が右手に持つ「レイピア」のみに目線がいっていたため、慌てて相手機体左手武具にも再度注視するファス。 よくよく見てみると、サンゴの言う通り、相手機体が左手で握っている武具には、柄の後ろ側にも刀身のようなものが僅かに見える。
「へぇ~・・・。 どんな動きをしてくるのか、見当もつかなくなってきた・・・。 軽快に動き回って翻弄してくるのかな・・・? それとも、両手に武器だから、足を止めて連撃でくるのかな・・・?」
ファスは自身で相手機体の動きを考えられず、呟くようにサンゴに訪ねてしまう。
「軽装甲の機体だから、まず動き回るだろうな。 側面や、後ろに回り込まれないようにも注意じゃな。」
と、サンゴが冷静な口調で助言をしてくれる。 しかし、
「えっと・・・。 回り込まれないようにって、どうしたらいいの・・・? こっちは、振りの遅い、『ツーハンドソード』だよ。」
と、左手に持つ意匠の凝らされた「ツーハンドソード」に視線を落とした後、自信無く話すファス。
「『ツーハンドソード』だから何とかなる。 軽装甲機は、武具がかすっただけでも致命傷になりかねない。 大振りで振り回せば、警戒してそうそう近づいてこないじゃろ。」
と、サンゴは落ち着いた口調で答えてくれる。
「・・・わかったよ・・・。 ありがとう、サンゴ・・・。」
と、ファスは静かに礼を言う。 それとほぼ同時、手合い開始位置に到着した、ファスの操る銀色の機体。 地面に「ツーハンドソード」を突き立て、柄尻に両手を添えた姿勢で待機に入った。
「双方、少々お待ちを。」
手合い開始位置に到着してから暫し後、ファスの頭部覆い内スピーカーからは、中年男性のような声が聞こえてくる。 今回の、「操機戦管理」手合い進行役の声であろう。 少し余裕が出てきたファスは、そんな声を聞き流しつつ、
『・・・それにしても、目の前の機体・・・。 よくよく見てみると、今まで僕が見てきたどの機体とも・・・似ていない機体だな・・・。 武具の独創的な意匠はもちろん、機体の所々にも、細かい意匠が施されているし・・・。』
などと、相手機体を眺めながら考えていた。 実際、ファスはここに来る前は、少ない日でも1日1戦の手合いを、多い日には、1日5~6戦ほども手合いの中継や過去映像を見ていたほどである。 そのファスが自身の記憶を辿るも、ここまでの独創的な意匠で統一された機体は見た記憶が無かった。
『この手合いが終わったら、武具の意匠もだけど、機体の意匠も変更してみようかな・・・。 でも・・・。 ロッカが、「意匠作成は大変だ」とか言ってたよな・・・。 機体の意匠だと、もっと大変なんだろうか・・・。』
などと考えていた時、
「双方、時間になりました。 手合いを始めましょう。」
と、再び「操機戦管理」手合い進行役の声が頭部覆い内スピーカーから聞こえてくる。 そしてその声が消え去ると同時、
「ファスよ。 前回同様、機体番号が告げられたら武具を掲げ、この手合いを観ている観衆へアピールを。」
と、サンゴの小声が頭部覆い内スピーカーから聞こえてくる。 ファスは深く息を吐いた後、「操機戦管理」手合い進行役が自機の機体番号を告げるのを落ち着いて待つ。
「今回の手合い、まずは、000119-018198号機!」
「操機戦管理」手合い進行役の声を聞き取ったファスが、操縦席内で機体を操る操作をすると、銀色の機体は待機姿勢から右手のみで「ツーハンドソード」の柄を握り、剣先を上空に高々と掲げる。
「よしよし。」
サンゴの落ち着いた声を聞き取ったファスは、ゆっくりと「ツーハンドソード」を機体正面に降ろし、剣先を地面に突き立て、再び柄尻に両手を添えた待機姿勢に入った。
「対するは、000909-018196号機!」
再び、「操機戦管理」手合い進行役の声が響き渡る。 だが、ファスの目の前の真っ赤な機体は身動き一つせず、微動だにしない。
「・・・あれ・・・? アピール無し?」
と、ファスは思わず不思議そうに呟いてしまう。 すると、
「ファスよ。 こんなこともある。 相手機体のアピールが無いからと言って、短気になるなよ。」
と、サンゴが釘を刺すように、冷静な口調で警告してくれる。
「いや・・・。 別に、怒る程の事でもないと思うけど・・・。」
一方のファスは、サンゴが『どうしてこんなことを言っているのか』理解できず、平然と答えてしまう。 その後、
「双方、構えて!」
いつになく緊迫感がある、「操機戦管理」手合い進行役の声が聞こえてくる。 その声が消えた後、サンゴは早口で、
「アピールをしないのは、『ファスを見下している』、若しくは『速攻で倒して勝利する』という意思表示だ!」
そう話してくれる。 片や、ファスはサンゴの声に聞き入ってしまった挙句、
「えっ!? そんな・・・見下すなんて・・・。 アピールしないのって、そういう意味だったの!?」
そう言い、過去に見た手合い映像の記憶を辿ってしまう。
『・・・確かに・・・。 手合い開始時に、アピールをしていない映像って、いくつか見た記憶が・・・。』
そんなことを思い出し、呆然となってしまうファス。 当然、機体も武具を構えられず、
「018198号機、構えて!」
と、「操機戦管理」手合い進行役から、注意のような警告を受けてしまう。
「ファスよ。 落ち着いて、武具を構えろ。」
頭部覆い内スピーカーから聞こえてくるサンゴの冷静な声を聞き、ファスははっと気付き、気を引き締める。 そして、地面に突き立てていた「ツーハンドソード」の柄を両手で握り、中段正面で構え、右足は少し引いた。 一方、真っ赤な相手機体は、左手の「デュアルブレード」を盾のように機体正面へとゆっくり掲げ、右手の「レイピア」は、後ろに引いた構えを取る。
数秒の間後、
「始め!」
と、「操機戦管理」手合い進行役が手合いの開始を告げる。 だが、開始直後は双方ともに動かず、睨み合いの時間となった。
「落ち着け・・・落ち着け・・・。」
ファスは自身に言い聞かせるように呟く。 しばしの間後、
「そりゃ!」
先手を取ったのはファスだった。 相手機体にゆっくりとすり足で近づいていき、「ツーハンドソード」の間合いに入ると、中段の構えから、短めの突き攻撃を牽制のように繰り出す。 一方、真っ赤な機体は、銀色の機体の突き攻撃に反応し、後方に大きく退いてしまった。
『距離を取った・・・? 距離を取ったら、間合いが広いこっちが有利になるのに・・・。』
と、武具を中段正面に構えなおしつつ、不思議に思うファス。
「・・・ねえ、サンゴ。 相手機体の右手武具・・・『レイピア』だっけ? 『ツーハンドソード』と比べて、向こうの武具の間合いは狭いよね?」
と、ファスは相手機体から目線を逸らさず、サンゴに不思議そうに問いかける。
「ああ。 間合いは『レイピア』の方が狭く、『ツーハンドソード』の方が広い。 だが、あえて距離を取ったのかもしれない。 大きく回り込まれないように注意じゃな。」
と、サンゴの冷静な声が聞こえてくる。 それを聞いたファスは、「デュアルブレード」を盾のように機体正面に掲げている相手機体を捉えつつ、
『ここから間合いを詰めるか・・・。 それとも、相手の出方を待つか・・・。』
と、睨み合いの中、再び考えてしまう。
結果、長時間の睨み合いとなってしまった挙句、硬直したように同じ姿勢を取り続けることになってしまったファス。 「ツーハンドソード」と両前腕の「ハンドシールド」の重みのためか、両腕が痺れたような感覚になってきてしまう。
「うぅ・・・。」
腕が痺れたような感覚を嫌ったファスは、中段正面に構えていた「ツーハンドソード」をゆっくりと右脇横向きに倒し、左前腕の「ハンドシールド」を相手機体に向けた構えを取ろうとする。 だが、相手機体はその一瞬の隙を突いてきた。 軽装甲の身軽さを生かし、銀色の機体が「ツーハンドソード」を傾けた右側面へ回り込み、一気に距離を詰めてくる。
「なっ!」
相手機体の身軽な動きに翻弄されてしまったファスは、「ツーハンドソード」を突き出し、相手の動きを牽制しようとする。 しかし、十分な牽制にはならず、ファスの操る銀色の機体は、あっさりと右背面を取られてしまった。
『狙われているのは・・・たぶん・・・右肩!』
ファスは、視界外から攻撃してくるであろう相手機体の攻撃位置を、当てずっぽうに予想する。 そして右手を「ツーハンドソード」の柄から外すと、右前腕の「ハンドシールド」を、当てずっぽうに予想した右肩後方付近に振りかざす。 それぞれの機体の武具防具が放つ重苦しい音が闘技場内に響き渡る。 銀色の機体が掲げた右前腕の「ハンドシールド」は、相手機体の「レイピア」の突き攻撃を辛うじて防いでいた。 だが、
「ファス! 連撃がくるぞ!」
と、サンゴが強い口調で警告をしてくれる。
「くっ・・・。」
サンゴの声を聞き、自身の機体を無理やり右背面に振り向かせようとするファス。 だが、あまりに無理な体勢から機体を旋回させた影響だろうか、旋回中に重心を崩し、転倒しそうになってしまう。
『転ぶ!』
と、慌ててしまうファス。 ところが、ファスが着ている操機主用服の上半身服負荷圧が素早く変化し、無理矢理体勢を少し低くさせられてしまう。
『サンゴが重心制御を補助してくれた・・・。』
ファスの体勢変化に合わせるように、自身が操る機体も体勢を低くして旋回すると、どうにか転倒するのを免れ、再び相手機体を正面で捉えた。
『助かったよ! サンゴ!』
ファスは心の中でサンゴに感謝しつつ、相手機体が右腰脇に引いている「レイピア」に注視し、
「防御、間に合うか!?」
と、両前腕の「ハンドシールド」を機体正面に掲げ、完全な防御姿勢を築いた。 一方、相手機体はそんな防御姿勢などお構いなしに、「レイピア」と「デュアルブレード」を使った連撃を浴びせてくる。 1撃、2撃と、ファスは服の負荷圧を通じ、相手機体の各武具が、機体のどの箇所に当たっているかを感じ取る。 連撃の大部分は、左右の「ハンドシールド」に当たっているようだが、たまに左右の腕や腿、胴部への感触もあった。
それぞれの機体の武具防具が放つ重苦しい音が、闘技場内に響き続ける。 ファスの操る銀色の機体は、何撃、相手機体の攻撃を受けただろうか。
「・・・いい加減に・・・!」
一定の間隔で聞こえてくる相手機体の攻撃を覚えたファスは、攻撃が途切れた瞬間、左手のみで握っていた「ツーハンドソード」を、右から左に横一閃に大振りする。 だが、相手機体はファスの振り回し攻撃を予知していたかのように後方へ引いており、「ツーハンドソード」は虚しく空を切る音を立てるだけだった。
「くっ・・・。」
「ツーハンドソード」の柄に右手を添え、再び右脇横向きに構えつつ、悔しそうに呟くファス。 しかし、
「ファスよ、そんなに悔しがるな。 相手機体の攻撃、こちらへの影響は少ない。」
と、サンゴが落ち着いた口調でファスに話し掛けてくる。 すると、ファスは何かに気付いたように、
「・・・そうだ! 機体の損傷・・・。 サンゴ! どこか損傷したの!?」
と、心配そうに早口で問いかける。
「行動に影響する機体本体の損傷は無い。 だが、攻撃を受けた装甲表面はかなり損傷している。」
と、サンゴが冷静に応答してくれる。
