第十話 【夜の死体安置所】
月は雲隠れしていた。空の方が明るい。
月が雲に隠れていく様を部屋の窓から見上げていた。すっぽりと雲の後ろに隠れて、今では空の方が明るい。
夜の町は静けさに包まれていた。基本的にこの町の人たちは日が暮れると仕事に疲れた精神を癒やすために遊びに出かけてから一度眠りにつき、深夜に一度目を冷まして自由時間を過ごしてまた朝まで寝ることが多い。俺は基本的に夜分に目が覚めると金を貯めて買ったこの世界の雑学を読んだり、ジルから借りて魔導書を読んだりして過ごしていた。しかし今日は日が沈んでからすぐに寝て、アラーム代わりのドンに夜が少しふけた頃に起こしてもらった。
眠い目をこすりながら俺たちは居間に集まった。メリーは眠く目つきの悪い細い目をこすりながら俺を見てきた。
「かつら、似合ってたよ―」
するとにやけてテーブルに腰を落ち着かせた。ドンがドワーフ特製の気付け薬を取り出して俺に渡した。
「一気にいけ、わしが自分でチューニングした超特製の代物だぞ。」
俺は瓶の蓋を開けて鼻を近づけて思いっきり吸う。吸う途中で強烈なセントが鼻から頭へ、そして身体全体で身をたじらかせた。俺のくしゃくしゃになった顔をメリーが指を指して声のない空笑ってきた。何も言わずに俺は瓶をメリーに渡した。もうろうとした意識は板でひっぱかれたようにしゃんとして物事がクリアに見えた。ガタンと横で物音がした。メリーは顔がくしゃくしゃになって身を硬直させながら天を仰いでいる。
「効くだろう、わし特製の気付け薬じゃ。熊でも身をよじらせるだろうな!」
彼が盛大に笑うと俺たちは口を指につけてしーっと「静かにしろ」と合図した。ドンは瓶を受け取ると匂いを嗅いで、ブフォ、と身をよじらせた。
クリアになった頭で身支度をした。できるだけ動きやすい服を身につけた。魔道具の広帯を肩にかけて深紫の上着を上から羽織ってベルトをきっちり締めた。そして短剣を腰に差した。
ステイルさんは今回の作戦に参加しないので爆睡していた。ちょっと気になったのでドアを少しだけ開けて覗くと、彼女がうつ伏せでよだれを垂らしているのが見えた。やっぱり人類寝ているときはみんな同じだなぁとほっこりして見ていると彼女の枕元がキラッと光った気がした。何かわからなかったが、そっとドアを閉めた。
「いってきます――」
ふとぼやいてしまった。
下に降りるとすでにメリーも支度を済ませてフードまでかぶっていた。ドンもいつものバトルアックスを手で持って、全身を深紫のクロークで身を包んでいた。そして前に酒場で勧誘した指効きのビリーも合流していた。
俺も出口に向かって歩いて、深呼吸をした。4、7、8、と心の中で唱えた。メリーはドアノブを握った。俺はフードを深くかぶった。扉は音もなく優しく開けられ、月明かりに雲が淡く照らされる町に出た。
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月明かりに染まった灰色の世界で、俺たちは深紫のクロークで身を包んで歩いていた。正直こんなことをしている自分たちをばかだと思った。ばれて身分がばれたら、町によって関門がある中で身分がばれるリスクは常についてくる。一生ついてくるものだろう。良いところもある、ばれなければ追跡も困難。教会や魔術ギルドという施設がととのって統率されていたとしてもそこまで個人単位で管理はされていない。しかし現場でばれたら釣り首も目の前だ。つまり、ばれなかったらやり放題でもあるのだが、少しでもばれた場合一巻の終わりということ。
循環兵の目を避けながら町を抜けて町の外れへ脚を進めた。このところは指効きが把握していた。俺たちが衣装などもろもろの準備をしている間に様々な偵察を済ましてくれていた。丘の上には森が茂っていて、そこに高い塀がそびえ立っていた。正門にはロックがかかっているので忍び込むなら塀を越えなければいけない。循環兵は町の外れを監視は時間によって回数が決まっていて、正確な時刻はないがそう頻繁に回っていることはないのでわりと安心して出歩くことができた。
ドンは肩にかけていた縄を下ろして、塀の上へ投げた。縄は塀を越えて地面に落ちた。
