第十一話 【明けの明星の下で死体は歩く】
ステイルは目を覚ました。夜も更け冬の冷たさが星のまばゆさを強調した。月と地上の合間にある明けの明星が普段より一段とまばゆさを増していた。いやな光だ。まるで見下すように汚く輝く星は月にまとう南風のようだ。誰とも寄り添わずにただ見下ろすだけの存在。
共存は見下ろし独裁することでは得られない。少々の苦痛はあろうとも人間には生きさせなければ彼らは救われない。
何か意味を与えなければ生きていけない。だからこそ彼らには苦難が必要なのだ。
ふかふかのベッドに身体を任せて、手を頭の後ろに回して脚を組んだ。胸元のボタンを外して黒曜石を引き出して、窓から入ってくる夜の光に照らし。石は光を通さずにまるで吸収するかのように深黒に存在を空間に放った。
ジルが立っている。首をよじらせることなくまっすぐ前を見ながら立っている。
あれはジルなのか?本当に?
俺もどうしても立ちたかった。だけどそれをしてしまうと全てがだめになってしまう。そんなことはわかっている。だけどこんなことが起こってしまっては。
ディーナーはもう一つの棺桶の蓋を蹴り開けて同じように拘束具を切り放った。老人、しかし強靱な体つきをしていた。狭すぎる棺桶ですっかり身体は内側に折り曲がっている。見ている間にまたも棺桶の蓋を蹴り開ける。
ディーナーはしばらく棺桶を開け続けた。その半分の「遺体」をつれて階段を上っていった。ジルもどきは他の二体と下に残ってつったっていた。隙間からの光が弱まる。ジルと二体の遺体の姿は暗闇にフェードアウトして、地下全体はそれに飲み込まれた。
静寂が耳にうるさすぎるほどなだれ込んだ。耳鳴りがしてから俺は目を忙しく泳がせた。視覚は感じないが視覚を受け取る眼球をなめるように目のくぼみがとらえた。
ずず ずずず
けいれんしたように床を引きずる音が静寂と重なって部屋にいき渡る。次第に一つは回り回って近づいてきた。すぐ側に通り過ぎる。後ろはがら空きなのでここでうまく丸め込まなければいけない。見えないのは彼らも同じだろうにいまにも脚が当たるような気がした。
身体を振り返り、魔道具を引っ張り光を発生させる。ぼんやりと浮かび上がる人影。
よかった、ジルじゃない。
安心に感情を取られぬまま、握りしめた短剣を抜きその勢いで首を切り取った。遺体だからといってひとりでに動いたりはしない。
バタンと倒れる遺体。距離をとり様子を見たが起きる気配はない。司令塔は脳に残されている。
メリーの方向に振り返ると魔道具を放り投げた。
光はちらつきながらメリーの方向へ回転して跳んでいく。メリーはそれと同時に立ち上がり振り上げた手で魔道具をキャッチした。その後ろからジルが首をかしげて暗闇から浮かびあがった。
メリーは俺の顔から悟って振り返りざま短剣を手に勢いを絡めて抜いた。首をかすめる時に光に照らされた閃光はピタリと静止した。
後ろ姿のメリーはジルと向き合う形で硬直する。その顔は見えない。
しかし棺桶の他に何もない空間から、その態度から彼女が感じている葛藤はいやでも伝わった。
皮と肉がこすれる鈍い音が空気を伝わる。
「っぐ───」
メリーの首に氷が走った純白の指がかち合わさってメリメリと食い込んだ。
またこれだ。
またこんなことになった。
「───かはっ」