「あれ・・・? 思ってたより、損傷していない・・・。 これだけの攻撃を受けて、装甲の傷だけ・・・?」
と、不思議そうに呟くファス。
『相手機体・・・操機主が、所持武具の扱いになれていないのか・・・? これだけの攻撃を受けて装甲が傷ついた程度なら、多少攻撃を受けてでも、間合いを詰め、斬り合いに持ち込んだ方が・・・。』
そう考え、暫し、距離を取った相手機体を睨んだ後、
「うぉー!」
ファスは叫び声を上げると、左前腕の「ハンドシールド」を機体正面に掲げ、相手機体へ向かって走り出す。 一方の真っ赤な機体は、銀色の機体が走って接近してくるのを一瞥したように頭部を動かした後、機体を自身の左側に走らせ、銀色の機体の接近を難なく避ける。 そこから、さらに銀色の機体右背面に回り込み、「レイピア」と「デュアルブレード」を使い、銀色の機体の右肩部や背中部分に対し、再び連撃を浴びせる。
「駄目か! ・・・相手が早くて・・・追いつけない!」
ファスは服の負荷圧により、右肩後部や背中側から攻撃されていることを知りつつも、相手機体に追いつけないもどかしさに苛まれていた。
「このっ!」
少々の苛立ちを覚え始めたファスは、防御よりも攻撃を優先し、背面に向かって右手のみで「ツーハンドソード」を大振りする。 だが、その場所に相手機体は既におらず、攻撃は再び空振りとなってしまった。
「ファス! また背後に回り込まれたぞ!」
と、サンゴの怒声が頭部覆い内スピーカーから聞こえてくる。
「今度こそっ!」
ファスはまたも「ツーハンドソード」を右手のみで振り回し、自身の背後に向かい、大振り攻撃を繰り出す。 が、相手機体は今回も余裕で、木の葉のようにひらりと後方へ退いてしまう。 一方、ファスの操る銀色の機体は、自身の背面に大振り攻撃を繰り出した勢いを制御できず、またも機体の重心を崩してしまう。
「こらえて、こらえて!」
ファスは操縦席内で叫びつつ、なんとか機体の重心を取り戻そうと、懸命に機体の重心制御に集中する。 すると、突然、右足の服負荷圧が一瞬無くなる。
「うわっ!」
ファスは操縦席内で転倒しそうになるも、セーフティベルトに抱え込まれ、何とか転倒を免れる。 同時に、右足の服負荷圧も戻り、機体も重心を取り戻して転倒を免れた。
「あれっ? またサンゴが手伝ってくれたの?」
と、ファスは相手機体を注視しつつも、早口でサンゴに問いかける。
「ああ。」
と、サンゴは言葉短く答える。
「助かったよ!」
ファスは上機嫌で言葉短く答えると、セーフティベルトはファスの体から僅かに離れた定位置に戻った。 しかし、
「はぁ・・・はぁ・・・。 捉えられない・・・。」
一転、呼吸が乱れ始めたファスは悔しそうに呟く。 一方の相手機体は、ファスの操る銀色の機体と十分な距離を取っているためか、防御を半分解いたような、寛いだ姿勢で立っている。 それを見たファスは、次第に頭に血が上り始めてしまう。
「こうなったら! 何度でも!」
そう叫んだファスは、再び「ツーハンドソード」を右脇横向きに構え、相手機体へ向かって突進する。 一方の相手機体は、またも銀色の機体の右側面に回り込もうと走り出す。 だが、ファスはその移動を予知していた。 さらに、相手機体が今までより幾分遅く移動したため、
「そう何度も同じ手が通用するか!」
そう叫びつつ、ファスは相手機体の移動先だと予知した付近に対し、少々引き絞って突き攻撃を繰り出す。 金属同士がぶつかる重苦しい音が闘技場内に鳴り響き、銀色の機体の「ツーハンドソード」による突き攻撃を、「レイピア」と「デュアルブレード」を掲げて防御した真っ赤な機体。
「受け止めたな!」
ファスは好機とみるや、突きを放った体勢から、「ツーハンドソード」を握る両手に無理やり力を込める。
「このまま押し込んで!」
ファスはさらに一歩踏み込み、「ツーハンドソード」を握る両手に一層の力を込める。 だが相手機体は、銀色の機体が踏み込んできた瞬間、「レイピア」と「デュアルブレード」を器用に使って「ツーハンドソード」を機体右脇に往なしてしまった。
「うわっ!」
片や、結構な力で押し込んでいたためか、ファスは重心を前方に崩してしまった。 同時に、相手機体が目の前から突然消えたようになり、驚いてしまう。
「こらえて!」
叫びながら懸命に重心制御を取り戻そうと、よろよろと前のめりで2、3歩前進してしまう操縦席内のファス。 同時に、ファスの操る銀色の機体も前のめりで2、3歩前進してしまっていた。 一方、右背面から素早く詰め寄ってきた相手機体は、左手武具「デュアルブレード」逆手側の刃で、前のめりになってしまっている銀色の機体の背中側首付近を殴打する。 何かが砕けたような音が闘技場内に響き、ファスの操る銀色の機体は重心制御を失い、うつ伏せで転倒してしまうように見えた。 だが、ファスは操縦席内で左足を伸ばし、転倒を防ぐ。 同時に銀色の機体も左足を伸ばし、右膝は闘技場地面に着くと、どうにか転倒するのを免れた。 そこから間髪入れず、
「そこだ!」
三たび、ファスは機体右側から背面側に、「ツーハンドソード」を右手のみで大振りに振り回す。 片や、真っ赤な機体は銀色の機体が転倒するものと思っていたのだろうか。 銀色の機体の首防具に攻撃を当てた後、その場から動かずにいたため、銀色の機体が当てずっぽうに振り回した「ツーハンドソード」の剣戟が、右太もも側面に直撃してしまう。 鈍い轟音が闘技場内に響き渡り、棒立ちだった真っ赤な機体は重心を大きく崩した挙句、うつ伏せに倒れ始めていく。
「サンゴ! 機体の損傷は?」
一方、振り回した「ツーハンドソード」を機体正面に戻したファス。 右膝を操縦席床に着いた体勢から立ち上がりつつ、サンゴに早口で問いかける。
「背中側首防具が中程度の損傷! 首の骨相当部が打撲相当の軽度損傷! 視界の反応速度と重心制御に対し、少々の影響が出るかもしれない!」
と、サンゴも早口で応答する。
「わかったよ、サンゴ! ・・・って、あれ・・・? いない! 何処だ!?」
ファス自身、背面に大振りした剣戟に手ごたえを感じていなかった。 そのため、相手機体がいるであろう方向に対し、素早く振り向いたつもりだった。 しかし、真っ赤な相手機体はファスの視界内の何処にもいない。
「ファス! もっと右だ!」
と、サンゴの怒声が飛ぶ。 転倒しそうになった相手機体は、両手を器用に使って受け身を取り、転倒を免れていた。 さらに、ファスが思っていたより素早く移動し、またも、銀色の機体右背面に回り込んでいたのだった。
「くっ・・・。」
ファスは慌てて機体右背面に対し、「ツーハンドソード」を右手のみで牽制のように横一閃に振り回す。 その後、向きを変えつつ、「ツーハンドソード」を中段正面両手持ちで構え、相手機体を正面に捉えた。 が、
「はぁ・・・はぁ・・・。 あれ・・・? 攻撃して・・・こない・・・。」
ファスは相手機体からの連撃を受けるものと覚悟していた。 だが、相手機体は「ツーハンドソード」の間合いぎりぎり外側にいて、左手の「デュアルブレード」を盾のように機体正面真横に掲げたまま、立ち尽くしている。
「はぁ・・・はぁ・・・。 サンゴ・・・。 相手機体・・・、どこか損傷したの?」
と、ファスは呼吸をととのえつつ、サンゴに落ち着いて問いかける。 すると、
「ああ。 ファスが低い姿勢から放った一撃が、右腿側面に命中している。 右腿の外側面装甲が破断損傷だ。 しかも、相手機体は軽装甲機だ。 内部の筋肉相当部が断裂、骨相当部も骨折相当の重度損傷をしたかもしれない。」
と、サンゴが冷静に応答してくれる。 ファスもその応答に従い、相手機体の右腿をよくよく見てみる。 そうすると、真っ赤な装甲が激しく損傷し、裂けてしまっているのがわかる。
『・・・あんな・・・攻撃で・・・。』
ファス自身、不安定な体勢から放った一撃だったため、相手機体の装甲が破断する程とは思っておらず、少々驚く。 だが、一拍置いて、
「はぁ・・・。 でも・・・。 これで、正々堂々、正面から切りあえ・・・」
と、呼吸が落ち着てきたファスが、自信を持って言いかけていた時、
「ファスよ。 正々堂々ではない。 相手機体が右腿を重度損傷した時点で勝負はついておる。 お前さんの勝ちじゃ。 機動力を削がれた軽装甲機に、この後の勝機は無い。 もしかしたら、降参するかもしれない。 あまり派手に攻撃するなよ。」
と、サンゴはファスが話しているのを制し、釘を刺すように注意してくる。 一方、それを聞いたファスは、
「えっ・・・? 派手に攻撃するな・・・って・・・。」
と、相手機体を見て躊躇してしまう。
『・・・参ったな・・・。 でも、サンゴの言う通りか・・・。 損傷して動けない機体相手に、全力攻撃してもな・・・。』
と、ファスはサンゴの言った事を理解しつつ、暫し考える。
「・・・そうだ! 間合いと時間を取れば、相手が降参してくれるかも・・・。」
ファスはそう呟くと、「ツーハンドソード」を中段正面に構えたまま、相手機体を正面に捉えつつ、機体をゆっくり、1歩、2歩と後退させ始めた。 一方の相手機体は、ファスが操る銀色の機体の動きを見ても、「デュアルブレード」を盾のように構えたままの姿勢を維持し、物音を立てず、静かに動かないでいる。 同様に、機体を3歩程後退させたファスも、物音を立てず、静かに動かないでいた。
いかばかりかの静かな時間が経ったろうか。 相手機体からの降参は無く、かといって、攻撃を決断できず、不安でいっぱいだったファスは、
「・・・相手機体、降参しないね・・・。 打って出るよ・・・。」
と、さすがに沈黙に対して根負けし、サンゴに問いかけるように呟く。
「・・・。」
暫しの間、サンゴからの返事を待つも、何の反応も無い。
『・・・なんだよ・・・。 サンゴまで静かになっちゃって・・・。 自分で判断しろってことなのかな・・・。』
ファスは少々の不満を覚えつつも、自身で判断を下す。 中段正面に構えていた「ツーハンドソード」を、右脇横向きの構えに変え、相手機体へ向かって大きく踏み込んで行く。
「おりゃー!」
片や、ファスの踏み込みに対し、その場から一歩も動かない真っ赤な機体。
『勝った!』
そう思い、ファスは大声で叫びつつ、「ツーハンドソード」を絶妙な位置で真横に振り抜く。 狙いは、相手機体胸部。
「えっ?」
ファスは自身が武具を振り抜いている最中だったが、相手機体のわずかな動きに驚く。 真っ赤な機体は「ツーハンドソード」の剣筋上に、左前腕に盾が付いているかの如く、左腕を翳してきた。 無論、そんな防御をすれば、相手機体の左腕が無事で済むわけがない。 銀色の機体が繰り出す「ツーハンドソード」の強打を受けた相手機体の左前腕は、轟音と共に砕け散っていく。 その砕けていく様を見たファスは、相手機体の真っ赤な左前腕が砕けていく間、
『・・・真っ赤に・・・散って・・・。』
などと、スロー再生している映像をみているような、不思議な感覚に陥ってしまう。 だが、ゆっくり砕け散っていく左前腕を見入ってしまっていたため、ファスは相手機体が「レイピア」の突き攻撃を繰り出しているのを完全に見落としてしまっていた。
「あ・・・。」
