エピソード1-3
エピソード1-2の続きです。
前回の医療施設利用時のように、医療担当「人」に退室許可を急かさなかったファス。 結果、医療施設部屋で3日程過ごすこととなってしまった。
3日後。 医療施設を退室したファスは、久しぶりに、自分の区画リビングルーム内でイチゴの作った朝食を食べていた。
「やっぱり、医療施設の食事とは違う! イチゴの作ってくれた食事は、美味しいね!」
食事をしているやや左後方、「面」と頭部覆いを外しているイチゴに向かい、煽てるように話しかけるファス。 だが、
「ありがとうございます。」
と、イチゴからはすまし顔で、いたって冷静な返事をされてしまった。 そのためか、ファスは少々気まずい雰囲気を感じ取る。
『・・・イチゴ・・・。 機嫌が悪いのかな・・・。 それとも、怒っているのか・・・。』
などと考えてしまったファス。 早々に食事を切り上げ、
「・・・それじゃあ、訓練室へ行ってきます・・・。」
小声でぼそりと告げた後、ファスはリビングルームを逃げるように速歩きで出て行った。
リビングルームを出たファスは、区画内通路を一人でゆっくり歩き、
『う~ん・・・。 やっぱりイチゴは、僕が操機主になるのを、今でも反対しているのかな・・・。』
などと考えつつ歩いていた。 考えながら歩いていると、あっという間に自身の訓練室扉近くまで来てしまう。
『さて・・・。 今日は、「個人用の訓練室で手合い反省会をやる」って、サンゴから通知メッセージが来ていたけど・・・。 反省会って、何をやるんだ・・・? 仮想手合い後の件もあるし・・・。 あまりサンゴと顔合わせしたくないな・・・。』
気持ちを切り替えたものの、やはりここでも考え込むことになってしまうファス。 暫し、訓練室扉が自動で開く範囲外の壁に寄りかかって考え込んでしまう。 すると突然、訓練室の扉が自動で開き、
「ファスよ。 そんなところに立っていないで、中に入りなさい!」
と、サンゴの急かすような声が、操機主用服の肩にあるスピーカーから聞こえ、ファスが訓練室のすぐ近くにいることが分かっているかの如く、注意のような呼びかけをされてしまう。 一方、サンゴの声を聞いたファスは、どきりとしながらも、
『びっくりした・・・。 そりゃあ、そうか・・・。 サンゴは「人」だし・・・。 多分、僕がリビングルームを出てからここに来るまで、施設内の視覚装置を使い、ずっと見ていたんだろうな・・・。』
と、反省会の事を忘れ、「人」の性能に驚き立ちすくんでいた。 が、
「ファス!」
今度は、訓練室内からサンゴの大きな声が直接聞こえてくる。 片や、
「わかったよ!」
と、つられたように襟のマイクに向かい、大きな声で返事をしてしまうファス。 しばらく後、
『仕方ない・・・。 手早く終わらせて、一人になれる操縦訓練に切り替えてもらえるようにしよう・・・。』
などと考えながら、訓練室に小走りで入って行った。
室内に入ると、サンゴはいつものように「面」と頭部覆いを付け、部屋中央に立っているのが見て取れる。 一方、ファスはサンゴの前まで、わざとらしく急いで駆け寄っていく。 そして、サンゴの目の前に到着すると、
「おはよう・・・、サンゴ。」
と、視線を合わさず、ぼそりと告げる。 一方、サンゴはそんなファスの事を気にしている様子もなく、
「おはよう。 よし! それじゃあ、今日はファスの仮想手合い反省会をしようと思う。 だが、ファスよ。 この反省会を・・・」
と、サンゴは淡々と話し始めた。 が、サンゴが話をしている途中、ファスが突然、右手を肩の高さまで遠慮がちに上げる。
「なんじゃ!?」
片や、ファスが手を上げたのを見たサンゴは、話を中断し、不機嫌そうな口調で答える。
「あの・・・。 反省会って・・・何を・・・するの・・・?」
と、不機嫌そうなサンゴの声を聞いたファスは、萎縮してしまい、恐る恐るサンゴに尋ねる。 一拍置いて、
「反省会とは、良かった点や悪かった点をまとめ、『良かった点は、さらに良くなるようにし、悪かった点は、今後発生しないようにするための対策を練る。』、といった事を話し合う場じゃ。」
サンゴは腰に両手を当て、胸を張って威張ったように答えた。 その姿を見たファスは、黒い「面」下に、自信満々のサンゴの顔の幻を見つつ、
「・・・なんか、サンゴが若々しくみえるね・・・。」
と、胸を張って答えるサンゴの印象を思わず口にしてしまう。 すると、
「ファスよ。 『人』に対して、年齢の話をするでない。」
と、再び、不機嫌そうな口調でファスに言い放つサンゴ。 一方、ファスにはサンゴの「面」下の表情も、不機嫌そうな表情に変化して見えたので、
「それで、さっき、何か言いかけていたけど・・・?」
と、慌てて話を逸らすように問いかける。
「ああ。 反省会を『やる』、『やらない』は、ファス次第じゃ。 まあ、どんなものか、一回はやってみた方が良いと思うが、どうじゃ?」
と、冷静な口調で問いかけてくるサンゴ。 片や、問いかけられたファスは、右手で顎付近を触りつつ考え込み、
『まあ、難しそうだけど、1回くらいはやってみるか・・・。』
「・・・わかった! やってみるよ!」
と、元気があるように答える。
「そうか。 それじゃあ、ファスは訓練用操縦席に入ってくれ。」
サンゴは冷静に告げると、左手を訓練用操縦席扉に翳し、ファスを誘った。
「サンゴはどうするの? 一緒に訓練用操縦席に入るの?」
誘われたファスは、訓練用操縦席に向かうも、数歩進んで立ち止まり、サンゴに振り返り、問いかける。
「私は操機補状態で、訓練用操縦席を操作する。」
そう告げると、サンゴはファスを追い越し、訓練室内奥にある休憩椅子に向かって歩いて行った。 歩いているサンゴの後姿を暫し見送っていたファスだったが、自身も訓練用操縦席に行かなければならないことを思い出し、早足で訓練用操縦席に向かう。
訓練用操縦席出入り口の扉が自動で開き、ファスはいつも通り訓練用操縦席内中央に立つ。
「それじゃあ、頭部覆いと『面』を着けてくれ。」
と、サンゴの声が訓練用操縦席天井付近から聞こえてくる。 ファスはサンゴの指示通り、自分の着ている操機主用服の背中側から「面」を取り出し、左手に持った後、頭部覆いを右手のみで器用に装着する。 右手に持った「面」を装着し終えると、いつもの右肩をぽんぽんと叩かれる感覚。 首だけで振り向くと、セーフティベルトがファスの背面すぐ近くに迫っていた。 ファスは両腕を肩高まで上げ、セーフティベルト装着の邪魔にならないようにする。 セーフティベルトがファスの両肩、両脇の下から胸部と脇腹付近を包み込むと、「面」視界内映像には、数日前の、仮想手合い開始時の停止映像が映し出された。 撮影位置は、真横から仮想機体2体が同時に見える撮影位置である。
「では、始めるぞ。 まずは、初手。 わし・・・じゃなくて、私が事前に、『突進するなよ』と助言したのに、なぜ無視をした?」
サンゴの声が頭部覆い内スピーカーから聞こえてくると、「面」視界内映像の各機体がスローモーションで動き出す。 銀色の機体、つまりファスの操る機体は、最初、おどおどしたような動作を数秒した後、徐に「ミディアムシールド」を機体正面に掲げ、黒い機体に向かい突進を始める。
『うわぁ・・・。 これは・・・ひどいな・・・。』
数日前、自分が操作していた仮想機体の状況を見せられ、ファスは恥ずかしくなって映像から目を背けたくなり、首を左に動かしてしまう。 だが、「面」視界内では、網膜に直接映像が投射されているため、首を動かした程度では再生している映像から目を逸らすことが出来ず、やがてファスは目を閉じてしまう。
「こら、ファスよ。 ちゃんと見なさい。」
一方、サンゴはファスが目を閉じたのを感知したのか、少々機嫌が悪いような口調で注意し、その声が頭部覆い内スピーカーから聞こえてくる。 片や、サンゴの機嫌の悪いような声を聞いたファスは、いやいやながらも目を開け、視界内に再生される映像を見る。 すると、銀色の機体の突進攻撃は、黒い機体に難なく躱される。 さらに、振り向きざまに転倒しそうになっていたところ、どうにか踏ん張り、踏みとどまっている場面が映し出されていた。
『・・・かっこ悪い・・・。』
自身の仮想機体操作映像を見たファスは、感想に浸ってしまい、サンゴから問われている事を忘れてしまっていた。 だが、映像が一旦停止となり、
「ファスよ。 答えなさい。」
と、サンゴが再度、機嫌の悪い口調で聞いてくる。 一方のファスは、一旦停止した映像と、サンゴの声で我に返り、
「えっ!? ・・・と・・・、なんだっけ・・・?」
と、サンゴから問いかけられていた内容をすっかり忘れてしまったため、悪びれる様子もなく聞き直してしまう。
「初手で、私の助言を聞き入れてくれなかった件じゃ。」
ファスには、サンゴが、またも不機嫌そうな口調で答えたように聞こえた。 その声に萎縮してしまったファスは、
「・・・あの・・・。 そう・・・、舞い上がっちゃって・・・。 つい・・・。」
と、即答できず、言い訳するようにもじもじと答えるのが精一杯だった。
「私は、初手の突進攻撃は悪手だと思う。 今回の件で、ファスも判ったじゃろ。 今後の参考にしてくれ。」
今度は、サンゴの声が威張ったように聞こえてしまう。 すると、
『・・・なんだよ、サンゴ・・・。 偉そうにして・・・。』
ふと、そんなことを感じ、考えてしまうファス。
その後も、銀色の機体は、左前腕を見ながら「ミディアムシールド」を掲げる、乱雑に「ロングソード」を振り回すなど、ファスが思い描いていた手合いとは、かけ離れた映像が次々と流れる。
「ファスよ。 まずは落ち着くことじゃな。 焦ったら、相手の思う壺じゃぞ。」
一方のサンゴは、優しい口調で諭すように話しをしてくれている。 が、ファスの耳には、先ほどと同様、不機嫌そうだったり、威張っていたりするような口調で、サンゴが話しているように聞こえていた。
『・・・そんなこと言ったって、こっちは初めてなんだ・・・。』
そんなサンゴの声を聞くたび、ファスは徐々に不満を募らせていく。
そして、「面」視界内映像は、ファスがよく覚えていない場面に移り変わっていく。
『あれ・・・? 僕、こんなことしたっけ・・・?』
銀色の機体は、何度目かの突進から黒い機体との距離を詰め、またも乱雑に「ロングソード」を振り回す。 その攻撃は、もはや剣戟ではなく、剣の腹、鍔や柄で殴打するなど、今までの訓練は何だったんだと思うほどの雑な攻撃だった。
『なに・・・これ・・・? 嘘だ・・・違う・・・。 僕が・・・こんなことするはずない・・・。』
ファスが茫然自失の状態で映像をみている中、黒い機体は、銀色の機体が繰り出す乱雑な攻撃に耐えきれず、頭部を守るように防御姿勢で屈みこんでしまう場面を映し出す。 そして、映像が一旦停止し、
「問題は、この後じゃ。」
サンゴが一言割り込んだ後、再び映像が動き出す。 そこには、屈みこんでいる黒い機体を、銀色の機体が右足で蹴り飛ばすという映像が映し出されていた。
「ファスよ。 『蹴りを使うな』とは言わないが、相手機体の体勢を崩すなら、武具を使いなさい。 例えば・・・」
サンゴは映像に合わせて説明を続けている。 が、ファスの耳にはその声は届いておらず、
『・・・嘘だ・・・うそだ・・・うそ・・・』
白い「面」下で愕然とした表情をしつつ、否定の言葉だけが、頭の中を駆け巡る。 もはやファスは映像を見続けられず、目を閉じ、首を左右に振るだけとなってしまう。
「ファスよ、最後じゃ。 ちゃんと見なさい。 転倒した機体への『止め』は、『転倒した相手機体の頭部、首部喉元付近、胸部付近に、自機の武具を当たらないように一回翳す』と、教えたじゃろ。 2回も『止め』を翳しおって。 しかも、相手機体に当たりそうなほどの勢いで振りかざしておる。 仮想手合いとは言え、両方とも私が止めなかったら、『操機戦管理』から、『過剰な破壊行為』で警告が出ていたぞ。」
ファスには、相変わらずサンゴが呆れた口調で説明しているように聞こえている。 そんな時、ふと目を開くと、「面」視界内には衝撃的な映像が流れる。 それは、ファスが過去の操機戦映像で見ていた、「止め」を取りにいっているような映像ではなかった。 なんと、仰向けに転倒した黒い機体に対し、銀色の機体は素早く詰め寄り、馬乗りのようになってしまう。 さらに逆手両手持ちに持ち替えた「ロングソード」を、大きく真上に振り上げた後、黒い機体首元に突き立て、どうにか首を刺し貫こうと力を込めているようにしている。 しかし、「ロングソード」の剣先は黒い機体に触れることが出来ず、あたかも何者かに止められているかのようだ。 その後、銀色の機体は諦めきれないかのように、再び「ロングソード」を振り上げ、黒い機体の首を刺し貫こうと、再度、力を込めて振り下ろす。 だが、またも何者かに止められているかのように、銀色の機体の「ロングソード」は、黒い機体の首を刺し貫くことが出来なかった。
その映像を見てしまったファスは、心の中で何かが切れたような感覚になり、
「・・・うそ・・・だ!」
「面」を右手で乱雑に外し、訓練用操縦席内に放り投げた後、両手で頭部覆いも乱雑に外し、大声で叫んだ。
「嘘だ! こんなこと、僕がするわけないよ! サンゴが映像を加工したんだ!」
再びそう叫び、今度は体を覆っているセーフティベルトを無理やり引き剥がそうとする。 が、セーフティベルトはファスの手が触るより早く、ファスの体から素早く外れていく。 その後、ファスは訓練用操縦席出入り口から早歩きで出て行き、サンゴが座っている休憩椅子へ向かい、理性を失ったような剣幕で近づいていった。
「こんなの、僕なわけないよ! サンゴ! 映像を加工しただろ!」
と、休憩椅子に腰掛けているサンゴに向かい、ファスは大声で怒鳴りつける。
「ファスよ、落ち着きなさい。」
一方のサンゴは黒い「面」をファスに向け、平然と、冷静に諭すように話しかける。 だが、ファスは聞く耳を持たない。
「もうサンゴなんか必要ない! 訓練も自分一人でする! サンゴはこの部屋の入室を禁止だ!」
サンゴに向かってそう叫んだファスは、素早く訓練室出入り口に向き直り、再び早歩きで訓練室を出て行ってしまった。
完全に頭に血が上ってしまったファスは、居住区画から屋外に出た。
「・・・まったく! サンゴってば・・・僕を・・・馬鹿にして!」
そう呟きつつ、険しい表情をしたファスは、何処へ向かうともなく早足で歩き続けた。 だが、数分もすると、訓練用操縦席で立っていた疲れか、または仮想手合いの疲れが残っていたのか、はたまた怒った影響だろうか、不意に座りたくなる感覚が訪れる。
『・・・どこか・・・座れる・・・場所・・・。』
そう考えていると、何時ぞやに行った、公園のような場所を思い出す。
『・・・あそこなら、椅子があったな・・・。』
ファスは向きを変え、公園があるであろう方向へ向かって歩き出した。
厚い雲が日差しを遮る天気の中、少々迷いながらも、ファスは目的の公園にたどり着く。 椅子に座ると、深いため息をつき、
『はぁ・・・。 ・・・でも・・・。 もし・・・、あの映像が、事実なら・・・。』
歩いた影響だろうか、少しずつ物事を冷静に考えられるようになってきたファス。 だんだんと不安に駆られ、もう一度、自身の仮想手合い映像を確認しようと、背中に手を伸ばす。 だが、背面に落としてある頭部覆い内に「面」は無く、ファスは青ざめてしまう。
『あれ・・・? もしかして、無くした!?』
そう考え、訓練室からここに来た、自分の行動を思い出そうとする。 が、記憶を辿って早々、訓練用操縦席内で「面」を投げ捨ててしまった事を思い出す。
「あぁ・・・。 またか・・・。」
思わず、情けない表情と声が漏れてしまうファス。 暫しの間、襟のマイクを使い、メガネ型端末をイチゴに持って来てもらおうか考えていた。 すると、
「あら・・・。 随分若い操機主さんね。」
突然、ファスの右方向から声が聞こえてくる。 公園内は完全に自分一人だと思っていたファスは、どきりとして声のした方向を向く。 そこには、操機主用の白い服を着た、髪の長い人間が立っていた。
「うわっ!」
ファスは驚きの声を上げ、声を掛けてきた人間をまじまじと見る。 その人間は、「人」かと思うほど整った顔立ちをしていた。
「こんにちは・・・。」
ファスはどうにか小声で挨拶をすると、
「はい、こんにちは。」
立っている人間も、女性の優しい声色と、にこやかな笑顔で返事をしてきた。 続けて、
「隣に座っていいかしら?」
立っている人間は、右手をファスの座っている椅子方向へ翳しつつ、優しい口調で尋ねてくる。
「あ・・・。 えっと・・・はい。」
その声を聞いたファスは、慌てた様子で椅子左端にずれる。 一方、立っていた人間は、ファスが空けてくれた分の椅子にゆっくりと腰掛けた後、ファスのすぐ近くに再び座り直した。 片や、その様子をファスは顔を上げて見ることができず、俯いたまま、横目で追うのが精一杯だった。
『どうしよう・・・。 女性の・・・操機主だ・・・。 何か・・・話さないと・・・。』
整った顔立ちの人間が間近に座り、緊張してしまったファス。 先ほどまで悩んでいたことがすべて頭の中から吹き飛び、隣の人間の事で頭がいっぱいになってしまう。
「あの・・・。 その服を着てるってことは、操機主なのですか?」
ファスはあまり考えず、頭に浮かんだ質問を、地面へ向かって話しかけるように隣の人間に問いかける。 すると、
「君。 お話する時は、相手の目を見て話すものよ。」
と、ファスの左頬に顎下から優しく左手を添え、優しい言葉も添えて振り向かせようとする人間。 一方、左頬に触れられたファスは、再びびくりとした後、人間へ向かってどうにか目を合わせ、
「君じゃないです・・・。 名前は、ファス・・・。」
と、辛うじて聞こえるような声で、人間に答えた。 その反応を見た人間は、
「そう、その調子。 で、ファスの質問への回答は、そうよ。 私も操機主よ。」
と、人間はファスと真逆に、ファスをしっかり見つめて笑顔で答える。 続けて、
「それで、お若い操機主のファスは、どうしてこんなところに一人で?」
と、優しく問いかけてくる。
『あれ・・・? 僕、どうしてこんなとこにいるんだっけ・・・?』
ファスは隣の人間のことで頭の中が真っ白になっていたが、少々考えた後、
