File8「魔弾の射手……?」
その日ジャスターは、普通なら機兵が登れない峻険な山地の上に、あろうことか機装兵で陣取って、敵である帝国軍の様子を眺めていた。
無論、彼の愛機は特別製である。そうでもなければ全高八メートルの戦場の覇者、陸戦の王者たる人型兵器機装兵であっても……。いや兵器、機械であるからこそ、この様な場所には登って来られない。
彼の機体の腰に装備された魔動ウィンチには、呪文を唱えつつ投げると目標物にしっかり自動的に食い込む、という魔力を持ったワイヤーフックが付けられている。その上、登山用手鉤を前腕部外装に装備、つま先やかかとにも滑り止めのスパイクが取り付けてある。
おまけに白兵武器は、登山用のピッケルのみに見える。いや、腰にかろうじてコンバットナイフを差しているぐらいか。……機装兵の操手は、普通は剣に誇りを持っている事が多い。だがこの機体は、大型の剣の類は一切装備していなかった。
「……ま、俺はそんな高尚な人物じゃないからな」
ひとり言を呟いたジャスターは、機装兵頭部の『眼』……魔晶球の前に下ろしたバイザーに仕込まれた望遠装置を使い、ただひたすらその時を待つ。
そして『ターゲット』が視界の中に現れる。見るからに芸術品と言える、最高級品の、上位機装兵だ。あきらかに将が乗る物だ。
ジャスターはため息を吐く。本当は彼とてあの様な芸術品を駆り、戦場の支配者として戦う事を夢見ていたのだ。そう、『いた』のだ。過去形だ。彼は呟く。
「今の俺は、いいとこただの『暗殺者』だしなあ……」
だからと言って、彼は自分の仕事に誇りを持っていないわけでは無かった。彼の働きで、自由都市同盟は何度も危機的状況を乗り越えて来たのだ。彼がいなければ、バフォメット事変から立ち直り切っていなかった同盟は、たとえあの名軍師と名高いエルトシャンが居ても、結局はじり貧で敗退していた可能性が高い。
戦術の問題ではない、その前の段階、戦略レベルで圧倒されているのだ。何もかも、バフォメットが悪い。あの魔王級魔獣が、全て悪い。ジャスターは苛立ちを無理矢理に沈める。イライラしていては、『仕事』に差し支える。
彼は一瞬で明鏡止水の境地に至る。ジャスターの心は、既に何の曇りも無い。彼は自機に、馬鹿みたいに長大な『物干し竿』を構えさせた。
この『物干し竿』……。同盟軍の、縁の下の力持ちである技術士官……。バフォメット戦にて予備役招集され、その後は再び冒険者組合に戻るも、都市同盟軍が今度こそ手放さなかったために組合への出向と言う形で落ち着いたと言う超級技術者、ダライアス・アームストロング技術中佐。その彼がこの世に蘇らせた、『電磁加速砲』である。正確には『魔力型』の三文字が頭に付くが。
エルトシャンは彼に言ったものだ。
『お前さんは、『香車』だ。ただまっすぐに、敵の『要』になる部分を撃ち貫き、大穴を穿つ。敵は『ポーン』『ナイト』『ルーク』『ビショップ』果ては『クィーン』まで揃ってる化け物陣営だ。何度『キング』を討ち取っても、その都度新たな『キング』まで補充されちまう。
だが、お前さんが『キング』を何度か討ち取ってくれれば、時は金なり、貴重な『時間』が稼げる。ダライアスが用意してくれた、数だけは沢山いる『歩』が、『と金』に『成って』くれるであろう『時間』がな』
彼が駆る機装兵『イエロー・ジャケット』は、その名と違い、緑を基調とする迷彩塗装の外装をしていた。その外装の隙間から三チャンネルの魔力伝導ケーブルが、『物干し竿』に繋がれている。機体の心臓部たる魔導炉がうなりを上げた。阿呆の様に、としか言えない強大な莫大な魔力が、『物干し竿』へと流れ込んでいく。
この魔導炉も、それを搭載する機装兵『イエロー・ジャケット』も、『物干し竿』……『魔力型電磁加速砲』と同様、ダライアス自らの手になる、そして彼が技術の粋を尽くして建造した、恐るべき超高性能な代物である。
整備性は高く、ほぼメンテナンスフリー。ジャスターが山の中に陣取って以来、彼の手で僅かばかりの整備しか受けていない物の、平気な顔で完全に動いている。よって稼働率も高い。
