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File20「ゲームセンターの少年」

 今は聖華暦八三五年十二月、あの痛ましいバフォメット事変より二年弱の日々が過ぎていた。バフォメット事変とは、凶悪な魔王級魔獣バフォメットが、部下の8万にも及ぶ魔獣の群れを引き連れて南米大陸より北上、自由都市同盟(じゆうとしどうめい)の南部を蹂躙し、同盟首都である中央都市アマルーナ直前まで迫った事件を言う。

 自由都市同盟(じゆうとしどうめい)はその事件により、致命傷一歩手前のダメージを負った。しかしながら幾人かの英雄たちの命を捨てた尽力と、数多(あまた)の兵士たちの死を賭した挺身(ていしん)により、自由都市同盟(じゆうとしどうめい)は護られたのである。

 更に言えばその事件の直後、同盟の力が弱まったのを好機と見たアルカディア帝国の、同盟領への侵攻などもあったのだが……。自由都市同盟(じゆうとしどうめい)は、からくもこれらの国難を乗り越えた。

 そして今、自由都市同盟(じゆうとしどうめい)の人々は、(たくま)しくも精神と生活を再建しつつある。バフォメット事変で相応に深刻な損害を受けたここ、中央都市アマルーナにおいても、人々は再起しつつあったのだ。




*




『うわーっ!? やられたっ!!』


『へへ、さっさと筐体を再起動するんだな。待っててやるからよ』



 ある店の部屋の中に、少年たちの声が響いた。だがその店は、一見して何を売る店なのか、まったく分からない。

 その店舗では広めの部屋の中に、まるで荷運び用のコンテナ程度の大きさの金属製の箱が8つ並んでいる。その箱の見た目も、荷運び用のコンテナそのものだ。その箱の側面には、1~8までの番号が錬金塗料ティーヴァで描かれている。

 そして店の店員が、メガホンで声を張り上げた。



「えー、今回の戦闘時間、あと5分。あと5分です」


『ええっ!?』


『ち、これが最後の勝負になりそうだな』


『くそ、せめて一太刀……うわーっ!? だ、め、だあああぁぁぁ!!』



 そして店舗内に、ベルの音が鳴り響く。するとコンテナ状の箱の壁面がスライドして、箱の中からぞろぞろと十代の少年少女がのろのろと出て来た。その数、箱と同じく8名。そして箱の出入り口から窺えるその中身は、まるで機兵(きへい)操縦槽(そうじゅうそう)に酷似していた。

 そう、このコンテナ状の箱型機械は、機兵(きへい)操縦槽(そうじゅうそう)である。ただしそれが接続されているのは、実在の機兵(きへい)ではない。この仮の操縦槽(そうじゅうそう)で動かしているのは、旧人類が用いていた電子計算機(コンピューター)を模して作られた魔導計算機の記憶装置(メモリー)内、仮想空間上に存在する仮想の機兵(きへい)なのだ。

 この8台ある箱型の機械群は、いわゆる遊戯(ゲーム)のための魔導器である。8名の少年少女はこの店に一定の金額を支払い、15分間の仮想機兵(きへい)による戦闘ゲームを楽しんでいたのだ。つまりこの店は、いわゆる遊戯場(ゲームセンター)だったのだ。

 店員がメガホンで叫ぶ。



「次のゲームは二十分の休憩を挟んで、十三時三十五分より開始します! 繰り返します、次のゲームはニ十分の休憩を……」


「なあ、どうする?」


「もうひと勝負やろうぜ?」


「あ、ごめん。あたしもうお金無いの」


「俺も無い。また城壁外の街外れの復興現場で、土木作業のアルバイトしないと。んじゃな」

 少年1人と少女1人が、手を振って店の外へと去って行く。残りの面々は、残念そうにそれを見送った。少年の1人が、溜息と共に愚痴を吐き出す。


「なあ、店員の兄ちゃん。一回のゲームで一人三十ガルダはちょっと高かねえか? 三十ありゃ、定食屋で飯が食えるぜ?」


「俺に言うなよ。値段決めてるのは上なんだ。それによ。こんだけの魔導器動かして、整備して、更には仕事なんだから幾ばくかの儲けも計算に入れてよ? それで一人一回三十ガルダは破格だと思うぜ?

 って言うかよ、今は真昼間で皆が仕事してる時間帯だ。客が少ないから、利用料を下げてるんだ。他の客が遊びに来る夕方以降の時間帯だと、一回六十ガルダなんだぞ?」



 少年は、ぐうの音も出なかった。



「……で、どうするストーム? 8台リンクのこの筐体じゃ、2台を空きにして動かすのは勿体ないけどよ? ニ十分……ああ、もうあと十五分か。十三時三十五分からのゲーム、参加すっか? 参加すんなら、三十ガルダ払って参加登録してくれ」



 少年……ストームと呼ばれた彼は、仲間たちと目配せし合うと、懐から銅貨や小銅貨を取り出した。




*




 ストームとその仲間たちがゲームプレイヤーの待合室で待っていた時の事である。次のゲームが始まるには、まだ7~8分はあるはずなのに、唐突に待合室の扉が開いた。一同の目が、扉に集まる。そして扉から入って来た人物が、口を開いた。



