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回復魔法なんてなかった  作者: 仄々 とろろ
第1章 忘れさせられた記憶 編
4/13

第四話 【フレッシュピット洞窟はジメジメ蠢いている】

 

 メリーの発作は予想以上に長引いた。

 というのも、肉の洞窟だけあってどこを見てもドロドロとした赤い血だまりなため、とてもじゃないが落ち着くことはできないだろう。

 最終的に、疲労困憊の状態で震えだしてうずくまったので、ジルが抱き起こし睡眠魔法をかけてひとまず落ち着いた。



 ここでこの世界においての『魔法』というものを説明しておこう。


 自然には『道』という流れがあるとこの世界では信じられている。

 魔法とはその『道』という流れを、操る術である。

『道』を使って、『道』を操ることができる。


 といってもイメージをするのが難しいと思うので。

 一番妥当な説明はライターに例えられる。

 ライターには発火石、芯、ガス、という火をおこすコンディションと現象を起こすための物が整っている。

 火が起きるという『道』があらかじめ作ってある状態だ。

 そこに親指で火打ち石を回せば、火が起きるという結果になる。


 親指が魔法使い、火打ち石が魔法、綿が環境、火花とガスが『道』、そして火という結果が起きると、ざっくり説明するとそういう形だ。


 睡眠魔法の場合、相手が弱っていたり、何も考えず、ぼーっとしているとある程度は簡単にまじないをかけることができる。

 眠くなる、という状況に持って行きやすい状況から、点と点をつなげていく。

 ぼーっとしている状態から、眠くなってきたという状態への道を外部的に作ってやるイメージだ。


 ジルはメリーを抱きかかえたまま、背中に指を伝わせてメリーに道を刻んだ。するとメリーの身体が蛍のようにほのかに光り、半目のメリーのまぶたは重しがかかるようにとろんとつぶり、すやすや寝息をかきだした。

 今回は状況が整っていた特別な例ではあるが、端から見たら催眠術みたいだ。

 この『道』というものは俺もいまいちわかっていないのだが、いろんな方法で発現できるらしい。それはまたいつか話そう。


 彼女が眠ったところでひとまず安堵した。そこからドンと俺は周りをざっくり見渡してから、天井をじっくり見上げた。


「どう思う?」


「これはやっかいだの」


 ため息混ざりにドンは目を閉じた。

 落ちてきた箇所を見上げても隙間はまったくない。おどろおどろしい景色からは裏腹にこの環境はとても静かで、メリーがすやすや寝始めて落ち着いてからはとてつもなく静かなことに初めて気づいた。気味が悪いほど静かだ。

 肉壁を触るとねちょりとした質感だが思ったより乾いていてすべすべしていた。顔を寄せると様々な生態音が細やかに聞こえる。


「! チル」


 俺が肉壁を調べていると、天井上からかすかに爆発音が聞こえてきた。

 この洞窟が生物の一部であれば、器官がどう動くかが怖い。もしこの上の穴が肛門などの一種の排出口だとしたら、おならが充満するだけでガス中毒になるし、排出物が流れてきたら溺れ死ぬ。

 この爆発音が生物器官の一種でここも同じ用途で急に爆発を起こさないことを祈ろう。

 または...もうすでにガスが充満していてそれが、引火したのか...?


 考えていてもしょうがない、今はここを出るしかない。


「ひとまずここから出よう、」


 絶対にな。と言いそうになるが、それを言ってしまうと今の状況が絶望的だと言っているようなものだ。

 メリーはを抱き上げ、肩で背負うドン。

 ジルは(ステッキ)の灯であたりを照らした。いつもの笑顔は表情から消えていた。


 ─────────


 結局進んでも何も出てこず、歩きながら作戦を練った。

 すでに上を掘るという案は出た。落ちてきたと言うことは、また上に向かえば地上に出られるということは明白だ。

 まず、掘るものは剣や斧しかないということ。それで掘ってしまうと武器がだめになってしまうのが気がかりだ。

 爆裂魔法を使うとなると、まず、ガスが充満していないかが気がかりだ。この世界では「気」が怒るという言い方をするらしい。

 ガスという引火しやすい空気があって~と説明すると「なんで空気が燃えるの?」としごくまっとうな答えが返ってきて、学校で習った理科を全て忘れている俺にとっては説明しようにもどうしてもできずに、またチルが妄想してると話題は終わり、どうやってここから出るかに切り替わった。歩きながら考えていると。