メリーはうなり声を上げながら短剣の柄頭と握りの間でジルの首を押し当てた。しかし自己保存をしない「起きた遺体」の首に通るものは空気でも赤い血液でもない。ただの肉片。指ににじむような柔らかい肉。意識のないうごめく筋肉とそれを支える骨だけだった。
意識が飛びそうなメリーは衝撃で無理矢理に起こされた。ジルの身体は俺に突き飛ばされ身体を後ろによじらせるも、捕まえた首を支えにぶら下がる。メリーはそれに引っ張られて体幹を崩した。
(なんで───)
メリーの首にしがみつく指を俺は心にいらだちを感じながら一本一本剥ぎ取った。
その視界の端でもう一体の遺体が足を引きずらせながらよってくる。
(なんでみんなでうまく生きられないんだろう)
何度もその言葉を心の中で繰り返す内に目がにじんできた。
ジルの片手を引き剥がすと手を両手で握りしめ制した。骨が折れることを恐れない腕は筋肉を緊張させおかしな角度で押し返そうともがいた。メリーももう片方を首から剥ぎ取り両手で固定させた。俺たちに両手を封じられる形でジルは口を堅く結んだまま必死に脚を蹴ってきた。
「メリー、ジルを頼む───」
相づちをして彼女は片手を離し、その手でジルの左手を堅くつかんで壁まで押し倒した。俺はずっと視界の片隅で見ていたもう一体の遺体の顔をぶん殴ってから体重を乗せた蹴りでそいつの膝を砕いた。
けいれんするように瞬発的に四股をばたつかせるのをよけながら、その首に短剣を勢いで差し込み脊髄の間を切り裂いた。遺体は硬直し、力んだまま固まった。
忘れていた息を荒げる。身体がだるい、埃で重くなった空気、もう動きたくない。袖を口につけて深く深呼吸をする。
だけどまだだ、まだ時間を稼がないと。
振り返ると二人は未だにがんじがらめになっていた。そちらに向かおうと脚を一歩踏み出すと――
天から光が差した。扉のきしむ音、後に追って複数の重量に踏まれて悲鳴を上げる階段の踏み板。
「遺体を盗み出して何をするつもりだったのかなぁ?」
顔を上げるとディーナーが扉の階段の上から見下ろしていた。
黒装束が月の明かりに逆光を受けなめらかな輪郭が浮かびあがる。
先ほどの二体よりも身体軸をピンと伸ばしながら遺体達が確実な足取りで階段を一斉に降りてくる。
チルは手で顔周りを触った。堅い簡素な仮面はむさ苦しい。限られた視界を手で確認しつつ後ずさった。
「ねぇねぇ、何をしたかったのかな?」
ディーナーは上から手すりに寄りかかって身を出した。
「───じゃないよね」
彼女の上から浴びせられた声は遺体の一斉攻撃によりかき消された。
すでに死んでいる故の突撃、全てを捨てた突進は洞窟の芋虫さえも人間味があると感じられた。
俺は身を翻して一体をよける、棺桶に向かって脚がもつれるまで突進していった。
大きな物音と埃をそこら中に巻き上げた後方を無視して魔道具をもう一つ引き抜き前方に投げた。
二体の人影は光に照らされながら抜け出てきた。一体は突進してきたが、もう一体はじりじりと様子をうかがい回り込んで、突進をよけた俺の腕をがっつりつかんだ。
機械仕掛けのおもちゃが「つかむ」動きを秤を知らずに握りしめるようにその手はみちみちと恐縮した。
ぐっ
短剣を振るって手首ごとのけんをきった。握りしめた指がふわりとひらいた。その機会に逃れるために身体をひるがえして腕をくぐる――
しかしもう片方の腕が飛び出して、襟が捕まった。
俺の身体の勢いは阻止されて宙に浮いた。
(クソッ。すこしは痛がれよっ───!)