『・・・そうだ! サンゴと・・・。』
と、冷静に思い出し、
「あの・・・。 僕の操機補と・・・けんか・・・じゃなくて、意見の食い違いがあって・・・。」
と、おどおどしながらも素直に話してしまう。 しかし、すぐさま、
『・・・しまった! 何で、正直に話してしまったんだろう!』
と、後悔する。
「あらあら・・・。」
一方、ファスの隣に座る人間は、心配そうに言葉短く答えた。 しばらく後、
「・・・それで、意見の食い違いは、ファスに原因があるのかな?」
再度、優しく聞いてくるため、ファスは思わず、
「はい・・・。 僕の操機補が、手合い映像を勝手に加工した・・・と、思って・・・。」
と、人間から目線を外し、しょんぼりと正直に答えた。
「操機補が手合い映像を加工・・・? それなら、『操機戦管理』の映像記録は見てみたの?」
と、人間は不思議そうに問いかけてくる。
「えっ・・・。 『操機戦管理』の・・・映像記録・・・。」
片や、ファスは何のことかわからず、隣の人間を僅かに横目で見つつ、譫言のように呟く。
「そう。 『操機戦管理』は、操機戦全ての映像を記録し、残しているわ。 実機、仮想含めてね。 当然、改竄もされていないわ。」
と、ファスに少し顔を近づけて話してくる人間。 片や、ファスも、隣の人間が顔を近づけてきた気配を感じ取り、思わずその方向をむいてしまう。 そして、間近で目が合い、
「そこに、君の答えがある・・・。 なんてね・・・。 ふふふ・・・。」
と、人間は微笑みながら答えた。 一方、
『ああ・・・。 なんだろう・・・。 この・・・、いい香り・・・。 じゃなくて!』
ファスは至近に近づいた人間から薫る、なにかのいい香りに魅了されつつも、
「・・・ありがとうございます! 確認してみます!」
顔を真っ赤にし、焦った口調でそう告げると、椅子を飛び降りてその場から逃げるように急いで駆け出す。 が、
「あの! ・・・お姉さん、お名前は?」
数歩駆け出したところで急停止し、振り返って問いかけるファス。
「エメよ。」
と、人間は微笑みながら短く答えた。
「ありがとう、エメさん。 また!」
ファスはまたも焦った口調で挨拶をしつつ、再度、逃げるように駆け出し、公園から退散していった。
木々の間から辛うじて見える建物等を頼りにし、ファスはどうにか自分の部屋がある区画に戻ってきた。 だがファスには、建物出入り口の扉が、途方もなく入場困難な場所に思えてしまう。
『さて・・・。 イチゴやサンゴに見つからず、部屋に行きたいが・・・。 どうしたものか・・・。』
と、扉が自動で開く範囲外の壁に寄りかかり、考えるファス。
『サンゴは・・・。 多分、地下の自室で待機しているとして・・・。 問題は、イチゴか・・・。 今、僕がここにいることすら感知しているはずだし・・・。』
と、中空を眺め、途方に暮れる。
『・・・ええい! どうせ、ばれているなら!』
いかばかりかの時間が経っただろうか。 ファスは決断し、建物出入り口の扉が自動で開く範囲に踏み込む。 そして扉が開くと、自室へ向かって全力疾走を開始した。
『どうか・・・、イチゴと遭遇しませんように!』
そう願いつつ、エレベーターを介し、ファスはどうにか自室の扉前までたどり着く。 自動で扉が開くと、転がり込むように自室床に倒れ込んだ。
「はぁ・・・はぁ・・・。」
ファスはうつ伏せ状態から体勢を変え、床に仰向け大の字になった後、暫し呼吸を整える。 数分後、ようやく置き上がり、寝具に向かってゆっくり歩き、再度、寝具に倒れ込んだ。
『はぁ・・・。 訓練室での事、イチゴだって知ってるよな・・・。』
今度は寝具でうつ伏せになりながら、呆然と考えるファス。 ふと、今までの心労が襲ってきたのと、寝具の心地よさから、うとうとと寝てしまいそうになるも、
『・・・違う、違う・・・。 映像の確認をしないと・・・。』
そう考え、ファスは重く感じる体を起こすと、寝具上を這い、枕元近くにあるメガネ型端末が置いてある場所にたどり着く。 使い慣れた端末を右手で掴み上げ、ファスは改めて端末を見回す。 そして、寝具上で座り込み、姿勢を正した後、ゆっくりとメガネ型端末を装着し、
「『操機戦管理』に連絡。」
と、小声で呟いた。 一拍置いて、すぐに応答がある。
「『操機戦管理』です。 操機主ファス、どうしました?」
と、無感情な中年男性のような声のみが、操機主用服の肩スピーカーから聞こえてきた。
「数日前の僕の仮想手合い・・・『操機戦管理』の記録映像を見たいんだ。」
と、ファスは覇気なく応答する。
「わかりました。 すぐに映像を再生しますか?」
と、「操機戦管理」の迷いのない回答に対し、
「え・・・っと、・・・はい・・・。」
ファスは回答に躊躇してしまいそうになる。 が、どうにか「操機戦管理」に答えると、メガネ型端末内の視界は一瞬暗くなる。 その後、つい先ほど見た光景。 訓練用操縦席内で見た自身の仮想手合い映像が、同一の視点で再生され始める。
『・・・全く・・・同じ・・・光景だ・・・。』
悪い夢でも見ているかのようだった。 ファスが覚えている限り、先ほど訓練用操縦席内で見た映像と、全く同一であった。 たどたどしい手合い開始から、相手機体を蹴り飛ばす行動、相手機体に対し馬乗りになり、首元を刺し貫こうとした後、再度、首元を刺し貫こうと攻撃している行動。 全てが、同じ映像だった。
いかばかりかの時間が経っただろうか。 ファスは薄っすら涙を浮かべ、寝具の上に座ったまま、動けないでいた。
『・・・どうしよう・・・。 サンゴに・・・酷い事・・・言っちゃった・・・。』
後悔の念に苛まれるファス。 サンゴに対し、どう謝ろうか必死に考える。 しかし、
『・・・でも・・・。 サンゴだって・・・あんな・・・偉そうに言わなくても・・・。』
ファスの心の中には、まだ一部、サンゴへの反発心もあった。 そこからさらに、思考が働かない状態が続いた。 再び、いかばかりかの時間が経っただろうか。
「・・・そうだ!」
ファスは頭の中で妙案を思いつき、叫びながら寝具の上で立ち上がる。 続けて、
「次の手合い、かっこ良く勝って、サンゴを見返せばいいんだ!」
そう叫ぶのだった。
翌日。 朝食を終えたファスの姿は、自身の訓練室の出入り口脇にあった。 壁に寄りかかり、自動で扉が開く範囲外で考え込んでしまう。
『・・・サンゴ・・・。 いるかな・・・。』
昨日、ファス自身が言い放った、『サンゴはこの部屋の入室を禁止だ!』が、頭の中で木霊する。
『・・・ええい! 相手は、「人」だ! どうせ、どこにいても僕の居場所がばれているなら・・・。』
ファスは踏ん切りをつけ、訓練室扉が自動で開く範囲に踏み込む。 自動で扉が開き、室内から明るい光が洩れてくると、ファスは少々眩しくなり、目を細めてしまう。 その眩しさが収まった後、室内中央に注目する。 サンゴが、いつも出迎えるように立っている位置だ。
「・・・。」
が、訓練室内中央には誰もいなかった。 ふと、安心したような、寂しいような気持ちになるファスだった。 だが、
『もしかして、模造武具置き場か・・・。 いや、訓練用操縦席内で待ち伏せか・・・。』
と、執拗に疑ってしまう。 すぐさま模造武具置き場に視線を移したファスだったが、そこにもサンゴの姿はなかった。 その後、訓練用操縦席扉前までゆっくりと歩く。 扉前で一瞬立ち止まるも、自動で開いた扉の勢いに任せ、中に入って行った。
「サン・・・ゴ・・・?」
明るい訓練用操縦席内、ファスは小声でサンゴを呼びかけてしまうも、誰からの返事も無い。 ファスはぐるりと訓練用操縦席内を見回し、室内に誰もいないのを確認した後、訓練用操縦席の外に出て行った。
訓練室奥の休憩椅子までたどり着いたファスは、いつも座る位置に腰を下ろした。
『サンゴ、本当にいないのか・・・。 ほっとしたような・・・寂しいような・・・。』
静まり返った訓練室内を見渡しながら、ふと、物思いにふけるファス。
『・・・でも、サンゴ無しでやれるところを見せないと!』
ひと落ち着きしたファスは、心の中で強くそう思い、模造武具置き場へ向かう。 そして、模造武具の「ツーハンドソード」を取り出し、訓練室広間中央で素振りを始めた。
ファスが個人用の訓練室で一人きりの訓練を始めてから、1週間が経った。 その日の午後は、自分で決めてある訓練項目を少なめに終わらせ、早々に模造武具を武具置き場に戻し、休憩椅子に腰掛けた。 すると、訓練終了に合わせたかのように、黒い「面」と頭部覆いを付けた「人」が、訓練室内に入って来る。 その姿を見たファスは、サンゴが入ってきたのかと一瞬どきりとするも、背の高さから、イチゴだと気付く。 ファスの目の前まで来たイチゴは、肩から下げていた鞄を開け、
「ファス、冷水と栄養飲料ですよ。」
そう言い、屈みこんで取り出した飲み物容器を差し出した。 ファスが一人で模造武具の訓練を始めて1週間、訓練室への飲み物は、全てイチゴが届けてくれるようになっていた。
『・・・もしかして、僕が共用の訓練室で訓練していた時も、イチゴが部屋の外まで飲み物を持って来てくれていたことがあった・・・のかな・・・。』
などと考えつつも、
「ありがとう!」
と、元気よく答えたファスは、差し出された2本の容器を受け取った後、自身が座っている休憩椅子右側に置こうとする。 すると、
「今日の訓練は、これで終わりですか?」
と、珍しくイチゴが質問をしてきた。 いつもは飲み物を渡すと、すぐに帰ってしまっていたイチゴ。 なので、ファスは少々驚きながら、
「えっ!? ・・・っと、その予定・・・だけど・・・。」
と、目の前に立つイチゴを見上げ、不思議そうに答える。 一方のイチゴは、ファスの答えを聞いても、特段の反応が無い。 しばらく後、
「・・・イチゴ・・・?」
ファスはいつもと違うイチゴの反応が少々心配になり、恐る恐る問いかける。
「わかりました。 失礼します。」
暫し後、イチゴはいつもの調子に戻ったように答え、訓練室を出て行った。
『・・・変なイチゴ・・・。』
ファスは不思議に思いながらも、渡された栄養飲料の容器を開け、勢いよく飲みこんだ。 暫し、甘味と酸っぱさが濃い栄養飲料の味を楽しんでいたファスだったが、ふと、
『もしかして・・・、イチゴ・・・サンゴと何か通信していた・・・とか・・・? まさか・・・。 考えすぎだよね・・・。』
などと、イチゴの挙動がおかしかったことについて、勝手な想像をしていた。
その後、ひと落ち着きしたファスは、
「・・・さて、今日こそは、次戦の手続きを・・・。」
そう呟くと、徐に頭部覆いと「面」を装着し、
「『操機戦管理』を。」
と、呼び出した。 一拍置いて、
「これは、操機主ファス。 どうしました?」
聞き覚えのある、無感情な中年男性のような声が、頭部覆い内スピーカーから聞こえてきた。
「あの・・・1週間後位の予定で、次の仮想手合いを申し込みたいんだけど・・・。」
と、ファスは手合いの申し込み方法がわからずも、
『「操機戦管理」に問い合わせれば、何とかなるだろう。』
と、楽観的に考え、「操機戦管理」に問い合わせたのだった。 すると、ファスの「面」視界内が切り替わり、前回、ファスが仮想手合いで使った機体が表示される。 そして、画面上部には、「操機主ファス、操機補サンゴ」の表示がある。
「わかりました。 この受付でよろしいですか?」
と、「操機戦管理」からの確認に対し、ファスは手早く表示されている内容を確認する。
「ああ、武装・・・。 『ロングソード』から、『ツーハンドソード』に変更。 『ミディアムシールド』は、無しで。」
と、映像の下部を見て、武装の変更を告げる。
「わかりました。 この情報で、仮想手合いの受付をします。 決定事項の詳細は、後程連絡致します。 また、操機主ファス側で変更があれば、連絡をください。 では。」
「操機戦管理」の中年男性のような声がそう告げた後、ファスの「面」視界は、元の訓練室内を映している状態に戻った。
ファスはゆっくり「面」と頭部覆いを外しつつ、
『ふう・・・。 思ってたより、簡単に登録できたな・・・。』
ファスは手合いの登録作業は時間がかかると思い、自身の訓練を少なめにしていた。 だが想定していたよりも、仮想手合い登録が早くできてしまったため、夕食まで手持ち無沙汰になってしまう。
『う~ん・・・。 もう少し、武具の訓練をするか・・・。』
模造武具置き場を眺めつつ、そう考えたファス。 残っていた冷水容器の封を開け、一口飲んだ後、再度、模造武具置き場へ向かう。
「この調子で、サンゴを見返してやるんだ!」
右手で模造武具の「ツーハンドソード」を取り出し、目の前に掲げながら、ファスはそう叫んだ。
1週間後。 ファスの姿は、個人用の訓練室内にあった。
「今回の仮想手合いも、前回同様、11時から手合い開始・・・と・・・。」
自身が仮想手合いの登録をした夜には、次回手合いについての詳細な通知が来ていた。
ファスは訓練室内の休憩椅子に座り、頭部覆いと「面」を着け、1週間前に受け取った通知の内容を読み直していた。 そして、現在の時刻は10時30分を指している。 だが、仮想手合い間近な時間になっても、サンゴの姿は、訓練室内には無かった。
「・・・そうか・・・。 サンゴは、僕が『入室禁止』って言ったのを守っているんだ・・・。」
ファスは、自身がサンゴに告げた、『訓練室への入室禁止』を忘れそうになっていた。 だが、どうにか思い出すも、
『まあ、操機補といっても、「人」だし・・・。 遠隔操作で、仮想機体への動作仲介だけしてもらえばいいや・・・。』
と、ファスは「面」と頭部覆いをゆっくり外しつつ、楽観的に考えていた。
「・・・そろそろかな・・・。 それじゃあ、いってきま・・・。」
時刻は10時45分となり、ファスは訓練用操縦席に入ろうとする。 だが、誰もいない訓練室で一人挨拶をしていることに気付き、言葉をとぎってしまう。 少々寂しい気持ちのまま訓練用操縦席内に入り、中央に立つと、あまり間を置かず、セーフティベルトが天井付近から降りてきて、ファスの右肩をぽんぽんと叩く。
『ほら! サンゴってば、ちゃんと遠隔で操機補の操作をしてくれている!』
ファスは寂しかった気持ちから一転、強気な気持ちになる。 そして頭部覆いと「面」を素早く装着し、両腕を肩高まで上げると、いつもと同じように、セーフティベルトがファスの両肩、両脇の下から胸部と腹部付近を包み込んだ。
しかし、そこからは今までと違った。 サンゴからは何の応答もないまま、ファスの着ている操機主用の服に負荷圧がかかり、「面」視界内は、あっという間に仮想機体の操機目線に切り替わる。 床も、柔らかい感触から、固い感触に変化した。 早々に、ファスと仮想機体との同期が完了したようだ。
「ちょ・・・っと・・・。 はやい・・・。」
ファスは誰へともなく文句のような言葉を発してしまうが、誰からも反応は無い。 そして、ファスの「面」視界内には、文字のメッセージが表示される。
「え・・・っと、右手を、武具所持待機状態で握ってください・・・?」
と、「面」視界内のメッセージを読み、言葉を発してしまうファス。 表示されているとおり、右手を武具所持しているように軽く握り込む。 すると、不意に、重量物を持たされた感覚が、服の負荷圧を通じて右腕全体に感じる。
「うわっ!」
ファスは驚き、右手の重量物を手放しそうになってしまう。 が、どうにか握り込み、落とさずに済んだ。 視線を右手付近に向けてみると、仮想機体の右手が、「ツーハンドソード」の柄を握っていた。
『もう・・・。 調子狂うな・・・。』
操機の同期手順がちぐはぐになっているのを直そうと考えたファスは、サンゴを呼び出し、注意しようとして、
「サ・・・。」
と、ひと声発してしまう。 しかし、
『・・・いやいや。 ここでサンゴに声を掛けたら、僕が折れたみたいになる・・・。 それは嫌だ!』
ふと、そう思い、ファスは慌てて口を閉じる。
どうにか仮想機体との同期が完了し、ひと落ち着きしたファスは、改めて「面」視界内を確認してみる。 晴天の仮想地上闘技場。 相手機体は現れていない。
やがて、時刻も10時55分を過ぎようとしていた時、
『そろそろ、相手機体が・・・』
「ツーハンドソード」を右手のみで握った待機姿勢で待っていたファスがそう考えた時、仮想空間の正面方向からは、重々しい歩行音が響いてくる。 ファスはその音に気付き、正面方向を注視する。 すると、仮想闘技場にあるもう一方の機体出入り口から、仮想機体の一部が見える。
『・・・やっと来た・・・。 機体の色・・・。 また、黒か・・・。』
と、黒色の機体一部を見たファスは、呆れたように思う。 しかし、そこからファスは愕然とすることになる。 ゆっくり入場してきた黒い機体は、以前の機体とは、全く異なった形状をしていたのだった。
「・・・なに・・・、これ・・・。」
一際重苦しい音を立てつつ、全貌を表した黒い機体。 城塞のように膨れ上がった鎧を纏い、右手には、柄の長い巨大な両刃斧を携え、ファスに向かい近づいてくる。 その姿を見たファスは、恐れおののく。
「・・・ちょっ・・・と・・・。 僕、こんなのと・・・手合い・・・するの・・・? まだ・・・、手合い2回目・・・だよ・・・?」
ファスは震えた声で、譫言のように質問してしまう。 だが、その質問に答えてくれる者はいない。 片や、ゆっくり歩み寄って来ていた黒い機体は、ファスの目前、60メートルの相手側手合い開始位置で歩みを止める。 そして、両刃斧の斧頭部分を地面に突き立て、右片手で柄を支えた待機姿勢に入った。
「では、時間になりましたので、手合いを始めましょう。 今回の手合いは、190919-018198号機対、199151-003312号機。 双方、構えて。」
真っ黒な機体が手合い開始位置について間もなく、聞き覚えのある「操機戦管理」手合い進行役の声が、手合いの開始手順を進めてしまう。 すると、ファスの目前にいる黒い機体は、早々に巨大な斧を両手に持ち替え、胸前に掲げる。 片や、ファスはその圧倒的な姿に恐れおののいて硬直したまま、何もできずにいた。
「018198号機、構えて!」
前回同様、「操機戦管理」手合い進行役から、注意のような警告を受けてしまうファス。 だが、ようやく、