 ふとせかす足を止める。

 俺は生まれつき耳が良かったので新たな生物の音に一同より早く気がついた。


 その後すぐに全員はその場で固まり、音を立てなかった。

 壁の中の「音」を除いては。


 一足遅れて、百足のような音は急に止まった。

 ただ、通り過ぎて、見過ごしてくれないかと待ったが、希薄な希望に頼る余裕はなかった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 その一つは───


 俺たちは歩き始めた。当然壁の中のわしゃわしゃも綺麗についてきた。


「足を止めずに良い場所までおびき寄せよう。

 そこでけりをつける」


 しばらく歩いたが、下がぼんやりとしか見えないほどの緩いが長い坂に巡り合った。これだからダンジョンのくせに整備も階段もないダンジョンは嫌いなんだ。

 坂は緩いがメリーを運んで降りるとなると足場が不安定になるし、刺客がいつ襲ってきてもおかしくない状況で降りるのは、セーブできるゲームの世界でしか難しいだろう。

 排水溝の滝の下みたいに、落ちてくる獲物を新たな捕食者が待ち構えているかもしれない。ここでけりをつけるしかない。


「ここでやるしかない、ジル、いける?」


「だ、大丈夫」


「わしが前に出ることになるな。メリーからは目を離すな。ここの虫は見た目だけではなく忍び寄り方もいぢらしい」



 みんな素早くバッグを乱雑に下ろした。ドンはメリーをバックにもたれかかせる形で下ろし肩掛けから戦斧(バトルアックス)を降ろし両手で握りしめた。ジルと俺もステッキを握りしめた。ステッキの感覚がいやにリアルだ。

 ジルは服の内側につけた魔道具の広帯をじゃららと肩に替えた。


 「チル、いつも通りにやればいいから!」


 俺もゲームで見たショットガンの薬莢にような魔道具を取り出した。手がいうことを聞かずに数個落としてしまったがなんとか呼吸を整えて落ち着かせ襲撃に備えた。数字なんて考えている暇もなかった。


 前からドンのドワーフの祈りが聞こえてきた。

 肉の壁が割れて、油ぎったいくつもの目玉のようなものがステッキからの光を反射してきらりと光った。

 出てこい、化け物。


 壁から何かうごめく音が近くなると、ブチュ、といった音をたてて芋虫が肉の塊の狭間から身を乗り出した。顔だけで小さな車くらい大きかった。


 前衛はドンに任せた。

 戦闘に置いて魔術は()()()()ヒット・アンド・アウェイ戦法。短縮詠唱は俺はまだ覚え切れていない。ジルは覚えているが、緊張でまだ本調子から外れている。あまり頼りにするのも荷が重すぎる。俺が周りを見ながらサポートに回りたいものだが、詠唱をしてしまえばそっちに気が取られて集中力が蹣跚してしまう。今は三人しかいないのだから。


