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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

その手の記憶

作者: 海堂直也


 社会人4年目。月日とは、こんなにも早く流れて行くものなのか……


 大学進学を口実に上京して、それなりに充実した日々を過ごしたが、今は地元に帰って来ている。


 東京で就職しても良かったのだが、炊事洗濯を皮切りに、ことごとく独り暮らしに向いていない実情と、それなりに充実させてしまった日々を精算する意味も含めて、親元に甘える事にした。


 驚く事に同じ様な境遇の仲間は多い。居酒屋へ足を運べば懐しい顔が最低2つは見て取れる。


 「よう!久しぶりだな。」


 他愛もない話は咲きに咲き、懐しい話題も色彩鮮やかに蘇る。


 「そう言えば、ケンちゃんって高校は何処に行ったんだっけ?」


 いくら地元愛が強くても、中学卒業後の其々の進路を網羅してる人間は居ない。人生の駒を進める度に過去の思い出は薄れてゆく物。だからこそ持ち寄った思い出の欠片を合わせて、あの頃を作る共同作業は愛おしいのだ。


 ケンちゃんは僕等のガキ大将。何をするにもケンちゃんが中心だった。この思い出話の中心にも相応しいと、盛り上がりを期待した私の前で、旧友は、石の様に固まった。


 顔から血の気が引き、表情は消え、眼だけがギロリと此方を向ける。


 「お前、正気かよ。」


 そう言われた私は理解できなかった。いったいどんな地雷を踏んだのか“ケンちゃん”は禁句だったか……


 まごまごしていると、もう一人の旧友がつまらなそうに口を開く。


 「覚えてないのも無理ないさ。俺も出来ることなら綺麗さっぱり忘れたいよ。」


 場が凍る。それ以降、言葉を発する雰囲気は無く、定食屋で相席になったサラリーマンと化し、目の前の酒と肴をたいらげた。


 会計を済ませ店を出ると「折角だから少し歩こうぜ」と、一人が切り出す。特に断る理由も無し、先程消化不良だった昔の雰囲気を味わいたく、私は寄り道を楽しむ事にした。勿論、禁句は口に出さず。


 普段は歩かないが学生の頃は通った懐しい景色に記憶が蘇る。


 「青木の家はよく行ったなぁ〜。」

 「安田さん、この辺だったよね。」

 「お前が好きだったのって横尾さんじゃなかったっけ。」

 「小学生の頃はね。」

 「中学は別だったっけ?」

 「今、何してっかなぁ〜」


 禁句に気をつけたお陰で楽しい雰囲気。かれこれ20分近く歩いただろうか、足は町の灯りを離れ観音寺へ。


 「流石になんにも無いな。」


 やぐらの一つも立っているかと思ったが時期尚早、盆踊りには、まだ十日早い。とすると、何故ここへ?特にこれといった思い出話も無い。特に霊感がある訳じゃないが、こういった場所はすこぶる苦手だ。


 明日もある事だし、そろそろ帰りを促そうと二人に声をかけようとした、その時。


 「なぁ、ケンちゃんのこと、どこまで覚えてる?」

 

 「え?」

 

 意表を突かれた。まさか向こうから禁句に触れてくるとは思わない。完全に油断していた私の頭は真っ白になり、生温なまぬるい一陣の風と共に記憶を遡る。


 中学生の頃、悪戯がエスカレートして手に負えなくなってきたケンちゃんを、私達は遠ざける様になっていった。各々違うグループの友達を作り、悪ガキ5人組は解散、自然消滅した……


 5人組?俺と、この二人と、ケンちゃんと……もう一人……いた、もう一人、顔が思い出せないけど、小柄で人懐っこい……


「ショウくん!ゆみちゃんとここで……ここで…あ、ぁあ!あああ!!」


「思いだしたか?」

「お前あんときパニクッて記憶飛んでたからな」 

 

 ゆみちゃんに告白したショウくんは、OKを貰って喜んだのも束の間「俺が狙ってた女、横取りしてんじゃねえぞコラ!!」無茶苦茶な台詞と共に突如現れたケンちゃんにボコられた。顔の形が変わって、誰だか分からないくらい。


 その間、やめてくれと必死に抗う声が耳に入り、意識は震える足に持っていかれ、目には圧倒的な暴力を映し続けていた。悪戯小僧から不良学生になったケンちゃんは学校中から避けられていた。


「人のことシカトしやがって!ムカつくんだよ!お前等全員ぶっ殺してやる!」


 ただの腹いせだ。そんな暴君の我儘わがままで、ショウくんは幸せから地獄へ突き落とされ、か細く繰り返されていた「ごめん」は消えた。


 その時、私の中で何かが消えた。


 両手で掴んだ大きないし・・でケンちゃんの頭蓋を潰した。あっけない幕切れに残ったのは後悔。何を恐れていたのだろう、最初からこうしていればよかった、嫌なものを排除すれば好きなものしか残らないのだから。


 証拠品と遺体は海へ

  

 私は今の今まで忘れていた


 そうか、私の手は血で汚れていたのか…… 


 一心不乱に勉強をして、無理だと言われた大学に合格、サークル、バイト、寝る間を惜しむ様に忙しくしていたのは、ケンちゃんとショウくんを忘れる為。思い出したくない事を忘れる為。



 「結局、二人は未だに行方不明のままだ」

 「ゆみちゃんもお前と一緒で記憶飛んでるし、今は俺の彼女だし」


 「ん?ああ。」


 「なんも心配すんな、俺達がいる。」

 「嫌なこと思い出したかもしらんけど、大丈夫だから。」

 


 ……なんだ、2回目だったのか


 何食わぬ顔で地元に戻ってきたのは


 痴情のもつれから東京で人を二人


 帰らぬ人にしてしまったから……



 こうなると、何人でも変わらないな


 仕方ない、ストレスの無い生活の為だ

 

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― 新着の感想 ―
[一言] 東京での「それ」は誰を守るためだったんでしょうね 地元でも、東京でも、自分の心を守るためだったのなら 彼の「ひび」は既に壊れているのかもしれないですね
[良い点] 繰り返しは恐いです~ 奇妙な符合も。 そうやって殺人鬼はできあがっていくのでしょうか。 最後の一行が、現代の世相にピッタリ合っているようで、よほどこわいです。 書いてくださりありがとうご…
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