「・・・ちょっと待ってよ! こんな相手と手合いするなんて、聞いてないんだけど!?」
と、ファスは抗議の大声を上げる。 そうすると、
「では、この手合い、棄権しますか?」
一方、「操機戦管理」手合い進行役からは、いたって冷静な応答が、ファスの頭部覆い内スピーカーから響いてくる。
「えっ・・・? 棄権・・・。」
ファスは呟きながら冷静に考えていると、
『操機戦は勝ち負けではない。』
何時ぞやに聞いた、サンゴの声がファスの頭の中に木霊する。 しかし、
『・・・「勝ち負けではない」と言っても、手合いの棄権は、評判的には、負けと同様の扱いだったはず・・・。 手合い2回目で負けなんて・・・そんなの嫌だ! この手合い、勝ってサンゴを見返すんだ!』
「くっ・・・。 ・・・やります!」
ファスは、『勝たなければ』という意思が強くなり、力強くそう答えると、一転して「面」下で歯を食いしばる。 そして、どうにか両手に持ち替えた「ツーハンドソード」剣先を、相手機体喉元付近に向け、中段正面に構えた。 それと同時、ファスの「面」視界内に見える黒い機体に対し、説明書きのような文字が浮かんだ。
「機体・・・重装甲機、所持武器・・・『グレートアックス』・・・。」
ファスが浮かんだ文字を読み上げ終えると、表示された文字は消える。 直後、
「始め!」
と、「操機戦管理」手合い進行役の声と共に、仮想手合いが始まってしまう。
『落ち着け・・・。 落ち着け・・・。』
ファスは前回の仮想手合いにおいて、焦ってしくじったのと同様の行動をしないように、自分自身に強く言い聞かせる。 幸い、相手機体も、「グレートアックス」を使って機体を防御するように正面に掲げ、ファスの出方を伺っているように見える。 暫し、睨み合いの様相になった。
『相手機体の武具、重そうだな・・・。 そうだ! 相手に武器を振らせてから、攻撃すれば・・・。』
落ち着いてきたファスは考えを巡らせ、自身が操作する銀色の機体を、すり足でじりじりと重装甲の黒い機体に歩ませ始める。 もちろん、自身の武具は相手機体の喉元付近を捉え、突進攻撃をしてくれば、突き攻撃で対応できるようにしていた。
『相手、身動き一つしないな・・・。』
ファスはさらにじりじりと近づき、相手機体との距離は、お互いの武具が届くか届かないかの距離になっているように見えた。
『それじゃあ・・・。』
ファスは決断し、「ツーハンドソード」を少しだけ突き出す動作をしてみる。 すると、相手機体は「グレートアックス」の刃部分で、「ツーハンドソード」の突き攻撃を防御するように武具を機体喉元付近に動かした。
『今だ!』
ファスは「ツーハンドソード」を相手機体に当てず、素早く戻し、右脇から相手機体に剣戟を繰り出す。 狙いは、左足脹脛付近。 銀色の機体が放った素早い剣戟は、狙い通りに相手機体左足脹脛に命中すると、金属同士がぶつかる軽い音が仮想空間内に響く。
「よし!」
と、ファスは思わず声を上げて喜んでしまう。 だが、重装甲の黒い機体は、ふらつくどころか身じろぎ一つせず、悠然と立っている。
「びくともしない!? どうして・・・!? 振りが弱かったの!?」
と、ファスは大声をだして不思議そうに問いかけてしまう。 しかし、その問いに答えてくれる者は無く、虚しく空間に消えて行った。
『あせっちゃだめだ・・・。 落ち着て・・・次手を考えなきゃ・・・。』
ファスは振り下ろしていた「ツーハンドソード」を素早く引き戻し、再び中段正面に構え、剣先を相手機体喉元付近に向ける。 一方、今まで動きの無かった重装甲の黒い機体は、銀色の機体の構えが整ったのを待ちかねたように、巨大な「グレートアックス」を両手で頭上高く振り上げる。 そして、銀色の機体に一歩踏み込みつつ、大きく真上から振り下ろして来た。
『避けないと!』
咄嗟に思い、ファスは後方へと素早く退く。 すると、ファスの操作する銀色の機体が立っていた位置に「グレートアックス」が振り下ろされ、轟音を立て、仮想闘技場地面に深々と突き刺さった。
「・・・あぶない・・・。 あれにちょっとでも当たったら・・・。」
ファスは、自分の機体に「グレートアックス」が当たってしまった時の事を思い描いてしまう。 地面への刺さり具合を見る限り、命中した部位は、使用不可になってしまうだろうと容易に想像出来た。
『・・・あの斧に当たらないように、動き回らないと・・・。』
考えを改めたファスは睨み合いを止め、「ツーハンドソード」を右脇横向きに構え直し、相手機体の左側へ回り込むように動き始めた。
一方、地面に突き刺さった武具を力強く引き抜いた、重装甲の黒い機体。 再び、「グレートアックス」を機体正面に構えた防御姿勢を取り、ファスが操る銀色の機体の動きに合わせ、すり足で機体方向を変え、側面や背面を取られないようにしてくる。
『・・・ん・・・?』
暫し、相手機体の周りを移動していたファスだったが、機体を動かしつつあることに気付く。 相手機体の旋回が、ファスの動きに追いついておらず、徐々に相手機体の左側面が多く見えてきている。
『もしかして・・・、これなら・・・。』
ファスは決断し、相手機体の左側面に回り込むように、全力疾走を始める。 当然、相手機体もファスの動きに反応し、側面を取られないよう、旋回速度を上げた。
「かかった!」
ファスはそう呟き、咄嗟に機体を逆方向に走らせようと急制動をする。 だが、急制動をかけた右足裏が不意に滑り始め、機体の重心制御が難しい状態となってしまった。
「こらえて、サン・・・」
と、サンゴに助けを乞うように叫びそうになってしまうファスだったが、慌てて口を閉じ、自身で重心制御に集中する。 幸い、どうにか右足裏の滑りは止まり、姿勢を立て直した銀色の機体。 今度は、相手機体の右側面を取るように全力疾走をする。 そして、ファスの操作する機体の動きについていけていない相手機体の右後背面を取り、襲い掛かる。
「んっー!」
声になっていない叫びを上げ、ファスは「ツーハンドソード」を頭上高く振り上げ、振り下ろす。 狙いは、黒い機体の背面首元から右肩付近。 銀色の機体が放った「ツーハンドソード」の剣戟は、黒い機体の右肩装甲部に命中すると、重苦しい音が仮想空間内へと響き渡った。 一方、ほぼ後方から右肩を強打された重装甲の黒い機体。 重心を崩して前のめりに崩れるも、「グレートアックス」の柄を使い、どうにか転倒を免れた。
『これ、転倒してないから攻撃していいんだよね。』
ファスはそう考え、振り下ろしていた「ツーハンドソード」を再度素早く振り上げ、もう一度、相手機体の右肩部に狙いを定め、力強く振り下ろした。 再び、轟音が仮想空間内に響くと、重装甲を施されていた相手機体の右肩部は、歪んで変形してしまっていた。
『よし! このまま右腕を使えなくすれば!』
ファスは三たび「ツーハンドソード」を振り上げ、今度は狙いを肩部から、右腕全体に切り替える。 さらに重い一撃ではなく、右腕全体に乱打を浴びせ始めた。 前のめりに屈んでいる無防備な相手機体に対し、暫し右後背面からの乱撃を続けてしまうファス。 だが、
「えっ?」
一瞬、自身の両足脛下部から両足首に重い衝撃があったかと思うと、両足の服負荷圧が切れた。 何が起こったのかわからないファスは不思議そうに声を上げ、足元付近を見てしまう。 すると、黒い機体の「グレートアックス」が、自身の機体左足元脇にあるのを見る。 その直後、ファスの操る銀色の仮想機体は、ゆっくりと、うつ伏せに倒れ始めてしまう。
「ちょっと! どうなってるの!?」
ファスが叫ぶと同時、服全体の負荷圧が切れ、「面」視界も操機目線から、訓練用操縦席内が見えるように切り替わってしまう。
『仮想機体との同期が・・・切れた・・・。 なにか、致命的な攻撃を受けたんだ!』
ファスはようやく事態を察し、おどおどとしてしまう。
『とにかく、立たないと!』
「サン・・・」
再び、サンゴを頼ってしまいそうになったファスだったが、慌てて口を閉じる。 だが、完全に仮想機体との同期が外れた状況になってしまうと、操機主だけではどうすることも出来ず、ファスは焦ってしまう。
『どうしよう・・・。 どうしよう・・・。 ・・・そうだ! 機体に何が起こったかだけでも、確認を・・・。』
と、おどおどとする中、どうにか考え付いたファスは、
「機体に何が起こったの!? 被害状況を教えて!」
と、必死に叫ぶ。 すると、ファスの「面」視界内左上には、外部視点相当の映像が映し出され、再生を開始する。 どうやら、ファスの操る銀色の機体が攻撃を受けた時の映像を再生しているようだ。 相手の黒い機体はしゃがみ込んだまま、傷だらけの右片手のみで、「グレートアックス」を右後方付近に器用に振り回す。 そしてその攻撃が、ファスの操る銀色の機体の両足首付近に命中したのだった。 その映像が消え去った後、今度は「面」視界内右側上部に機体の全体図が小さく表示され、両足脹脛下部が黄色く点滅している。
「この表示・・・装甲がかなり損傷したんだ・・・。 もしかしたら、機体本体も・・・。」
ファスは驚いたように一人呟く。 映像で確認した限り、軽く振り回していたように見えた相手機体の「グレートアックス」だが、これだけの被害が出ていることに驚く。
『とにかく、どうにか立ち上がって・・・。』
ファスは心の中で祈っていた。 幸い、そのすぐあと、仰向けに倒れていたファスの操る機体は、「ツーハンドソード」を手放し、両手を使って立ち上がり始めているのが、訓練用操縦席内の正面画面で確認できる。
十数秒後、どうにか立ち上がったファスの操る銀色の仮想機体。 しだいに服負荷圧が戻り、ファスは仮想機体との同期が戻り始めているのに気付く。 最後は「面」視界内が操機目線となり、どうにか手合いを再開できそうな状態になった。 だが、「面」視界内には、仮想闘技場風景しか映っていなかったため、
『・・・そうだ! 相手機体は?』
ファスは相手機体も、前のめりに屈んだ状態だったことを唐突に思い出す。 急いで左右を見渡して見ると、左側30メートル程先であろうか、重装甲の黒い機体はすでに立ち上がり、こちらの立ち上がりを待機姿勢で待っている状態だった。
『えっと・・・確か、手合い再開は・・・武具を胸元に掲げて・・・。 あっ! 武具、手放してしまっている!』
ファスは冷静に考え、起き上がる時に「ツーハンドソード」を手放してしまっていた事に気付く。 今度は足元付近の左右を見渡してみると、右足元付近に、自身が使っていた「ツーハンドソード」を見つける。 服の負荷圧があるため、武具を拾うのに苦労してしまうも、右膝をついて、どうにか仮想闘技場地面に落ちている武具を拾い上げたファス。 「ツーハンドソード」を両手で握り直し、胸前に掲げ、相手機体に手合い再開の意思を表す。 すると、黒い機体も「グレートアックス」を左手のみで胸前に掲げ、手合い再開の意思を表した。
『仕切り直し・・・に、なればいいんだけど・・・。』
ファスは「ツーハンドソード」を中段正面に構えて考える。 同時に、痛めている機体両足首付近を眺めそうになってしまうも、
『頭を動かすな。』
という、かつてサンゴから注意されたことを思い出し、頭を動かすのは思いとどまった。 しかし、「面」視界内右側上部には、相変わらず機体全体図が小さく表示されている。 その機体全体図の両足脹脛下部が黄色く点滅しているのを見ると、ファスはどうしても両足首付近が気になり、ついには、足元付近に目線を落としてしまう。
『・・・両足首の損傷、本当に大丈夫だろうか・・・。』
などと、傷ついた装甲の一部を見ながら考えていた時、今度はファスの左肩付近に、ずしりとした衝撃が走る。
「えっ?」
ファスは再び不思議そうに声を上げ、目線を足元から左肩付近に移す。 「面」視界内から見える機体の左肩には、巨大な「グレートアックス」が深々と突き刺さっていた。 ファスの着ている服は再び負荷圧を失い、「面」視界内も訓練用操縦席内に切り替わる。 同時に、訓練用操縦席内正面画面には、うつ伏せに崩れ落ちていく、仮想機体の胸部付近映像が映し出されていた。
「・・・あ・・・ぁ・・・。」
ファスは辛うじて声をだすが、その声は絶望的だった。
『・・・うかつだった・・・。 一歩の踏み込み距離で、気を抜くなんて・・・。』
絶望の淵に立たされながら後悔の念を抱くファス。 このまま機体が立ち上がらない、もしくは相手機体が倒れているファスの機体に武具を翳し、「止め」を受ければ、負けが確定である。
『どうしよう・・・どうしよう・・・。 負けたくない!』
「助けて・・・たすけて・・・たすけてよ! サンゴ!」
今まで強がっていたファスは、サンゴを見返してやろうと、この手合い中、サンゴを頼るのを拒んでいた。 だが、この状況、もはや頼れるのはサンゴのみと思い、ついに叫んでしまう。
「しょうがないな! しかも、こんな状況になってから呼びおって!」
怒ってはいるが、聞き覚えのある声がファスの頭部覆い内スピーカーから聞こえてくる。
「・・・サンゴ・・・なの・・・?」
ファスは半べそのような声で、聞こえてきた声に問いかける。
「ああ、私だ。 それにしても、こっぴどくやられたな。 両足最下部装甲が中程度損傷。 両足首骨部が捻挫相当の中程度損傷。 そして、左肩装甲が全壊。 左肩骨が粉砕骨折相当の重度損傷で、左腕全体が使用不可。 ここからの逆転は難しいぞ。」
と、冷静なサンゴの声が聞こえてくる。
「お願い! 負けたくないんだ! 何とか助けてよ! サンゴ!」
と、ファスはすがるような声で、サンゴに対し話しかける。
「相手機体は、左脹脛部の装甲が軽度損傷。 右肩は重度損傷で、右腕がまともに動かないようだな。 だが、こちらも片手で『ツーハンドソード』を扱わなければならない。 できるか、ファスよ?」
と、サンゴは厳しい口調でファスに問いかける。
「・・・やる! やってやる!」
ファスは一旦右手で「面」を取り外し、左腕で両目の涙を拭った後、「面」を着け直す。 その後は、一転して元気よく答える。 しばらく後、
「わかった。 機体を起こす。」
サンゴが冷静に答えると、正面画面の仮想機体胸部付近映像は、機体が立ち上がり始めたことを表す、地面が離れていく映像を映し出す。
「相手機体、『止め』を取りに来なかったな。 こちらが降参するとでも判断したのか? ファスよ! この間に、視界を元に戻すぞ!」
サンゴが力強く話し掛けてくるのと同時、ファスの「面」視界内映像は、早々に操機目線へと切り替わった。 そして、右手から手放さなかった「ツーハンドソード」を器用に使い、立ち上がっている途中の自機脚元付近が見える。 十数秒後、どうにか立ち上がった、ファスの操る銀色の仮想機体。
「それじゃあ、同期も戻すぞ。 ファスよ、直立の姿勢を取ってくれ。」
サンゴの声が聞こえると、直立の姿勢を取ったファスの着ている服に負荷圧が掛かり、仮想機体との同期が戻ったのがわかる。 だが、左肩から左手先までは、服の負荷圧を感じられない。
「サンゴ・・・左腕は・・・?」
ファスは不安になり、たどたどしく問いかけるも、
「さっきも言ったとおり、左腕は、使用不可だ。」
と、サンゴからは冷静な答えが返ってくる。
「・・・わかった!」
ファスは少し回答を躊躇したが、納得し、元気よく答える。 周囲を見回すと、やや左前方、重装甲の黒い機体が待機姿勢で立っているのが目に入る。 距離も先ほどと同じ、30メートル程先といったところだろうか。
『さっきは間合いを見誤ったけど、今度は・・・。』
ファスは後悔しながらも、右手のみで握った「ツーハンドソード」を胸前に掲げ、手合い再開の意思を表した。 一方、重装甲の黒い機体も、左手のみで握った「グレートアックス」を胸前に掲げ、手合い再開の意思を表す。
「負けたく・・・ない!」
ファスは白い「面」下、真剣な表情で力強く呟き、「ツーハンドソード」を中段正面に構える。 だが、刃渡りの長い武具を片手で握っているためか、剣先が少々ふらついてしまう。
『相手機体も片手だ。 条件は同じ・・・。』
ファスは冷静にそう考え、刃先を地面に接しながら、左手のみで武具を握っている相手機体の出方を伺う。
『「人」相手だからやりたくないけど・・・待つか・・・。 ・・・相手の武具が動いたら、踏み込む!』
そう決意したファスは、相手武具へと視点を集中し、暫し相手機体とどちらが先に動くかの根比べをすることとなる。
いかばかりかの時間が経っただろうか。 先に動いたのは、黒い機体だった。 「グレートアックス」の刃が地面を離れた瞬間、ファスも「ツーハンドソード」を頭部付近真横に掲げ、踏み込む。
「受けるな、ファス!」
サンゴの大きな声が頭部覆い内スピーカーから聞こえてくる。 一方、ファスは、
「わかってるよ。」
と、呟くように小声で答える。
相手機体は、地面に接していた「グレートアックス」を左手のみで真上に振り上げ、そのままファスの操る銀色の機体目掛けて振り下ろしてくる。 一方、ファスはその攻撃を「ツーハンドソード」で受け止めるように動く。 しかし、寸でのところで機体の素早さを生かし、「グレートアックス」の振り下ろし攻撃を、不安定な体勢ながら僅差で右に躱した。 すかさず反撃するために、体勢を立て直そうとするファス。 だが、先程攻撃を受けた影響だろうか、ファスは操機主用服の左足首付近に違和を感じる。 同時に、左足裏が滑り始め、踏ん張りが効かず、転倒しそうになってしまう。
「サンゴ! こらえて!」
ファスは大声で指示を出す。 それに答えるように、ファスの左足服負荷圧が微妙に切り替わる。 同時に、機体左足も微妙に重量配分を変えた。 すると、滑り始めていた左足裏がしっかりと地面を捉えるようになる。 踏ん張りがきき、仮想機体の体勢を整えなおしたファスは、
「そこだっ!」
と、大声で叫び、右手のみで握っている「ツーハンドソード」を、真横の構えから後方へ引き絞り、目一杯の速度で突き攻撃を繰り出した。 狙いは、相手機体が振り下ろした武具を握っている左手甲。 重装甲機体には、手の甲側にも分厚い装甲が施されている上、剣戟を当てるのは至難と思える僅かな隙間だった。 だが、ファスが絶妙な狙いで繰り出した「ツーハンドソード」の突き攻撃により、相手機体の左手甲は砕け散り、仮想空間内には、なにかが潰れたような音が響く。
「それまで。」