 ことごとく自分の未熟さを身にしみて感じている。苦手だからといって剣術を怠っていたのもメリーに頼りすぎていた。



 陣 魔 界 境 南 亀 仙 賃 甲斐



 考えている間に見ると水魔術が虫をビシャビシャにしていた。

 急にぬれたことに困惑してたじろぐ虫。

 すかさず俺も魔道具を開いて水魔法を発動させてステッキで放った。

 ドンはじりじりと間合いを取りながら待機していた。あまり好戦的に刺激すると虫の方も全力で攻撃してくる。

 今はとにかく威嚇することで怖気付かせて尻尾を巻いて逃げてもらうことに賭ける。


「ウウォァァァァァァァァァァァァ!」


 ドンは大きな声を上げて相手を威嚇した。

 虫も少しおとなしくなり、周りをうろうろして様子をうかがっている。殺意はいまだに健全だ。

 ジルはこちらを見てくる。


「チル、やるよ」


 俺はうなずきながらドンと同じく威嚇を続けながら氷魔術の魔道具を開く準備をした。


 ジルは短縮詠唱で魔術を発動させた。


 林 次 長 名 風 化 賃 氷 甲 放


解放(パージ)


 シュッと俺の耳元を冷気が通り過ぎて、そのまま虫に向かってぶち当たった。虫の顔半分からはらにかけて一気にぬれた箇所が凍り付いた。

 俺も魔道具を開こうと力を込めるが肉壁の液体が固まったのか魔道具が開かずに固く閉じていた。

 ブブブ、というこすれるような声を出し虫は体がねじれ一瞬だけ肉壁に戻ろうとする動きを見せたが、すぐにこちらにデカい図体の割に機敏に向き直る。


「浅い!気をつけて!そっちに行く!」


 一瞬、ジルは俺たちの前に構えているドンへ言っているかと思ったが、俺が周りを把握しきれていなかった。

 虫は薄い氷を破り、一部凍ったまま、ドンを通り越して俺に突進してきた。

 ドンは虫の腹に向かって大きな一振りをして一撃を入れるも突進する虫の勢いに弾き飛ばされた。


「うわぁぁぁ ぁ」


 俺の威嚇は情けない声に早変わりした。声を出そうにも喉がキューっとしまってしまい、物理的に声が出せなくなった。


 こちらに敵意を持ってまっすぐ向かってくる芋虫の無数の目玉を向けられながら、周りの時間が遅く感じた。


 一撃でもいれたい、このままだと俺を吹き飛ばす、または引きずったままジルの方に行ってしまう。


「だとしたら」

 ここで食い止める。


 魔道具を投げ出して、腰につけていた短剣を引っこ抜いて、さやを投げ捨てる。


 来い、このクソ芋虫(やろう)


 相手の突進が時間の感覚が戻り、あ、やばいやつかも、と身体が勝手に動いた。

 ふとした気の遅れで手が前に出てしまい、完全に受け身になった。

 衝突した瞬間に、腰に虫の歯がかすめる。ぎゅーっとした痛みがこみ上げるも力はまだ抜けていない。ねちょりと虫の無数の小さな牙が服越しに腹を撫でた。

 物量に圧倒され、足が滑り、転けた。

 踏み轢かれそうな瞬間、ドンらしき大きな一撃によって虫の後部の腹部に衝撃がはしった。ジルの方から大量の水の波が押し寄せて虫も少し逃げ腰になり集中が散漫した。その瞬間、俺はほぼ身体が勝手に動き虫の頭に脚を立てかけて、なんとか顔を飲み込まれるのを阻止した。しかし虫の歯が大きく外側に開き、太ももに突き刺さる。俺の脚をなぶろうと頭を横に向けた瞬間に腹脚(ふくきゃく)に短剣を突き立てた。

 虫は俺の脚を放して後ずさりしようにも刺さった短剣を引きずり、すっかり体内に埋まってしまった。動くと動くほど短剣は内側から傷つけた。俺は目の前の巨体にすかさずまだ腰についていた料理用の短剣で揺さぶる腕で顔半分の目を切り落とした。


