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回復魔法なんてなかった  作者: 仄々 とろろ
第1章 忘れさせられた記憶 編
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第五話 【最期の道が焼き切れて】

色がない灰色の空間だった。

ジルもいないし、メリーをいないし、ドンも、いない。

大きな玉が転がっている。俺は四方八方塞がっている砂箱のなかにいた。

一つ、二つ、大きな玉が、たくさん、ある。

全部、一方向に永遠と回転して俺の方に転がってきた。

よけても、よけても、

よけきれない、と思った瞬間に夢から覚めた。

 ───肌着がびしゃびしゃにぬれていた。身を起こすと頭がずぅんと重くて振り子のようにふらふらと視界と一緒に揺れた。


 吐きそうなほどの気持ち悪い腹には何もなく、喉が閉じきっていて声を出すこともできなかった。


「チル、気分はどうだ」


 ドンは俺の背中をさすりながら常に周りの警戒を怠らずに気にかけてくれた。

 どうしえも、吐きそうでふらふらだ。


 先ほどからドンは、ジルが見張っている間に壁を登ろうと短剣を突き刺しながら壁からぶら下がったが、どうしても上までは届かなかった。短剣が抜けるか、宙づりになって天井にぶら下がるのみ。


 ドンは少しだけこちらを見て、杖にもたれかかるジルのほうに目をやった。


「ジル、チルはもう動けそうにない、やはり俺が単独をしてダンジョンの出口を探す」


 杖をぐっと手に押し当て自分を押し上げて立ち上がるジル。肉体的な疲れよりも精神的にぼろが出始めていた。

 しかし、顔を上げるとその目には希望が宿っていた。


「そう…だよね。そうするしかないところまで来た…のかも」


 んんぅと喉を鳴らしながらドンは天を見上げた。


「とにかく、出口を探す。誰も知らない、誰も入れも出れも記録されていないダンジョンほど信頼ならないものはない」


 ドンは一人分の荷物をまとめて、軽量にして暗闇に消えていった。


 ジルは残ってチルの頭を膝に乗せて面倒を見た。


「───チル、私たちって、間違えたのかな」


 病人に聞く口はなく、ただうなされるのみだった。


「メリー…やっと普通の生活ができたのに、前のままには戻れないし…」


 彼女はうつむいて肉の床を爪で引っ掻いた。


「ごめんなさい、私が上手くできなかったから」


 顔を床につけて頭を抱える。


「でも───」


 ふと顔を上げて、静かな洞窟の中で、倒れる二人を見る。

 涙をぬぐって、目をパチパチしながらすっきりした顔で周りを見た。

 自分の膝に頭をおいている少年と、床に大事に寝かされている少女を見て、恍惚とした表情でジルは笑みをこぼした。


 周りからは、徐々に百本を超える足音が集まって侵入者(えもの)の様子を見にきていた。



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「お前は、先ほどの…」


 ドンは入り組んだ洞窟の奥に進んでいた。

 目先には、地上で肉壁(ここ)に落ちる前にバッタリ会った人物がいた。


 エルフは目をぱっちりさせながら肉壁の地の赤と緑色の虫の体液まみれのドワーフを見ていた。ホッとしたように早口で話しかけた。


「良かった、ひとまずは無事だったかや!」


 ドンは厳しい顔をしてエルフを上から下まで見た。


「お前、どこからここに入ってきた」


 エルフはドンの無礼な目線と言い草に全く動揺せずに手短に、キッパリと答えた。


「どこって?入り口から。ここの攻略はちょっと人に頼まれてしばらくしているから。とにかく、他の人たちは無事?さっきいた三人は?」


 ドンは状況を話そうとしたが、それをエルフは指で制して、どこにいるかだけ教えてくれ、まだいるのならどこにいるのかだけでいい、と。


「時は一刻を争う、ダンジョンが無情なのはあなたも知っているはず」


 エルフは腰巾着から乾燥紙を取り出し、それをドンに渡した。とても古びているが、とても頑丈でそうそうやぶれそうにない。


「これ依頼主用に清書したここの地図だけど、これを持ってひとまずここから出て、私は彼らを無事に出す手伝いをする。ひとりでいけるな」


 ドンはパーティメンバーからも、街の住人からも子供扱いをされたことがなかったため、すごくむっと心が動いた。

 彼はエルフが嫌いだった。蔑称である『耳っ葉(みみっぱ)』という言葉も使うほど種族として嫌っている。自分に自信がある態度は、責任や苦労が文化のドワーフにとって受け入れがたいものであった。


 このエルフ(耳っ葉)が何か後々求めてきても適切な褒美をもたらせば良いだろう。現状においてはあの三人を助けることができる力が、誰であっても、必要だ。

 と、エルフとは一度別れて、自分はこの洞窟から出ることに集中した。




 エルフは大気を滑るように跳びながら移動する。空気の道をコントロールしながら魔力でブーストをかけることで加速する、軽やかなエルフ原告の移動魔法だ。


「一人負傷、一人は意識消失、そして近距離に向かない魔法使い、ときたか…なかなかの困難だね───」


(間に合うといいが…)


 坂を下り、脚で慣性を調節しながら二回に分けて方向転換した。


 (ここをまっすぐいけばその子達の場所に着くはず)