金属でできたフェンスは教会関係の建築物を象徴していて、侵入防止もあるが、どちらかというとこの建物に関しての結果の注意勧告として抽象的な意味をなしているようだ。この建物に何かすることは教会を敵に回すことになるぞ、とうこと。
ドンはもう一つ縄を投げて、地面につくと二つの縄をわっかに結び、自分の肩にかけた。
「さぁ」
彼は顔で合図をして、体制をどっしり整えだ。まず俺が両手でそれぞれ縄をつかんで、鉄格子の軸に足を立てかけた。縄を重心に身体をつり上げると、ドンは縄を引っ張り俺の体重を引っ張り上げた。それを繰り返して上まで上ると、身体をひるがえして反対側に足を回すと同じように軸に足を立てかけて降りた。
地面に足がつくと、縄が緩んで、俺は少し後ずさりをして体制を低くして両手で二つの縄をつかんだ。今度はメリーが反対側で縄をつかむと、俺と同じように鉄格子を上ってこちら側に来た。指効きも俺たちより倍ほど早くこなした。
今度はドンを引っ張り上げる番だ。俺たちは三人で一つずつ縄を両手でつかんで手に縄を絡ませてドンの体重を支えた。どすん、とドンもこちら側の地面に足をつけると、素早く縄を切って回収した。
さて、これからが本番だ。
体制を低くしながら、地面一面に降り積もった木の葉は軽い音を立てながら足に絡みついてきた。
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月明かりに照らされた死体安置所はまるでゴシックホラーに出てくる吸血鬼城のようだった。のっぺりとした壁は横に長く、暗闇の中で巨大な輪郭で物々しい雰囲気を出していた。入り口の装飾は月明かりに照らされてきらめいていた。のっぺりとした壁と対応してひときわ際立っていた。
普段使いで建物に入るためには正門しか入り口はないが、出口は所々にあった。下水道から廃棄処理へ忍び込んで建物に入ることも一案が上がったが、それにはどこに出るかがわからなかったため却下された。だとしたら、入り口から正々堂々入るしかない。
ここでドンとは別れた。彼は外に残っていざというときのバックアップ要員だ。さすがに壁外で待っていると衛兵に見つかるので壁内の茂みで待機してもらう。そもそも彼に隠蔽した行動ができるとは思えない。
俺、メリー、指効きで壁沿いに入り口まで足を速めた、しかし音をできるだけ立てないように。抜き足、差し足、忍び足。ひょこひょことした足取りでゆっくり進む先頭の俺を二人は横から颯爽とすり抜けた。
(ばか?時間ないのよ!?)
メリーは振り返って口だけ動かしてみせた。それもそうだ、夜だからといって深夜に一度起きる文化がある町では悪事にふれる余裕がない。俺はつま先歩きで少し足を速めて二人についていった。いまディーナーさんが窓から顔を出したら一環の終わりでもある。
入り口の大門の隣までついた。上を見るとディーナーさんの窓は木戸で完全に締め切っていた。光はもれていない。後ろを見ると指効きはきちんとついてきていた、音がなくて全く気がつかない。前をむき直して、俺は二人をすり抜けて正門に張り付く形で扉を見上げた。装飾はやはり魔術刻印の類いだ。予測はしていたがさすがに侵入者をやすやすと入れる気はないようだ。
(えーとっ。ここがこうなっているから――)
俺は闇になれた目で月明かりを参照しながら回路を目で追った。しかし予想していた罠ではなかった。
二人に振り返って手で合図をした。
(これ。罠じゃない。封じてる。だけ)
メリーは眉を狭めて手を横に開いた。俺は改めて合図をした。
(人間用。じゃない)
そして笑みを浮かべてサムズアップをした。彼女はもっと目を細めた。いつのまにか隣にいた指効きへも合図をして魔術面では扉に罠がないことを伝えた。
刻印は物理的な出入り、人間が門を開けてどうにかなるものではなかった。ただ”他の何か”を閉め出すための刻印だった。たぶん悪霊的なものが肉体をよりしろとするために入り込まないようにするための、ドリームキャッチャーのような一種のおまじないのようなもの。だけど日中に開けっぱなしだったことを考えると夜分の一応の安全策なだけだろう。
