File21「旧きを以て新たなる力に」
従機と言う名を冠した簡易型の機兵が二台、必死になって崖っぷちにある大岩を転がして除けようとしていた。どちらの従機も、初号機ロールアウトが百年から二百年も前の、旧式機である。そのうちでも更に旧式タイプの『ミメラ・スプレンデンス』と言う機体に乗った方の操手がボヤいた。
「くっそ、パワーが足りねえ……」
『ミメラ』は操手が乗り込む操縦槽が外部に対して開放されており、操手がむき出しだ。それ故、彼の声は明瞭に響く。
もう一方の、若干だが新型であるが、それでも旧式としか言いようが無い機体『センクリクテ・クラーベ』の操手もまた、それに言い返す。ちなみに『クラーベ』は操縦槽が密閉式で、操手の声は拡声器を通して外部に伝達されるため、くぐもって聞こえた。
『黙って働けよ。旧式従機でも、二台あれば何とか動かせそうなんだからよ』
「けどよお……」
そこへ、機体の無い徒歩の人員が応援の声を上げる。
「たのむぜ、おい! この岩を除ければ、その向こうの崖の壁面に、入り口があるはずなんだ!」
「そこにゃ、大昔の倉庫があるらしいんだ!」
「そこに眠ってるかも知れないお宝が手に入れば……」
「『んな事ぁ、最初から知ってるわい!! 何度も聞いたわ!!』」
従機の操手たちは、徒歩の面々に言い返す。そしてその瞬間、大岩がぐらりと揺れて横方向に転がった。徒歩の面々から歓声が上がる。
「「「やったぁ!!」」」
「『つ、疲れた……』」
一方の、従機を動かしていた連中は疲れ切ってヘトヘトだ。相応に魔力を消耗し、彼らはよろよろと機体を降りて来る。
彼らの努力によって大岩が除けられた崖の壁面には、たしかに大きな扉が存在していた。徒歩の者たちは、大急ぎでその扉に群がる。だが操手連中は浮かない顔をしていた。
「なあ、おい……」
「ああ……。あの扉の材質、もしかして……」
「やった! 開いたぞ!!」
「待て待て! 扉には無かったが、罠とかに注意を……」
大喜びで崖の内部にある遺跡……大昔の倉庫とやらに入って行く仲間を見遣りつつ、操手二人は嫌な予感を覚える。だがそれでも一縷の望みを胸に、彼らは仲間の後を追って倉庫の中へと足を運んだ。
そして彼らは、呆然としている仲間の姿を見て、引き攣った笑みを浮かべる。その更に向こう側には、十数台もの機兵の姿があった。そう、十数『台』である。そこは昔の、従機の倉庫であったのだ。いや、昔とは言ってもそこまで大昔ではない、二百年ちょっと前あたりの、単に古いだけの倉庫だ。
……ぶっちゃけ、あまり価値は高く無かった。
*
「……と言うわけでな、ダライアス師。その発見された十六台の従機『サルファガス』なんだが。なんとか使い道は無い物かね?」
「開発局長……。わたしは今、非常に忙しいのだがね」
「すまん! それは重々分かっているんだ! しかしそこを曲げて願いたい! 新人冒険者どもが冒険の戦利品として持ち込んで来たんだが……。
営業の連中は一応、従機を買い取る際の規準価格で買い上げてやったんだ。彼らの今後に期待する、という事でな」
兵器開発局局長の、熊耳がピコピコと動く。動物耳がオッサンにくっついていても、あまり嬉しくはない。局長は持ってきた書類を残念そうに眺めつつ、繰り言を漏らす。
「しかし、モノが『サルファガス』では……。改良型の『ノイ・サルファガス』であったなら、まだ作業用機としてでも使えたのだが……。『ノイ・サルファガス』に改修する事も考慮してもおるのだがね」
ダライアスは、大きく溜息を吐く。そして彼は、冒険者組合兵器開発局局長に対し、頷いて見せた。まあ、研究室にまで押しかけてこられて、いきなり迷惑な話を振られたと言っても、相手は兵器開発局の局長だ。そうそう邪険にするわけにも行かない。
「わかった、局長。なんとか考えて置くよ。だが今現在の、急ぎの仕事が終わってからだ。都市同盟軍中央軍の参謀本部事務局長、ナイジェル・サイアース中将閣下から、依頼が入っているのは知っているんだろう?」
「う、うむ」
「中将閣下によれば、地盤・岩盤掘削用の大型従機『モール』をもっと増産して欲しいとの事だ。あれの設計基はもう局長経由でホーリーアイ武器工房の会社側に渡しているんだがね」