ファスが気付いた時、「レイピア」の剣先は避けられない距離にあった。 狙われているのは、自機の喉元付近。
『・・・まけ・・・た・・・。』
と、全身の血液が凍り付いたように感じるファス。 しかし、「レイピア」の剣先が自機の直前に迫った時、「ツーハンドソード」の強打を受けていた真っ赤な機体は、左腕全体が破壊された勢いを止めることが出来ずに吹き飛ぶ。 その後、真っ赤な機体は木の葉のように半回転し、重苦しい音を立て、闘技場地面にうつ伏せに倒れていった。
「それまで。」
手合い終了を告げる、「操機戦管理」手合い進行役の声。 だが、ファスの耳にはその声は届かず、倒れて動かなくなった真っ赤な機体を茫然と眺めているだけだった。
そして、雨が降り出す。
自身の操機格納庫に戻ってきたファス。 闘技場からの帰還中は、サンゴからの祝福や問いかけに対し、上の空で答えるだけだった。 その後はサンゴも何かを察したかのように、ファスに話しかけることも無くなり、ファス、サンゴ共、沈黙したまま格納庫に戻ってきたのだった。 機体が整備台に格納され、仰向けで固定されると、操機操縦席出入り口の扉が開く。 操縦席外側では、「面」と頭部覆いを付けていないロッカがファスを待ち伏せし、
「やったな、ファス! 対人手合い初勝利、おめでとう!」
と、笑顔で祝福の声を発するも、
「・・・あ・・・りがとう・・・。 ロッカ・・・。」
「面」と頭部覆いを外していたファスは、操縦席出入り口から這い出てゆっくり立ち上がると、ロッカに視線を合わせず、萎縮した様子で答えた。 そして、その表情は嬉しそうではなかった。 むしろ、負けてしまい、落ち込んでいるかのような表情だ。
「ファス。」
ロッカは、再度ファスに対して冷静に一言だけ声を掛けるも、ファスは何の反応もせず、俯き気味でとぼとぼと歩いていってしまう。 そんなファスの後ろ姿を見たロッカも、何かを察したかのように、それ以上ファスに絡む事は無くなり、無言で見送った。
俯き気味のまま、整備台備え付けのエレベーターまでとぼとぼと歩き、格納庫床面に降りて行くファス。 エレベーターを降りた先では、「面」と頭部覆いを付けていないクウコが、心配そうな表情で待ち構え、
「ファス、大丈夫ですか?」
と、冷水の入った容器を両手で差し出しつつ、心配そうな口調で尋ねてくる。
「だい・・・じょうぶ・・・。 水は・・・要らないや・・・。」
片や、ファスはクウコをちらりと見た後、問いかけに対して口数少なく答える。 そして力無く右手を翳し、冷水の入った容器を受け取らず、とぼとぼと歩いて行ってしまう。
暫くとぼとぼと歩き続け、ファスは格納庫出入り口にたどり着く。 出入り口脇には、「面」と頭部覆いを付けていないトエルが立っていた。
「あの・・・ファス。 おめでとう・・・ございます・・・。」
トエルも心配そうな表情で両手を胸前で合わせ、近づいてくるファスに対し、恐る恐る声を掛ける。 一方、俯き気味に歩いていたファスは、トエルから声を掛けられると体がびくりと反応し、立ち止まった。 ゆっくりと顔を上げ、トエルに向かってちらりと視線を合わせると、
「ああ・・・トエル・・・。 あり・・・がとう・・・。」
と、ファスは周囲に聞こえるか聞こえないかくらいの声量で答える。 その後、再び地面に視線を落とし、とぼとぼと歩くのを再開すると、自動で開いた格納庫扉から外に出て行ってしまう。 そんなファスの姿を見たトエルは、突然、
「待ってください、ファス! 部屋まで送ります! 今、車を呼びますので! ファスの事、心配です!」
と、大きな声を上げ、歩き去って行くファスの背中に向かって呼びかける。 だが、
「・・・きょう・・・は、あるいて・・・かえる・・・よ・・・。」
立ち止まり、地面に向かって答えているようなファスの小声が聞こえてくる。 「人」でなければ聞き取れないような、かすかな声量だった。
『・・・まけ・・・た・・・。』
操機格納庫を出たファスの頭の中には、その言葉が木霊していた。
格納庫から自室に向かう誰もいない通路を、魂が抜けたようにとぼとぼと歩いていく。 負けたという意識からだろうか、それとも悔しさからだろうか。 ファスの目には涙が浮かんできており、ついには、力尽きたように通路脇にへたり込んで座ってしまう。
『・・・ぼく・・・負けた・・・よね・・・。 あの時・・・、相手の武具が・・・僕の機体喉部を・・・捉えて・・・。』
手合い終了間際、真っ赤な相手機体の放った「レイピア」の突き。 目の前に迫ってくる武具は、ファスが操る銀色の機体の喉元を完全に捉えている。 その光景が、脳裏に焼き付いて離れない。
『あの一撃・・・。 やっぱり、僕の機体に当たっていたよね・・・。』
その後、ファスは、真っ赤な機体の「レイピア」の一撃が、自分の機体喉元に当たっていたと勝手な想像をしてしまう。 だが、
『・・・いや! 相手の攻撃は、当たっていない! 多分・・・。』
と、今度は頭の中で『当たっていない』と否定するも、自信はなかった。
暫し通路上に座り込み、溢れてくる涙を拭いながら、『当たった』、『当たっていない』を漠然と考えていたファス。 が、
『・・・そうだ! 「面」で・・・手合い映像を確認すれば・・・。』
などと唐突に閃き、涙を拭い、背中側に降ろしていた頭部覆い内の「面」を手探りで探し始める。 しかし、右手、左手と背中の頭部覆い内を探るも、いつもの場所にあるはずの「面」が無いことに気付く。
『・・・あれ・・・!? 「面」が・・・無い・・・。 どこに・・・。』
ファスは機体を降りてからここまでの道のりを遡って思い出す。 やがて、
『・・・あっ・・・。 そうだ! 操縦席内に・・・。』
真っ赤な相手機体が闘技場地面に横たわっている手合い終了直後。 ファスは力無く「面」を外し、そのまま落とすように手放してしまったのだった。
『・・・どうしよう・・・。 格納庫に戻ると、サンゴやロッカと顔を合わせることになるし・・・。 かといって、自室のメガネ型端末を取りに行こうとすれば、イチゴに会うだろうし・・・。』
と、今度は別の事で悩み始める。
ファスが通路上に座り込んで、いかばかりかの時間が経っただろうか。 結局、
「・・・イチゴ・・・。 暫く、一人にして・・・。」
襟のマイクに向かって口重く告げ、涙を拭ったファスはおもむろに立ち上がり、自室を目指して重い足取りで歩き始めた。
自室に戻って来ても、ファスは自身の手合い映像を見られずにいた。 寝具の枕元付近に置いてあるメガネ型端末をちらちら見ては、自身の対人手合い映像を見ようとするも、躊躇してしまう。
その日、ファスは自身の対人手合い映像を見ることは無かった。 昼食、夕食は、イチゴが気を使ってくれたかのように、イチゴではない、六脚「人」がファスの部屋に食事を届け、無言で配膳までしてくれる。 食事の内容も、軽めの食事と飲み物が添えられているだけだったが、あまり食欲の無いファスにとってはありがたい配慮だった。
翌日の朝食も、自身の部屋で軽く済ませたファス。 使用済みの食器類を六脚「人」が部屋から運び出すのと同時、操機主用の服に着替えたファスも、一緒に部屋を出て行く。 重い足取りで向かう先は、もう何度か訪れている、この闘技場区画内にある公園のような場所だった。
薄曇りの空の下、誰もいない公園に到着したファス。 休憩椅子に座り、膝上に置いたメガネ型端末を呆然と眺め、昨日の手合い映像を見るか、再び悩んでいた。 すると、
「あら、ファス・・・?」
聞き覚えのある女性の声が間近で聞こえ、ファスはびくりとしてそちらを向く。 すると、何時ぞやにこの公園で会った操機主エメが、ファスのすぐ近くに立っていた。
「・・・エメ・・・さん・・・。 おはよう・・・ございます・・・。」
と、白い操機主用の服を着たエメを僅かに見て、力無く挨拶をするファス。 その後はすぐ、自身のメガネ型端末に視線を戻してしまった。
「おはよう。 隣、いいかしら?」
と、右手で休憩椅子を翳し、ゆっくりと優しい口調でファスに問いかけるエメ。
「・・・どうぞ・・・。」
ファスはエメを見ずに手短に答え、腰を少し浮かせ、エメが座れる分の場所を空けてずれた後、休憩椅子に座り直した。 一方、
「どうしたのかな・・・? 操機主様なのに、『面』ではなく、メガネ型端末なんか眺めて。」
エメはからかうようにファスに問いかけながら、ファスのすぐ右隣に腰を下ろす。
『あ・・・。 エメさんの・・・感触が・・・。』
片や、エメが休憩椅子に腰かけると、自身の右腕に、エメの左腕が当たっているのを感じてしまうファス。 少々頬が赤くなってしまうのと同時に、緊張してしまい、
「・・・エメさん・・・こそ、こんな朝早く・・・どうしたのですか・・・?」
と、エメを見られず、たどたどしく質問に質問を返してしまう。 すると、
「・・・こら、ファス! お話する時は、『相手の目を見て話す』って、教えたでしょ!」
優しい口調だが、少々怒ったようにそう言うと、ファスに対して以前と同様、ファスの左頬に優しく左手を添え、振り向かせようとするエメ。 一方、左頬に触れられたファスは、再びびくりとした後、
『・・・う~わ・・・。 なんだろう・・・いい香りが・・・。』
と、エメから薫る何かのいい香りに魅了されたかの如く、エメに向かって目を合わす。
「・・・そう、その調子。 で、私は、朝の散歩よ。」
と、ファスに対して微笑みながら答えるエメ。 そしてファスの頬から左手を戻しつつ、続けて、
「さあ、今度はファスが答える順番。」
と、優しく告げた。 しばらく後、ファスはエメから目線を外し気味にして、
「・・・あの・・・。 僕、昨日、手合いをしたんです。 初の・・・対人の・・・。」
と、たどたどしく小声で話し出す。
「あら! それで、それで!」
一方、ファスの話を聞いたエメは、嬉々としてファスにさらに近づき、顔も近づけ、話の続きを聞き出そうとする。
『うわっ・・・。 エメさんの体が・・・当たって・・・。』
片や、エメに迫られたファスは、ロッカやイチゴといった「人」とは違う、人間であるエメの体の柔らかな感触を右腕に感じながら、
「・・・昨日の・・・昼前の・・・地上闘技場・・・。 真っ赤な機体と・・・銀色の機体の手合いです・・・。 見ましたか・・・?」
と、恥ずかしそうに頬を真っ赤にし、小声で呟くように話す。
「あ・・・。 あの・・・手合いね・・・。」
エメはファスの話を聞くと、ファスから少し離れて視線を外し、何か気まずそうに答える。 一方、さすがのファスも、その気まずそうな雰囲気に気が付き、
「エメさん! 率直に言ってください! あの手合い、どうでしたか!?」
ファスは一転、エメを真剣に見つめ、訴えるように質問する。 暫しの間、エメは何かを考えているように中空を眺めた後、ファスに視線を戻し、
「・・・そうね・・・。 最後は相打ちのようになってしまったけど、ファスは良く攻めたと思うわ。 でも、また次の機会があるわよ! ・・・それにしても、銀色の機体・・・。 ファスが動けなくなっているのに、全力攻撃して・・・。」
と、落ち込んでいるファスを慰めるように話すエメ。 片や、ファスはエメの話を聞き、