欠点はと言えば値段が馬鹿高い事。『物干し竿』とほぼ同額、大国の最上位機兵に匹敵する値段だ。更に言えば、超遠射程の狙撃に対応させるために器用さを追求した結果、機体構造が脆弱になってしまった事か。もし万が一にでも敵から発見され肉薄されたなら、あっさりと敗北してしまうこと必定だった。
「……加速リング運転開始。電磁加速砲、弾種選択、徹甲弾。弾体打突部、魔力による強化開始。モース硬度……八、九、十、十一、十二、十三……ここまで。弾体電荷付与開始。第一ロック解除。ターゲットスコープ、オープン。対ショック、対閃光防御」
スコープの中には、敵陣に現れた美麗な機装兵が映っている。そしてそれに重なるように表示された照準もまた。あとは引き金を引くだけだ。命中する事は既に決まっている。
……今までも、そうだった。敵軍は大将首を彼の魔弾に討ち取られ、混乱の最中エルトシャンの指示に基づいて手足の如く動く特務部隊に引っ掻き回されて、何もできず撤退していったのだ。
彼が狩った大将首は三個……。これが正々堂々の一騎打ちであるならば、とんでもない名誉であったろう。しかしこれは狙撃……。暗殺に等しいと認識されている行為だ。彼は莫大な褒賞金を手に入れたが、名誉はこれっぽっちも掴む事はできなかった。
だが、それでも良いのだ。同盟が護られるならば。
彼の狙撃は百発百中。対抗する術は、先に彼の機体を見つけるしかない。しかしそれは困難、いや至難だった。いや、もう一つ対抗措置は無い事は無いが……。
「……三、二、一、ゼロ」
ジャスターは引き金を引く。強烈な電荷を纏った徹甲弾が、多数の加速リングを配された銃身レール内を疾走。雷魔法により齎された電荷で、秒速にして十二.五km、マッハ三十六.七に加速された砲弾は、何物にも躱しようがない。あっさりと、目標の機装兵に命中。
そして徹甲弾は、目標が周囲に纏った魔力の障壁に衝突し、四散した。目標の機装兵には、傷一つない。
「……やれやれ。三人も将軍を狙撃で討たれちゃ、流石に出してくるか。幻装兵……」
そう、敵が今回『キング』として出して来たのは『キング』ではなく『クィーン』であった。チェスで言う最強の駒。ただでさえ現在の機兵では太刀打ちできない超高性能を誇る上に、射撃兵装を完全に無効化する魔導障壁を機体周囲に展開する、古の時代の大いなる遺産たる機体。その機種名を、幻装兵と呼ぶ。
そしてジャスターは、通信機に向かって叫ぶ。
「敵は『クィーン』を出して来た! 『クィーン』だ、『キング』じゃない! オーバー!」
更に彼は、『イエロー・ジャケット』の腰に据え付けられたホルスターから、機体に拳銃を抜かせると、上空に向けて撃ち放った。天空に、光の花が咲く。信号弾だ。
既にここの位置はばれている。味方に適切な情報を伝える方が優先だ。信号弾の意味は、さきほどの通信と同じく『敵は幻装兵を配備』である。通信機は能力が低く、信頼がおけない。
かつて彼ら新人類は、仇敵たる旧人類が用いた科学技術を放棄し、魔導工学でその代替を図ったのだが、魔導工学によるシステムは未だに科学技術製のソレに追いついていないのだ。ぶっちゃけた話、通信機よりも信号弾の方が、まだ信頼できる。
彼は山の岩肌に機体腰の魔動ウィンチから引き出したワイヤーフックを噛ませると、機体を崖にダイブさせる。狙撃成功時には、なんどもやった呼吸だ。そして狙撃失敗時にも、同じくコレをやるしかない。勿論『物干し竿』は半分に折りたたんで、背中のラッチ行きだ。
あっさりと着地に成功した彼は、機体にワイヤーを切り離させる。ちょっともったいないが、仕方ない。そして彼の『イエロー・ジャケット』は、音も無く走り出す。本当にほとんど音がしない。まさに超高級機である。
だが彼は、逃げ切れるとは思っていなかった。敵には『クィーン』がいるのだ。
*
そして彼は、出会ってしまった。ダライアス・アームストロング技術中佐の施した隠密機構……。それも、この敵が装備するセンサーの感知力には、意味を為さなかったらしい。『イエロー・ジャケット』の前に立ちはだかったのは、敵『クィーン』である幻装兵であった。