ダライアスの言葉には、異様な迫力が満ちている。その丸眼鏡の奥の瞳が、局長を射抜く。局長はひるんだ。
「今現在『モール』の設計に改めて手を加え、製造効率を少しでも向上させられないか、やっているところだ。その仕事が終わってから、そちらの案件に取り掛かる。
それについては、断じて動かすわけにはいかん。何が最優先なのか、は局長も理解してくれると思っているのだが、ね?」
「わわわ、わかっているともダライアス師。それが済んでからで構わないとも。ああ、何かあったら多機能通信魔導器で連絡してくれたまえ。では失礼するよ!」
半眼になったダライアスの視線を受けて、局長は熊耳をパタパタさせながら、引き攣り笑顔でダライアスの研究室を立ち去った。ダライアスは、局長が置いて行った書類を眺めて、再度大きく溜息を吐いた。
*
そして二日後、ここはダライアスの工房である。とりあえずダライアスは、作業用大型従機『モール』の設計に手を加え、その図面を局長経由でホーリーアイ武器工房社へと送り出した。そして今、局長から押し付けられた仕事を片付けるべく、彼は工房にやって来た。
目的は、冒険者組合の営業部が新人冒険者グループから買い取った、従機『サルファガス』を調査するためである。今、彼の眼前には、二百年以上も昔の旧式軍用従機『サルファガス』が一台鎮座していた。
「これが『サルファガス』ですか……。初めて見ましたよ。士官学校で戦史の教科で教わった程度しか、知りませんが……」
「……すまん、ジェナたん。俺ぁ、戦史の時間は寝てたんで全然知らん」
「たん言うな。って、フーゴ中尉! 貴官どうやって士官学校卒業した!?」
「戦史はノート借りて、代わりにソイツが苦手だった実技試験でペア組んでカバーしてやった」
口々に言い合うのは、ダライアスの護衛を兼ねた実験部隊に所属する、ジェナ・スホーンデルヴルト中尉と、フーゴ・グラッツラ・ディンフィンブルム中尉だ。ちなみにこの二名は、ジェナ中尉がシェパード耳のスレンダーな美女、フーゴ中尉が狼頭の細マッチョ男性で、どちらも獣牙族と呼ばれる獣人型の亜人に属している。
そして実験部隊の指揮官であるアレクシア・アーレルスマイヤー大尉が、ガチャリと着用している重装鎧を鳴らして、肩を竦める。と言うか、なんで彼女はこんな安全な冒険者組合の内部にある建物の中で、完全武装をしているのか。その謎は、未だ解けない。
「わたしも『サルファガス』は名前をちょっと聞いたくらいでしか無いな。戦史の教科は、なんとかぎりぎりで通るぐらいしか点数は取れなかったし……」
「たいちょー、お仲間ですな!」
「フーゴ中尉!」
実験部隊の面々に苦笑しつつ、ダライアスは『サルファガス』に目を遣る。そして深く、深く溜息を吐いた。
その『サルファガス』だが、どうにも言い様の無い妙ちくりんな形状をした機体であった。まず本体だが、玉ねぎかもしくは何かの球根かとでも言う様な形状をしている。そして左右に細くてパワーの無さそうな腕が伸びて、単純な形状のマニピュレーターに繋がっていた。
特徴的なのは、脚が四本存在する事だ。移動性能は低そうだが、安定性は確保されているだろう。そしてもっとも重要なのは、機体の天辺に背負わされた巨大な魔導砲であった。
「この『使えない』事で有名な旧式もいいところの従機を、どう使ったものかね……」
「「「使えない?」」」
「ああ。ぶっちゃけた話、何にも使えん。ララ……」
「はい、技術中佐」
ダライアスに書類の束を渡したのは、表情に乏しい十四歳ぐらいに見えるスレンダーな美少女だ。名をララ・エルナンドと言うこの少女は、こう見えても都市同盟軍士官学校アマルーナ校を主席卒業した英才であり、中尉であった。彼女は参謀本部の所属であり、ダライアスの秘書兼護衛であり、ダライアスと都市同盟軍との間の連絡士官でもあるのだ。
書類を捲りながら、ダライアスは眉を顰める。彼は頭を振りつつ苛立たし気に言った。
「不幸中の幸いは、ほぼ完全に倉庫が密閉状態であったため、劣化がまったくと言っていい程に無かった事だな。だがそれでも、魔導炉とか魔力収縮筋とかを他の従機用のパーツとして切り売りするぐらいしか、価値は無いに等しい」
「一応は、軍用の従機なのでしょう? 本来の用途には、用いる事はできないのですか?」