 しかし、その直線道の距離が長いのが、フレッシュピット(このダンジョン)のいやなところだ。

 不安を胸に(つも)らせながら、肉の床を踏み台に跳んで汁混じりの鈍い音がひたすら反響した。



 ─────────────────────────────────



 痛い、頭がじんじんと痛む。


「─────────ル!─ジ…!───ジル!──────ジル!!」


 チルの声にはっと目が覚めた。


 目の前には何十匹といる(ファウナ)達。私がうとうととうなだれていた間にいやらしく壁から出てきたのだろう。

 組織化に戦略性はないものの、同種だからこその生存共同性、全員ひとかたまりになって私たちを喰う勢いをしている。それはゴブリンや、人間、自然の怖さなのだろう。


 この数日でまともに食事と休みと取れていないから体力が削られて魔法酔いをしてしまい眠ってしまった。メリーはいまだに気を失っている、チルは膝立ちになりながら、私の剣で必死に威嚇して振り回しているが、脚の傷により一歩も動けていない。


 それ魔剣なのになぁ───とぼんやり思った。虫はじりじりとにじり寄るごとに剣に振り払われるも、また違う方向からにじり寄り、また振り払われる。しかし確実に距離を詰めてきていた。チルもつぎ攻撃を食らいでもしたらそう簡単に逃げられずに喰われるだろうな…


 私しかいない。


 攻撃が来てからじゃ遅い、今動かないと、

 絶対に助けなきゃ。

 大切な人を、守るために。


 でも、



 死ぬならみんなと一緒に死にたかったな…



「チル、下がって」


 私は彼の襟元をつかんで引きずり下ろした。

 どしゃり、とチルは尻餅をつく。


 それと入れ替わりで、私は杖に寄りかかりながら、立つことよりもきちんと完璧に詠唱することに集中した。

 一つ一つ、きちんと発音して、舌が動くように神様にお願いして───



 羅 癪 歴 講(ジャァフ) 雷 序 倍 害(ニクリフ)


 嗚呼───地 万 象(オーラニア)



 ジルは火照る肌の熱を解放させるように光の輪を身体の周りに構築した。

 それは回り続け、いつの間にか風を切る速度にまで回転数を上げた。虫達は突然として出現した大いなる力に後退りした。

 輪の中でそれを回転させ『道』をかき集めながら彼女は杖を円周を描いて回転させ光の輪を切り、太ももから身体に入り込ませた。

 そこから三つの光の輪は共鳴し、音を立てながら光を発した。

 新たな『道』が開通した際に現れる「御光」と呼ばれる現象。

 それは生命が自我を維持するために独自構造をすべて自然の『道』とつなげることで生み出す、

 生命が爆発力があるエネルギー体と化す際に発する奇光。

 灯滅せんとして光を増す、生命エネルギーが個から万物の理へと還る抗いの光だ。


 ─────────────────────────────────


 チルは身体を地面に引きずりながら輝きに目を細めていた。


「ジル!やめろ、お前───」


 はっと気づくとその美しさと力強さに見惚れて口が開いていた。

 あんなにジメジメ蒸し暑かった空気が、いまでは肌寒いほどまで気温が低下して乾燥している。


 御光───


 暴風雨が乱れる中、ジルは宙に運ばれ、自然の原理を味方につける、その代償は自らの体を『道』として一部になることを許すこと。

 万物の力が人間というちっぽけな身体に流れるのだ、たとえ賢く魔法で潤滑をよくしたとしても自然は容赦なく道をズタボロにして通り過ぎる。

 魔方陣が使用後に焼き切れて滅するのを見ればいかに自然が『道』を光の速さの勢いで通るのかがわかる。


 魔法使いにとってそれは最後の手段であって、一回きりの必殺戦法。


 ジルは、俺たちを守って死ぬつもりなのだ。


 そんなことをする自己犠牲野郎だったとは知らなかった。

 もっと話していれば良かったと虚しくなったが、もう十分、話していた。

 十分すぎるほど。生きてきた。

 だからってそうやって死んでいくなんて。もし彼女が、俺たちのために、それだけのために仲良くなって、死ぬのなら、俺は世界を呪ってしまうだろう。


 だから、死ぬのなんて絶対許さない。


 ガクガク震える藁のような脚を奮い立たせて、やっとのことで片膝をつく。いくら頑張ってもこれが限界と脳が語りかけても、それを新たな踏み台にして膝を起こす。

 肺から空気が押し出され、冷静さに欠けた目をかっ開く。


「ジ…ゥ…ル……ゥゥ!」


 両腕を組んで、何も入っていないくせに気持ち悪さだけ思い知らせてくる腹を抑えた。飛び散る青い火花から目を細めながら、俺は俺なりの全力の魔術詠唱を唱えた。必死に唱えようとした。


 だけど、何も言葉が出てこなかった。


 今になって俺がいかに無力で何も知らないのかを知った。魔法について、剣術について、

 ジルについて───


「なんで…」


 それはかすかなつぶやきにしかならず、歓喜し暴走する自然の力場の中でかき消された。

 そんな混沌の環境の中でジルは『道』となり、甲高いよく通る声で魔術詠唱がまるで風に運ばれるように響き渡った。


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 解放(エマンティパティオン)

 」


 光をまとい、ジルがとても遠く見えた。

 こんなことになるんだったらもっとジルから魔法を教えてもらっておけば良かった。


 もう立っていられない。不思議とまぶたが恐ろしく重くなってきた。

 俺はとっぷりと重くのしかかったまぶたに負けて、

 膝から崩れ落ち、深い眠りに落ちた。

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