「操機戦管理」手合い進行役の声が響き渡ると、ファスの着ている操機主用服に掛かっていた負荷圧が無くなる。 突き攻撃を放った後のファスは不安定な体勢だったため、転倒しそうになるも、セーフティベルトがファスの体を支えてくれたため、転倒は免れた。
「はぁ・・・はぁ・・・。 終わった・・・の・・・?」
と、荒い呼吸から譫言のように呟くファス。 そして、体を支えてくれている左肩付近のセーフティベルトを右手で触りつつ、
「はぁ・・・はぁ・・・。 ・・・ありがとう・・・。 サンゴ・・・。」
と、乱れた息を整えつつ、穏やかな口調でサンゴに礼を告げる。 不安定な体勢から姿勢を正すと、「面」視界内も、仮想機体視界から、訓練用操縦席内を映している通常視界に戻った。 ファスがゆっくり「面」と頭部覆いを外すと、セーフティベルトは自動で体を外れ、ファスの移動の邪魔にならない位置に退いていく。
訓練用操縦席内正面画面には、仮想空間内闘技場で、2体の操機が決着のついた姿勢のまま硬直している映像が映し出されている。 その映像を見て、
「・・・僕・・・、勝ったんだよね・・・。」
勝利を確認したファスは、暫し喜びに浸った後、訓練用操縦席出入り口に向かって足早に駆け出した。
『サンゴ、来てくれたんだ!』
訓練用操縦席出入り口の扉が自動で開き、ファスは嬉々として訓練室内を見渡す。 だが、室内には誰も居らず、静まり返っていた。
「サンゴ! ・・・あれ・・・? サンゴ、いないの・・・?」
と、ファスは声を上げてサンゴを探してしまう。
「サンゴ!? サンゴ!?」
譫言のように、訓練室内に響く声で呼びかけるファス。 暫し後、唐突に訓練室出入り口が開く。 片や、出入り口が開いたことに気付いたファスは、その方向に注視する。 目に飛び込んできたのは、黒い服に黒い「面」と頭部覆いを付けた、小柄な「人」だった。 無論、ファスはその「人」がサンゴだとわかり、
「サンゴ!? サンゴ!」
と、大喜びで走り寄る。
「ああ。 良く頑張ったな・・・」
一方、サンゴはファスに向かい、労うように話しかけていた。 だが、ファスが走り寄って抱き着いてきたため、話が途中で途切れてしまう。
「ファスよ!? どうしたんじゃ!?」
ファスは、驚いた口調で問いかけるサンゴに答えず、体をサンゴに預けてしまう。 片や、サンゴはファスの体重を支え切れず、よろよろとふらついてしまう。 だが、お互いが倒れ、ファスに怪我をさせないよう、訓練室出入り口の扉が格納される壁に寄りかかり、辛うじてファスを支えた。
いかばかりかの時間が経っただろうか。 サンゴに抱き着いていたファスは、少し離れると、サンゴの「面」と頭部覆いを勝手に取り外してしまう。 その後は暫しの間、微笑んでいる整ったサンゴの素顔をまじまじと見つめ、
「サンゴだ・・・。 ありがとう、サンゴ・・・。」
と、譫言のように呟いた後、再度抱き着いてしまう。 一方、サンゴはそんなファスの姿を見て、暫し自由に抱き着かせていた。
再び、いかばかりかの時間が経っただろうか。 サンゴに抱き着いていたファスは、一旦体を離し、半べそのような顔をサンゴに向け、もう一度、
「・・・ありがとう・・・。」
と、心からの礼を告げた。 片や、ファスの言葉を聞いたサンゴは、暫し後、申し訳なさそうな表情をしながら、
「ファスよ。 わし・・・じゃなくて、私は、ファスに謝らなければならぬことがあるんじゃ。」
と、ファスに目を合わさずに、申し訳なさそうに話しかけてくる。
「えっ?」
一方、ファスはサンゴの言っていることに驚き、心当たりを探るも、思い当たる節が無い。
「・・・謝ることって、なにか・・・あったっけ・・・?」
と、ファスは続けてサンゴに弱々しく質問する。 そうすると、
「この部屋じゃよ。 ファスは入室を禁止と言ったじゃろ。 抱き着かれた拍子に、半歩ほど訓練室内に入ってしまった。 申し訳ない。」
サンゴは右手人差し指を、訓練室内に入ってしまっている右足先に向けて告げると同時、ファスに向かい、深々と頭を下げた。 片や、頭を下げられてしまったファスは、サンゴの右足先をちらりと見た後、
「いいよ、そんなの・・・。 入室禁止は・・・解除だよ・・・。」
と、今度はファスがサンゴから視線を外して謝るように答える。 すると、サンゴは頭を上げ、満身の笑顔で、
「そうか。 なら、よかった。」
と、優しい口調で答えた後、
「さて、ファスよ。 今度はわしからじゃ。 この後すぐ、手合い反省会をしようと思うのだが、いかがだろうか! いろいろと! 聞きたいことも! ありますので!」
と、笑顔でにこやかに話し続けているサンゴだが、その語尾はかなり強く、明らかに不機嫌なのがファスにもわかる。
「えぇ・・・? この後、すぐ・・・?」
一方、ファスは仮想手合い直後なので疲労感が強く、今でも座りたいような状況だった。 にもかかわらず、サンゴの勢いに押され、『わかったよ』と言ってしまいそうになるも、
「冗談じゃよ。 仮想手合いで疲れただろ。 まずは、あれでも飲んで落ち着きなさい。」
ファスはサンゴが左手を翳した先を見てみる。 すると、訓練室外の通路上、いつの間にか、六脚「人」が間近に立っていた。 そして開いている腹側収納部の上に、栄養飲料と冷水の容器が置いてあるのを見つける。
「うわぁ・・・。 ありがとう、サンゴ。」
ファスは六脚「人」に走り寄り、よく冷えた栄養飲料の容器を掴んだ後、封を開け、勢い良く一口、二口と飲み始めた。 その後、ファスは通路壁に寄りかかりながら座り込んでしまう。 サンゴもファスの近くに歩み寄り、左隣に座り込んだ。
「それを飲んだら、今日はゆっくり休みなさい。」
と、サンゴはファスの左腿に右手を置き、笑顔でゆっくりと話しかける。
「うん。 やっぱり、サンゴは優しいね!」
ファスは栄養飲料の容器から口を離し、笑顔で答えるも、
「だが、さっき言ったとおり、明日は訓練無しで、丸一日反省会じゃからな。」
と、笑顔のままだが、途端に冷静な口調に代わるサンゴ。
「え・・・。」
ぽつりと呟いた後、明日の手合い反省会でどんなことを言われるのか想像したファスは、
『・・・今のうちに、サンゴをもう一回、「訓練室入室禁止」にしようかな・・・。』
などと考えるのであった。
翌日。 朝9時頃から仮想手合い2回目の反省会を始めたファスとサンゴ。 場所は、ファス個人用の訓練用操縦席内であった。 だが、サンゴから前日に脅されていたほどきつい内容でもなく、攻め手として悪かった点や、立ち回り方の助言があるだけだったため、ファスは一安心する。
休憩時間を取りながら手合い反省会は進み、間もなく昼食の時刻になろうとしていた頃、
「以上、次回以降の手合い時、参考にしてくれ。」
サンゴがそう告げると、訓練用操縦席内の正面画面に映っていた仮想手合い映像が消え去り、室内が明るく照らし出される。
「さて、反省会としては以上だ。 だが、わし・・・じゃなくて、私からファスに聞きたい事がある。」
訓練用操縦席内でセーフティベルトを背もたれがわりにし、ふかふかになっている操縦席床に座っていたファスに対し、続けて天井付近からサンゴが話しかけてくる。
「なに?」
一方のファスは、軽々しく返事をする。 そうすると、
「これでファスは、『人』が操る仮想機体の操機2体と手合いをした。 この後は、『人』が操る実機の操機を相手として手合いを申し込む事が可能になる。 ファスはどうしたいかじゃ。」
と、サンゴは冷静な口調で問いかけてくる。 片や、
「もちろん! 実機の手合いを申し込むよ!」
と、サンゴからの問いかけに対し、躊躇することなく、元気に即答するファス。
「そうか。」
サンゴは言葉短く答えた後、続けて、
「ならば、もう一点、聞きたいことがある。」
と、再び冷静に問いかけてくる。
「なに?」
と、ファスも再び軽い口調で返事をする。 すると、
「武具じゃよ。 ファスは、『ツーハンドソード』がお気に入りのようだが。 次の実機手合い一回目、ファスが武具を『ツーハンドソード』というように、自由に武具を選んだ場合、今回のように、相手の『人』機体は、武装と装甲が自由選択となる。 それでもファスは、自由な武具を使いたいか?」
と、サンゴは冷静に問いかけてくる。 片や、そう問いかけられたファスは、
「・・・う~ん・・・。」
と、声を上げ、考え込んでしまう。 暫しの間、考え込んでいたファスは、ゆっくりと立ち上がり、両手を腰に当て、訓練用操縦席出入り口へ向かって歩き始めた。
「ファス?」
訓練用操縦席天井付近からサンゴの声が問いかけているにもかかわらず、ファスは歩みを止めない。 サンゴは慌ててファスを覆っていたセーフティベルトを解除する。
「・・・う~ん・・・。」
一方、ファスは歩みを止めず、出入り口を出て、サンゴの本体が座っている訓練室の休憩椅子へ向かって行った。
「お~い、ファス?」
今度はサンゴが黒い「面」越しに直接問いかけてくる。 が、ファスはその問いに答えず、両手を組み、黙ってサンゴの右隣に座ってしまった。 いかばかりかの時間が経っただろうか。
「・・・ねえ、サンゴ。 その質問は、今すぐ答えないと駄目かな?」
ようやく口を開いたファスは、サンゴに向かい、困ったように問いかける。
「いや、即答は求めていない。 それじゃあ、武具の件は、『操機戦管理』に次の実機手合いを申し込むまでに考えておいてくれ。」
と、サンゴはファスに向かい、優しい口調で答えた。
「わかったよ!」
一方のファスは元気よく答える。 だがその後は、休憩椅子から立ち上がるでもなく、もじもじしたまま休憩椅子に座り続けている。 片や、もじもじしたファスの姿に気づいたサンゴは、
「どうしたファスよ、もじもじして?」
と、不思議そうに問いかける。 しばらく後、ファスは重い口を開け、
「あ・・・の・・・。 ごめんね・・・サンゴ。 この前、嘘つき呼ばわりして・・・。」
と、左隣に座っているサンゴに向かい、軽く頭を下げつつ謝罪をした。 それを見たサンゴは、一拍置いて、
「ファスよ。 私は、『人』だ。 気にするな。」
と、右手をファスの左腿に置き、優しい口調で答えてくれる。
「でも・・・。 僕、サンゴに酷い事言っちゃったし・・・。」
と、ファスは申し訳なさそうに続けた。 が、
「ファスよ。 私がファスの操機補でいる限り、私はファスを裏切ることは無い。 約束する。」
と、サンゴは珍しく年寄り風ではなく、若者のように、普通に喋った。 しかし、ファスはそんなサンゴの口調の変化に気付かず、
「わかったよ! 改めて、よろしくね、サンゴ!」
と、元気よく答えて右手を差し出す。 サンゴも右手を差し出し、お互いに軽く力を込めて握手するのであった。
『「裏切ることは無い・・・」か・・・。』
その日の就寝前。 寝具上で仰向けになり、午前中にサンゴから言われたことを思い出していたファス。
前日に、サンゴからは、『今日は丸1日手合い反省会』のような事を言われていた。 が、手合い反省会は午前中で終わり、午後は自由時間となった。
そして手合い反省会が終了し、ファスが訓練室を退出する間際、サンゴは珍しく、自ら「面」と頭部覆いを外し、
「ファスよ。 ファスの望み通りになれば、この後、数週間以内には実機での手合いになる。 今までの仮想手合いや、実機を動かしてみた感想を踏まえ、今後、本当に操機主をやっていけそうか、よく考えてみてくれないか。」
と、「人」特有の整った顔が真顔になり、ファスに向かって冷静な口調で話し掛けてきた。 一方、唐突に将来の事を尋ねられたファスは、即答できず、一拍置いて、
「・・・う・・・ん・・・。 わかったよ。 考えて・・・おく・・・。」
と、サンゴを直視出来ず、逃げるような回答をして訓練室を後にしていた。
「次・・・。 特に何もなければ、実機の手合いか・・・。」
ファスは寝具で横になったまま、自分自身に言い聞かせるようにぽつりと呟く。
『サンゴやイチゴに色々言われたけど・・・。 やっぱり、僕は実機の操機主になりたい・・・。』
自室の天井を見上げ、そう考えるファス。 すると、ふと、実機手合いの光景が脳裏を過る。
『・・・「操機主で・・・やっていけそうか」・・・か・・・。』
サンゴに言われたことが気になったファスは、仰向けの状態からうつ伏せになる。 その後は枕元に這って行き、枕元付近に置いてある「面」とメガネ型端末のうち、メガネ型端末におもむろに手を伸ばして装着する。 そして仰向けに戻り、もう何度見たであろうか、お気に入りの手合い映像集を見始めた。
『・・・サンゴが、僕に対し・・・、本当に聞きたかったのは、「手合いで怖い思いをしても、恐れずに、操機主を続けられるか。」と、いうことなのだろうか・・・。』
そんなことを考えつつ仰向けになったまま、ファスは手合い映像を眺めていた。
それからしばらくの間、お気に入りの手合い映像集を見続けていると、その手合い映像の中に、意匠の凝らされた剣と盾を使い、敵の攻撃を凌いでいる、赤い機体の手合い映像が映し出される。 それを見て、
「・・・赤い機体・・・。 剣と・・・盾・・・。」
と、譫言のように呟く。 その赤い機体の手合い映像を見ているうち、以前にこの闘技場で手合い中継を見た、真っ赤な機体を操る新人操機主の実機初戦が、既視感のように重なって見えてくる。
「映像を中断・・・。 え~と・・・、過去に見た映像から・・・。」
唐突に、再生中の映像を一旦中断したファス。 ふと、既視のように重なって見えた真っ赤な機体のことを思い出し、メガネ型端末内に表示されている映像集を、視線と言葉で操作する。 そして、以前にサンゴと一緒に見た、新人操機主の実機初戦映像を見つけ出した。 続けて視線でメガネ型端末視界内を操作し、今度は真っ赤な機体の手合い映像を再生させ始める。 再び、暫しの間、虚ろに手合い映像を眺めていたファスは、
『やっぱり・・・「ツーハンドソード」を使いたい・・・けど・・・。 実機戦の一回目は、レバンさんの助言通り、「ロングソード」と「ミディアムシールド」にしよう・・・かな・・・。』
いくつかの手合い映像を見ていて、影響を受けたわけではないが、「ロングソード」と「ミディアムシールド」の武装も悪くないかなと思えてきたファス。
「・・・明日、サンゴに・・・お願いしようかな・・・。」
ぽつりとそう呟き、ゆっくりメガネ型端末を外すと、目を閉じて眠りにつくのだった。
その夜、ファスは夢を見た。 どこかで手合いをしているようだ。
「ファスよ、どうしたんだ!? 『ロングソード』と『ミディアムシールド』の扱いが、見違えるように上手くなっているじゃないか!」
珍しく、上機嫌でファスを褒めるサンゴの声が聞こえてくる。 ファスの目の前には、黒い重装甲の機体が「グレートアックス」を真横に構え、防戦一方になっている。 片や、防戦一方になっている黒い機体に向かい、容赦なく「ロングソード」の剣戟をお見舞いしているファス。
「うん! サンゴが熱心に教えてくれたお陰だよ!」
と、ファスは謙虚に答える。
ファスの操る銀色の機体が攻め続けると、黒い重装甲の機体はファスの連撃に耐えきれず、とうとう捨て身の攻撃で、「グレートアックス」を横一線に振り回す。 だが、ファスはその攻撃を難なく「ミディアムシールド」で受け止め、大きく突き返した。 一方、大きく突き返しを食らった黒い重装甲の機体は、その反動を逃がせず、「グレートアックス」を後方に手放してしまった挙句、機体の重心を保てずに仰向けで転倒してしまう。
「『止め』だ!」
そう叫んだファスは、転倒している黒い重装甲の機体に走り寄ると、喉元付近に「ロングソード」剣先を突き付ける。
「それまで。」
「操機戦管理」手合い進行役の声が響き、黒い重装甲の機体が動かなくなると、ファスは勝利を確信し、
「勝った~!」
と、大喜びをする。
「すごいじゃないか、ファスよ! 圧勝だったぞ!」
サンゴも大喜びでファスの勝利を称える。
「ありがとう、サンゴ! 相手機体を圧倒できたのは、サンゴが教えてくれた、このかっこいい『ロングソード』と『ミディアムシールド』のお陰だよ!」
ファスは右手に持つ「ロングソード」を自身の目線の高さまで掲げ、真横に構える。 そこには意匠が凝らされた、見たこともない「ロングソード」があった。
『えっ? 「ロングソード」のお陰?』
一方で、ファスは自身で言ったことに疑問を持つ。 続けて左前腕にも目を向けると、そこにも、意匠が凝らされた「ミディアムシールド」が装着されていた。
「さすがファス! 次戦も、そのかっこいい装備があれば、向かうところ敵無しだな!」
と、サンゴがファスをおだてる。 しかし、
「いや。 こんな装備の意匠で勝てるなんて、おかしいよ。」
ファスが疑いの念をもって冷静に答えた時、おもむろに目が覚めた。 暗闇の中にあるわずかな薄明かりが、見慣れた天井を映し出している。 そして自室の寝具で寝ていて、夢を見ていたのだと気づかされるファス。 しばらくの間、呆然とするも、
「・・・あ~ぁ・・・。 そうだよね・・・。 武装の意匠で勝てるなら、一生懸命訓練しなくていいもんね・・・。」
と、ファスは両手で両目を押さえ、嘆くように呟く。 が、
「・・・けど、あの『ロングソード』と『ミディアムシールド』、かっこよかったな・・・。」
ファスは必至に夢の中の武具を思い出そうとする。 だが、思い出そうとすればするほど、『かっこよかった』という記憶だけが残り、意識の中からは、意匠の詳細が薄れていく。
「・・・忘れる前に・・・何か、記録して・・・おかないと・・・。」
半分寝ぼけたような状態のファスは、辺りを見渡し、枕元近くに置かれている「面」を見つける。 だが、寝巻を着ているため、頭部覆いが無く、ファスは途方に暮れてしまう。 その内、再び眠気に襲われ始めたファスは、
「とりあえず・・・、音声で・・・記録・・・しておくか・・・。」
そう呟き、枕元にある通信装置に向かって、
「『ロングソード』と『ミディアムシールド』の形状、意匠種類を集め・・・て・・・。」
と、辛うじて話しかけると、力尽きたようなうつ伏せの体勢で、再び眠りに落ちていった。
翌朝。 ファスは朝食をかきこむように食べている。 昨晩、夢で見た武具意匠の件を、少しでも早くロッカやクウコに聞きに行きたかったためだ。
「ファス。 もう少し、ゆっくり食べないと・・・」