だがこの幻装兵は、帝国の象徴である『始祖の幻装兵』では勿論なく、ファリオン公爵家の『未明の幻装兵』でも無い。
「秘匿機体、か。帝国はいったい幾つの幻装兵持ってやがるんだ」
これはある意味で勝利、そしてある意味で敗北だった。いや、勝利する側は居なかった、と言い換えてもいいかも知れない。
自由都市同盟は、今まで時間稼ぎの『勝利の鍵』となってきた『香車』……ジャスターと『イエロー・ジャケット』、そして量産が難しく、今現在同盟に4丁しか無い『魔力型電磁加速砲』のうち一丁を失う。
残り三丁は同盟が擁する幻装兵、『轟砲の幻装兵 ヴェイルー・ヌ・ザアンティス』の専用兵装であり、幻装兵の魔導炉出力をもってしか撃てない代物なので、使うに使えない。事実上、一丁限りの切り札を潰される事になるのだ。
対してアルカディア帝国側は、一見勝利に見える。今まで小賢しくも将軍の首を三つも討ち取った暗殺者……狙撃手を撃滅し、ようやく最初の戦略通りに大戦力をもって、自由都市同盟を攻められるのだから。同盟の『歩』が『と金』になるには時間が足りなかった……。
しかし実情は、既に将軍級三名を喪い、そして秘匿機体である幻装兵を表に引っ張り出す羽目になってしまった。これは同盟とは別に角突き合わせているカーライル王朝・聖王国に対し、大きなポイントを与えてしまった事になる。
「それに、まだ俺も死ぬと決まったわけでは無いしな。まあ、いざとなれば楽に死ねるのが慰めか。
しかしこっちが忌むべき暗殺者だからって、名乗りもしないのはどうよ。ま、いいけどさ」
ジャスターはデフォルメされたドクロマークのカバーが付いた、大仰なスイッチを見遣る。これは自爆装置だ。この高価な『イエロー・ジャケット』と、それと同等に高価な『魔力型電磁加速砲』を、これまた秘匿技術が注ぎ込まれている専用砲弾とともに、一瞬で灰にしてしまう破壊力を持っている。
彼はにやりと笑って、呟いた。
「同盟の、否、家族のためだ。ためらいは無い」
エルトシャンの言葉が、耳にこだまする。
『敵に拿捕されそうになったら、即座に自爆しろ。帝国に、『魔力型電磁加速砲』の技術を渡すわけにはいかない。いや、『イエロー・ジャケット』とて同盟の最高レベル技術の粋だ。渡すわけにはいかない。
……死ぬのは一瞬だ。一瞬で灰になる。苦しむ事は無い』
その空耳に、ジャスターは笑って応える。
「わかってらあ、軍師サマよ。充分とは言えないが、俺に出来るかぎり時間は稼いだ。あとは頼んだぜ。ま、だけど少しぐらいは足掻いてみるかね」
そして『イエロー・ジャケット』は、一つだけ装備されているコンバットナイフを後ろ腰から引き抜く。リイイイィィィン……と、耳障りな耳鳴りにも感じる金属音が響いた。このコンバットナイフは、『魔力式高周波ブレード』……つまりは魔力で駆動する様にされた、『高速振動剣』なのだ。万が一にでも、うまく急所にあたれば……。
ぽとり。
機体の右手首から先が、前触れなく落下した。『高速振動剣』は、魔力の供給を断たれて停止、地面に突き立った。そしていつの間にか『イエロー・ジャケット』斜め後ろに、剣を抜き放ち、振り切った姿勢になっている幻装兵がいる。ジャスターは理解した。こいつがやったのだ。
思わず機体の左手で、『高速振動剣』を拾おうとする。しかし次の瞬間、今度は機体の左肘から先が落ちる。また見えない速度で斬られた。
「勝てない、か。いや勝負にもならんな。そんじゃ、ま」
ジャスターの親指が、ドクロマークのボタンのカバーを跳ね上げる。彼はそれを押し込もうとした。機体の右拳と『高速振動剣』、それに左腕の肘から先を残してしまうのを、心の中でエルトシャンに詫びながら、彼の親指は自爆スイッチの上に乗った。
なにかしら感じたのか、敵の幻装兵は一瞬で間合いを詰めて来る。ジャスターは慌てず、親指でボタンを押し込もうとした。
*
ガギィイイイィィン!!