アレクシア大尉の言葉に、士官学校での成績が良かったジェナ中尉が何がしか言いたげな風情になる。だが言い出せないその様子に苦笑して、ダライアスが口を開いた。
「間違った戦術ドクトリンに乗っ取って開発された、失敗作兵器だからな、これは……。もともと、陸上艦が開発された時代にまで話は遡る……」
そうしてダライアスは、ゆっくりと語り始めた。
*
陸上艦が開発された聖華暦三二〇年代当時、戦場の花形である機兵の足は遅かった。いや、単純に歩いたり走ったりする速度は、八三〇年代現在の機兵とさほど変わらない。ただ大きく変わる点は、今現在の機兵と違って噴射推進装置の類を搭載していなかった事だ。
この機動力の無さは機兵、それも戦場の王者であった機装兵の地位を失墜させた。かわって戦場の覇者となったのが、陸上艦である。遠距離から大口径大出力の砲戦を行い、しかも自身は強大な魔導障壁……無論、古代の芸術品である幻装兵が装備するソレとは比べ物にならない拙い出来の代物ではあったが、ソレと重装甲とで身を守った陸上艦は、あっと言う間に戦場の支配者となったのだ。
仮に機装兵が陸上艦に対抗しようとするならば、なんとかしてそのセンサーを掻い潜り、奇襲攻撃を仕掛ける以外に道は無い。そうでなくば、遠距離からの大火力砲撃で一方的にやられるだけなのだ。そして奇襲攻撃は、極めて困難、至難であった。
その後、聖華暦五八〇年。この年、アルカディア帝国とカーライル王朝・聖王国の間における紛争、ラマー平原の戦いが起きる。ここで聖王国は、新機軸のホバー駆動の陸上艦にて、圧倒的なまでに帝国艦隊を打ち破った。わずか1隻の損害で、帝国艦隊を壊滅させてしまったのである。
この勝利に気を良くした聖王国は、来たる第三次聖帝戦争においては艦船の機動力と火力とが勝利を決定づけると判断。そしてホバー駆動の陸上艦艇に搭載し、艦の火力を補助するための機体を大量生産したのだ。
それが、砲戦型従機『サルファガス』である。
動きは鈍重だが、搭載した大口径魔導砲の威力は絶大。四本足による安定性は、圧倒的な命中率を保証する。仮に帝国艦がホバー駆動を実装していたとしても、細かい機動力に欠ける艦艇であれば『サルファガス』の砲であれば命中し、敵艦の魔導障壁にダメージを与えられるはずであった。……そう、『はずであった』のだ。
*
「……だが帝国軍は、それに付き合う気などさらさら無かった。帝国軍は、ゲーム盤をその下のちゃぶ台ごと、ひっくり返したのだよ。具体的に言うならば、第五世代機兵『レギオン』の投入だ」
ダライアスはララが手渡したコップの水を呷ると、言葉を続ける。
「第五世代機兵は、すべからく噴射推進装置を搭載している。最初の第五世代の機装兵たる『レギオン』は、その高機動力をもってして聖王国の艦艇にまとわりつき、白兵攻撃をもってして魔導障壁を叩き壊し、次々に聖王国艦を沈めた」
「「「「……」」」」
ゆっくりと語られるダライアスの言葉に、他の面々は声も無く聞き入る。彼は更に言葉を重ねた。
「従機『サルファガス』は、命中さえすれば機装兵にダメージを与えられ、当たり所さえ良ければ場合によっては撃破も不可能では無い、大口径大威力の魔導砲を一門搭載してはいるがね? 高機動の『レギオン』にはなかなか命中は見込めない。
それだけでなく、味方艦にまとわりついている『レギオン』を狙って、味方艦を撃ってしまえばどうなる?」
「それは……」
「逆効果もいいところ、ですな」
「そんなわけで、『サルファガス』は何もできずに続々と帝国の『レギオン』にスコアを献上するだけだったのだよ。まあ、その後聖王国も『ミーレス』と言う第五世代機を戦場に投入して、なんとかなったがね。『サルファガス』は結局は役立たずのまま、戦争は終わった。これは今の機兵が殆ど大口径砲を搭載しない理由でもあるな。
ちなみに戦後、作業用に大改修して転用した『ノイ・サルファガス』と言う物もあるんだが」
そしてダライアスは、やれやれと言う表情で従機『サルファガス』を見遣る。
「コイツは、本来の『サルファガス』そのままだからな。このままではまったく使い物にならん。パーツとして見ても、結局は旧式従機。発掘してきた新人冒険者たちにボーナスをやった物と考えて、諦めるのがいいんじゃないかね」
