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ヴィタ・フィクタ  作者: 仄々 とろろ
第1章 忘れさせられた記憶 編
1/13

プロローグ 【あなたにしかいえないこと】

「どろんこ遊びしよ!」


子供たちが一斉に歓声を上げた。


幼いチェルストーは泥を手ですくい、両手で丁寧に丸めて団子を作っていた。


歓声が響く遊び場から少し離れた、森のすぐ隣のぬかるみ。そこが彼の遊び場だった。


道端の泥には馬糞や藁が混じっており、あまり気持ちの良いものではなかったが、幼い彼にとっては何の問題もなかった。


周囲の住民も彼を止めることはなかった。ただ、自分の子供を近寄らせないようにするだけだった。


そんな中、一人の少女が千鳥足で近づいてきた。


「チル、なにしてるの?」


彼のそばまで来ると、手を後ろに回しながら覗き込んだ。


「ね!ね!」


腰に手を当て、かまってほしそうに身体をくねらせる。


「どろんこ」


チルはぼそっとつぶやく。


「どろっこ?」


「そう。泥団子、いっぱい作る」


「そーなんだ」


少女は泥よりもチルに興味があるようで、じっと真剣に彼の顔を覗き込んだ。


「ね」


そう言うと、彼の肩をぽんぽんと叩く。


「おしえてあげることある!」


そう言って、チルの腕をつかみ、ぐいぐいと森の木陰へ引っ張っていく。


「なんだよ、そんなに引っ張るなって」


「ね、わたし、だれにも言ったことないこと、チルにはおしえてあげる」


少女はチェルストーの腕を離す気配はなく、風になびくフリルの裾がチルの膝に触れるほど、ぐっと近づいていた。


「なんだよ、それ」


「ね、わたしね、実はね」


彼女の瞳が、ほんのわずかに輝いたように見えた。それ以上に、逆光を浴びた彼女の姿は神々しくさえ見えた。


「ううん、まちがえた。わたしね」


「うん」


「見えるの」


まるで秘密を打ち明けるように、気まずそうに、恥ずかしそうに、彼女は小さな手をきゅっと握った。


「?」


チルは子供の頭では理解できず、ただ首をかしげるしかなかった。


「この世界ね、もうすぐ、すっっっっっっっごく壊れちゃうの」


「え―?」


言っていることはとんでもない内容だった。だけど、彼女を見ていると、それがどうでもよく思えた。


この瞬間の彼女の輝きは、記憶の中でも際立っていた。


「───ふ、はぁー!」


解放されたように、彼女はぱっとチェルストーの腕を放し、恥を振り払うかのようにスカートを翻しながらスキップして木陰を飛び回る。


チルは、その美しさに見とれ、呆然と立ち尽くしていた。


まるで足裏から根が生えたかのように、その場にじっとしていた。


「チル、初めて言ったんだよ。おかぁさんとおとぉさんじゃないひとには」


「え――うん」


胸の奥がじんわりと温かくなる。


特別な存在になれたような気がした。


「なんで僕に言ったの?」


大きな期待を込めながら、彼女に尋ねる。


「だってチルはぁ――」


少女はもじもじとして、少し恥ずかしそうに言った。


「つよいから」


風が二人の額をかすめた。


チルの長い前髪がふわりと揺れ、くすぐったさとともに、胸の奥に魔法のような気持ちが広がった。

彼の幼い可憐な瞳には歳相当の輝きがまだあった。

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