そんなファスの食べる様を見かね、「面」と頭部覆いを付けていないイチゴが小言を言いかけた時、
「ごほっ・・・ごふっ・・・」
と、ファスは食べ物を喉に詰まらせ、咳き込んでしまう。
「ほら、やっぱり。 大丈夫、ファス?」
心配そうに問いかけたイチゴは、小走りでファスに近づき、背中を優しく摩ってくれる。
「げほ・・・。 だい・・・じょうぶ・・・。 ご馳走さま! 格納庫に行ってきます!」
咳き込みがひと落ち着きしてからも、慌てた様子のファス。 あらかたの朝食を食べ終えると、食後の果物類を待たず、座っていた椅子を飛び降り、
「操機格納庫への車、用意して!」
と、小走りでリビングルームの出入り口に向かいつつ、襟のマイクに向かって元気に叫んだ。 一方、そんなファスの行動を見守っていたイチゴ。 「人」特有の整った顔が、呆れたような表情になりつつも、
「いってらっしゃい。」
と、優しい口調で見送っていた。
片や、リビングルームの出入り口を出て、通路上に立ち止まったファスは、
「サンゴ! 今日の訓練、ちょっと遅れる!」
またも襟のマイクに向かい、忙しなく告げる。 すると、
「わかった。」
と、サンゴの声が操機主用服の肩スピーカーから一言だけ聞こえた後、通信は切れてしまった。
『・・・あれ・・・? サンゴから、「どうした?」とか、「何かあったか?」とか、聞かれると思ったけど・・・。 まあ、いいか・・・。』
ファスが通路上で不思議に思っていると、格納庫のある方向から、小型4輪車両が甲高い電子音を発しながら近づいてきて、ファスの目の前で急停車気味に停止する。 自動で乗降扉が開くと、ファスは無人の車両内部にある椅子に素早く座りつつ、
「僕の操機格納庫まで!」
と、元気よく告げる。 セーフティベルトがファスの体に装着され、乗降扉が閉じると、ファスの元気に応じるかのように、小型4輪車両は勢いよく走り出した。
小型4輪車両に乗り、自身の操機格納庫前までやって来たファス。
『・・・到着、速いな・・・。』
いつもより速い速度で走ってきた小型4輪車両が急停車気味に止まると、乗降扉が開き始める。
『おっと・・・。』
急停車に少々驚いたファスだったが、自身も急いでいたためか、車両の急停車を気にもせず、乗降扉が開ききるより早く、せわしなく車両を飛び降りる。 そして今度は操機格納庫の扉が自動で開き、ファスはその中に駆け足で入って行く。 すると、
「会いたかったぞ、ご主人様!」
という声と共に、格納庫出入り口のすぐ内側にいた、黒い服の大きな体がファスを抱きしめてくる。
「うわっ! ・・・ちょっと! ロッカ・・・。 放してよ・・・。」
一方、扉内側に誰かいるとは思わず、不意を打たれて抱きしめられてしまったファス。 身動きが出来ず、もがきながらも聞き覚えのあるロッカの声と認識し、少々苦しそうに文句を言う。
「ははは。 あまりにもファスがここに来てくれないから、忘れられたかと思い、会いに行く算段をしていたところさ!」
と、ロッカはファスを抱きしめたまま、にこやかに笑顔で話を続ける。 そして、ようやくファスを抱きしめている手を緩め、
「それで、今日は、武具か?」
と、ファスを見下ろしながら問いかけてくる。
「・・・そう、武具! 武具の意匠って、変えられるんだよね!?」
と、問いかけられたファスはロッカを見上げ、ふと思い出して元気に質問する。
「ああ、出来るぞ。 だが、どうしたんだ、急に?」
ようやくロッカはファスを完全に開放し、少々かがみ込みつつ笑顔で再度尋ねてくる。 個人用の操機格納庫内だったため、「面」も頭部覆いも付けていなかったロッカ。 その整った笑顔を、間近で見てしまったファスは、
『うわ・・・近い・・・。』
「あの・・・。 ちょっと・・・次の実機手合いで使う武具・・・。 意匠を、変えてみたくて・・・。」
と、少々照れ、ロッカから目線を外して答える。
「おお、そうか。 それなら、クウコだな!」
一拍後、今度はファスの背後からロッカの声がする。
『しまった!』
そう思ったファスだったが、時すでに遅く、ファスが目線を外したその隙に、ロッカはファスの背後に素早く回り込んでいた。 そしてにこやかに声を上げると同時、今度はファスを背後から赤子のように抱え上げてしまう。
「ちょっと! ロッカ・・・恥ずかしいよ!」
背後から抱え上げられ、身動きが限定されてしまったファス。 少々もがきながらロッカに苦言を言うも、ロッカはそのまま格納庫内にある休憩椅子に向かって歩き出してしまう。 ファスは少々もがきつつ、ロッカが向かっている先を見てみる。 そこには、椅子に腰掛け、「面」も頭部覆いも付けていないクウコの姿があった。
クウコの間近まで抱えて連れてこられたファスは、ロッカから優しく開放され、自由に動けるようになった。
「おはようございます。 ファス。」
クウコは軽く頭を下げた後、解放されたファスに向かって物静かに笑顔で挨拶をする。 一方、ファスも、
「おは・・・よう。」
と、少々取り乱した状態から冷静に挨拶を返す。 そのまま冷静を装い、クウコの座っている左隣にゆっくりと腰を降ろした。
「イチゴから話は聞いています。 武具の意匠を変えたいとの事で。」
クウコとの間隔を僅かに開けて椅子に座ったファスだったが、クウコは少し腰を浮かせ、ファスと密着する位置に器用に腰かけ直す。 そしてファスに向かい、にこやかに間近で話しかけてきた。
「そう・・・なんだ・・・けど・・・。」
片や、ここでもクウコの「人」特有の整った顔を間近で見てしまったファス。 少々緊張してしまい、クウコからも目線を逸らし、格納庫内の天井を見上げるようにしていた。 が、
『・・・ん・・・? イチゴから話・・・?』
「・・・ちょっと待って! 何で、イチゴが武具意匠の話を知っているの!?」
天井を見ていたファスだったが、クウコの言ったことを冷静に考え、大慌てでクウコに向かって問いかける。 一拍置くと、
「そんなの、『イチゴから話が来ている』からに決まっているだろ。」
と、いつの間にか、ファスの目の前まで歩み寄っていたロッカが答えてくれる。
「えっ? イチゴから・・・?」
一方、ロッカの話を聞いたファスは、イチゴと会っていた朝食中の事を思い浮かべる。 だがファス自身は、イチゴに武具の意匠どころか、今朝はイチゴに会って朝の挨拶をして以来、会話らしい会話をした記憶が無い。 あるとすれば、早食いを注意されたことを思い出した程度だった。 そして、ファスが暫し無言で考えていた時、
「ファス、武具の用事があって来たんだろ。 話を進めようぜ。」
ロッカはせかすようにそう言うと、今度はファスの左隣りへ、密着するように腰掛けてくる。
「・・・ちょっと・・・ロッカも・・・近いよ・・・。」
と、恥ずかしそうにそう言うと、2体の「面」を付けていない「人」に挟まれてしまったファスの視線は行き場をなくし、床とにらめっこになってしまう。
しばらく後、今度は背中側をごそごそといじられる感覚があったため、はっとなったファスは顔を上げる。
「ファス。 武具の意匠について説明しますので、頭部覆いと『面』を着けてください。」
声が聞こえた方向を見てみると、クウコが右手でファスの白い「面」を持ち、左手で頭部覆いをファスの頭にゆっくりと被せようとしていたのだった。
「あ・・・自分で・・・やります・・・。」
ファスはクウコにかしこまった返事をすると、右手で「面」を受けとりつつ、左手で頭を半分覆っていた頭部覆いを頭全体に装着した。 そして「面」を膝上に置き、顎側の頭部覆いも装着し終え、「面」を装着する。
「着けたよ。」
と、ファスはクウコに向かい、気軽に答える。 するとファスの「面」視界内映像は、格納庫内を映していた映像から切り替わり、武具一覧表のようなものが、「面」視界内に表示された。
「今、ファスの実機用に用意している武具は、『ロングソード』、『ミディアムシールド』、『ツーハンドソード』の三種類です。 それで、武具の意匠ですが、『ロングソード』であれば、これだけの既製品の種類があります。」
ファスの「面」視界内映像は、仮想手合い一回目で使用した、飾り気の無い「ロングソード」が表示された後、無数の意匠違いの「ロングソード」が整然と並んでいる映像に変化する。 クウコがファスの「面」視界内映像を操作しているのであろう。
「うわ・・・。 これ、全部『ロングソード』なの・・・?」
ファスは表示されている「ロングソード」の数に圧倒されてしまう。 詳しく見ていくと、一つ一つが微妙に形状や意匠の異なる「ロングソード」なのがわかる。
「でも・・・僕、自分で意匠を作りたいんだけど・・・。」
と、ファスは小声でクウコに意見する。
「何を言っているんだ、ファス。 武具の意匠作成って、結構大変なんだぜ。」
ファスの左側に座っていたロッカがファスの右肩まで右腕を回すと、ファスの「面」視界内映像が一部切り替わり、顔を近づけて冷やかすように話しかけているロッカの整った素顔を映し出す。
「ロッカ・・・近いって・・・。」
ファスは嫌がっているわけではないが、恥ずかしいのであろうか、「面」下の顔の赤みが増してきていた。 すると、着ている操機主用の服内空調が、緩やかに冷風を送り出し始めているのに気付く。
「ファス。 少々心拍数が高いですが、どうかしましたか?」
クウコが心配そうに問いかけてくると同時、ファスの「面」視界内映像の一部が更に切り替わり、顔を近づけて話しかけているクウコの整った素顔も映し出す。
「だい・・・じょうぶ・・・。」
そう答えるも、ファスは次第に「ロングソード」の意匠に集中できなくなっていた。 そのため、唐突に、
「・・・そういえば、トエルがいないね! どうしたの!?」
と、大きな声で焦ったように言い出し、「面」を外しながら立ち上がった。 一方、ファスを挟んで座っていたロッカとクウコは、顔を見合わせるようにした後、
「トエルなら、整備台の視覚装置を使って、ずっとファスをみているぜ。」
と、ロッカがファスに向かって呆れた口調で答えた後、
「それに、ファスを朝一で迎えに行ったじゃないですか。」
クウコもファスを見つめ、続けて優しい口調で答える。
「・・・え・・・?」
片や、2体の発言を聞いたファスは、間の抜けたような表情と返事をしてしまう。 そして、今度は操機整備台の間近な一角から、
「ファス。 おはようございます・・・。」
と、トエルのか細い声が聞こえてくる。
「あ・・・。 そこにいたんだ・・・トエル・・・。」
頭部覆いを外したファスは、整備台に近づきつつ、声の聞こえてくる場所に向かって話しかける。
「あの・・・。 朝、車で迎えに行ったとき、挨拶しようか迷ってしまって・・・。 挨拶出来ずに、失礼いたしました。」
と、ファスに対し、申し訳なさそうな口調で謝罪するトエルの声。 一方のファスは、整備台で横になっている操機の脚元附近に、「人」本体姿のトエルが、頭を下げつつ謝罪している幻を見つつ、
「・・・いや、別に、いいって・・・。」
と、ファスはその幻に向かって両手を翳し、トエルの謝罪を遠慮がちに受け入れる。 一拍置いて、
「ファス。 実機の武具を新調する場合や意匠を変更する場合、完成品が届くまでに6日程度の日数がかかります。 手合いの日時を考えて、変更指示を出してくださいね。」
と、背後に近づいてきていたクウコが優しい口調で話し掛けてきて、ファスはここに来た本来の目的を思い出す。
「・・・そうだった! 武具、自分で作りたい場合は!?」
と、振り向きながらクウコに向かって力強く問いかけるも、
「ははは! まずは、その大量の既製品を良く眺めて見ることだな。 それだけの数があれば、ファスが気に入る一品があるはずだぜ。」
ロッカも椅子から立ち上がり、優しい口調で話し掛けながら、右手でファスの左肩をぽんぽんと優しく叩いた。
「・・・そう・・・だね・・・。 わかったよ。 まずは、既製品を見てみる。 ありがとう、ロッカ、クウコ。」
ファスは2体に礼を告げ、操機格納庫を足早に出て行こうとする。 だが、
「ご主人様! また会いにきてくれよな! 待ってるぜ!」
と、ファスの背後からロッカが大きな声で名残惜しそうに叫ぶ。 一方、そんな大声を聞いたファスは、
「もう!」
と、恥ずかしそうな表情で顔を赤くし、格納庫出入り口から出て行った。
ファスが格納庫の出入り口をくぐって通路へ出ると、ここに来た時に乗っていた小型4輪車両が止まっていた。 近づくと、自動で乗降扉がせり上がる。 ファスは格納庫内での会話を思い出し、
「トエル?」
と、車内に乗り込みながら話しかけてみる。
「はい。」
と、トエルのにこやかな声が車両正面画面から聞こえてくる。 一方、トエルの声を聞いたファスは、車内で立ったまま、
「ここに来た時の運転、トエルだったんだね。 ちょっと荒い運転だったから、驚いたよ。」
と、先ほど格納庫に来た時の事を思い出しつつ、正面画面に向かって穏やかに話し掛ける。
「はい。 ファスが急いでいると思い、少し速度を優先したのですが・・・。」
正面画面からは、トエルの申し訳なさそうな声が聞こえてくる。
「訓練室へは、普通の速度でいいからね。」
ファスは優しい口調でそう告げると、ゆっくり座席に腰掛けた。 着座後、ファスの両肩、両脇の下から胸部付近にセーフティベルトが覆いかぶさると、4輪車両はゆっくりと地下通路を走り出す。
無機質な地下通路を進んでいる暫しの間、車内は静かだった。 が、ファスが口を開き、
「・・・トエルは・・・、まだ、『人』の体に慣れないの?」
と、不思議そうに正面画面に問いかける。
「はい。 何度か体を使ってみたのですが、どうも慣れなくて・・・。」
と、トエルはか細い声で答える。
「それじゃあ、今、体ってどこに保管してあるの?」
ファスが続けて不思議そうに問いかけると、
「体は、割り当てていただいた部屋に保管してありますよ。」
と、にこやかに答えてくれるトエル。
「・・・う~ん・・・。 不便じゃないの?」
暫し後、ファスはまたも不思議そうに問いかけると、
「いえ。 体がある方が不便ですよ。 何処に行くにも、体を動かさないといけないので。」
と、トエルは再びにこやかな口調で答える。 続けて、
「体が無ければ、こうして、ファスのすぐそばにいつもいられますからね。」
と、トエルの声が正面画面から聞こえてきた後、体を覆っているセーフティベルトが少し動き、ファスの右肩をぽんぽんと優しく叩く。 一方、ファスはその言葉に何か気が付き、
「ああ! それじゃあ、僕が今日、格納庫へ行くのをロッカやクウコが知っていたのは、トエルが原因なの?」
と、ファスは少々不機嫌になったように、苦笑い気味に問いかける。 すると、
「いいえ。 今日、ファスが格納庫へ来る話。 私は、イチゴさんから聞きましたよ。」
三たび、にこやかに答えるトエル。
「え・・・。 イチゴから・・・?」
『・・・そういえば、格納庫で・・・クウコも、「イチゴから話を聞いた」って言ってたな・・・。 後で、イチゴに聞いてみるか・・・。』
ファスがそんなことを考えていると、小型4輪車両は速度を落とし、ゆっくりと停車した。
「ファス。 訓練室前に着きましたよ。」
トエルのにこやかな声が聞こえると同時、ファスの体を覆っていたセーフティベルトが外れ、車両の乗降扉がせり上がる。
「もう着いたのか・・・。 ありがとう、トエル。」
ファスはにこやかな口調で礼を言いつつ、車両から降りた。 そして、車両外に出たファスは、
「今度会う時こそ、トエル本来の姿を見せてね。」
と、小型4輪車両に対して微笑みかける。 しばらく後、
「・・・はい・・・。 わかり・・・ました・・・。」
と、ファスの服にある肩スピーカーからは、微かな声量で、トエルの恥ずかしそうな声が聞こえてくる。 それとほぼ同時、小型4輪車両は乗降扉を閉めないまま、ファスを迎えに来た時と同じくらいの速い速度で走り去っていった。
その日の昼食。 ファスは訓練室からリビングルームに戻ってきた。 いつも食事を取る卓上には、すでに前菜が並べられている。 ファスはその近くに立つ、「面」と頭部覆いを外したイチゴを見かけると、格納庫でロッカやトエルから聞いた、『武具意匠の話はイチゴから聞いた』を思い出し、
「ねえ、イチゴ。 聞きたいことが、あるんだけど・・・。」
と、イチゴに近づきながら、穏やかな口調で問いかける。
「何でしょうか?」
と、イチゴは少々微笑みつつ、至って冷静に返事をして来る。
「今日、僕が、操機武具の事で格納庫に行くことを、ロッカやクウコが知ってたんだけど・・・、イチゴが何か伝えたの?」
ファスはイチゴの前まで来て、少し見上げて不思議そうに問いかけると、
「ええ。 ファスが深夜に音声で指示を出していましたので、ロッカやクウコ、サンゴとトエルにも知らせました。」
と、イチゴは極々冷静に答える。 一方、イチゴの話を聞き、呆然となったファス。 しばらく後、
「・・・ええと・・・。 あれは、イチゴへの指示ってわけじゃなかったんだけど・・・。」
と、ファスはばつが悪いように、右手で頭の後ろを掻きながら話す。
「あら! ごめんなさい。 てっきり、私からロッカ達への指示だとばかり思って。 勘違いだったのね。」
と、イチゴはファスに向かい、「人」特有の整った顔で微笑みつつ、申し訳なさそうに謝罪してくる。 一方、悪気の無い表情で謝るイチゴの姿を見たファスは、それ以上の苦言を言うことが出来ず、
「・・・それじゃあ、昼食を・・・。」
と、イチゴから少々目を逸らし、照れたようにそう言うと、前菜が用意されたテーブルの席に着いた。
「いよいよ、明日か・・・。」
就寝前。 ファスは自室の寝具で横になり、自身に言い聞かせるように呟いていた。 明日の11時、地上闘技場。 ファスは初めて実機の操機を使用した手合いに臨むことになる。
9日程前。 やはり、武具意匠を自分で作成しようと考えたファス。 訓練の合間を見計らっては、何度かクウコの元に武具作成を教わりに通った。 だが何度教わっても、変更用の意匠を自身で上手に作成できるように思えなかった。 それでも、仮想空間用のお試し武具を何本か作成し、仮想空間内で使用してみたが、あの時の夢で見た武具には程遠く思えた。 結局、武具作成は諦め、既存品から選ぶことにする。
