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回復魔法なんてなかった  作者: 仄々 とろろ
第1章 忘れさせられた記憶 編
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第六話 【優しさへの期待と困惑する現実】

 ふかふかの掛け布団にうずくまっていた。


 小雨の音が窓を静かにたたいている。

 カーテンは(ふさ)で緩く、しっかりと結ばれていた。小雨が降る陰で部屋は薄暗く、湿気がじんめりと肌にへばりついた。

 暖炉の火はすでに黒くくすんで冷たくなっている。

 身体がひどくけだるく、顔に手を当てると微熱もある気がする。


 ぼーっと静寂に耳を澄ましていると、ドアが荒くも静かに開けられた。ドンと知らないエルフが部屋に入ってきた。

 ドンは俺に近づくと熱い抱擁をして、肩をガシガシともんだ。

 彼は丸椅子をベッド脇に寄せて座ると、ことの顛末を話してくれた。一緒に入ってきた知らないエルフが倒れていた俺を見つけて運んでくれたらしい。ジルとその懐で泣き崩れていたメリーも一緒に。


「ジルは──」


 その名前を言うとエルフは俺の目をまっすぐに見ながら微笑んでいるとも無表情でもいえない表情で見つめてきた、言葉を発するよりも強く、暖かく、頼もしく伝わった。全てを見てきたような神々しさで見ていられなくなり俺は目をそらした。

 おそらくジルは、魔法の『道』と自らなって見るにも耐えがたい状態だったのだろう。乖離する魂は肉体を懸命に手放さず助けが来るまで守ってくれていたのかもしれない。


「膝立ちで力尽きていたらしい。最後まで自分のやることをやり通すやつだったからな、死んでも変わらんだろう。それにしてもあれほどの数の虫たちを蹴散らすとは、魔法とは恐ろしいものだ…」


 少し止まって、ドンはうつむきながらぼそぼそと何かを言ったが俺には聞こえなかった。


 俺は未だに整理がつかず、妙に現実的に頭が働いていた。本当は会ったときから挨拶しておくべきだった。


「エルフさんのお名前を聞いてなかったですね。僕はチェルストーっていいます」


「私しはステイル。テイルとも呼ばれたことはあるわ、言いやすい方でどうぞ!」


 ステイルさんは御光を放っている様に輝かしくも、ほころぶようなくしゃっとした笑顔を見せた。

 エルフの美しさは種族を超えた強い憧れを抱かせた。

 ドンはその空気が嫌いなのか顔を曇らせて席を立った。


「メリーは居間にいる。声をかけてくる。ゆっくり休んでいろ」


 彼は丸椅子から降りるとステイルさんの前に立ってドアの方を見た。

 ステイルさんはシルクの様に可憐な肌の、割れ目のような口から、空気が漏れるように「ふぅん」と相づちをして道を譲った。

 その姿に見覚えがあったきがするが、今はそんなことも思い出す精神力も身体が嫌った。


 ドンはドアを開けたがステイルさんが横から割り込んで部屋を一番先に出た。ドアが大きな音を立てて閉められ、その反響の余韻で部屋の静けさをより感じた。

 雨が窓に容赦なくぶつかるほど激しくなったので、俺はもう一度眠りたいと思い体を横にした。

 枕の感触を手で感じながら、どうやっても起きたくない、気力のなさを感じた。

 どれくらい時が経ったかわからない。俺はずっと枕をいじりながら、なにも考えないように、必死に眠ろうとした。

 しかしついに言葉が漏れてしまった。


「ジル…」


 その言葉が出た瞬間に目がくすみ、ぎゅうと目を閉じて涙が流れるのを感じた。

 息が苦しくなって、心臓が握りしめられる様に痛んだ。自分の弱さをどうしようもなく感じて、いくら謝っても謝りきれずに、だけど謝った。彼女の強さを嫉妬し、同時に自分のために死んでくれたという優越感も拭いきれずに、感情がごちゃごちゃになった。窓の外がすっかり暗くなるまで俺はずっと、がむしゃらに、それしかできず謝り続けた。


 誰かのために死ぬなんてかっこいいわけがないじゃないか。勝手に一人で死ぬなんてこれほどダサいことなんてない。だったら生きていてほしかった。だけどそしたら俺は確実に死んでいた。


 ぼんやりと不安そうなジルの笑顔が堅くつぶった目の前に幾度も回想した。


 一日ずっとベッドで過ごした。いつしか経って、ステイルさんが暗くなったねとひょっこり部屋に入ってきて手持ち洋灯をそっとベッドの側のテーブルに置いてくれた。


「落ち着くまで好きなだけ寝てな」と言い残してドアがそっと閉められた。



 ─────────



 どのくらい時間がたったかわからない。外はとっぷりと暗くなっていた。ドアからのノックをいくらか聞き流していた。

 外の人物がしびれを切らしてドアがきしみながらゆっくりあいて、メリーの声がした。


「寝てる?」


 足音はせずにしばらく静寂があった。俺はただ顔を壁に向けてはやく出て行ってくれないかと心でひたすら唱えていた。

 それからまたコツコツと足音が聞こえてベッドの側で立ち止まった。ぎしりとベッドに手が置かれて顔が俺を覗いた。顔を起こすと洋灯にメリーの顔が照らされていたが、ぼやけてあまり見えなかった。