だとしたらいまやるべきことは大門を物理的にバレずに開けること。下見に行った時にはベルを結んだ簡素な防犯処置と魔道具をつないだ改造防犯用具が大門の側に取り付けてあるだけだった。それを発動させずに侵入することができれば後はかなり楽になる。俺は指効きに振り返ってうなずいた。頼むぞ。
魔術は常時発動することが少ない。魔道具であればスライド式で魔方陣を発動させて火をおこしても、もう一度位置を戻してからもう一度発動させなければいけない。シンプルな魔術であれば回文詠唱方式で何度も発動することが、あくまで繰り返し発動できるだけで常時発動することは難しい。そのためこの魔道具防犯装置も何かのきっかけで発動するだけだろう。そのきっかけを回避できたら発動はしない。
(どいて)
指効きは俺が倒れない程度に軽く肩をぶつけてきた。言われるがまま、メリーのところまで後ずさりをした。
指効きは腰当てから折りたたまれた手のひらサイズの板を取り出した。それを三つに開いて扉の下に入れこんだ。頭を地面ギリギリにくっつけて、頬を板にくっつけてのぞき込んだ。すると身体ごと横になると、腰からピアノ線の様な物を引っ張り出した。二回おってから扉の隙間から忍び込ませると、音を立てずに指だけで起用に線をこねくり回した。指の動きがゆっくりになったかと思うと、扉の下からワイヤーと板を取り出して、元の位置にしまって起き上がった。指をピッと扉にさして、サムズアップをした。
メリーは眉をますます寄せた。俺はサムズアップをして笑顔を送ると指効きがドアを取っ手を静かに手で包んで、繊細に引っ張り開けた。
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魔法トラップがないか確かめるために俺が顔を出して外から覗いた。
中は当然のごとく暗闇だった。ディーナーの部屋に続くと思われる階段は明かりは漏れていなかった。きちんと寝ているようだ、良かった。しかしこれからは精神を使って繊細に物音を立てないように進んでいかなければいけない。ここで音を立ててしまってディーナーが起きて見つかったら元も子もない。
俺がドアに手を置くと、ぎぃ、ときしむ音がした。メリーが俺の肩をドつこうと手を上げるが音をたてれないためその拳は空を振った。指効きが俺の肩に手を置くとまかせろと、扉に手を置いてもっと開いた。音が全くたてない、さすが本職というところもありプロ技術が垣間見れた気がする。
指効きは俺に加方性の洋灯を渡した。俺はそれを使って部屋を照らしてなめるように壁、床、家具、全てに魔術の軌跡がないか探った。良かった、それらしいものはない。魔術解除には魔術を使うため、できるだけ跡を残したくない今回にとっては幸運だった。それにしても教会がスポンサーの施設にしてはあまり警備とかに力を入れていないのだな。しかし酒場で聞いたように、盗人でさえ盗めない施設だ、必ず何か仕掛けがある。
気をお引き締めたまま、俺は指効きに合図をした。指効きは眼帯を取り、先に室内に音も立てずに入った。一通り調べてから合図が還ってくると、俺たちも中に入った。それを見送って指効きは音を立てずにドアを閉めて奥の入り口へ先導した。
中に入ると昼に来たときとは雰囲気が変わっていた。昼には自然の静けさ、心地よい静けさだったが、居間では息が詰まるようによどんだ空気に入り口でさえ息が詰まった。
メリーも感じているようで、必死に口を手で押さえてしかめっ面をしていた。
保管庫へつながる扉の前で俺はまたしても装飾のチェックをした。今度も入り口と同じで人間用ではなかった。指効きに合図をした。しかそこで手を止めて彼女を制した。
(――さすがに、ここにはあるのか)
ちょうつがい部分を見ると、危惧していた魔導式の施錠と防犯装置がかろうじて見えた。
(しかたない)
袋に手を入れると粉を指につけ、ちょうつがい部分に指で道を刻んだ。
魔術解除。理論上は魔導書から読み込んだ。魔術の「道」は自然の通る道、そのなめらかでありながら複雑な回路はほとんどが一方通行だ。そのため出口から入り口へと流れた場合、「回文」の魔術回路でない限り、発動することはない。そして回文であったらつけた本人も発動させなければ解除できないためこういう日常に使われるものには使われない。