しかし、既存の武具も、「ロングソード」だけで数百に及ぶ意匠違いがあり、ファスはその中から自身の一振りを見つけ出すのに半日程費やしてしまう。 「ミディアムシールド」もお気に入りの意匠を見つけるのに半日程かかり、そこからクウコを通じて「操機戦管理」に発注。 一昨日、ようやく実機用の武具が届いた。 その間、選んだ武具を仮想空間内で使用し、サンゴと模擬戦を数回行ってみた。 使い勝手は、今まで使っていた、飾り気の無い「ロングソード」、「ミディアムシールド」と何ら変わらず、
『・・・やっぱり、武具の意匠変更で使いやすくなるとか、そんなことないよな・・・。』
と、ファスは少々気落ちする結果となってしまった。
そして、武具到着の翌日。 サンゴとの訓練が終わった後に、
「・・・それじゃあ、サンゴ。 実機の手合いを、『操機戦管理』に申し込んでもらえるかな。」
と、自身の実機手合いを決断し、口重く切り出したファス。
「わかった。 武具は昨日届いた、『ロングソード』と『ミディアムシールド』でいいんだな?」
と、サンゴが優しい口調でファスに問いかけると、
「うん! あの武具で、お願い!」
と、ファスはサンゴの問いかけに対し、力強く、迷いの無い返事をした。
などと、ファスはここ数日間に起きた、色々な事を虚ろに思い出していた。 そして、
「・・・明日の手合いが無事に終われば、僕は、晴れて『操機主』を・・・名乗れる・・・のかな・・・?」
などと考えながら、眠りにつくのだった。
翌日。 ファスの初めての実機手合い当日となった。 朝食後、自分用の訓練室でサンゴを相手に、模造武具で武具の取り扱い再確認を1時間程行ったファス。 その後は一旦リビングルームへ引き上げ、軽めの食事を追加で取った。 更に、30分程休憩をした後、
「それじゃあ、行ってきます。」
と、イチゴに向かって冷静に挨拶をし、リビングルームを出て行くファス。 一方、
「いってらっしゃい。」
と、イチゴは「面」と頭部覆いを付けていない状態にもかかわらず、リビングルーム出入り口寸前まで笑顔で見送ってくれていた。 が、突然、
「ファス! ちょっと待って!」
と、リビングルーム内から大きな声でファスを呼び止めるイチゴ。
「ん!? ・・・どうしたの・・・?」
ファスはイチゴの大きな声に驚き、一旦、リビングルーム内に戻っていく。 すると、
「気をつけて。 ね。」
と、優しい口調でそう言い、イチゴはファスを抱きしめてきた。 さらに、イチゴはファスの頬に向かい、頬ずりまでしてくる。
「ちょっと! イチゴ!」
一方、イチゴの行動に驚いたファスは、イチゴから逃れようとするも、力が抜けてしまい、イチゴのなすがままになってしまう。 その間、ファスは「人」特有の暖かくもつるつるした人工の肌を自身の頬に感じ、
『・・・暖かい・・・な・・・。』
と、少し緊張がほぐれたような感覚になる。
「イチ・・・ゴ、ありがとう。」
ファスは少々頬を赤らめながら恥ずかしそうに告げ、ゆっくりとイチゴから離れた後、
「それじゃあ、今度こそ、いってきます!」
と、今度は元気よく告げ、リビングルーム出入り口から出て行った。
リビングルーム外側の通路上には、見覚えのある小型4輪車両が乗降扉を開けて待っていた。 ファスは車内に乗り込みつつ、
「トエル・・・なの?」
と、車両の正面画面に向かい、恐る恐る声を掛けてみる。
「はい。 ファス、おはようございます。」
と、正面画面からは、トエルのにこやかな声が聞こえてくる。
「おはよう! それじゃあ、訓練室でサンゴを乗せてから、格納庫に向かってもらえるかな!」
一方、ファスは座席に腰を降ろすと、正面画面に向かい、元気よく話しかけた。
「わかりました!」
今度はトエルも元気よく答えてくれる。
ファスを乗せた小型4輪車両はゆっくりした速度で移動していたが、あっという間に訓練室前に到着する。 そこには、黒い服に黒い「面」、頭部覆いを付けた、見慣れた小柄な「人」が立っていた。 車両はその「人」の前で止まり、乗降扉がせり上がる。 一方、外にいた「人」は、ゆっくりと車内に入って来て、ファスの右隣の椅子に腰掛けた。
「サンゴ! 改めて、今日はよろしくね!」
と、ファスは隣に座ったサンゴに向かい、力強く話しかける。
「ああ。 任せてくれ。」
片や、ファスに「面」を向け、優しい口調で答えるサンゴ。 ファスには、その声がとても頼もしく聞こえた。
4輪車両の扉が閉まり、静かに移動を再開するも、またもあっという間に操機格納庫前に到着する。
「ファス、着きましたよ。」
と、トエルの優しい声が車両正面画面から聞こえてくる。 同時に、車両の乗降扉が開く。 サンゴが先行して無言で降車すると、ファスもそれに続いて降車しようとする。 が、
「ファス。 実機手合い、気をつけてくださいね。」
と、正面画面からは、トエルの心配そうな声が聞こえてくる。
「心配してくれてありがとう、トエル。 大丈夫! 無事帰って来るよ!」
ファスは何の根拠も無かったが、強がってそう言いながら降車した。
一方、ファスが降車するのを待っていたサンゴ。 ファスが車両から降りたのを見届けると、操機格納庫出入り口から格納庫内に入って行った。 片や、ファスもサンゴに続いて格納庫内に入ろうとする。 しかし、はっと気づき、何かを探すように、扉際から注意深く格納庫内を見渡していた。 すると、
「なんだ、ファス? そんなに警戒して。」
と、ロッカの不思議そうな声が、ファスの操機主用服にある肩スピーカーから聞こえてくる。 よくよく格納庫内を見てみると、ロッカ、クウコとも、「面」と頭部覆いを外し、横になっている操機整備台の機体足元付近で、ファスが来るのを待っているようだ。
「あはは・・・。 ちょっとね・・・。」
『また抱き着かれるかと思ったよ・・・。』
などと、警戒していたのを誤魔化しつつ、ファスはロッカとクウコがいる場所に小走りで駆け寄った。
「整備は万全だ! 頑張ってこい!」
ロッカは珍しく真面目な口調で、近寄ってきたファスに向かい話しかける。 続けて、
「武具類についても、万全の整備をしてあります。」
と、クウコはとある方向に左手を翳しながら優しい口調で話す。 ファスがクウコの手を翳した先を見てみると、そこには、ファスが指定した通りの意匠が凝らされた、「ロングソード」と「ミディアムシールド」の一部が見えている。
「ありがとう! ロッカ、クウコ!」
と、ファスは2体に向かい、元気よく礼を告げる。
「それじゃあ、サンゴ・・・って、いない・・・?」
サンゴに声を掛け、操機に搭乗しようと思ったファスは格納庫内を見渡す。 だが、サンゴの姿が見えない。
「ファス。 サンゴさんなら、操機側に知能情報を移し、準備万端だぜ。」
と、ロッカが優しい口調で声をかけてくる。 すると、
「ファスよ、どうした?」
と、服にある肩スピーカーから、サンゴの声も聞こえてくる。 だが、ファスはその声を聞いてもなお、格納庫内にサンゴの姿を探してしまう。
「なんだ? 私の本体なら、壁際の休憩椅子に座っているぞ。」
再び、肩にあるスピーカーからサンゴの声が聞こえてくる。 ファスはその声に従い、格納庫内壁際の休憩椅子が見える位置に移動すると、サンゴの本体は、椅子に腰掛けているのが見て取れた。 暫し、その姿を見ていたファスに、
「どうした? わし・・・じゃなくて、私からも、『気をつけて』と言い、優しく抱き着いてほしいのか?」
と、冷静な口調でサンゴが尋ねてくる。 すると、
「ええっ!? ちょっと? 見てたの!?」
焦ったファスは大声を出して答えてしまう。 その声に反応するように、サンゴの本体はゆっくりと休憩椅子から立ち上がる。 そして「面」と頭部覆いを外し、ファスに向かい両手を差し出しつつ、妖艶な表情でゆっくり近づいてくる。
「・・・いや、いいって! もう、機体に乗り込む!」
焦ったように叫んだファスは、整備台備え付けのエレベーターまで逃げるように走り、整備台平面に上がっていく。 その後、仰向けになっている銀色に塗装された機体脇を走り、首元付近にある操縦席出入り口に向かった。 ファスが機体の首元付近に到着すると、出入り口の扉は開いており、操縦席内も明るく照らし出されている。 狭い出入り口を潜り抜け、操縦席中央に到着したファスに、
「それじゃあ、先に機体を立たせるぞ。」
と、サンゴの冷静な声が、操縦席天井付近から聞こえてくるように切り替わる。 その声と同時に、ファスの右肩をとんとんと叩く感覚がある。 背面を見ず、両腕を肩の高さまで上げ、セーフティベルトが装着できるように準備をする。 そうすると、ファスの両肩、両脇の下から胸部と腹部付近を包み込むように、セーフティベルトが装着された。 続けて背後の出入り口扉が閉じられると、操縦席内には、操機胸部付近からの視界映像が映し出される。 5~6分程の時間をかけ、仰向けの状態から直立状態に映像が変化し、機体が立ち上がった。
「今回も、闘技場までは私が操作しよう。」
と、サンゴが告げると同時、操縦席正面画面の映像が動き出す。 格納されていた整備台をゆっくりと離れ、武具類の置かれている場所に到達する機体。 一旦停止すると、
「ファス、武具選択を。」
と、サンゴが冷静な口調で問いかけてくる。
「『ロングソード』と、『ミディアムシールド』で。」
ファスも冷静な口調で返事をする。 その声に反応するように、武具置き場からは、「ロングソード」と「ミディアムシールド」がせり上がって来る。 もちろん、せり上がってきた武具類は、ファスが意匠を選んだ品物である。 だが、ファスが見ている操縦席内画面では、機体が武具類を装備している様子が映し出されていなかった。 ファスは慌てて頭部覆いと「面」を装着し、自身の左右を見渡して見る。 最初は操縦席内の映像しか見えていなかった「面」視界内映像だが、サンゴがファスの行動を理解してくれたのであろうか。 ファスの「面」視界内映像は、機体を透けて見ているような映像になり、ファスは自身の選んだ武具類が、機体に装備されていくのを目の当たりにする。
「むふふ・・・。」
含み笑いをしているファスをよそに、機体は右手で「ミディアムシールド」を左前腕に装着。さらに、右手で「ロングソード」の柄を握って引き抜くと、刀身部分を左手で握って持ち替えた。
「ファス! 頑張れよ!」
「気をつけてください。」
「いってらっしゃい、ファス。」
ロッカ、クウコ、トエルの声援の声が頭部覆い内スピーカーから聞こえてくる中、機体は再び歩き出す。
「ありがとう! 行ってきます!」
ファスも「面」視界内映像で、後方に遠ざかっていくロッカ、クウコに向かって手を振りつつ答えた。
「ファスよ。 闘技場の手合い開始位置までは、15~6分程度かかる。 座って待つか?」
サンゴの声も頭部覆い内スピーカーから聞こえてくるように切り替わり、冷静な口調で問いかけてきた。
「そうだね・・・。 座っていようかな。」
と、ファスはサンゴの提案に同意し、操縦席内床に足を投げ出して座り、セーフティベルトに体重をかけて寛ぐ。 すると、操縦席内床はふかふかな感触に切り替わり、セーフティベルトもファスの体を覆っていた状態から背中側に移動し、ファスの体をしっかりと支えてくれた。
『いよいよ、実機の手合いか・・・。 相手は、どんな機体なのだろうか・・・。』
少々余裕が出てきたファスは、操縦席内画面に映し出されている通路を進む映像を見ながら、相手機体の事を考え始めた。
「落ち着いているな、ファスよ。 だが、操縦席内と服内の調整は始めさせてもらうぞ。」
サンゴが冷静な口調でそう告げると、ファスの着ている操機主用の服内と、操縦席内の空気が少し涼しくなっていくのを感じる。 頭部覆い内下部の鼻や口周りの空気も涼しく、爽やかな空気が流れ込んできた。
そのまま沈黙の移動時間が数分続き、間もなく闘技場に到着しそうな頃、
「ファスよ、そろそろ闘技場に到着する。 立ち上がってくれないか。 準備を進める。」
と、サンゴが話しかけてくると同時、操縦席内画面に映る通路を進んで行く映像が止まった。 機体が歩行を停止したようだ。
「わかったよ!」
ファスは元気よく答え、セーフティベルトの補助を受けつつ、操縦席内でゆっくりと立ち上がる。 立ち上がり終えると、セーフティベルトはファスの体を包んでいた位置に戻り始め、ほんの少しだけ体から離れた定位置で止まった。 そして、ファスが直立の姿勢を取り終えると、
「まずは、足元の調整からじゃ。」
サンゴが冷静に告げると、ファスの足元がふかふかな感触から、固い舗装された路面の感触へと切り替わる。 続けて、
「ファスよ。 セーフティベルトが服に当っていないか、確認してくれ。」
と、サンゴが指示を出す。 その指示を聞いたファスは、体を捻ったり、軽く動いたりして、セーフティベルトが服と絡んでいないかを確認し、
「大丈夫だよ、サンゴ。」
と、冷静に答える。
「次は、服の負荷圧。 左手で『ロングソード』を握っているから、落とさないようにしてくれ。 それから、左腕全体が重くなるから注意じゃ。」
サンゴの冷静な声が聞こえた数秒後、ファスの着ている服全体に、重いものを纏ったような負荷圧がかかる。 左前腕には「ミディアムシールド」の重さが再現され、左手指先も、「ロングソード」の刀身を握っている感覚が、手袋を通じて感じられる。
「最後、視界の同期を取る。」
と、四たびのサンゴの声に、
「了解!」
と、ファスはまたも元気よく答える。 が、
『今日も、乗り物酔いになりませんように・・・。』
ファスは祈るように暫く目を閉じた後、ゆっくりと目を開く。 すると、ファスの視界は、「面」から目の網膜に直接投射された映像により、操機と同一の目線となった。 ここまでくると、先程までは落ち着いていたファスも、さすがに自身の心拍数が上昇しているのを感じてしまう。
「ファスよ、少々心拍数が高いな。 一旦、同期を切るか?」
サンゴが心配してくれているのだろうか、心配そうに問いかけてくるも、
「・・・だい・・・じょうぶ・・・。」
息を深く吐く、吸うを数度繰り返し、ファスはなんとか落ち着こうとする。
「だい・・・じょうぶ・・・。 大丈夫・・・。」
と、ファスは自身に言い聞かせるように数度呟き、
「よし!」
と、力強く告げた。 すると、ファスの心拍数が落ち着いてきたのを確認したサンゴは、
「機体との同期が完了した。 ここから先、機体の操作がファスに移る。 闘技場の手合い開始位置までは、自力で歩いてくれ。」
と、冷静な口調で指示を出す。
「わかったよ!」
ファスは元気よく答え、ゆっくりと右足から踏み出して行った。
通路に沿って直角に曲り、その先に陽光が差している通路に到達した、ファスの操る銀色の機体。
「サンゴ、あそこが・・・?」
と、ファスはサンゴに恐る恐る問いかける。 すると、
「ああ。 地上闘技場の出入り口だ。」
と、冷静に答えてくれる。 ファスはその陽光を目指してゆっくり進む。 そして、出入り口をくぐり抜けると、
「うわぁ・・・。」
仮想闘技場かと思うほどの雲一つない青空の下、広大な闘技場の風景がファスの「面」視界内に映し出された。
「闘技場中央、手合い開始位置はここだ。」
サンゴが話し掛けてくると同時、ファスの「面」視界内には、赤く光る線が地面に表示される。 サンゴの言っている、『手合い開始位置』のようだ。 ファスはそこまで機体をゆっくり進め、両腕をだらりと下げ、足を僅かに広げた待機姿勢で停止した。
「・・・相手機体は・・・、まだ・・・来てないんだよね?」
ファスは目線のみで誰もいない闘技場内を見渡した後、不安そうにサンゴに問いかける。
「ああ。 手合い開始時刻まで、まだ15分程あるからな。」
と、サンゴが冷静に答えてくれる。 すると、
「えぇ!? そんなに早く到着しちゃったの!?」
と、ファスは少々驚いたように答える。
「ああ。 ファスに万が一の事があった場合を考え、色々と調整出来るように早めに出発した。 だが、ファスに何も問題が発生しなかったので、こんな時間になってしまった。 すまないな。」
と、サンゴは改めて冷静に答えた後、申し訳なさそうに謝罪してくる。
「・・・そうだったんだ・・・。」
一拍後、ファスも申し訳なさそうに答えた後、
「気遣ってくれて、ありがとう。 サンゴ。」
と、にこやかに感謝の言葉を告げた。
「それで、ファスよ。 手合い開始まで少々時間がある。 一旦、同期を切るか?」
と、サンゴは冷静な口調に戻り、問い掛けてくるも、
「いや! このままで!」
と、ファスは待機姿勢のまま、元気よく返事をする。
そして、3分程度時間が経った頃だろうか。 ファスの対面にある闘技場出入り口の方から、重々しい歩行音が聞こえてくる。
「・・・来たね。」
ファスはそう呟き、対面の機体出入り口を注視する。 すると、仮想空間内の手合い1回目で対峙した機体に似ている、真っ黒で飾り気の無い操機が姿を現した。 その機体は同じく飾り気の無い「ショートソード」を右逆手で持ち、正六角形の「スモールシールド」を左前腕に装着し、銀色の機体が待機姿勢で待つ手合い開始位置に向かい、ゆっくりと歩み寄って来る。
「レバンさんの言ってた通り、『ショートソード』と『スモールシールド』の装備で来たね・・・。」
と、ファスは安堵したように一人呟く。 その後、歩み寄って来ていた相手機体は、ファスの機体から60メートル程離れた、もう一方の手合い開始位置で立ち止まり、両腕の武具を機体脇にだらりと下げた待機姿勢を取った。
「・・・え~と、機体番号は・・・。」
ファスはそう呟きつつ、目を細めて機体番号が記されている相手機体の肩付近を注視する。 だが、距離が離れているため、「面」視界内映像では文字が小さく読み取りにくい。
「009959-001036号機。 かなり古い機体番号だな。」
一方、どこからか機体番号を読み取ったサンゴが冷静に答えてくれる。 その後、ファスの「面」視界内にも、相手機体の両肩にある機体番号が拡大表示された。
「古いんだ・・・。」
と、ファスが不思議そうに答える。
「古いな。 ただ、古いと言っても、各部位、傷つけば交換する。 そして、元々の機体各部が全て別の部品になった時、果たしてその機体は元の機体番号を使い続けていいのだろうか?」
と、サンゴはファスに対し、問いかけてくるように話す。 片や、ファスはサンゴから質問されたことに答えようと考えるも、質問内容を理解できず、一拍置いて、
「・・・あはは! なにそれ?」