意識が置いていかれたようにぶんと転回して振り飛ばされて。棺桶のずしりと重い重量に身体がたたけつけられがくんと頭が揺られた。「おぇ」脳が揺られた振動で人語にもならないうめき声を漏らした。
黒目だけで前を見ると、どしどしと三体同時にこちらによってきた。やばい。
がたん、と物音が端から耳に入るとほぼ同時に、メリーが横から二体に体当たりした。それに押されてもう一体も棺桶にぐちゃりと音を立てた。身を翻して取り出した短剣で彼女は遺体の喉をかっぴらいて、もう半分で持ちこたえる首を往復の一振りで骨ごと切り落とした。そして脚を前に蹴って距離を取る。俺も立ち上がるが、膝が少しきしむ。痛みは無我夢中で忘れている。このままでいい。
ディーナーがすでに階段をゆっくりと全体を見渡すように下ってきており顎に手を置いていた。
ふと気配がして身を低くするとジルが棺桶を踏み台に跳んできた。
お前、急にこんな機敏に───
俺は手を前にして受け止めようとすると顔の真ん中に拳が飛んできた。綺麗に顎にストレートが決まってまたしても地面に崩れ落ちた。
目からは涙があふれ出てとめようにも身体から水があふれ出した。尻餅をつくも天地もわからぬまま脚をばたつかせにじんだ視界に移る人影から必死に距離を取った。
そのときメリーは驚愕していた。何でも目の前には首を切り落としたはずの三体。今となっては「首なし遺体」で襲いかかってきたからだ。軽やかな身なりで後ろに跳び、棺桶の山に脚を揺らしながらバランスをとり、かがむ。
なんなの、さっきは首がなかったら動かなくなったのに───
「そうよね、魔法を知らない女剣士さん」
埃まみれのばたついた空間でも周りが息を潜めたように強調されるほど、よく届く声が耳に入った。一瞬だけ、ジルの顔が脳裏に走った。
横を振り向くと暗闇になじんだディーナーの顔がのぞき込んでいる。利き手で握る剣を振り上げると同時に何かを感じて身が後ずさり、体制を崩した。滑るようにバランスを取ろうとする脚に身体をとられながら身体を後ろによじった。その瞬間ディーナーの杖が彼女の勢いを絡めるようにメリーの顔の上をかすめて風を頬に感じた。後ろに下がろうとする脚は背中にくっつくように勢いよく踏み外して滑った。
引きちぎれるように股が悲鳴を上げたため身体を横にねじって腕で受け身を取りながらメリーは棺桶から滑り落ちた。絡んだ脚をかばうように身体が蛙のごとし一度跳ねあげて、またその勢いで肩から地面に身体を打ち付けた。
人 士 等 進 盤 赤 果 ───
聞き慣れた魔術の詠唱がよく響く声と同時にディーナーがスタッフを掲げた。メリーは不思議な安心感を感じたのも一瞬で、身のよざむ危機感が感情にしみこんできた。身体を瞬時に起こしたが――間に合わないことを悟った。
「「解放」」
二人の声が重なって部屋に響いた。
メリーの肩越しに何かが、ヒュンと、通り過ぎて後ろの壁は粉砕音をとどろかせた。ボロボロと粉塵を分けて落ちる石の細かく刻む音。そのショックにメリーは目を開きながらも焦点は合わない。そんなぼやけた視界でもディーナーが体軸を崩していることは捕らえることができた。
───最初に意識に戻ってきたのは心臓の鼓動だった。聴覚が戻り耳を伝ってけたたましく気分を高揚させた。
彼女は身体をはいつくばり地面に戻し、勢いをためて、ためた脚で地面をえぐりながら後ろへ勢いよく蹴った。
反動で全身は前方に迷わず突き進む。
───閃光のごとし───風は彼女の道をあける───その空間を滑るように通る、刹那の狭間を通り、彼女はディーナーに向かって瞬発した。
目標に目がけた短剣の先端は魔道具に下から照らされて、影が黒く濃く表面を彩る――
しかし彼女のくるぶしを、純白の手が捕まえた。
メリーの駆けた勢いは急転回し地面に向かって流れて、振り回されるようにメリーの視界は真っ暗になる。何かがプツンとちぎれるような衝撃を感じながら首をよじらせ、弾丸のごとし勢いに身を任せながら足下を振り返る。
真っ白い青ざめた肌の遺体は、重い前髪の隙間から目が魔道具の光を反射した目がメリーの目とあった。地を蹴る、アドレナリンにまみれたメリーの脚、そのくるぶしには白い指共がかっちりと硬く握られていた。
勢いに引っ張られる力にきめ細かい肌の二の腕は耐えられなくなり、肘の関節を節目に宿主からちぎれ離れた。糸を引かせながら自由になった腕がくるぶしから股へ駆けて透明の体液をまき散らした。倒れながらメリーは自分が見た光景に息をのんだ。