だが、そんな面倒をして毎朝ドアを開けていたらそれは回文であったということ。正直、フィフティ・フィフティだ――
俺は魔方陣を書き切る前に手を止めた。本当にいいのか?もしこれが回文の魔術トラップなら一環の終わりだ。いや、今なら入り口もすぐ後ろで逃げられるはず。それから走って逃げれば衛兵に連絡が入る前にここから逃げ出して誰もバレないだろう。しかし、また入るときには防犯がもっときっちり張られるだろう。だけど、逃げられる。
(バレることはない、ここは、開けるしかない)
いや、一度作戦を立て直すか?いや、だめだ、もう入り口の防犯器具を指効きに施錠してもらった。なんらかバレる可能性を残すと、あえて泳がされてもう一度入った時に罠を張られる可能性がある。
(今しかない)
俺はトラップに反対方向に魔術を流して回路を詰まらせた。指効きに合図をして俺の合図と同時に彼女はドアを引いて開けた。
音も立てずにドアは開いた。静寂が流れた。
メリーは不思議そうにこちらを見てくる。高く早く鳴り続ける心臓の音だけが耳の奥で鳴り響いていた。息をのんで、回文トラップでなかったことがわかった。安堵をついて、へなへな、と体制を低くする。ふと顔を上げるとじっと見つめていた指効きは手で布で隠れていた顔をあらわにするとニヤニヤとした笑みを見せてきた。白い肌で頬に十字の古傷があった。こいつはメリーのギャンブルいかさまを手伝っていただけあって、いかさまなしのギャンブルも大の好きなことが伝わった。いかさまで稼いだ金でまたギャンブルに金を入れていたのだろう。経済ってすごいな。彼女は魔術は使えなくてもトラップの観念事態は知っているようで、俺のフィフティ・フィフティを見て楽しそうに胸を躍らせていたのだろう。
さて、一気に寒くなるぞ。
俺たちは臓器保管所に足を踏み込んだ。
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今日はやけに早く目が覚めた。何かが来る予感がした。私はいつもそうだ。何かすることがあったらきちんとその時間の前に目を覚ますことができたし、きちんと睡眠を取る習慣もきっちりこの数年間変わらぬまま成せた。
ベッドから足を下ろすと、部屋を見渡した。
真っ暗な空間。暗闇はいい。五感が研ぎ澄まされて、見ることのできないものを目でみえるように感じとることができる。パチパチと瞬きをして目の存在を確かめると、何も見えぬまま足で直立した。手を広げて静止すると、徐々に身体をなめらかに動かして身体の流れのままに舞った。ギシリ、ギシリ、と足に体重を乗せるごとに床板は私を支えるようにきしんだ。
最後に身体を浮かせた。蹴り上げた足でもう一度着地すると甲高い、きしり、と音を立て、反響もしない暗闇に自分の四つの壁で囲まれている安心感を感じ取った。ふぅ、と息をすると見えるはずのない白い吐息が漂う。窓を開ける前に少しこのまま暗闇にいよう、気が済むまで踊って、今夜の死体の様子を見ていこう。なにか胸騒ぎがする。
階段を降りるといきなり違和感があった。あったが見た目は特に変わっていなかった。正門を調べるも見た目はいつも通りだった。だけど鍵になる部分が切断されている。顎に手を添える。何かがどうしようもなくおかしい。次に大広間への扉を調べる。ちょうつがいを開けるとトラップ自体は正常だ。だけどここまで入ってきたなら魔術回路を逆流させて無効化して侵入していると踏むべきか。魔法使いがいるな。
階段を上ぼって部屋に戻ると窓から外を見た。月は昇っているが曇っていた。しかし明けの明星は確認できた。黒装束を羽織りベルトでとめて光筆と短剣を腰に差して足を速めた。
石でできた階段を再び降りて、魔術トラップを逆流させて扉を開いて中に入った。後ろでパタンと閉まる。もう一つの扉も同じように解除してゆっくり開けた。
ギィ、と扉がきしむ。
中は静寂だった。しかし完全な沈黙ではなく生がある静寂を感じる。姿勢を低くして膝をついた。
(盗人が、私の安置所に入るなんて)
息を潜めて吐き出す。凍り付いた息が唇から抜けていくのを感じる。狙いはなんだ?金目の物だとしたら上流魔法使いの遺体を裏ルートで密流するためか?