と、笑い飛ばしてサンゴに聞き返す。
「論理学じゃよ。 この手合いが終わったら、説明しようか?」
と、サンゴは真面目な口調で返事をするが、
「いや、遠慮するよ。 勉強は・・・苦手だし・・・。」
と、ファスは恥ずかしそうに答えた。
「わかった。 それじゃあ、手合いに集中してくれ。 始まるぞ。」
サンゴが優しい口調で話しを終え、ファスの「面」視界内が通常の操機目線に戻ると、
「時間になりました。 それでは、手合いを始めましょう。」
聞き覚えの無い声だが、もうすでに何回か聞いている言葉がファスの頭部覆い内スピーカーから聞こえてくる。 恐らく、今回の「操機戦管理」手合い進行役の声だ。
「ファスよ。 事前の打ち合わせ通り、自分の機体番号が告げられたら、武具を掲げ、この手合いを観ている観衆に向けてアピールを。」
と、サンゴの小声が頭部覆い内スピーカーから聞こえてくる。 ファスは深く息を吐いた後、「操機戦管理」手合い進行役の声を落ち着いて待ち、
「今回の手合い! まずは、000119-018198号機!」
ファスはその声を聞き取ると、待機姿勢から、左手に持った「ロングソード」の柄を右手で握り、剣先を高々と上空に掲げた。
「上出来じゃ。」
サンゴの落ち着いた声を聞き取った後、ファスはゆっくり「ロングソード」を降ろし、右手に握ったまま、待機姿勢に戻った。
「対するは、009959-001036号機!」
再び、「操機戦管理」手合い進行役の声が響き渡る。 すると、ファスの目の前の真っ黒な機体は、左前腕の「スモールシールド」を胸前に掲げた後、右足を一歩引き、深々とお辞儀をする。
『あれ・・・? お辞儀・・・?』
目の前の機体が取った行動に、ファスは少々驚く。 対戦相手に対して、お辞儀をしているアピール映像を見た記憶が無かったからだ。
「相手機体、お辞儀を・・・したね・・・。」
と、ファスは不思議そうにぽつりと呟く。 すると、
「ああ。 わし・・・じゃなくて、私も、アピールでお辞儀するのを見るのは久しぶりじゃ。」
と、サンゴは驚いたような口調で答える。 一方、真っ黒な機体は、ゆっくりと元の待機姿勢に戻った。 そんな相手機体の一連の動作を見ていたファスは、
『う~ん・・・。 なんか・・・、一つ一つの仕草が、イチゴやクウコに似ている・・・ような・・・。 もしかして、女性系の「人」操機主とか・・・? いやいや、関係ないか・・・。』
などと考えていた時、
「双方、構えて!」
頭部覆い内スピーカーから聞こえてくる「操機戦管理」手合い進行役の声に反応したように、目の前に立っている真っ黒な機体は、待機姿勢から素早く左前腕の「スモールシールド」を正面に掲げ、右手に逆手持ちしていた「ショートソード」の刀身を一旦左手で握った。 その後、右手で「ショートソード」の柄を順手で握り、「スモールシールド」の前に出して右足を一歩引いて構える。 一方、考え事をしていて出遅れたファスの操る銀色の機体も、目の前の真っ黒な機体と全く同じ立ち姿で、「ロングソード」と「ミディアムシールド」を構えた。 双方の構えが整ってから一拍後、
「始め!」
「操機戦管理」手合い進行役の声と共に、初めての実機手合いに臨むファス。
『焦っちゃだめだ・・・落ち着かないと・・・。』
ファスは初めての仮想手合いで焦ってしまい、無謀な突進攻撃をして、ひどい目にあった事を思い出す。 そのため、慎重に攻めようと、
『相手の出方を待って・・・。』
そう考える。 しかし、相手機体は「人」が操る機体である。 「人」が待ってしまった場合、永遠に待つであろう。 だが、ファスはそのことを承知で、最初に武具を構えた姿勢のまま、黒い機体の出方を伺っていた。 そこから、ファスにとっては長いにらみ合いが続く。
そして、先手を取ったのは黒い機体だった。 銀色の機体が身動き一つしないことにしびれを切らしたように、距離を詰めるため、じりじりと前進を始めた。
『くる!』
ファスはそう思い、「ロングソード」を右腰下に引き、正面に構えた「ミディアムシールド」を持つ左腕全体に力を込める。 真っ黒な機体は「ショートソード」を軽く振り上げると、銀色の機体が構える「ミディアムシールド」に向かい、1撃、2撃と剣戟を繰り出してきた。 それぞれの武具防具が放つ金属音が、闘技場内に数度鳴り響く。 だが、重々しい攻撃というわけではなく、牽制程度の軽い剣戟であったため、ファスが操る銀色の機体は、難なく「ミディアムシールド」で受けきる。 そして3度目の剣戟を放った真っ黒な機体は、一旦後方に半歩程引いた。 それを見たファスは、
「それじゃあ、今度はこっちから!」
掛け声一閃、真っ黒な機体が引いた分の間隔をすぐさま詰め寄り、黒い機体が掲げる「スモールシールド」に狙いを定め、剣戟を繰り出す。 黒い機体の軽い剣戟とは違い、ファスの操る銀色の機体が放った剣戟は、闘技場内に重々しい音を響かせ、黒い機体が掲げる盾を斬りつける。 1撃、2撃、そして3撃目を浴びせたファスは、さらにもう一歩踏み込み、黒い機体と組み合った、鍔迫り合いのような状態となってしまった。
「あ・・・組んじゃった・・・。」
ファスは力比べのような状態でぽつりと呟く。
『ここから・・・どうしたらいいか・・・わからないや・・・。』
ファスは左右それぞれの腕への負荷に耐えつつ考えるも、考えを纏められず、
「サンゴ・・・この後・・・どうしたら・・・いい・・・?」
と、苦しそうに、サンゴに対して助けを求める。 だが、
「引くなよ! 押しきるか、左右に往なせ!」
と、サンゴからは厳しい口調の助言が来る。 一方、それを聞いたファスは、
「引くなよって・・・言われても・・・。」
組み合っている苦しい体勢の中、困惑したように呟く。 2体の操機は組み合ったまま、暫し時が止まったようになる。
その状態から先に動いたのは、ファスの操る銀色の機体だった。 しびれを切らし、強引に黒い機体を押し倒そうと、「ロングソード」と「ミディアムシールド」に対し、さらに力を込める。 一方、黒い機体も倒されまいと、どうにか踏ん張ってしのごうとする。 が、黒い機体は徐々に押され、足の踏ん張りだけでは銀色の機体の押し込みを止められなくなってきていた。
「くっ!」
ファスが操縦席内で苦しそうに叫びつつ、武具を弾き上げる操作をする。 すると、鈍い音が周囲に響き、銀色の機体は組み合っている状況から、どうにか黒い機体の武具を弾き上げた。 一方、武具を弾き上げられた黒い機体は、「ショートソード」と「スモールシールド」を上空に掲げるようになってしまい、無防備な状態となっている。
「突け! ファス!」
サンゴの早口かつ大きな声が、ファスの頭部覆い内に響く。 その声に反応し、右手の「ロングソード」を腰高で後方に短く引き、素早く突き攻撃を繰り出すファス。 狙いは、黒い機体の胸部。 銀色の機体が素早く突き出した「ロングソード」剣先が、黒い機体胸部中央に命中すると、重々しい金属音が闘技場内に響き渡った。 片や、胸部に攻撃を受けた黒い機体は、両腕が上がってしまっていたこともあり、踵を軸に、そのまま轟音を立てて仰向けに転倒してしまう。
「やった・・・。」
「ロングソード」の突き攻撃に手応えを感じ取ったファスは、一言呟く。 一拍後、黒い機体を仰向けに転倒させた事実を再認識すると、
「・・・やったよ、サンゴ! 僕、勝った!」
と、勝利を確信したようになってしまったファスは、操縦席内で大はしゃぎをしてしまう。 一方、サンゴはファスと操機の同期を瞬時に切り、
「ファス! まだ終わっていないぞ! 『止め』を!」
と、早口で怒声を飛ばす。
「えっ・・・。 『止め』って・・・?」
片や、ファスはサンゴの言っていることが理解できず、暫し考えてしまう。 そこから、
「・・・そうだった! 『止め』を・・・って、サンゴ? 同期が・・・。」
ようやく事態を飲み込むことができたファス。 加えて、「面」視界が操機操縦席内を映しているのと、服の負荷圧が無いのを感じ、自身が操機と同期していないのにも気付く。 慌てて、
「サンゴ、同期を! 早く戻して!」
と、急かすように催促する。 同時に、ファスは操縦席内で武具を構えた姿勢を素早く取る。 すると、あっという間に服負荷圧が戻り、いつもより同期の手順が高速に進んで行くのを感じる。 だが、「面」視界内映像が操機目線に戻り、転倒していた黒い機体を確認しようとすると、
「駄目だ、ファス。 相手機体が起き上がり始めている。」
と、サンゴの発する落胆の声が、頭部覆い内スピーカーから聞こえてくる。 一方、サンゴの声を聞き、黒い機体を注視するファス。 右手の「ショートソード」を手放して体勢を整えた後、闘技場地面に手をつき、上半身を起こし始めている黒い機体が目に入る。 ファスは、置き上がろうとしている黒い機体を暫し眺めていた。 が、
「まだ、今なら・・・。」
と、置き上がり中の黒い機体に詰め寄ろうと、右足を一歩踏み出す。 だが、
「ファス! 起き上がり中の機体には手を出すな!」
と、サンゴが強い口調で警告を発する。 さらに、
『あれ? 視界が・・・? 両足首の負荷圧も・・・?』
突然、ファスの「面」視界内は操縦席内を映すようになるのと同時、両足首の服負荷圧も無くなったことを感じる。 恐らく、サンゴが勝手にやったことだろう。
「でも・・・、立ち上がりきる前に、『止め』を打てば・・・。」
ファスは、サンゴに機体の操作を止められたような状態になってもなお、立ち上がり中の黒い機体に対し、武具を振り上げに行こうと、左足を踏み出す操作をする。 が、
「やめなさい、ファス! たとえ、『止め』を取ってこの手合いを勝ったとしても、今後、ファスは、『立ち上がろうとしている機体を攻撃する操機主』という、悪評が付いて回ることになる。 ファスよ、この手合いは実機手合いで、操機戦に興味を持っている沢山の観衆や、他の操機主が観ているんだ!」
と、サンゴはファスに対し、強い口調で再度の警告をする。
『・・・観ている・・・。 そうだ・・・。 この手合い、実機の手合いだった・・・。』
一方、サンゴの声を聞き、冷静にそう考えたファスは、一拍置いて、
「・・・そう・・・だったね・・・。 忘れてたよ・・・。」
と、「面」下で青ざめつつ、ゆっくり答えた後、
「・・・サンゴ・・・。 機体を後方に下げるから、視界と足の同期を戻して・・・。」
と、弱々しく呟くように話す。
「わかった。」
片や、サンゴが言葉短く冷静に答えると同時、ファスの「面」視界内は、操機目線へと戻る。 両足首にも負荷圧が戻り、再び全身が操機と同期したことを感じ取る。 その後、ファスは機体正面を黒い機体へ向けたまま、冷静に一歩、一歩と後退りし、30メートル程後方に下がったところで機体を停止させ、両腕をだらりと下げた待機姿勢を取った。
一方の黒い機体は、両手を使ってゆっくりと立ち上がり切った後、手放した武具方向へ向く。 闘技場地面の「ショートソード」を右手で拾い上げて握り直すと、ファスの操る銀色の機体へ向かい、手合い再開の意思を表しているのであろう、「スモールシールド」を胸前に掲げる仕草をした。 そして「スモールシールド」、「ショートソード」共、機体正面に構える黒い機体。 片や、その所作を見たファスは、
「それじゃあ、手合い再開・・・と。」
冷静にそう告げると、右手の「ロングソード」を胸前に掲げ、相手機体の手合い再開に答えた。 その後は、「ミディアムシールド」を機体正面に掲げ、「ロングソード」は腰下に引いて構える銀色の機体。
再び睨み合いとなった両機。 先手を取ったのは、またも黒い機体だった。 ファスが操る銀色の機体に素早く詰め寄り、手合い開始時と同様、「ミディアムシールド」に向かって「ショートソード」の連撃を浴びせてくる。
『・・・4・・・5・・・、ここだ!』
相手機体が繰り出してくる剣戟の時間間隔が分かってきたファス。 黒い機体が繰り出して来る6回目の剣戟に合わせ、胸前に掲げていた「ミディアムシールド」を引き、「ロングソード」で黒い機体の「ショートソード」を受け止める。 またも、組み合った状態になってしまった両機。 ファスは、鍔迫り合いになっている「ロングソード」に力を込めようとする。 が、
『右手だけだと・・・力が入れにくくて・・・押し込むのが・・・。』
「・・・そうだ!」
と、妙案を思いついたファスはそう叫び、「ミディアムシールド」内側の支えを握っている左手を外し、「ロングソード」柄下部の少しだけ余っている部分を無理やり握る。 そして、両手で「ロングソード」を握ったファスは、改めて両手で力を込め、黒い機体を押し込んでいく。
「うぉー!」
掛け声一閃、ファスの操る銀色の機体は、黒い機体の「ショートソード」を弾き上げると、お返しとばかりに、再度、黒い機体の「スモールシールド」に向かって連続の剣戟を繰り出す。 一方、黒い機体は先ほどと同じように、「スモールシールド」で剣戟を防ごうとする。 だが、銀色の機体は両手で握った「ロングソード」を使って剣戟を出しているためか、一撃目はどうにか「スモールシールド」で受け切れたものの、二撃目を受けた「スモールシールド」は力強い剣戟に押され、あらぬ方向へ向いてしまう。 そして、三撃目は無防備な機体本体へ剣戟を受けてしまった。 重苦しい音が闘技場内に響き、黒い機体は、胸部左側から腹部中央にかけ、装甲表面が歪むほど損傷してしまう。
「まだまだ!」
ファスは追い打ちをかけるべく、棒立ち気味になっている黒い機体に対し、容赦なく剣戟を浴びせる。 右前腕部、左足腿部、左二の腕部と連撃を繰り出す。 さらにファスは黒い機体の左側に回り込み、「スモールシールド」を支えている左前腕と盾との連結部分に、狙いすました突き上げ攻撃を繰り出す。 何かが裂けるような音が響いた後、黒い機体の「スモールシールド」は、重々しい音を立てて闘技場地面に転がっていった。 機体装甲表面が多数の損傷をし、「スモールシールド」まで失ってしまった黒い機体は、たまらず後方へ退く。 その後は、胸前真横に掲げた「ショートソード」刀身に左手を添え、防御に集中した姿勢を取った。
「はぁ・・・はぁ・・・。」
片や、ファスは乱れていた呼吸を整えつつ、両手で中段正面に構えた「ロングソード」を黒い機体に向ける。
「ファス、好機だ! 一気に攻めろ!」
珍しく、高揚したかのようなサンゴの声が、ファスの頭部覆い内スピーカーから聞こえてくる。 だが、ファスは身動き一つせず、立ち尽くしてしまっている。
「どうした、ファス? 攻めろ!」
再び急き立てるようなサンゴの声が聞こえてくる。 すると、ファスはようやく口を開き、
「サンゴ、盾を外して・・・。」
と、冷静な口調で物静かに指示を出す。
「りょうかい。」
一拍後、サンゴの口調は何か言いたげではあったが、ファスに反論せず、指示に応じる。
一方、サンゴからの返事を聞き取ったファスは、両手で握った「ロングソード」の柄から左手を外す。 そして、右手のみで握った「ロングソード」を腰下に引いて構え、ゆっくりと左腕を真横の肩高まで真っ直ぐ掲げ、左前腕に付いている「ミディアムシールド」を背面側に捻る。 すると、「ミディアムシールド」はゆっくりと銀色の機体左前腕を離れ、闘技場地面に鈍い音を立てて転がっていった。
「これで左手が自由になる!」
力強く言い放ったファスは、「ロングソード」の柄に再び左手を添え、中段正面に構えた。 しかし、「ロングソード」の柄は拳二つ分には短く、柄の下部を握っている左手の薬指と小指は、柄を握れていない。 そんな握り方を気にもせず、
「それじゃあ、改めて勝負だ!」
ファスはそう叫ぶと、無理に両手持ちした「ロングソード」剣先を、黒い機体の喉元付近に向けた。 一方、銀色の機体から「ミディアムシールド」が外れていくのを固まったように見ていた黒い機体。 「ショートソード」を掲げた防御姿勢のままだったが、「ロングソード」の剣先が向けられると、何かに気付いたかのように防御姿勢を解く。 そして右前半身で「ショートソード」を腰下に構え、剣先を銀色の機体喉元付近に向けた。 三たび、睨み合う2体。
三度目も、先に動いたのは黒い機体だった。 銀色の機体からの攻撃が当たりにくくなるように、右前半身のまま、縦に一振り、横に一振りと、牽制を交えつつじわじわと近づいてくる。
「ここだ!」
片や、あっという間に間合いを詰められてしまったように見えた銀色の機体だったが、黒い機体が再び縦に剣戟を繰り出して来る瞬間、「ロングソード」を顔前で真横に構え、黒い機体の「ショートソード」による剣戟を受け止めようとする。 だが、黒い機体はファスが「ロングソード」を真横に掲げて防御するのを予期していたように、縦に振り下ろしていた「ショートソード」を引いてしまう。 その後、銀色の機体が防御できていない下腹部に向かい、「ショートソード」を素早く突き出してきた。
「なにっ!」
鈍い重低音を立てて下腹部付近を突かれてしまった銀色の機体。 ファスも服の負荷圧を通じ、黒い機体から不意に突かれた衝撃の一部が再現されてしまうと、操縦席内でよろよろと2、3歩下がってしまう。 慌てて「ロングソード」を下げ、下腹部を防御しようとする。 が、
「剣を下げるな!」
と、サンゴの怒声が飛ぶ。 しかし、時すでに遅く、黒い機体は、よろよろと後退した銀色の機体間近まで素早く詰め寄っていた。 そして、今度は銀色の機体の無防備な左側頭部へ向かい、「ショートソード」の剣戟を放ってくる。
「ひっ・・・。」
操機目線で、相手機体武具の鋭い「ショートソード」刀身部分を見てしまったファス。 恐怖を覚え、どうにか躱そうと無理な姿勢で体を屈める。 回避動作はどうにか間に合い、相手機体の「ショートソード」を寸での差でやり過ごした。 だが、機体の重心は崩れてしまい、今度は黒い機体に対し、倒れ込むように体当たりしてしまう。
「うわぁ~・・・。」
そして、闘技場地面に重苦しい音を立てて倒れこむ、2体の操機。
実機の操機が転倒してしまうと、その操縦席内は、訓練用操縦席とは違った挙動をする。 操機主であるファスは、セーフティベルトによって、床から十数センチほど操り人形のように宙へ浮かされてしまう。 だが、操縦席内はほんの微かに揺れた程度だった挙句、地面との水平を維持している。 僅かに揺れた振動も、セーフティベルトによって緩和され、ファス自身の体には全く伝わっていない。 一方で、服の負荷圧は無く、「面」視界内映像も操機目線では無い。 ファスと機体との同期は完全に外れてしまっている。