「あなたはっ───」
腕で受け身をとり、どさり、と顔からこけた。
──────誰のためにと思って───
のんだ息と反作用にこくこくと腹から液体のごとく憤りがこみ上げてきた。
んっ
土砂のようにあふれた吐瀉は一度の通りざまに喉を縮ませかき混ぜた。
ごぱっ
仮面の下方から泡にまみれてどろりとたれる吐瀉物は上着の襟から肩の肌着まで浸透した。洞窟のようにしたたりぽっかりと開いた顎は、ふたたび吸い込まれるように堅く閉じ表裏がひっくり返るようにねじれた。
そして勢いよく強引に衝撃がぶち開けて腹の中から全てが口から、どしゃり、と溢れる満ちた。
不可思議な物音が耳に入りチルは、チラリとメリーの方を見る。
「え!───メリー」
彼女に気を引かれたところをディーナーが杖を突き出した。一撃は右肩にぶつかる。
顔への一撃を距離を取って防いだ。姿勢を落として後ろに居る起きた遺体の掴もうとする腕を振り切り膝の裏を切りさった。右肩の骨の髄から痛み広がる。
壁際に追い詰められる。ディーナーを中心とした遺体に取り囲まれる、ジルがメリーの上に馬乗りになって押さえつけているのが隙間から見える。
(遺体は元々ないものなんだ───ディーナーはまだしも遺体を盾にしながら取りさらう)
短剣を左に持ち変え、逆手に構える。
右に跳び遺体の振り回った腕を見切り逆手で膝の裏に勢いで刃を入れる。ずれて股に刺さったが体重で刃がずるりと落ちた。
次の獲物にチルは目を光らせた。
「───ぇう──────っジゥ───」
ジルは片手で、メリーの首を、絞めるというよりも手を押しつけていた。メリーは腕をふるってジルの顔を殴るも彼女はぐりんと頭が回ったまま身動きをせずに首を上から圧迫し続けた。狭まる視界を涙が隙間を埋めていく。刺激臭に伴い視界と空気を遮る仮面は孤独感を促進させた。
両手でジルの手を握り押した。それにつられてジルは全身で押しあらがって身体を近づけ、肘で首を押しつけた。
メリーは少し緩んだことを隙に逆に首で押し上げて言った。
「───っジル───あんた、───絶対に、──────許さないから───!」
メリーははち切れんばかりに首を押しつけてジルの身体を何回も殴りつけた。しかし向き直るジルの額に自分の額を打ち付けると、その冷たさにはっとした。
「ふふ、ふ───」
メリーは自分をあざ笑うかのように笑いがこみ上げた。
一瞬のきらめき。
一筋の剣筋。
そして支え手で最後の仕上げの一振り。
チルは三体目の両足を駆け抜けざま切り捨てる。その目の前の光景が目に入る。
剣を両手で握りしめ上げるメリーと、どろりとした土が混じる液体が飛び散った光景。
壁に液体をぶちまけて、そこに写る小さな影が落ちる背景。
ごと り
メリーが身体を起こすのにすれ違い、それは側に落ちて、数回転がってから棺桶にもたれて、止まった。
転がって乱れた髪に混ざって、ジルの頭は地面に転がっていた。
「な」
振り向く俺の視界の片隅でディーナーが振りかぶる。
「───なるほどね」
彼女は足をはじいて一気に距離をとった。
やばい!
鋭い突きからよけるために手を犠牲にする。手の甲に直撃して短剣も回転して光をまき散らしながら壁に刺さって振動音を立てた。
すかさずディーナーは俺を押し倒し、脚で手を踏み込んだ。ディーナーは俺の上で仁王立ちした。
「ねぇねぇ、あなたこの前来た子だよね」
仮面を掴むディーナーの手。俺は彼女の手を押さえる前に仮面を押さえた。
「どんな気持ちで死んでいるかなんて私に関係が───ないよねっ?」
彼女はもう片方の手で短剣を持ち替えて、振りかぶった。俺は目を閉じて身体が萎縮した。
身体を重ねて一生懸命大事な臓器を守った。
爪、指先、手のひら、交差する腕、身をよじらせ、肩、肌、骨、肉。心臓がバクった。
「あなたは死んだときに何を思っているのかな?」
振り下ろされる短剣、それは俺の目の前に細い線となって飛び込んできた。
そのとき、大きな鐘が鳴り響いた。くっと止まる一振り。
続いて、夜をつんざくごとし大声が安置所内に響いた。
「───館の主よ!」
声を聞き彼女は歯をかみしめて振り返った。
「王の名において貴殿との言葉を交わすべく参上いたした!我らが訪れをお知らせ申し上げる。速やかに対応せよ!」
仮面に触れる手は離れた。俺はまだ片手を仮面に起きながら、もう片方で地面をかきむしった。
──────騒ぎに便乗した市街近衛兵のおでましだ。