 メリーはびっくりしたように身を戻した。


「目、赤いね。泣いた?」


 質問には答えたいが詰まった喉からはうめき声しか出なかった。

 メリーはうんと小さく相づちをついて、置いてあった丸椅子をベッドの側に引いて座った。ベッドの下を見ていた。


 いくらたっても彼女はそのままなのでいても立っても居られず、俺は体を起こして、ベッドから出た。

 水瓶の側にいくと無言で乾燥つぼみをコップに入れて水をくんだ。

 ひらひらと浮いた薔薇のつぼみが水をすって、少し開いた。一つしかなかったので水茶をメリーに渡すと、部屋に一つしかない窓から外を見た。街灯も少ない田舎町に星はいつも綺麗に輝いているが、今日はあいにく雨が降っていた。雨よけからたえず水がしたたっている。

 メリーはしばらくの間うつむいていて、たまに目を拭っていた。

 時間の刻みを数えるように雨はしだいに強くなっていった。たまに雨の中を馬車が前の道を大変そうに通るのを目で追っては、また雨の先の遠くを見通した。

 自分用のコップも持ってきてメリーと御茶でも一緒に飲んで落ち着こうかと身体を返して部屋を出ようとした矢先に、



「───あんたが浮かれてただ突っ立ってただけだったから」



 彼女の消えそうな、かすれた声が静かな空間に響き渡った。その余韻は俺にとってまるで永遠のように感じられた。その永遠に近い一瞬で感情がぐしゃぐしゃになって混乱した。雨は強くガラス窓を叩いた。


 メリーはコップに浮いている花のつぼみを見つめてコップをゆらゆらと揺らしていた。


 俺のせいなのか、え、誰のせいだっけ?俺って立ってたっけ?

 そんなことを言われても何を言い返せばいいかわからないじゃないか。

 窓の外の雨は夕立のように強く窓をはじき、それに吸い込まれるように世界がゆがんだ。

 何も言い訳なんてできないじゃないか。お前だってただ寝ていただけだろ?そりゃ持病があるけど、それがなんだって…

 俺は何をいえばいいんだよ。俺に何を言ってほしいんだよ、メリー。


 メリーは椅子から立ち上がり、口もつけなかったコップを水瓶の横に置くとドアの前で立ち尽くす俺の後ろに立っては落ち着きなく部屋を歩き回った。とてもじゃないが俺は声を出すことができなかった。ただ壁を見ていた。


「どうするの…?これから…」


 聞こえる彼女の声は耳に入らず、ひたすら自分のかじかんだ指を手で感じていた。指を自然とつけたり離したりして。そうしないと動かすところがなくなるような気がした。心臓も胸から出てきそうにまで鼓動した。


 底が所々抜けているベッドがぎしりと音を立てた。


「座ったら?」


 俺は何もできぬまま、立って硬直していた。


 彼女は俺の服の裾をぐいっと引っ張って自分のとなりに持ってきた。ひかがみがベッドの端に突っかかり俺はなすがままに腰を落とした。重みでベッドはギシリと音を立て深くへこみ、その傾斜でメリーの体が少しだけこちらに滑った。


 シーツを伝ってメリーが震えているのが伝わってきた。


 雨が天井に音を立てて突き刺した。どしゃぶりの外と部屋がつながっているか思うほどうるさかった。

 俺は何をしたら良かったのだろうか。どう言えば良かったのだろうか。ただ、役に立ちたかっただけなのに。


 まぶたが耐えきれなくなって大粒の涙が瞳からこぼれて頬を伝った。顎に溜まったしずくは大粒のしずくとなってベッドのシーツに音を立てて落ちてしみこんだ。


 その音を聞いてメリーははっとしたように俺の顔をのぞき込んだ。暗い顔が吹き飛んだようにあわてふためいた。


「チル?ちょっと、どうしたの?───大丈夫?」


 その時点で俺は耐えきれなり、押し殺していた涙が流れ落ちた。


 メリーは心を刺されたように心配の声をかけて手を必死に握った。

 彼女の手を震えは何かが切り替わったかのように治まっていた。


「大丈夫だよ…きっと、何かが…」


 言葉に詰まって彼女は床を見つめた。


 とつぜんドアが素早くノックされて開いた。涙をぬぐって顔を上げるとステイルさんが顔を覗かせた。


「ごめん急に!誰かが泣いてるのが通りすがりに聞こえちゃって。」


 俺はあわてて目を拭って立ち上がった。


「ごめんなさい、ちょっと俺が泣いちゃってっ…!」


 ステイルさんは目にもとどまらない早さで俺のほうに向かって歩いてきて堅くきつく抱きしめてきた。何も言葉を交わさずひたすら背中をさすってくれた。

 俺は言い返そうとしが、感情が浮き彫りにされたようでとてつもなく恥ずかしくなった。どうしても素直になれずに涙をこらえたまままぶたがやけどしたように熱くなったままでこらえた。

 やっと離してくれて、俺の肩をポンポンとたたいてから頬をつねった。その反動でまぶたに溜まっていた大粒の涙が頬を伝って流れた。


「なに?どうしたの。わたし聞かないと思うけど何でも言ってね」


 俺はすっかり照れてしまって目頭の熱さは顔全体の熱さに変わっていた。


 ステイルさんは一生懸命涙を拭っている俺から目を外し、ベッドに座って唖然としているメリーの方に顔をおとして、


「メリー、フルーツパイ作ったから下、来なよ!」


 と声をかけた。


「チル、だって、積もった話あるんでしょ?」


 俺の目をまっすぐ見てエルフは透き通った青い瞳で、妖術かかったまなざしで俺を見通した。

 ベッドでジルのことを思い出している最中に、俺にも考えがあった。

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