「ファス! 無事か!?」
銀色の機体が闘技場地面で動かなくなって一拍後、サンゴが切羽詰まった声で聞いてくる。
「うん・・・。 ・・・多分・・・大丈夫・・・。 ちょっと、驚いただけ・・・。」
ファスは自身の心音が分かるほど心拍数が高くなっているのを感じつつ、セーフティベルトが本格的に動作しているのを初めて目の当たりにした。
『こんな風に・・・動作するんだ・・・。』
と、両肩、両脇の下から胸部と胴部付近を抑え込んでいるベルト状の部品を眺めつつ考えてしまう。
「こちらからだと、ファスの体はセーフティベルトに抱え上げられた、肩部と両脇下から胸部、胴部の圧迫以外、異常無しに見える。 だが、本当に大丈夫か?」
心配そうなサンゴの声と共にセーフティベルトが動きだし、抱え上げられていたファスは、両足裏が操縦席内床に届く位置までゆっくり下がっていく。
「うん! 大丈夫だよ!」
と、平然を装い、大声でサンゴに答えたファス。 だが、操縦席内床に両足が着き、セーフティベルトに支えられながら自身の足で立とうとするも、機体が転倒した恐怖から、少々足が震えてしまう。
『これじゃあ、機体の操作に影響が・・・。』
そう思い、両手を拳にし、震えてしまっている両腿を強めに叩く。 すると、両足の震えは収まった。 が、少々強く叩き過ぎたためか、両腿に少々の痛みが残ってしまう。
『・・・ちょっと痛いけど・・・これくらいなら、機体の操作に影響はない! 機体・・・機体・・・そうだ、機体の損傷!』
一拍置いて、ファスは自身の体と同じように、機体の損傷が心配になり、
「サンゴ! 機体は! ・・・どんな状態なの!?」
と、慌ててサンゴに問いかける。
「転倒による機体の損傷は、装甲表面に傷やへこみが出来た程度だ。 各関節部位、筋肉相当部位、機体本体、全て問題無い。」
と、冷静な口調でサンゴが回答してくれる。 その声を聞いたファスは、
「それじゃあ、手合い続行でお願い!」
と、ファスは元気よく答えた。
「了解! まずは起き上がる!」
サンゴも元気な口調でそう告げると、操縦席内がほんの微かに振動する。 振動が収まると同時、ファスは操縦席内正面画面に映し出されている映像によって、自身の操る機体が、黒い機体に覆いかぶさってしまっていた状態から武具を手放し、置き上がろうとしている状態だと知る。
立ち上がった銀色の機体は、手放してしまった「ロングソード」を左手で拾い上げ、右手に握り直す。 そして機体正面を黒い機体に向けた状態で後退りし、またも、黒い機体から30メートル程離れた場所で直立の待機姿勢を取った。
「ファスよ。 この間に同期を戻す。」
サンゴがそう告げたのを聞き、ファスも自身の操る機体と同じ、直立の姿勢を取るようにする。 すると服に負荷圧が戻り、「面」視界内映像も、操機目線に戻る。 セーフティベルトも両肩、両脇の下から胸部と腹部付近を押さえつけていた状態から、ファス自身の体に接触していない通常の状態に戻った。
「ファスと機体との再同期が完了した。 だが、相手機体が立ち上がり、手合い再開の意思を表すまでは待機だぞ!」
と、待機姿勢で立ち尽くすファスに対し、警告するように告げるサンゴ。
「大丈夫・・・。 起き上がり中の相手機体に、手出しはしない・・・。」
ファスは、自分自身へも言い聞かせるようにサンゴに答えた。 一方、仰向けに転倒していた黒い機体も徐々に動き始め、立ち上がり始めようと右手の「ショートソード」を手放す。 あたかも痛みに耐え、ゆっくり起き上がる人間のような黒い機体の姿を見たファスは、
「・・・ねえ、サンゴ。 相手機体の・・・転倒時損傷具合って・・・わかる?」
と、相手機体を心配したわけではないが、恐る恐るサンゴに問いかけてみる。 一拍置いて、
「相手機体もこちらと同じ、装甲表面に傷やへこみが出来た程度に見えるな。 転倒による手合いへの影響は無さそうだ。」
と、サンゴの冷静な声が聞こえてくる。 一方、サンゴの回答を聞いたファスは、
「・・・わかった・・・よ・・・。」
そう答えつつ、転倒状態から立ち上がろうとしている黒い機体を注視してしまう。 すると、黒い機体一つ一つの仕草が、イチゴが床から立ち上がっているような姿と重なって見えてしまったファス。
『やっぱり、あの機体の「人」操機主・・・女性型なのかな・・・。 いや・・・操機補が女性型なのか・・・?』
などと考えていると、黒い機体も立ち上がりきり、手放してしまった「ショートソード」を右手で拾い上げる。 そして胸前に「ショートソード」を掲げ、手合い再開の意思を表した後、先程と同じに、右前半身で「ショートソード」を腰下に構えた。
「それじゃあ、こっちも・・・。」
相手機体の手合い再開所作を見たファスはそう呟くと、「ロングソード」を胸前に掲げ、同じく手合い再開の意思を表す。 しかし、自身で掲げた「ロングソード」の鋭い剣先を見てしまうと、
『・・・右手が・・・震えて・・・。』
今度は、先ほど経験した、「ショートソード」で側頭部を攻撃された時の事を思い出し、無意識のうちに右手が震え始めてしまう。
『くっ・・・。 右手まで・・・。 このままだと、機体にも・・・震えが・・・。』
自身が操る機体への影響を心配し、ファスは目線のみで「面」視界内映像の機体右手を見てみると、震えてしまっている右手は再現されていなかった。
『良かった・・・。 サンゴが中間制御で、震えを出ないようにしてくれているのだろうか・・・。』
そんなことを考えながら、黒い機体に集中するファス。 「ロングソード」の柄尻に左手を添え、またも無理やり両手で握り、中段正面に構えた。
『こうなったら・・・サンゴになにか言われるかもしれないけど・・・。』
暫しの睨み合いから一転、今度はファスが先手を取った。 「ロングソード」を上段に構え直し、黒い機体へ向かって突進を始める。 黒い機体は相変わらず右前半身で構え、捉えづらい状態だった。 だが、ファスはどうにか黒い機体の頭頂部に狙いを定め、上段から「ロングソード」を振り下ろす。 一方、黒い機体は銀色の機体の攻撃を避けず、「ショートソード」を自身の頭部付近真横に掲げ、受け止める。 互いに鍔迫り合いのようになった剣を中段に移し、またも力比べとなってしまいそうだったが、
「両手なら!」
ファスはそう叫ぶと、力比べ中の体勢から大きく一歩踏み出し、黒い機体を突き飛ばして後退させる。 そこからは黒い機体に対し、怒濤の勢いで連撃を浴びせる銀色の機体。 一方、黒い機体は銀色の機体の連撃に対し、胸前真横に掲げた「ショートソード」刀身に左手を添え、防戦一方となる。 ・・・8撃、9撃と、闘技場内には、それぞれの武具防具が放つ重低音が響き渡る。
ファスの操る銀色の機体は、黒い機体や掲げている「ショートソード」に向かい、何回剣戟を浴びせたろうか。 連続の剣戟に集中してしまったためか、ファスは徐々に息が上がってきてしまう。
「はぁ・・・はぁ・・・。 くっ・・・。」
『息が・・・。』
操縦席内と操機主用服内の空気は乾燥し、温度も運動の妨げにならない快適な温度で保たれているため、服内が汗ばんだ感覚は無い。 頭部覆いも、呼吸の妨げになるようなことは無く、むしろファスの呼吸を補助するように作動している。 サンゴが操縦席内と服内を快適に保つように調整してくれているのであろう。 だが、いくら快適な環境において訓練で体力をつけていたつもりでも、やはり人間である以上は、連続で運動を続けていると、息が上がってしまう。
『くっ・・・。 やりたくないけど、引くか・・・。』
呼吸の限界が近いのを感じ取ったファスは、黒い機体が掲げる「ショートソード」に向かい、一段と強い剣戟を放った後、機体正面を黒い機体へ向けたまま、後ろに3歩程素早く退く。 引いた後は牽制するように「ロングソード」を中段正面に構え、剣先を黒い機体喉元付近に向けつつ息を整えようとする。 一方、各部位の装甲がかなり損傷してしまった黒い機体だったが、銀色の機体が距離を取ったのを反撃の好機と判断したのか、一拍置いて、「ショートソード」を頭上に掲げて詰め寄って来る。
『やっぱり! 引くんじゃなかった!』
ファスは呼吸が苦しい状況だったためか、黒い機体に向けた「ロングソード」で牽制の突きを出すことも出来ず、右手のみに持ち替え、右側から頭上を防御するように掲げるのが精一杯だった。 黒い機体はそこに合わせるように、「ショートソード」を振り下ろして来る。 それぞれの武具が放つ重苦しい音が闘技場内に鳴り響き、銀色の機体はどうにか黒い機体の剣戟を受け止めた。 が、黒い機体はさらに「ショートソード」を押し込んでくる。 息が上がっているのと疲労感によって、ファスは力押しで負けてしまい、掲げていた「ロングソード」も、機体の顔前まで押し戻されてしまう。
「ひっ・・・。」
またも「面」視界内映像で、間近に見える両機体武具の刀身部分に恐怖してしまうファス。 目を閉じ、黒い機体の押し込みに何とか耐えていると、
「落ち着きなさい、ファス。 今、ファスの目線は、操機の目線だ。 ファス自身に刃を向けられているわけではない。」
目を閉じてしまったファスを心配したのであろうか、頭部覆い内スピーカーからは、サンゴの落ち着いた、いつもと違う口調の声が聞こえてくる。 一方、その声はファスの意識に強く響き、
『・・・そうか! この目線は、「面」視界内の操機目線・・・。 なら!』
そう考え、ゆっくりと目を見開く。 すると、いつの間にか恐怖心は去り、
「ふん!」
と、ファスは苦しい状況ながらも声を上げ、目前に迫っていた黒い機体の「ショートソード」に対し、受け止めていた「ロングソード」刀身部分に左手を添え、渾身の力で弾き上げる。 一方、かなりの勢いで「ショートソード」を弾き上げられてしまった黒い機体。 またも重心を崩し、ふらふらと後方へ2、3歩程後退してしまう。
「う・・・うおっー!」
片や、重心を崩して後退りする黒い機体を見たファスは、叫び声を上げた後に息を止め、追撃のために素早く走り込む。 そしてすれ違いざま、黒い機体の腹部に狙いを定め、両手持ちした「ロングソード」で横一閃の剣戟を繰り出した。 重々しく金属が擦れあう音が闘技場内に響き渡った後、さらに大きな轟音が響く。 銀色の機体の剣戟を無防備な腹部に受けた黒い機体は、腹部装甲右側の一部が裂けた挙句、仰向け大の字状態で闘技場地面に倒れてしまったのだった。 そこから、ファスが操る銀色の機体の動きは鋭かった。 素早く方向転換し、倒れてしまった黒い機体を正面に捉え直す。 すかさず走り寄り、直立姿勢で右手のみで握った「ロングソード」の剣先を、転倒した黒い機体喉元付近へと突き付ける。 すると、
「それまで。」
「操機戦管理」手合い進行役の声が響き、手合いが終了した。
一拍置いて、ファスは「面」視界内映像が切り替わったのと、服の負荷圧が無くなったのを感じ、操機との同期が切れたことを認識する。 さらに一拍置き、
「・・・くっ・・・はぁ・・・はぁ・・・。 ・・・やった・・・。 やったよ! サンゴ!」
息を止めていた状態から一転、息を吹き返したような荒い呼吸をするファス。 呼吸が落ち着くと、今の状況を把握できたのか、突然大声を上げ、「面」と頭部覆いを取り去って勝利を喜ぶ。
「ああ。 言いたいことは、色々あるが。」
一方、サンゴの怒ったような口調での応答が、操縦席天井付近から聞こえてくる。 だが、一旦言葉を区切った後、
「よくやった、ファス。 おめでとう。」
一転して、今度は温かみのある口調に変わり、ファスを祝福してくれた。
サンゴが操作してくれる機体で、自身の操機格納庫に戻ってきたファス。
武具を武具置き場に戻した後、機体は整備台に収められる。 機体が仰向けになり固定されると、ファスは操縦席出入り口へ向かい、這い出るように体勢を低くして移動する。 すると、狭い出入り口扉を抜け出た先、ファスは突然、何か強い力で体を掴まれてしまう。
「ファス! よくやった!」
と、ロッカが操縦席出入り口扉外側で、操縦席内から這い出てくるファスを待ち構えていたのだった。 ファスは抱え上げられたようになった後、「面」と頭部覆いを付けていないままだったロッカに抱きしめられてしまう。
「ちょ・・・と、ロッカ・・・。 息が・・・できないよ・・・。」
一方、抱き着かれたファスは、ロッカの黒い服に顔がうずまってしまっているため、苦しそうに答えるのが精一杯だった。
「必ずや、勝って帰って来ると思っていたけど! よくやった!」
ロッカは続けてそう言うと、笑顔でファスを解放した後、ファスの両肩に両手を乗せて祝福してくれる。 さらに、別の方向からは、
「おめでとうございます、ファス。」
と、クウコも「面」と頭部覆いを付けないままだったようで、機体の右肩方向からファスにゆっくりと近づき、冷水の入った容器を両手で差し出しつつ、笑顔で祝福を告げる。
「ありがとう、ロッカ! クウコ!」
片や、クウコから差し出された冷水の入った容器を受け取りつつ、2体を見て笑顔で礼を告げるファス。 その後、冷水容器の封を開け、勢い良く数口飲み込んだ。 ひと落ち着きし、冷水容器の封を閉じると、
「ファス! おめでとうございます!」
と、操機主用服にある肩スピーカーからも、弾んだ声が聞こえてくる。 トエルの声だ。
「トエルも、ありがとう・・・。 って、どこにいるの?」
ファスは礼を言う一方で、トエルの姿をきょろきょろと探してしまう。
「まだ整備台にいます。 ファスの姿は、格納庫内の視覚装置を使って見ていますので・・・。」
そう答えるトエル。 その声が、ファスには恥ずかしそうに言っているように聞こえたのは気のせいだろうか。
『今度こそ、トエルの「人」姿を見れると思ったんだけど・・・。 まあ、いいか・・・。』
などと、少し冷静になって考えたファス。 ロッカとクウコの脇にトエルもいるように思い浮かべた後、整備台備え付けのエレベーターを使って格納庫床面に降りる。 その後、サンゴの本体が座っている格納庫脇の休憩椅子に小走りで向かった。
「ありがとう! サンゴ! サンゴのお陰で勝てたよ!」
ファスは休憩椅子に座っているサンゴの正面に到着すると、少々屈みこみ、嬉々として話しかける。
「いやいや。 全ては、ファスが頑張った結果じゃ。」
一方、「面」と頭部覆いを付けたまま、ファスを見上げ、優しい口調で答えるサンゴだった。しかし突然、
「だが、盾を捨てた話など、ちょっと問いただしたい部分はいくつかある!」
と、またも怒ったような口調に切り替わる。 それを聞いたファスは、
「え・・・。」
びくりと驚き、一歩後退りをしてしまう。 片や、一歩退いたファスを追うように、休憩椅子を素早く降りるサンゴ。 そしてファスに一歩詰め寄り、
「これからすぐ、手合い反省会じゃ!」
と、凄い気迫でファスの目の前に迫る。 一方、ファスは今、実機での手合いが終わった直後であり、疲労困憊気味だったため、
『疲れてるのに、これから反省会か・・・。 サンゴ、相当怒ってるな・・・。 やっぱり、盾を捨てたのはまずかったか・・・。』
などと考えつつ、
「・・・わかった・・・よ・・・。」
と、がっかりした表情をして答える。 だが、サンゴは「面」と頭部覆いをゆっくり外すと、
「と、言いたいところだが、手合いで疲れたじゃろ。 今日はゆっくり休みなさい。 明日、今日の手合い反省会と、今後の事を話そう。」
サンゴはまたも口調を変え、優しい口調と表情でファスに話しかけた。
「えっ・・・。 あっ・・・うん・・・。」
片や、迫っていたサンゴの「人」特有の整った素顔を間近で見てしまったファス。 暫しの間、サンゴの微笑んだ顔を見ていたが、頭がのぼせたようになると同時、頬が少々赤らんでしまう。
「どうした、ファスよ? 心拍数が上がっているぞ。」
一方、サンゴは呆然と自身の顔を見ているファスを心配したのだろうか。 今度は不思議そうな顔で問いかけてくる。
「いや! 別に・・・。」
サンゴの声に気付かされたようになったファスはそう言うと、サンゴから目をそらし、格納庫内のあらぬ方向に視線を向ける。 そして、手に持っていた冷水容器の封を開け、再び勢い良く数口飲み込んだ。
その後はサンゴへ背を向け、暫く格納庫内や整備台の機体を眺めていたファス。 が、突然、格納庫内で普段使用しているのを見た事が無い出入り口から、「面」が固定されている種類の黒い服を纏った「人」が複数体、わらわらと小走りで出てくる。 ファスはその光景に驚き、
「うわっ! 何、あの『人』は・・・?」
と、近くに立っているサンゴに向って問いかけてしまう。
「あれは、追加の『人』操機整備士じゃよ。 『操機戦管理』が貸し出してくれている。 実機の操機整備を行うには、ロッカ、クウコ、トエルだけでは手が足りないからな。」
と、サンゴは平然と答えてくれた。
「そうなんだ・・・。 知らなかったよ・・・。」
ファスは、機体に群がるように取り付く「人」整備士達を見ながら驚きの声を上げる。
「あの『人』達以外にも、操機の整備に加わっている『人』は多数いる。 ファスの目には見えないがな。」
そう告げると、サンゴは両手の人差し指を自身の両目脇に持っていき、可愛らしく答えた後、
「さて、わし・・・じゃなかった、私も機体の整備に加わるとするかの。」
サンゴはそう言うと、休憩椅子に向かい腰掛け、目を閉じて動かなくなってしまった。 一方、それを見たファスは、
「・・・それじゃあ、僕は引き上げるよ・・・。」
「面」が固定された「人」に加え、ロッカやクウコも操機の整備を始めようとしている状況に、なんとなく疎外感のようなものを感じたファス。 少々しょんぼりした表情で冷水容器の封を閉じ、自身の部屋に引き上げようと、格納庫出入り口へ向かう。 すると、
「ファス!」
動かなくなっていたサンゴが、ファスの背面から声をかけてくる。 一方、声をかけられたファスはびくりと反応し、ゆっくり振り向くと、
「改めて、おめでとう。 ファス。」
目を開き、ファスに視線を向けたサンゴは、再度、笑顔で祝福してくれる。
「・・・うん! ありがとう、サンゴ!」
しょんぼりした表情から一転、ファスも満面の笑みで返事をした。
エピソード1-4に続きます。