「うおおおおおおおおおぉ」


 ドンは渾身の一振りをありったけの力を込めて虫の腹部にたたき込んだ。

 びしゃりと内側から液体がはじけ出る音がして、芋虫は頭を反らせてから俺の方に、倒れて巨体が転がってきた。

 そのまま俺は後ずさりをするも坂があることが見えず、手が滑り、虫の巨体とともに坂から下り落ちた。




 俺は肉の坂を、半分になった芋虫の体液で滑り落ちた。

 地面に叩きつけられて背中に強い衝撃が伝わって肺から空気を吐いた。虫の巨体はすぐ隣に体液をぶちまけながら滑り止まった。

 捕食者の口はだらんと肉の床に横たわって、完全に沈黙した。


 あっけにとられて、ぱっくり開いた虫の口とその無数の歯を俺は見つめた。


「チル! チル!」

「チル……!」


 上を見るとほのやかな逆光からドンとジルがこっちを見ていた。

 ほっとした顔のジルと、後ろに枝が──


「ドン! 後ろだ!」


 ドンは声を聞くと同時に斧を手にとり後ろに向けて回転切りした。


 {ギャアアアアアアアア!}


 無数の小枝のような蜘蛛のような虫は人間のような叫び声をあげながらカサカサとメリーの枕にしていたバッグを持って、壁の隙間にずるずると後退りした。髪が絡まってメリー諸共(もろとも)引きずった。

 ドンはメリーの身体を掴んで引き摺り込まれるのを阻止したが、虫はバッグを諦めずに必死に引きずった。小刀を取り出してメリーの絡まった髪をバッサリ切り取った。

 虫は反動でバランスを崩すも、素早く壁の中に入っていった。無理やり引っ張りバッグが吸い込まれるように肉の壁の隙間に消え去った。

 ジルは腰を抜かしてステッキを軸にガクガクと震えていた。



 ドンは縄を投げてくれて俺を引っ張り上げてくれた。


「すまない、気を取られていた」


 ドンも唖然として目には少しパニックの色があった。

 戦闘後で機嫌が荒くなってか、俺は気分が一気に高潮したが、それはすぐに収まり、周りの安全を確認し、へなへなと手をついて天を仰ぎ見た。あるのは肉の脂テカった天井のみだが。


 それよりも今は体制をいち早く立て直さなければいけない。一匹でもこんなに手間がかかったんだ。策を立てなければ、次はない。

 坂の下にいるときに先を確認したが、坂の先には大きな広場があった。四方八方に穴があいていて、それはまた違う穴につながっている。とんだ遠回りをする予感しかしない。

 一度、来た道を戻るべきか。

 落ちてきた、ということならば、下に下ることは得策であるとは考えにくい。


 床は先の戦闘でビシャビシャにぬれていたので、少し距離を置いた場所で皆で座った。

 俺は肉壁を見ながら、これからの不安がこみ上げてきた。


 とにかく時間がほしい。ただでさえ手がかりがないのにこんなところに息を潜めることはできるのだろうか?いち早く移動してもっと安全な場所に行かなければいけないか。くそ、もう頭が働かない。


「チル、この三日が正念場だ、死なないように死ぬ気で挑むぞ」


 ドンは乾燥肉を渡してくれて、肩に手を置いた。


 ジルは脚の手当をしてくれた。運良く虫の牙はがっつり刺さったわけでもなく、すこし深めにえぐられた程度で済んだ。といっても負傷に変わりはない。興奮が冷めて痛みも戻ってきた。


 なんでこんなことになったんだ?今日、来なければ良かった。エルフの肌着姿が見れて鼻の下を伸ばすだ?くそ、なんでこんな依頼のために、雨の日にわざわざ焦って出かけた。命が一番だろ。


 なんで来ちゃったんだ。こんなところに。


「チル…」


 ジルは手当が終わって、そのまま座り込んだ。震える膝をわざわざ隠しもせず、まるでキマッてるように開かれた目で、俺の目をしっかり見た。


「私も、できるから…」


 明らかに一番パニックに陥っているが、何かが目覚めたようで意思があるように感じた。

 ドンも隣に座り、人数分の水分を汲んで渡した。


「絶対、出よう」


 俺は自分を奮い立たせるように、そう言葉をこぼした。

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