肩を竦めるダライアスは、そして溜息を吐く。それはもう深々と。
「それよりも、作業用従機『モール』の不足が大問題だ。設計図を書き直して、多少は手軽に製造できる様にはなったが……。これほどまでに同盟全土からの需要が大きいとは。いや、同盟各地の鉱山から、地盤・岩盤掘削用大型従機『モール』がどうしても欲しいと、ナイジェル中将閣下を通してホーリーアイ武器工房の会社に注文が殺到しているんだ」
「技術中佐、今回の設計図の手直しでは所詮は焼け石に水です」
「わかっている、ララ。なんとかせねばならん。第一なあ……。どこの鉱山でも『モール』を欲しがっているが、大規模鉱山でも無い限りは、『モール』だとオーバースペックなんだ。中小の鉱山だと、『モール』よりも小型の機材でもあれば」
「たとえば、そこの『サルファガス』程度のサイズでしょうか? ダライアス師」
そうアレクシア大尉が言った瞬間、彼女に全員の視線が集まった。アレクシア大尉は、焦り言葉を吐き出す。
「あ、い、いや。何かわたしは悪い事でも言……」
「天才か、君は」
「そうですね、そのひらめきは。良いアイディアです」
ダライアスとララ中尉は、手放しでアレクシア大尉を褒めたたえる。そして二人は足早に近場の作業机まで駆け寄ると、そこに置いてあったダライアスのノートPCで猛然と書き物を始めた。ちなみにノートPCは古代の発掘品だ。今現在、この世界にはノートPCなどという物は、基本存在しない。
「あ、あ、え、なあジェナ中尉、フーゴ中尉。わたし何かしたか?」
「いや、何かしましたって。無論良い方向で。な? ジェナたん」
「たん言うな」
後に残された三人は、一人は唖然と、一人は苦笑しつつ、一人はうんうんと頷いて、その場に立っていたのである。
*
そして半月後、ここは自由都市同盟は都市同盟軍中央軍参謀本部の、ナイジェル中将の執務室である。今現在、ダライアスはララ中尉を伴って、中将に対する報告に来ていた。
ナイジェル中将が、満足げに頷く。
「ふむ、それでこの『ネオ・モール』という作業用従機を新規開発して量産。従来の『モール』は大規模鉱山や大規模な工事現場にのみ送り、中小の鉱山や現場にはこの『ネオ・モール』を送ったわけか」
ナイジェル中将の手元の書類には、その『ネオ・モール』という従機の写真が添付されている。それは紛れもなく、『サルファガス』そのものであった。正確に言うならば、その改造機と言えるか。
ダライアスは徐に語る。
「これまでの『モール』は、二基の大型ドリルを装備して、それにより地盤や岩盤を掘削するという物でした。ですがこの『ネオ・モール』は『サルファガス』の天辺部分に装備されていた大型魔導砲を撤去し、それと入れ替える形で一基の大型ドリルを装備しております。
『サルファガス』由来の四本足は、掘り進んだ坑道内部でも安定して姿勢を保てます。小柄ですので、大規模な坑道を掘る事に特化した今までの『モール』よりも汎用性も高いかと」
「なるほど。今までの『モール』は、もともと大規模土木工事用であったからな」
「手に入った十六台の『サルファガス』は、全て『ネオ・モール』に改造して出荷済みです。また、聖王国から『サルファガス』のデザインやライセンスなどの権利を兵器開発局局長が買い叩き、極めて安価に手に入れました。今現在、それにより完全新造版の『ネオ・モール』がホーリーアイ武器工房で製造開始されています」
ちなみに中古『サルファガス』を改造した物よりも、完全新造版の『ネオ・モール』の方が、安くて高性能に仕上がっている。ナイジェル中将は、大きく頷いた。
「うむ。現状『海洋温度差発電所および完全電化工業都市群建設計画』は順調に進んでいる。そしてこの『ネオ・モール』を我々に協力的な会社や組織に優先的に渡すことで、その足場もなお一層に固まった。見事だ、ダライアス・アームストロング技術中佐」
「いえ……。優秀な協力者たちが、わたしには大勢います。わたしだけの力ではありませんよ」
「そうか。だがその者達が集まって来るのも、貴官という存在があるが故だ。今後も頼むぞ」
「はっ」
そしてダライアスとナイジェル中将は、固く握手を交わした。