『あれ・・・? 「良く攻めた」・・・? ・・・ああ、そうか・・・。 エメさんは、僕を、真っ赤な機体の操機主だと思っているのか・・・。』
と、話がかみ合っていないと思い、
「あの・・・。 僕・・・。 銀色の機体の操機主は・・・僕です・・・。」
と、一段と落ち込んだ口調で話す。
「えっ!? そう・・・だったの・・・。」
一方、エメはファスの話を聞き、自身がファスの搭乗機体を勘違いしていたことにようやく気付く。 続けて、
「・・・私、ファスがそんなに落ち込んでいるから・・・。 てっきり、真っ赤な機体の操機主だとばかり思っていたわ・・・。」
と、言い訳するように答えた後、二人はお互いに沈黙してしまった。 いかばかりかの時間が経っただろうか、
「・・・でもね、ファス。 他の操機主の言う事なんか、気にしちゃ駄目よ。 自信を持たないと!」
と、再び慰めるような言い方で、ファスに話しかけるエメ。 だが、その言葉を聞いたファスは、
「・・・えっ・・・? 他の操機主の・・・言う事って・・・なんですか?」
と、不思議そうにエメを見て返事をする。
「『銀色の機体。 最後、あんなに全力で攻撃することもないだろう。』とか、『真っ赤な機体の操機主が怪我したらどうするんだ。』とか・・・。 銀色の機体の操機主への評判、あまり良くないわ・・・。 まさか、ファス。 自分の手合い映像、まだ見ていないの?」
と、エメは驚いた表情でファスに問いかける。
「・・・そう・・・なんです・・・か・・・。」
片や、愕然とした表情をした後、またもエメから視線を外し、地面に呟くように話すファス。 話し終えると、メガネ型端末を左手で持ち、ゆらりと椅子から立ち上がる。 その後は両肩を落とし、背中を丸め、その場からゆっくり立ち去ろうとする。 一方、そのファスの丸まった背中へ、
「ファス! 私、明日にはここを離れるの! ファスも一緒に来ない?」
と、大きな声で優しく問いかけるエメ。 だが、
「・・・。」
ファスからは何の返事も反応も無く、その場をゆっくりと去って行ってしまった。
行き場を失ったファスは、暫く闘技場区画内をさまようように歩いた後、結局、自分の部屋に戻ってきた。 部屋に入り、ゆっくりした足取りで寝具に向かい、大の字に倒れこむと、
『・・・寝具が・・・整えられてる・・・。 イチゴが掃除してくれたのかな・・・?』
と、皺の無いシーツの感触を感じつつ、そんなことを考えるファス。 その後、左手に持っていたメガネ型端末を放り投げるように手放し、
『・・・そうか・・・。 僕、評判の悪い操機主になっちゃったのか・・・。』
そう考え、暫し呆然としていた。
うつ伏せの姿勢が苦しくなり、寝返りを打って枕元付近を見ると、そこには、操機主用の白い「面」が置かれていた。 ファスは「面」を見つけると、
「やっぱり・・・イチゴが着て、部屋の掃除をしたんだ・・・。」
そう確信する。 そして、「面」へ向かって四つん這いで近づき、右手で拾い上げた後、器用に頭を枕に乗せつつ仰向けに寝転がった。 今度は、呆然と白い「面」を眺めていたファスだったが、
「・・・手合いの映像・・・。 見て・・・みるか・・・。」
と、小声で呟き決心をすると、頭を枕から少し浮かせ、背中側にある頭部覆い上部を引き出して頭に被った。 その後、「面」を装着し、再び枕に頭を乗せると、
「昨日の・・・昼前の手合い。 真っ赤な機体と銀色の機体の手合い映像を見せて。」
と、再び小声で呟く。
すると「面」視界内には、昨日のファスの手合い映像が流れ始める。 だがファスは、銀色の機体が、右手で武具を振り上げる映像を見た時点で、
「手合い開始まで飛ばして・・・。」
そう呟く。 すると映像は瞬時に、銀色の機体、真っ赤な機体が、遠い間合いの真横から写されている場面に切り替わる。
『始め!』
ファスの見ている映像には、「操機戦管理」手合い進行役の声が付加されてはいなかったが、ファスには手合い開始の声が聞こえたように感じる。 しばらくすると、銀色の機体が先手を取って動き出す。
暫しの間、自身の手合い映像を、まるで他人の手合い映像を見ているような感覚にとらわれながら眺めるファス。 だが、いよいよ決着間際の映像、銀色の機体が「ツーハンドソード」を右脇横向きに構え、大きく踏み込んだ時、ファスは咄嗟に「面」をかなぐり捨ててしまった。
「・・・はぁ・・・はぁ・・・。」
と、呼吸が苦しくなり、息遣いも荒くなってしまう。 「面」視界内映像に集中してしまったため、呼吸が浅くなっていた反動なのだろうか。 それとも、決着の映像を見たくない緊張感から、無意識で息を止めてしまったのだろうか。
結局、その後は手合い映像の続きを見ることも無く、ファスは再び仰向けに寝そべったまま、
『・・・たった一回負けたことや、他の操機主の評判で、こんなに落ち込んでしまうなんて・・・。 それに・・・いつだったか・・・。 サンゴが、「今後、操機主でやっていけそうか、よくかんがえてくれ・・・」みたいなことを言っていたっけ・・・。 やっぱり、僕は、操機主に向いてないのだろうか・・・。』
などと考え込んでしまう。 いかばかりかの時間が経っただろうか。
『・・・操機主を辞める・・・。』
ふと、そんな言葉がファスの脳裏を過る。 しかし、
『・・・でも、これくらいの事で辞めていたら、操機戦・・・操機主をやる人間なんて、いなくなっている気がするし・・・。 それなら・・・、エメさんの言う通り、この闘技場から離れ、別の闘技場に行けば、何かが変わる・・・のだろうか・・・。』
などと、物事を複雑に考え込んでしまったファス。 結局、その日は、その後の食事もとらず、深夜になってもそんなことを考え続け、寝付けなかった。
その日以降、ファスは暫し部屋に引きこもってしまう。
3日後の朝。 ようやく、イチゴを自身の部屋に呼んだファス。 暫く後、部屋出入り口の扉が開き、黒い服に黒い「面」、頭部覆いを付けた「人」が室内に入って来る。 その「人」は広い室内をゆっくりと歩き、ファスに近づきながら「面」と頭部覆いを外した。
「・・・イチゴ・・・。」
数日ぶりにイチゴの「人」特有の整った笑顔を見て、思わず呟いてしまうファス。 だが、少々気まずい気分になり、早々にイチゴから視線を外してしまう。
「・・・あの・・・。」
しばらく後、イチゴに視線を合わせられず、ファスは不安な声を発してしまう。 すると、
「おはようございます、ファス。 まずは、この部屋の掃除をさせてくださいな。 その間、ファスはリビングルームでくつろいでいてください。」
軽く頭を下げた後、優しい口調と笑顔で話しかけてくるイチゴ。 一方、イチゴの優しい声を聞いたファスは、何か懐かしい感覚を思い出し、
『・・・やっぱり・・・イチゴは、優しいな・・・。』
などと思い、心が少し軽くなったように感じる。
そして、イチゴの言っていたことに従い、自室を出て行こうと部屋の扉前まで来た時、ファスは再び立ち止まり、
『・・・そうだ・・・。 通路で・・・サンゴとか、トエルの操作する車両に会ったり・・・しないだろうか・・・。』
と、他の「人」に出会わないかと、通路に出るのを躊躇してしまう。 しかし、
「ファス。 誰も来ませんので、大丈夫ですよ。」
と、イチゴの声が、服にある肩スピーカーから聞こえてくる。 一方、ファスは自身が考えていることを見抜かれ、一瞬どきりとするも、
「・・・あ・・・。 そう・・・なんだ・・・。」
と、白々しく答える。 その後は自身の心を落ち着かせ、自室の扉から通路に出て行った。
ファスが対人手合いをしてから6日が経った。 その間、ファスは模造武具で訓練をするわけでも、仮想機での模擬戦をするわけでもなく、操機主とは思えない、魂が抜けたような虚ろな生活を送っていた。
「ファス。 操機主なら、そろそろなにかしないと。」
ファスは自分の部屋にだけ引きこもることはしなくなったものの、結局はリビングルームと自室だけで過ごしていたため、引きこもりは継続しているような状態だった。 そのため、さすがにイチゴからも小言のような話をされてしまう。 しかし、
「・・・うん・・・。 わかったよ・・・。」
と、ファスはイチゴから話しかけられる度、曖昧な返事で誤魔化すだけだった。 毎日、操機主用の服に着替えてはいるものの、その日その日を自堕落に過ごしていた。
翌日の朝。 リビングルームで朝食を食べ終えたファスは、地上部屋の窓際椅子に座り、外の風景を映している窓を眺めて過ごしていた。 そんな時、遠くの方で部屋扉の開く音がファスの耳に聞こえてくる。 さらに室内を歩く音がして、その音は徐々に窓際椅子に座っているファスの元に近づいてくる。
『また・・・イチゴが小言を言いに来たのかな・・・。』
などと考えたファスは、音のする方向に視線を向けるわけでもなく、窓の外を虚ろに眺め続けていた。
「おはようございます!」
唐突に、ファスに向かって放たれる大きな声。 イチゴとは違った声にどきりとしたファスは、声の方向を向く。 すると、そこには黒い服を纏ってはいるものの、「面」も頭部覆いも付けていない、「人」の姿のトエルが立っていた。 そして、ファスに向かい深々と頭を下げて挨拶をした後、
「あの・・・ファス! 迎えにきました!」
直立の姿勢に戻り、再び大きな声で話しかけてくるトエル。 しかし、「面」も頭部覆いも付けていないトエルの姿を見たファスの反応は、対人手合い直後と同じように、ほぼ無く、
「・・・おはよう・・・。 迎え・・・って、なに・・・?」
と、トエルを一瞥した後、無気力に挨拶を告げる。 その後は、視線を外の風景を映している窓に戻し、上の空で話をするだけだった。 だが、一方のトエルは、そんなことをお構いなしに、
「ファス! 訓練室に行きましょう!」
と、再び大声で力強く告げてくる。 いくばかりか緊張しているような口調は、まるで人間が感情を込めて話しているようである。
「・・・訓練室・・・? なんで・・・?」
片や、ファスは窓に映る景色を見たままだが、トエルの呼びかけには辛うじて応じた。 すると、
「ファスが操機主だからです! そして、人間との手合いの後、手合い反省会すらしていません!」
と、トエルは椅子に座っているファスに向かって一歩詰め寄りながら、またも力強く話しかける。 しかし、
「・・・反省会ね・・・。 やっても、無駄だよ・・・。 何をやってもね・・・僕は負けるし、嫌われるんだ・・・。」
と、ファスは一人で呟くように、諦め口調の小声で話す。 だが、
「そんなことはありません! さあ、行きましょう!」
ファスの間近まで詰め寄り、大声で答えたトエルは、腿上に置かれていたファスの右手を両手でしっかり握りしめる。 そして、半ば強引に立ち上がらせた後、ファスを後ろの脇下から羽交い締めのようにし、引きずるようにすぐ近くの屋外出入り口に向かう。
「ちょっと! トエル、何するの!」
一方、トエルに後ろから羽交い締めにされたファスは、驚きの声を上げる。 その声には、力強さが戻っていた。
「元気あるじゃないですか、ファス! さあ、サンゴさんが待っています! 訓練室に行きましょう!」
と、力強く告げたトエルは、ファスを後ろから羽交い締めにしたまま、屋外出入り口の扉をくぐる。 すると、そこには見慣れた小型4輪車両が待機していた。