そういえば少し前に若い見習い女が友達の顔を拝みたいと来ていたな。彼女の外見を思い出した。不格好な帽子に淡い金髪の少女。
あの子か。あんなガキがそこまでのことをするなんて。シェーンと同じくらいの年じゃない───
短剣を握りしめていた拳をふと力を緩めた。だめよ、力んじゃ、この部屋は私の方がなれている。
(焦るなよ)
目を閉じて弟の顔を思い出す。えへへ、かわいいなぁ。私のこと大好きじゃん!こんなときに───ふと口元が緩んだ。
再び手を上げると手探りだがなれた感覚で取っ手を探した。それを両手でつかんで立つと前衛姿勢に整えて前方向に力を込めた。取っ手を握りしめた拳は皮がひしめいたがゆっくりと動き始めた。それと連動して重さで固まった歯車が回り始め、溜まった埃が反動で降り落ちた。押し終わったら今度は自分の方に引いて円周を描いた。歯車が回ると平行して勢いは増し、木々がこすれる音ががらんどうの大聖堂に地響きのように響き渡った。
暗闇の床には月光がこぼれ落ち青く土が輝いた。暗闇が飲み込んでいた天井は斜めに開閉して上から下に開閉していった。
その外の景色から明けの明星が月と地面の間に輝いていた。ディーナーは上目でその光景を見届けると光筆を腰から抜いて興奮で頬をかすかに赤らめた。その顔は寝不足で目の下に影ができていた。
行き場の亡き亡骸よ、生を裂いて現れ出でよ。彼の世に眠りを告げ、死をもって無窮の覚醒を与え給え。明けの明星よ、彼方より導きの軌跡を刻み、永遠なる時の輪を紡ぎ出さん
───キューレェイ
白い息が余韻で漂った。
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初めて異変に気づいたのは指効きのビリーだった。彼女はいち早く仮面をつけて、二人にもするように気づけた。二人はあっけにとられながらも仮面を手に取った。そのときチルは何かに気づいた。衣擦れ音ではないなにかが空間をかすかに振動させる。次第にそれは館内全体に響く音に変わっていった。まるで時計の中にいるかのように規則正しくも人工的な音が響く。
(バレてはいるがあたし達がここにいることは知らない)
指効きはチルに耳打ちをした。彼らは遺体が保存されている地下にいた。ジルの棺桶を運びだそうとしている最中だった。
(複作だ)
そう言うと指効きは開けっぱなしになっていた扉に向かって階段を静かに駆け上がった。上まで上ると首を引っ込めた。土を踏みしめる鈍い足音が聞こえたからだ。天井を開けた本人は真っ先にこちらに向かってきている。扉が開いているのですでに誰かが入ったのは確実だろう。
急いで下に降りると二人をドついて隠れるように合図した。皆はおのおの棺桶の陰に隠れる。整理されず乱雑に置かれている棺桶の間にはいくらでも隠れる箇所は存在した。扉の明かりに照らされて足音の本人の陰が壁に大きく照らされた。
(たぶんディーナーだな)
チルは棺桶の隙間から見える影がドンドン小さくなって居るのが見えた。降りてきた。一人なら三人でかかればいけるが、だったら部屋を襲撃していた方が早い。そんなことをしないでいい考えがあった。
しかしふと物音がした。
すでに階段を降りきっていたディーナーはその方向に目線をおいた。
口を覆い被すチル。その物音は確かにチルの所から音がした。
なんでだ、少しも動かなかったはず。なんで物音が。
またしても物音がした。ギギギという木がきしむ音がした。
チルは顔を上げた。上から音がしたのだ。
次第にきしむ音は部屋全体から聞こえてきた。メリーも目をかっぴらいてチルと同じ動揺をしていた。彼女の場合はすでに全方向から激しく棺桶がきしむ音に包まれていた。
「お嬢さん、でておいで。今なら許したげるから。もう二度とこんなことしないって言ってくれるならね」
ディーナーは短剣を腰から抜いて棺桶の蓋を蹴り飛ばした。かがみ込んでごそごそと何かを五回切った。また立ち上がると、今度はもう一人立ち上がった。
それは間違いなく、あのときと全く同じ姿の───ジルだった。