*
耳障りな金属音と共に、敵の幻装兵がよろよろと後退する。その場にはいつの間にか、赤い機装兵がいた。その機装兵は、大きな頭飾を持ち、両肩から大盾を生やしている。背中には巨大なバーニア・ポッドを背負っているが、大きすぎて動きの邪魔になっていそうだ。その手には、使い込まれていつの間にか魔力の宿ったらしい、片手半剣が握られている。
見ると、赤い機体の両脇には緑と青の機装兵が一機ずつ合計二機、出現している。この二機は、赤ほど常識外れの機体ではなさそうだ。と、赤い機体から声が上がる。声からすると、若い女の様だ。
『さっさと逃げてくれ! 長い時間は無理だ!』
『大尉、こっちから相手に弱点を教える必要無い』
『あああ!? しまった!!』
思わずジャスターは、唖然とする。あの機体、二人乗り? ジャスターは通じるかわからないが、通じたら儲けもんだと直通回線を赤い機体と開く。ちゃんと通じた。
「こちら、ジャスター・マクグレイ都市同盟軍大尉。そちらは?」
『こちらはアレクシア・アーレルスマイヤー都市同盟軍大尉およびルージー・アームストロング士官候補生! 何故逃げない!?』
「足元に転がってる右手首と『高速振動剣』……それに敵の足元の、この機体の左肘から先。あれをなんとか始末する方法を考えてたんだがな」
『わかった! こっちでどうにかする!』
言うや、アレクシア大尉機は、両肩の大盾先端を、それぞれ転がっているパーツに向けた。次の瞬間、盾の先端――ジャスターが再度よく見たら、砲門だった――が火を吹き、パーツは一気に燃え上がって融解した。焼夷徹甲弾だったようだ。
『これで、うぉわっ!? ふう、躱せた。ルージー、『加速装置』の残り稼働時間は?』
『通信が繋がっているのに、そうポンポン機密情報を垂れ流さないで。残り八.二秒』
唐突に、敵幻装兵が赤い機体の前に瞬間移動し斬りかかって、直後後方に瞬間移動した。赤い機装兵は、からくも躱す。緑と青の機体が支援しているが、なんとかそれでギリギリ互角の様だった。ジャスターは思う。
(しかし赤い機体に乗っている大尉、うかつだな……。まあ、これで敵の能力の秘密と、あの赤、緑、青の機装兵が、まがりなりにも互角で戦えている理由がわかった。『加速装置』かあ……。そんなのと正面切って向き合うなんて、無茶だったな。パーツの始末もしてもらえたし、とっとと逃げよう。
……ぶっちゃけ、邪魔になってるしな。俺がいちゃ、彼女らも逃げられん)
そしてジャスターは、機体を翻して全力で走らせた。その後の事は、彼は知らない。だが彼が無事に駐屯地へと帰還できたのは、間違いなくあの赤、緑、青の三機編制の機装兵部隊のおかげであった。
*
「……と言うわけで、逃げてこられたんですがね」
「まあ、良かったな。自爆命令を出しててなんだが、お前があそこまで優秀だとはな。いいかげん勿体なくて、友人に貸してあった分を返してもらう事で、友人が管理してる秘匿部隊を送り出してもらった。感謝しろよ?」
ジャスターの報告に、軍師エルトシャンはニヤニヤと笑った。が、急に真面目な顔になる。
「だがその秘匿部隊をもってしても、あの敵……仮称『X』は倒せなかった。いや、逆に危ないところすら有ったと聞く」
「直接礼を言う事はできないんでしょうな。俺が礼を言っていたと、伝えていただきたい」
「わかった」
そしてエルトシャンはソファに沈んで、陰鬱な口調で言った。
「さて、あの化け物が出て来た以上、何か方策を考えんとな」
「ええ。……何枚か、『歩』は『と金』に化けましたか?」
「んー?一応少しは、なんとかな。だが、まだ予定してた作戦には足りん。まだもう少し時が欲しい。文字通り『時は金なり』だな。
……だが、いつの間にか『香車』が『成香』になってたのは、嬉しい誤算だったがな。『飛車』三枚出した甲斐があったってもんだ」
ジャスターは、思わずその表現に苦笑を漏らした。