「ちょっと! 今は・・・行きたくないって・・・。 やめてよ、トエル!」
と、4輪車両目前でも、乗車を拒否するようにもがきながら抵抗するファス。 すると、
「ファス! 暴れないでください!」
トエルは力んでいるようにそう告げ、嫌がって抵抗しているファスへの締め付けを少々きつくする。 片や、後ろからの羽交い締めをきつくされてしまうと、ファスはトエルと密着するようになってしまい、
『・・・あ・・・。 トエルの体が・・・当たって・・・。』
と、自身の背中に当たるトエルの体の感触を感じてしまい、少々抵抗が緩んでしまう。 一方、トエルはファスの動きが鈍くなった瞬間、
「さあファス、背中を向けてください。」
嬉しそうにそう言うと、今度は手早くファスの正面に回り込む。 すると、4輪車両の乗降扉が自動で開き、車両内から車両用セーフティベルトが出てきて、ファスの背中を捉える。 続けて、両肩、両脇の下から絡みつき、両踵を少々浮かせるほど体を持ち上げてしまう。 同時に、トエルもファスの両足先側を持ち上げ、手際よく車両内に入ると、ファスはまんまと小型4輪車両内の椅子上に収められてしまった。 そして車両の乗降扉が自動で閉まり、トエルは車内を移動してファスの右隣りの席に座り、セーフティベルトの装着が完了すると、
「それじゃあ、出発!」
と、気分が高揚しているかのように嬉しそうな口調で告げると、小型4輪車両は静かに動き出す。
「・・・。」
片や、まんまと車両に乗せられてしまったファス。 頬を赤くしつつ呆れた表情をした後、観念したように、黙って車両外の風景を映している左画面を見ていた。
ファスとトエルを乗せた小型4輪車両が動き出して、2~3分ほど経ったであろうか。 このまま屋外を経由して、地下にある自身の専用訓練室に到着すると思っていたファス。 だが、小型4輪車両は何の前触れもなく緊急停止する。 車両外の景色を映している左画面を見ながら訓練室のことを呆然と考えていたファスは、急制動に耐えられず、体が座席から浮きそうになる。 だが、セーフティベルトがファスの体を押さえつけ、事なきを得る。
「うわっ! ・・・なに・・・!?」
ファスが普段、車両に乗っている限りでは感じた事の無い急制動。 停車後も、セーフティベルトがファスの体を動かないように、両肩、両脇の下から胸部付近を強く押さえつけている。
「前方。 この車両進行予定路に、侵入者です。」
と、トエルは「人」特有の冷静な口調で答える。 片や、その口調を聞いたファスは、
『あれ・・・? トエルも・・・こんな口調で話すんだ・・・。』
ふと、そう思ってしまうも、
「・・・進行路に侵入者って、『人』同士で連携取れてないの?」
ファスは虚ろな心境から一転、今まで出会ったことの無い事態に、少々言葉が荒くなってしまう。
「いえ。 進行路への侵入者は、人間です。」
と、トエルからは再び冷静な回答が返ってくる。 一方、それを聞いたファスは、
「えっ・・・? 人間って・・・。」
と、不機嫌な口調から一転、不安な口調へと変化する。
「・・・なんで、こんなところに人間が・・・。 しかも、ここにいる人間って・・・。」
不安からだろうか、ファスは頭の中で考えていることが、口をついて出てしまっていた。 だが、右隣に座っているトエルは、そんなことを気にする雰囲気も無く、素早く頭部覆いと黒い「面」を装着した後、
「前方の安全が確保されました。 ファス、車を動かします。 揺れに注意してください。」
と、ファスに向かい、優しく声を掛ける。 そして、体を押さえつけていたセーフティベルトが通常の位置に戻ると同時、ファスが乗っている小型4輪車両は歩行速度程度に加速する。
車両が少々進むと、区画が区切られた箇所の十字路に差し掛かる。 ファスは車内にある外の風景を映している各画面で、十字路左右の映像をきょろきょろと見渡してみる。 すると、
『・・・いた・・・。』
十字路左側。 ファスの乗っている車両すぐ外側、「面」を付けた「人」2体によって、行く手を塞がれた状態になっている、白い操機主用の服を着た小柄な人間が見える。
『やっぱり・・・。 この施設にいる人間って、操機主しか見たことないし・・・。』
ゆっくり動く4輪車両の車内画面から、白い操機主用の服を着た人間を見つめるファス。 頭部覆いと白い「面」を着けているため、顔や表情はうかがい知ることができない。 が、
『・・・なんだろう・・・。 あの人間から、睨まれているような感じ・・・が・・・。』
ファスは、車内から見ている白い操機主用の服を着た人間が、白い「面」越しに、ファス自身を見て・・・いや、睨みつけているような目線を感じとる。
『・・・この感じ・・・。 まるで、操機戦でもしているような・・・。』
と、ファスは自身の心拍数が早くなっているのを感じる。 同時に、自身の体が手合い時のように緊張しているのも分かる。
「ファス。 外から車両内の様子は伺えませんので、安心してください。」
車両画面の操機主を見続けているファスを心配しているかのように、車両が十字路を通過すると、トエルは優しい口調でそう告げてきた。 一方、ファスにとっては、僅か数秒のすれ違いであったが、とても長い時間、白い「面」を着けた人間と見合っていたように感じた。
その後は何の障害も無く、ファスは自身の訓練室前に到着する。 自動で車の乗降扉が開くと、
「ファス、着きましたよ。」
セーフティベルトがファスとトエルの体を覆っていた状態から離れていくのと同時、優しい口調でトエルが話し掛けてくる。
「・・・うん・・・。」
車両緊急停車時や操機主とのすれ違い時に比べ、だいぶ落ち着いたファスだった。 だが、地上部屋にいた時とはまた別の考え事をしていたため、トエルに対して上の空で返事をすることとなってしまう。 暫し下を向き、車両の座席で考え込んだように座ったままだったが、
「ねえ、トエル・・・。 さっきの人間・・・。 もしかして・・・この車両に近づこうとしていた・・・のかな・・・?」
と、顔を上げ、黒い「面」を付けたトエルに向かい、不思議そうに問いかけてみる。 すると、
「そうですね・・・。 案外・・・、ファスに用事があって・・・。 それで、近づこうとしたんじゃないのですかね? うふふ・・・。」
と、冗談まじりのように、にこやかな口調で答えるトエル。 一方、
「えっ? 僕に・・・用事・・・って・・・?」
と、トエルの答えを冗談と受け取れなかったファスは、不安そうに答えるのが精一杯だった。
「久しぶりじゃな、ファスよ。」
訓練室内。 黒い服に「面」と頭部覆いを付けたサンゴは、いつものように部屋中央でファスを待ち構えるように立っていた。
「おはよう・・・サンゴ・・・。 久しぶりって・・・。」
ファスはサンゴに歩み寄っていくが、ここ数日間、自室に籠っていた後ろめたさもあり、目を合わさずに答えるのが精一杯だった。
「何やら、途中で問題があったようだが。 まあ、怪我が無くてなによりじゃ。」
と、サンゴはファスをからかうような口調で話しかける。
「・・・見てたの・・・?」
一方、ファスはサンゴの脇を通り過ぎ、訓練室内奥にある休憩椅子に向かって歩きつつも、後方にぽつりと問いかける。
「まあな。 ファスがトエルに誘われてここに来るまで、トエルとの視聴覚を共有していたからな。」
と、サンゴはファスを追いかけつつ答える。 続けて、
「さて、ファスよ。 ここに来たからには、手合い反省会をやるということでよいのじゃな?」
と、休憩椅子に腰掛けたファスに向かい、優しい口調で問いかける。
「・・・。」
片や、ファスは相変わらずサンゴから視線を外し、何も答えなかった。 しばらく後、
「もう一度聞くぞ! 手合い反省会、やるのじゃな?」
一転、今度は少々機嫌が悪くなったような口調でサンゴは問いかけてくる。
「・・・そんな・・・怒らなくても・・・。」
と、ファスは目線を外したまま、小声で渋々答えると、
「別に、怒ってなどおらん。 反省会をやるのも自由、やらないのも自由。 操機主を辞めるのも自由じゃ。」
と、サンゴは休憩椅子に座っているファスの左膝に右手を乗せ、諭すようにゆっくりと答える。
「・・・わかった! わかりました・・・。 反省会、やります! やればいいんでしょ・・・。」
と、ファスは投げやりな態度で渋々承諾する。 すると、
「あの・・・ファス。 私も・・・手合い反省会に参加したいです・・・。」
いつもと違い、訓練室内まで入って来ていたトエル。 遠慮がちに肩の高さまで右手を上げ、唐突にファスに話しかけてきた。 サンゴの後ろを付いてきている間に、「面」と頭部覆いは取り外してしまったようだ。 一方、それを聞いたファスは驚き、
「えっ!? なんで、トエルが・・・?」
と、トエルの顔を見上げつつ、困惑した口調で問いかける。
「私も、操機戦・・・興味・・・あります・・・。 えへへ・・・。」
トエルは床を見るように話した後、上目遣いの笑顔で頬を少々赤らめ、ファスを見つめてくる。 片や、「人」特有の整った顔が、まるで人間のように頬を赤らめている姿を見たファスは、
『・・・かわ・・・いい・・・。』
と、一瞬、どきりとしてしまう。 だが、
『・・・いやいや・・・。 トエルは、「人」だから・・・。』
と、冷静になり、
「・・・う~ん・・・。 トエルが、手合い反省会に参加・・・。」
『・・・なんで「人」であるトエルが、自身にあまり関係の無い、手合い反省会に参加したがるのだろう・・・? 操機を操りたい・・・とか・・・?』
と、ファスは考え込んでしまう。 一拍置いて、
『・・・サンゴに・・・聞いてみるか・・・。』
そう思いつき、ここでやっと、黒い「面」を付けているサンゴに視線を合わせ、
「・・・ねえ、サンゴ。 一般的な『人』って、『人』操機主や操機補になれるの? トエル、『人』操機主にでもなりたいのかな?」
と、襟のマイクを使い、ひそひそ声で問いかける。
「いや。 操機を扱う『人』操機主や操機補は、全て『操機戦管理』の管理下にある。 一般的な『人』では、『人』操機主や操機補になることは出来ない。 トエルは、『人』としては最新で、操機の機体整備機能こそ持ち合わせているが、ロッカやクウコと同じ、一般的な『人』じゃ。」
サンゴは、ファスの服にある肩スピーカーから、ファスのみに聞き取れる機能を利用して答えてくれる。
「そうだよね・・・。 それじゃあ、なんでトエルは手合い反省会に参加しようとしてるんだろう・・・? やっぱり、外れてもらった方がいいかな・・・。」
引き続き、サンゴに対して小声で聞いてしまうファス。 だが、
「ファス! 聞こえていますよ! 私も、ファスの手合い反省会に参加したいのです!」
今度は両手を腰に当て、少々不機嫌な表情と口調で、サンゴとファスの話に割り込むように話しかけてくるトエル。 一拍置くと、トエルの表情は一転して妖艶な表情となり、休憩椅子に座っているファスに近づく。 そして、
「お、ね、が、い、です。 うふふ・・・。」
と、息遣いがわかりそうなほどの距離で、耳元に懇願してくる。 一方、そんなトエルの行動に驚いたファス。 ゆっくり横を向くと、トエルの「人」特有の整った顔を間近で見てしまい、
「え・・・。 あの・・・。」
と、何も答えられずにいた。 顔を真っ赤にし、暫し固まったようになってしまったファスは、サンゴに助けを乞うように、
「あはは・・・。 ・・・助けて・・・サン・・・」
そう言いかけ、真っ赤な顔のまま、照れた表情でサンゴに視線を移す。 すると、
「・・・。」
と、サンゴも無言で固まったようになり、立ち尽くしていた。 その立ち姿を見たファスは、固まったように立っているサンゴの黒い「面」下に、整った顔が、軽蔑しているような、冷たい表情をしている幻を見る。 その幻を見たファスは、血の気が引き、
『これは・・・また、サンゴの機嫌を損なってしまう状況なのでは・・・!』
と、咄嗟に判断し、
「・・・わかった! トエルも一緒に手合い反省会をしよう!」
早口でそう告げると、トエルを避けるように休憩椅子から素早く立ち上がる。 続けて、
「それじゃあ、僕は、訓練用操縦席に入るから!」
そう告げつつ、訓練用操縦席出入り口に向かい、全力疾走を開始した。
「以上が、今回の手合いにおける、わし・・・じゃなくて、私からの指摘点じゃな。 次回以降の手合い時、参考にしてくれ。」
サンゴの冷静な声が、訓練用操縦席天井付近から聞こえてくる。 反省会の最後、いつもサンゴが締めくくっていた言葉で手合い反省会が終わろうとしていた。 続けて、
「最後に、ファスよ。 何度も言うが、操機戦は勝ち負けではない。 まして、相手機体の最後の剣戟は、ファスの機体に届いていなかった。 それだけじゃ。 そして、他の操機主の陰口なんぞ、気にするでない。」
と、サンゴはファスをなだめるような口調で話し終えた。 一方、
「・・・。」
サンゴの話に答えないファスは、「面」も頭部覆いも着けず、柔らかな状態になっている訓練用操縦席床に足を投げ出して座っていた。 手合い反省会中も訓練用操縦席正面画面の映像を虚ろに眺めているだけで、銀色の機体が喉元を突かれそうになっている場面を見た時も、特段の反応は無かった。
サンゴの話が終わり、ファスの体を覆っていたセーフティベルトが外れると、無気力な足取りと俯き気味で、訓練用操縦席扉から出て行く。 扉を出たファスが顔を上げて見た先、休憩椅子には、「面」と頭部覆いを付けたサンゴと、「面」と頭部覆いを付けていないトエルが並んで座っていた。 そしてトエルは、訓練用操縦席から出てきたファスを見つけると、
「やっぱり、ファスは凄いのです! 敵の最後の一撃が届くぎりぎりで倒したのです!」
と、ファスに詰め寄り、両手を拳にし、興奮しているかのように話す。 ファスはそんなトエルの言動に驚きつつも、
「はは・・。 トエル・・・。 敵じゃなくて、手合い相手ね・・・。」
と、乾いた笑いで答えた後、冷静に諭すように答える。 すると、トエルは一転してファスを嬉々と見つめ、
「では、私もファスの手合い相手をしたいです!」
と、胸前で両手を合わせ、唐突に言い出す。
「あ・・・はは・・・。 トエル・・・、それは、無理かな・・・。」
と、ファスは再び乾いた笑いで答えた後、誤魔化すようにトエルに答えた。 すると、
「そんなことありません! 私だって、武具の訓練をすれば・・・。」
そう言い出したトエルは、模造武具置き場へ早歩きで向かってしまう。 一方、そんなトエルの後ろ姿を見ていたファスは、
『トエル・・・手合い反省会中は、大人しかったな・・・。 けど・・・訓練用操縦席から出てきてすぐ、僕に絡んできて・・・。 もしかして、元気づけようとしてくれてるのかな・・・。』
などと、冷静に考えていた。 そして暫しの間、模造武具置き場前で武具を見定めているトエルを眺めていた。 だが、踏ん切りをつけ、足取り重くサンゴの前にたどり着くと、徐に、
「あの・・・サンゴ。 ・・・僕、ここを・・・闘技場を出て行こうと思うんだ・・・。」
と、小声で切り出す。 一方、それを聞いたサンゴは、
「それは、ファスが決めたことなのじゃな?」
と、ファスを見上げ、冷静な口調で問いかけてくる。 しばらく後、
「・・・うん・・・。 引きこもっている間に、考えて、決心したんだけど、言い出せなくて・・・。」
と、ファスはサンゴから視線を外し、小声で答えた。
「わかった。 なら、わしはファスの決定に従うまでじゃ。」
と、サンゴはゆっくりと休憩椅子を降りつつ優しい口調で答え、ファスに近づいた。
「あっ! でも、操機主をやめるわけじゃないよ。 ここを出て・・・別の闘技場がある施設へ行ってみよう・・・って、思って・・・。」
再び小声で言葉を詰まらせつつも、サンゴに視線を戻して懸命に説明するファス。 再び、しばらく後、
「そうか。 その様子だと、行く当てはもう考えてあるのじゃな?」
と、サンゴは再び優しい口調でファスに問いかける。
「いや・・・。 行き先は、考えてなくて・・・。」
一方のファスは、サンゴの反応を伺うように、視線を合わす、外すと、ちらちら見ながら話す。
「なら、出立の予定は?」
と、サンゴはさらにファスに問いかけるも、
「・・・それも・・・まだ・・・。」
と、ファスはサンゴから逃げるように答えていた。 すると、いつの間にか模造武具置き場付近からファスのすぐ傍に戻ってきていたトエルが、会話に割り込むように、
「それなら、ファス! 南へ行きませんか! 私、行ってみたいんです! 南の暖かい所へ!」
と、円形の「ハンドシールド」を両手で持ちつつ、ファスに詰め寄る。 そして、顔の下部を隠すように笑顔で話し掛けてきた。 一方、突然トエルから話しかけられたファスは、驚きつつ、
「えっ・・・? トエル・・・南って・・・。」
6日後の早朝。 ファスは操機格納庫に隣接する、操機移送車両用の駐車場にいた。 ファスの希望通り、登録している闘技場を変更し、移動するためだ。 行き先は、トエルが行きたがっていた、同じ第9地区内の南にある闘技場。 ファスはここに来た時に乗ってきた、『操機を搭載できる車両』を、少し離れた場所から漠然と眺めていた。 すると、
「ファス! 機体の積み込みが終わった。 出発の準備が整ったぞ。 乗らないのか?」
と、立ち尽くしているファスに向かい、黒い服に黒い「面」、頭部覆いを付けた大柄な「人」が近づきながら話しかけてくる。 聞こえてくるのはロッカの声だ。
「あ・・・うん・・・。」
ファスはあいまいな返事をすると、うつむき加減で車両に向かい、ゆっくりと歩き始める。 一方、
「なんだよ、その返事。 この前も言ったけど、ファスとイチゴは揺れの少ない、快適な別車両でもいいんだぜ。」
と、ロッカはファスの後を追いながら、呆れたような口調で話しかけた。
「・・・いや・・・。 ・・・別に、この車両が、嫌ってわけじゃないんだ・・・。」
と、ファスは歩みを止めてロッカに振り向くと、言い訳するように答える。
「なら、なんで落ち込んでいる?」
片や、ロッカはぶっきらぼうに聞いてくる。
「いや・・・。 落ち込んでるんじゃなくて・・・。 その・・・僕の身勝手で、みんなを振り回してしまって、悪いな・・・って思って・・・。」
と、ファスはロッカから視線を外し、ゆっくりと申し訳なさそうに答えた。 一拍置くと、
「ははは! そんなこと気にしていたのか!」
と、ロッカは大きな声で笑い飛ばす。 続けて、
「ファスがどれだけわがままに立ち回ろうが、それについて行くのが、私達『人』だ。 気にするな。」
と、ロッカはファスの右肩に左手を置き、真面目な口調で答える。 一方、そう告げられたファスは、ロッカの「面」下に、優しい表情をしているロッカの素顔の幻を見る。
「・・・ロッカ・・・。」
ファスは自身より背の高いロッカを見上げつつ、感謝するように告げる。 しかし、一拍後、
「そら! わかったら、さっさと乗り込む!」
そう言うと、ロッカはファスを赤子のように手早く抱きかかえ上げ、強制的に操機移送車両に連れていこうとする。
『うわっ! ロッカの体が・・・当たって・・・!』
片や、抱え上げられてしまったファスは、自身の体に当たるロッカの「人」特有の体の感触を感じてしまい、
「ちょっと! ロッカ! 自分で歩くから! 下ろしてよ!」
と、恥ずかしそうに顔を赤くし、声を上げて抵抗するのが精一杯だった。
車両が走り出して3時間程経ったろうか。 操機移送車両先頭部。 薄曇りの景色を映し出している画面を呆然と眺めていたファス。 そこに突然、
「ファス。 部屋に戻りませんか? 乗り物酔いの症状も無いので、昼食にしましょう。」
黒い服に黒い「面」、頭部覆いを付けているイチゴが、左隣に座っているファスに向かい、焦ったような口調で話し掛けてくる。
「ん・・・? 昼食・・・? ちょっと早いんじゃないの・・・?」
ファスはイチゴの焦ったような口調を気にもせず、車両正面画面左上に表示されている時刻を確認した後、不思議そうに答える。 だが、ファスがイチゴに答えたのとほぼ同時、黒い「面」と頭部覆いを付けた「人」2体が、車両先頭部に慌ただしく押し入ってきた。 一方、車両後方に移動できる扉から、慌てた様子で入室してきた2体を注視するファス。 すると、一体は大柄な体格の「人」、もう一体はイチゴと同程度の背の高さに見えたので、ロッカとクウコだとわかった。 そして、驚きつつも、
「うわっ!? ロッカ・・・? に、クウコ・・・? どうしたの? 何かあったの?」
と、心配そうに声をかける。 が、
「・・・。」
暫しの間、回答を待ったが、どちらからも回答が無い。
「・・・ちょっと・・・? みんな、どうしたの・・・?」
徐々に不安を感じ始めたファスは、誰に尋ねるでもなく、恐る恐る声をだす。 しかし、車両先頭部にいる誰からも回答は無い。 しばらくすると、今度はファスの服にある肩スピーカーから、サンゴの声が聞こえてくる。
「ファスよ。 すまないが、言う事を聞いてくれないか。 一旦、部屋に退避していてくれ。」
そう告げると、車両は徐々に速度を落として道路の路肩に一時停止してしまう。 ファスの体を覆っていたセーフティベルトも素早く外れた。 ファスはいやいやながらもサンゴに指示された通りに立ち上がり、車両先頭部から車両後方に移動できる扉へ向かって歩いて行く。 すると、その扉からは、サンゴの本体も姿を現す。 しかも、珍しく「面」と頭部覆いを外し、整った顔が険しい表情をしている。
「・・・サンゴ・・・。 ねえ・・・退避って・・・?」
ファスはサンゴとすれ違いざまにそう問いかける。 だが、
「・・・。」
と、サンゴはファスの問いかけに対し、何も答えなかった。 ファスは車両先頭部を呆然と眺めた後、サンゴやイチゴの言っていることが理解できないまま、指示に従って扉から出て行こうとする。 そうすると、
「ファス、大丈夫ですよ。 ここに座っていてください。」
今度は肩のスピーカーから、トエルの落ち着いた声が聞こえてくる。 それと同時、ファスに一番近い位置にある座席にセーフティベルトが現れ、閉じたり開いたりをし、ファスを誘っている。 その光景を見たファスは、
『サンゴは部屋に避難してくれって言ってるけど、トエルはここへいても大丈夫だと言ってる・・・。 今、この車両を操作してるのはトエルだし、トエルの指示に従うのが正しいか・・・。』
そう判断すると、トエルの指示に従い、セーフティベルトが出ている座席に素早く腰掛ける。 ファスが腰掛けると同時、セーフティベルトはファスの体をゆっくりと包みこんだ。 当然、ファスの体にセーフティベルトは当たっていない。 ファスが座席に落ち着くと、車両は停車状態からゆっくりした速度で移動を再開する。
「しょうがないな。 それじゃあファスよ、落ち着いて聞いてくれ。 この車両は、現在、追跡を受けておるようなのじゃ。」
と、ファスの右隣に着座したサンゴは、冷静な口調でそう告げてきた。
「えっ? 追跡って・・・。 僕、何か悪い事したの?」
と、セーフティベルトに覆われたサンゴに対し、ファスは不安気味に問いかけるが、
「いや。」
サンゴは険しい表情のまま、冷静に言葉短く答えるだけだった。
「え・・・? ・・・それじゃあ、なんで、追いかけられてるの!?」
暫し後、ファスは少々語尾を強め、サンゴに向かい尋ねると、
「不明じゃ。」
再びサンゴは冷静な口調のまま、言葉短く答えるだけだった。 が、一拍後、
「これを見なさい。」
そう告げると、サンゴはファスから視線を外し、正面を睨む。 すると、車両正面画面の一部には、景色とは別の映像が映し出された。
「・・・これ・・・?」
ファスが正面画面に映し出された映像を見てみると、ファス自身が乗っている操機移送車両が映し出されているように見て取れた。
「これって・・・、僕たちが乗っている車両だよね・・・?」
ファスは、なんで自身が載っている車両が映し出されているのか理解できず、不思議そうにサンゴに尋ねてしまう。 すると、
「いや。 この車両から、後方約1500メートル。 闘技場の駐車場を出た時から、ずっとこの車両を追跡してきておる車両じゃ。」
と、サンゴが説明をしてくれる。
「えっ!? 今まで、ずっと?」
と、ファスは驚き、サンゴに聞き直してしまうと、
「そう、ずっとじゃ。」
と、サンゴは冷静な口調で答えてくれた。 ファスはその説明を聞き、車両正面画面の映像を見入るも、
「ねえ、サンゴ・・・。 何かの間違えかもしれないし・・・偶然かも・・・。 そうだ! わざと、目的地とは別方向に外れてみるとか!」
と、ファスは閃いたことを口にする。 が、
「ファスよ。 それはもう、すでに何度もやっておる。 それでも、後方からの追跡をやめないのじゃ。」
と、サンゴからは再び冷静な回答が返ってくる。 しばらく後、
「・・・これって・・・、操機の移送車両だよね・・・?」
と、ファスは車両正面画面に表示されている映像を見ながら、サンゴに対し不安そうに再度尋ねると、
「ああ。」
と、サンゴは言葉短く答える。
「・・・それで、僕たちが闘技場を出た時から、ずっと追ってきていて・・・。 そうすると、操機主・・・人間が乗っていて、『人』に指示を出しているってこと?」
と、ファスはサンゴに恐る恐る尋ねる。
「ああ。 『人』同士なら、私達でどうにか対応できる。 だが、向こうの車両を操作している『人』に連絡を入れても応答は無し。 『車両管理』からの問いかけも無視しているようじゃ。 こんな状態になるのは、ただ一つ。 人間が、『人』に直接指示を出しているからじゃな。」
と、サンゴは呆れた口調で話す。
「そんな・・・。 人間が・・・指示を出しているって・・・。」
と、ファスは愕然となりつつぽつりと呟く。 そして、よくよく考え、
『ちょっと待って・・・。 人間が指示を出しているってことは・・・ひょっとして・・・、目的は・・・僕・・・?』
と、ファスは自問し、自分なりの答えを出すと、
「・・・ねえ、サンゴ。 この状況・・・、僕が原因・・・なの?」
と、再びサンゴに対し、恐る恐る問いかけるも、
「・・・。」
と、サンゴはファスの問いかけに答えず、沈黙したままだった。
「・・・サンゴってば! 答えてよ!」
暫し後、ファスは語尾を荒くし、再びサンゴに対して問いかける。
「ファス、安心しなさい。 ファスが原因とか、そういう話では無い。」
と、語尾を荒くしたファスを心配したかのように、サンゴは優しい口調でなだめるように答えた。
「・・・それじゃあ、どうして・・・こんな・・・。」
一方のファスは、項垂れ、言葉を詰まらせつつ呟くのが精一杯となってしまう。 片や、
「ファスよ。 この進行路先に、大きな公園がある。 そこの駐車場なら、この車両も止められる。 追ってきている車両も付いて来るだろうから、そこで問いただすとしよう!」
と、ファスの右隣に座っているサンゴは、項垂れてしまったファスの左肩を右手でぽんぽんと叩き、ファスを元気づけるように答えた。
それから、車両はゆっくり15分ほど走ったろうか。 サンゴの言っていた通り、ファスを乗せた車両はいくつかの曲がり角を経て、大きな駐車場に入って行き、道路から一番離れた一角へ停車した。
「・・・へぇ・・・。 闘技場の駐車場も広かったけど、ここの駐車場も広いね・・・。 そして、誰も使っていない・・・。」
停車した車内。 外の景色を映している車両先頭部の各画面を一望したファスは、『追われているかもしれない』ということをすっかり忘れ、目の前の広大な景色に見入って呟く。
「ここは、大きな公園の駐車場だからな。」
ファスの呟きに答えるようにサンゴがそう告げると、車両正面画面には、公園周囲の地図と、ファスの乗っている車両の現在位置が表示される。 そして、車両内が沈黙したまま2~3分程経った時、
「さて、そろそろ追跡者様が現れる頃合いじゃな。」
サンゴがそう告げた数秒後、ファスが乗っているのとほぼ同じ操機移送車両が、公園の駐車場に入ってきた。 さらに、ファス達の停車している車両へ向け、ゆっくりと進んでくる。
「トエル、車外から車内を見えないように。」
操機移送車両が一直線にこちらへ向かってくるのを確認したサンゴは、呟くように指示を出す。
「わかりました。」
トエルの冷静な声が車両正面画面から聞こえてくると、外の風景を映していた車両の各画面は一旦真っ黒になる。 その後、すぐに外の風景を映している画面に戻った。
「さて。 ここからは、わし・・・じゃなくて、私の出番じゃな。 ファスは、ここで大人しくしているんじゃ。」
各画面が切り替わって一拍後、サンゴはファスに向かってそう話し、ゆっくり頭部覆いを装着した後、黒い「面」も付けつつ椅子から立ち上がる。 そして、車両先頭部にある荷物入れから、黒く丈の長い薄手のコートを取り出し、肩から足首付近までの体全体を羽織った。
「・・・サンゴ・・・。 その、コートは・・・?」
一方、サンゴが古式ゆかしいコートを羽織るのを見たファスは、サンゴに対して不思議そうに尋ねる。 すると、
「これから、『人間様』と会うのでな。 『人間様』を、『不快な気持ちにさせないように』するための配慮じゃ。」
と、サンゴは少々皮肉っぽく答えた後、コートに付いているフードで頭部をほぼ隠すように覆う。 その後、
「ファスよ。 くれぐれも、外に出るんじゃないぞ。」
と、ファスへ釘を刺すように優しい口調で告げた後、車両外側へ通じる乗降扉へ向かい、ゆっくりと歩いて行く。 扉は、それを見計らっていたように自動で開き、サンゴが外へ出た後、自動で閉まった。
『外にでるなって・・・。 サンゴが出て行ったけど・・・、どうなるんだろう・・・。』
と、ファスは、自身の心拍数が上昇しているのを感じ取れるほど動揺していた。 そこに、
「ファス。 サンゴさんが、視覚と聴覚を共有してくれている。 頭部覆いと『面』を着けてみな。」
と、車内の離れた位置からロッカが教えてくれる。 片や、それを聞いたファスは、
「・・・共有・・・。」
と、ぽつりと呟いた後、少々震える手で頭部覆いと「面」を装着する。 一拍後、
「・・・サンゴと・・・視聴覚を共有。」
そう告げる。 すると、ファスの「面」視界内映像は、車両外を歩いている映像に切り替わる。 ロッカが教えてくれた通り、サンゴの視界視点のようだ。
ファスを乗せた車両に向かってきていた操機移送車両は、ファス達の車両から「人」が降りて来たのを確認したのであろう、急停止して止まった。 その距離、100メートル程離れた位置であろうか。 そして、停止した車両も乗降扉が開き、何かが出てきた。
「・・・白い・・・操機主用の服・・・。 人間だ!」
と、「面」視界内映像を見たファスは、車内で一人叫んでしまう。 そして、その人間を見てみると、「面」や頭部覆いを着けていなかった。 サンゴがさらに歩み進んで行くと、ファスはふと、端正な顔立ちと、腕組みをした黒く長い髪の立ち姿に既視を感じる。
「・・・あれ・・・!? ・・・どこかで・・・会った・・・ような・・・。」
などと、ファスは暫し考えていた。 が、
「・・・そうだ、思い出した! あの時の・・・共用の訓練室で、模造武具の手合いを強要してきた・・・。」
と、記憶を辿っていたファスは、何時ぞや共用訓練室で会った人間であることを思い出した。
その後もサンゴは歩みを止めず、白い操機主用服を着た人間に向かい、ゆっくりと近づいていく。 そして、その距離が3メートル程度まで近づいた時、
「・・・お前、銀色の機体の操機補か?」
立ち止まっていた人間は、腕組みを解いて両手を腰に当て、冷たい口調で唐突に質問をしてくる。 片や、
「いきなりのご挨拶じゃな。」
と、話しかけられたサンゴは立ち止まり、呆れた口調で答えた。 一拍置いて、
「初めまして。 銀色の機体なんぞ、さして珍しいものでもなかろう。」
と、サンゴは人間に向かって頭をさげつつ挨拶をした後、人間からの質問をはぐらかすように答える。
「もう一度聞く。 お前は、第9地区において、『000909-010196号機』と手合いをした、銀色の機体、『000119-018198号機』の操機補か?」
今度は眉間に皺をよせ、端正な顔立ちを崩し、サンゴの目の前に立つ人間は不機嫌そうに聞いてくる。 だが、
「・・・。」
サンゴは微動だにせず、黙して答えなかった。 一方、人間は暫しサンゴが回答する時間を待った。
いかばかりかの時間が経っただろうか。 人間はしびれを切らしたように、
「ならば、人間として命ずる。 お前は、第9地区において、『000909-010196号機』と対人手合いをおこなった、『000119-018198号機』の操機補か? 答えなさい!」
再度、胸前で腕を組み、語尾を強くしてサンゴに問いかける人間。 片や、「面」視界内映像でサンゴと人間のやり取りを見聞きしていたファスは、その威圧感に圧倒されそうになっていた。 その一方で、サンゴは続けて黙秘している。
再び、いかばかりかの時間が経っただろうか。 互いに睨み合い、時間が止まったようになっていたが、回答を待っていた人間は、またもしびれを切らしたのだろうか。 何か言おうと口を開きかける。 だが、その時、
「操機戦管理規定により、あなたの質問に答えることはできません。」
と、回答するサンゴ。 一方、その声を聞いたファスは驚く。 サンゴは、ファスが今まで一度も聞いたことが無い声色で答えたからだ。 その無感情で低い声色は、頭部覆い内のスピーカー越しに聴いていたファスの背筋を凍り付かせるようだった。
「くっ・・・。 『操機戦管理』が、直接回答してきたか・・・。」
一瞬驚いたような表情をした後、サンゴに向かって悪態をつくように答える人間。 続けて、
「・・・まあいい・・・。 こっちは、大体の調べが済んでいるんだ・・・。 あなた達、もう一度私と実機で戦いなさい!」
今度はサンゴに向かい、指をさしつつ冷静に言葉を投げつける人間。 片や、頭部覆い内スピーカーからそれを聞いたファスは、
『・・・もう一度・・・? もう一度って・・・? ・・・まさか、あの、真っ赤な機体の操機主って・・・目の前の・・・。 もう一度、手合いをするの・・・。』
と、ファスは自問し、勝手に結論を出してしまう。 だが、サンゴの口から出た言葉は違っていた。
「すまぬが、実機手合いにおいて、特定の操機主を手合い相手として直接指名することも、操機戦管理規定に違反しておる。」
そう答えるサンゴ。 その声は、いつものサンゴの声色に戻っていた。 が、口調は、時折発する冷静かつ無感情な口調だった。 続けて、
「だが、このままでは話し合いが平行線になりそうじゃ。 どうじゃろう、ここは、仮想機の手合いで納得してもらえないだろうか。 仮想機なら、相手を指名しての手合いも自由に出来る。」
ようやく、ファスが普段聞きなれた優しい口調に戻ったサンゴは、立っている人間に対して妥協案を提示する。 だが、それを聞いた人間は、
「ええぃ、うるさい! 私は、実機で手合いをしろと言っているんだ!」
と、逆に態度を硬化させてしまう。
「あなたのような操機主を沢山見てきたよ。 そのほとんどが、最終的に操機主を辞めてしまったがな。」
一転、今度はサンゴが挑発的な言葉を発する。 そのやり取りを「面」と頭部覆いを使って見聞きしていたファスは、思わず、
「ちょっと! サンゴ! なんで相手を怒らせるようなこと言うの!」
と、ファスは離れた車内で大声を上げてしまう。 このことは、頭部覆いの通信機能を介し、サンゴにも聞こえていたようで、
「ファスよ。 黙って見ていなさい。」
と、ファスの頭部覆い内スピーカーからは、サンゴの諭すような声が聞こえてくる。 一方のファスは、サンゴが、目の前の人間とファス自身の2人を同時に対応している姿に驚き、
『・・・凄いな、「人」って・・・。 こんな器用な事が出来るんだ・・・。』
と、「人」の対応能力の高さに改めて驚く。
片や、サンゴにいいように言われてしまっていた人間。 頭に血が上り始めたのか、徐々に顔を赤くし、怒った表情になり、
「だったら、この場で実機手合いの相手をしなさい! そちらも操機移送用の車両だし、操機を積んでいるのでしょ!」
と、怒鳴り散らすように言い始める。
「やれやれ。 お主様は、操機主用の教育をちゃんと受けたのかね。 『操機主が、実機の操機を操れるのは、機体格納庫内から闘技場に限る。』のを知っているじゃろ。」
と、サンゴはまたも呆れた口調で答える。
「うるさい! うるさい! ・・・だったら、あなたがこの場で相手になりなさい!」
突然そう言い放った人間。 真っ赤な顔から一転、鋭い目線を放ち、両手を拳にして構えた。
「サンゴ!」
「面」視界内映像で事態を見ていたファスはそう叫び、右手で「面」をかなぐり捨てた後、両手で頭部覆いを素早く引きはがす。 そして慌ただしく座っていた座席から立ち上がり、車両外側へ通じる乗降扉に向かい疾走する。 だが、乗降扉が自動で開く範囲にファスが入っても、扉は固く閉まっていてびくともしない。
「トエル! 開けて! お願い!」
ファスはトエルの声が聞こえていた車両正面画面に向かい、再び大声で叫ぶ。 が、
「駄目です。 サンゴさんから、『ファスを外に出すな』と言い付けられています。」
と、トエルの申し訳なさそうな声が聞こえてくる。
「そのサンゴが危ないんだ! トエルにだって見えてるだろ! お願い! 開けてよ!」
ファスは固く閉まっている乗降扉をどうにかこじ開けようと力を込めつつ、再度トエルへ大声で懇願する。
「・・・わかりました・・・。」
しばらく後、トエルの声が車両正面画面から聞こえ、車両外部への乗降扉がゆっくりと開いた。 直後、ファスは車両外へ向かって飛び出し、
「サンゴ!」
と、叫びながらサンゴの立っている方向に全力疾走し始めた。
十数秒程度でファスはサンゴが立っている近くにたどり着く。 ところが、到着したファスが目にした光景は、地面へ両膝を付き呆然としている人間と、それを後ろから介抱している黒い服、黒い「面」に頭部覆いを付けた一体の「人」。 そして何事もなかったかのように立っている、黒いコートを覆ったサンゴの姿であった。
「どうした?」
呼吸を乱して近づいてくるファスに対しては振り向かず、ファスの操機主用服にある肩スピーカーから、サンゴの優しい口調の声だけが聞こえてくる。
「はぁ・・・はぁ・・・。 どうしたじゃ・・・ないよ・・・。 何があったの・・・?」
ファスはサンゴが無事なのを確認すると、ゆっくりと近づき、呆れた口調で答える。 「面」視界で見ていた状況と現在ファスが見ている状況が、あまりにも違い過ぎたからだ。 ファスは呼吸を落ち着かせた後、続けて、
「はぁ・・・。 さっきまで、サンゴが殴られそうになっていたけど・・・?」
と、呆れた口調のままサンゴに問いかける。
「殴られそうになっていた? ファスは何を見ていたんじゃ? 寝ぼけていたのか? 『人間様』が、『人』を殴るわけなかろう。 あははは。」
と、サンゴは白々しく答えた。 一方、ファスはそんな答え方をしているサンゴを軽蔑するような目で見た後、両膝を突いている人間の元にゆっくり進み、
「あの・・・大丈夫・・・ですか?」
と、右手を差し出し、少し屈んで申し訳なさそうに問いかける。 片や、人間は両膝を地面に突いたまま、近づいてきたファスを見上げる。 そして、顔を見て何かを思い出したように、
「・・・やっぱり・・・、共用訓練室・・・の・・・。 あなたね! 一体、どういう『人』教育をしているの!」
と、ファスを睨んで怒鳴りつける。
「え・・・? 教育って・・・。」
と、ファスは何のことを言われているのかわからず、戸惑っていると、
「そなたが、わし・・・じゃなくて、私に近づいてきた時、勝手に転倒して跪いただけであろう。」
と、ファスの背後からは、挑発的なサンゴの声が聞こえてくる。 一方、それを聞いたファスは少々青ざめ、
「ちょっと・・・サ・・・、何言ってるの!」
と、サンゴのいる方向に素早く振り向き、サンゴの名前を告げそうになるのを堪え、窘める。 すると、
「すいません。 根本は、操機戦の規定に反して、私達があなた達を追いかけたのが原因です。 私達はこのまま引き上げますので、今回の件、どうか無かった事にして頂けませんか。」
両膝を地面に突いてしまっている人間の背後、介抱をしていた「人」が、青年男性の声でファスに向かい申し訳なさそうに話しかけてくる。 しかし、
「お前は黙っていなさい!」
と、跪いている人間は、すぐさま、介抱している「人」を黙らせるように声を上げる。 一方、ファスは両膝を地面に突いてしまっている人間に再度振り向き、少し屈みこむようにして右手を差し出し、
「あの・・・改めて、僕はファスと言います。 君は・・・僕の実機手合い初戦の相手をしてくれた・・・真っ赤な機体の操機主ですよね・・・?」
と、恐る恐る問いかける。 すると、地面に膝を突いていた人間は、ファスの差し出した右手を頼らず、介抱していた「人」に手伝ってもらいながらゆっくり立ち上がる。 そして、薄ら笑いを浮かべ、
「ふふふ・・・。 そうか・・・。 やっぱり、あなたか・・・。 ファス・・・。」
と、何かを確信したようにファスに向かい答えた。 さらに続けて、
「そちらが名乗ったのなら、私も名乗ろう。 私は操機主マナセ。 そして、操機主ファス! あなたに、再度の実機手合いを申し込む!」
ファスより少々背の低いマナセは、ファスに向かい、一歩踏み込みながら大きな声でそう告げてくる。 一方、ファスはマナセに歩み寄られ、一瞬どうするか躊躇したものの、微笑みながら右手を差し出し、
「わかったよ! その申し込み、受けて立つよ! よろしくね!」
と、力強く声を上げた。
「逃げるなよ!」
マナセは、ファスが差し出した右手を見ると、一瞬どうするか躊躇したものの、ファスの右手を自身の右手で力強く握り返した。
マナセが自身の操機移送車両内に戻って行くのを見送っていたファス。
「ファスよ。 どうして手合いの申し込みを受けた?」
ファスの後ろで顛末を見守るように沈黙していたサンゴ。 マナセが車両内に消えていくと、ファスに近づきながら、呆れたような口調で問いかけてきた。
「・・・いいじゃないか・・・。 僕だって、あの手合い、納得して勝ったとは思ってなかったし・・・。 向こうから再戦してくれるっていうんだし・・・。 今度こそ、納得のいく手合いにしたい!」
ファスは振り返り、サンゴを見つめて力強く話しかける。 だが、
「ファスよ。 残念ながら、その願いはかなえられないぞ。 まず、手合い相手を指名しての実機手合いは、『操機戦管理』から許可されない。 そして、指名行為をした操機主は、操機戦管理規定違反で何らかの処分を受ける。 さらにファスよ。 その処分は、今、相手の指名を承諾した、お前さん自身にも適用される。」
と、サンゴは重苦しい声でファスに話す。
「え・・・? 処分・・・?」
と、ファスは思ってもみなかった言葉を聞き、不安になりうろたえてしまう。 が、
「まあ、処分と言っても、相手を指名した件については、初回だし、お互いに、『3日間の操機関連設備使用禁止』程度だろうがな。」
と、サンゴが口重く答える。
「なんだ・・・。 3日か・・・。」
と、サンゴの言葉を聞いたファスは、安堵し、呟くように答えた。 しかし、
「だが、あの人間は、そうはいかないじゃろうな。 ファスへのつきまとい行為等も追加で、最低でも30日程度の操機関連設備使用禁止と、その後30日程度の実機手合い禁止といったところじゃろう。」
サンゴは、マナセが入っていった操機移送車両のある方を見て、再び口重く話した。
「30日と・・・30日か・・・。 僕・・・、待つよ。 マナセと一緒の闘技場に登録して・・・。 今度は、いつ実機で手合い出来るかわからないけど、待つよ。 サンゴは、『操機戦は勝ち負けではない。』っていうけど・・・僕は、勝負にこだわってみたくなってきた・・・。 少なくとも、あの子には勝ちたい!」
ファスもマナセが入っていった操機移送車両の方向を見て、再び力強く答える。 一方のサンゴは、頭部を覆っているコートのフード内で、黒い「面」と頭部覆いをゆっくりと取り外した。 そしてコートのフードで素顔を隠し気味にし、ファスを見上げると、
「そうか。 なら、わし・・・じゃなくて、私はこれ以上何も言うまい。 ファスの好きなようにしなさい。 私は、全力でファスを支えるだけじゃ。」
と、頼もしそうに笑顔で答えてくれた。
「ミライガタリ」1巻、いかがでしたか。
楽しんでいただけたら幸いです。
2巻も誠意執筆中ですが、
外伝的な話しを、先に発表することになると思います。
それでは、また、2巻でお会いしましょう。