「ほほう。今回のゲームは、君らとご一緒する事になるのかの? よろしく頼むぞ? いや、ちょうど二人分のプレイヤー枠が空いておって助かったわい」


「……」



 入って来たのは、二人連れの大人である。片方は、七十近くにも見える老人であり、もう片方は壮年らしき男だった。ちなみに壮年の方は、黙して右手で米神を揉んでいる。どうやら頭痛を堪えている模様だ。

 ストームは首を傾げて言う。



「……よろしく、爺さん。けどよ、こんな真昼間からいい大人が遊戯場(ゲームセンター)に来て、いいのかよ? ああ、いや。俺らも他人の事は言えねえけどよ」


「いや、わしは若いもんから怒られてしまっての。働き過ぎじゃ、と。それで強引に休暇を取らされてしまってのう。

 それでこの見張り兼護衛付きで、今日一日は休みなんじゃよ。お前さんらは?」


「ん……。ほんとは学校(ガッコ)あったんだけどよ。バフォメットのせいで、校舎がブッ潰れて、経営も破綻しちまったんだ。成績いい奴らは別の学校(ガッコ)に割り振られたけどよ。俺らはこの二年間自宅待機で、仕方なく復興事業の現場でアルバイトと、遊戯場(ゲームセンター)との往復だな」



 ストームがそう言うと、老人の表情が曇った。壮年の男も、沈痛な顔になる。



「そうか……。すまんのう。お主らが学校に行けぬのも、皆わしら大人の責任じゃて……」


「……」


「いや、気にすんなよ爺さん。爺さんたちが軍人なわけでもあるまいし」


「「……」」


「「「「「「え゛」」」」」」



 どうやら老人と壮年の男は、軍人かその関係者であった模様だ。ストームやその仲間は、引き攣った笑顔を浮かべた。そこへ、店員がノックをして入室して来る。



「皆さん方、あと少しでゲーム開始時刻になります。遊戯(ゲーム)室へ移動を……」


「じ、爺さん! おっさんも! 遊戯(ゲーム)室に急げ! ホラ! ホラ!!」


「そうそう! しょぼくれてないで!」


「い、いやー楽しみだなあ! 爺さんとおっさんの腕前、見せてもらうぜ?」



 ストームと仲間たちは、これ幸いと老人と壮年の男の背を押して遊戯(ゲーム)室へと急ぐ。まあ、重くなった空気をこれで全て誤魔化せたわけでもないが。




*




 ストームが乗った1番のゲーム筐体にある映像盤(えいぞうばん)に、仮想空間内の都市を舞台に、カクカクした極めて単純なポリゴンの敵機兵(きへい)が映し出されている。その胸板と背中には、大きく『8』の数字が描かれていた。映像盤(えいぞうばん)の中の敵機兵(きへい)は、手に持った長剣を振り下ろす。



「ちぃっ!!」


『ほう、これを受けるのか? 我流ながら中々の剣筋じゃの』



 8番の敵機兵(きへい)……8番のゲーム筐体に乗った、老人の操る機体は、ストームが苦し紛れに放った片手半剣(バスタードソード)の攻撃を左手に持った中盾(ヒーター・シールド)で受ける。更にその勢いを右手の剣に乗せて、ストームの機体に突きを見舞った。



「うわっ!」


『ほほう、装甲の厚い、なおかつ致命傷になり難い肩で受けたか。だが、お前さんの機体は元より装甲が薄めで、代わりに機動力とパワーに長けたエクセレンザ。装甲で受け続けるわけには行くまいて』


「く、爺さん型落ちの旧式のミーレスなんか使ってるくせに、なんでこんなに強えんだ!?」


『ミーレスの輸入機は、わしが初めて乗った機装兵(きそうへい)での。当時既に型落ちであったが故に、訓練機として乗っておった。更に言えば、シメオンやスペーアが新型として配備されておったが、実戦部隊に配属されたときもわしに宛がわれたのは、ミーレスの改造機じゃったのう。

 簡単に言うならば、慣れておるのじゃて』



 ストームは、エクセレンザの機動力に任せて、必死で距離を取る。画面の中のカクカクしたミーレスは、滑らかな動きを見せて他の子供たちの乗ったキャットフィッシュやミーリテスを斬り捨てて行った。


 なお、撃破された機体の筐体は、稼働停止する。筐体が稼働停止した場合、ゲームの時間が残っているならば、プレイヤーは引き続き再プレイに挑む事が可能だ。この場合、プレイヤーが筐体の再起動手続きを行い、再度ゲームに使う機体の選択から始める事になる。そうすると、選んだ機体が仮想空間内に配置され、再度ゲームを楽しむ事ができるのだ。


 ちなみにストームはここ二ヶ月の間、一度も被撃墜記録が無い。このゲームで、彼はここしばらく無敗を誇っていたのである。



(ち、だけどその記録も今日で終わりかもな……)



 やはり相手は、相応の実力のある本職の軍人なのだろう。爺さんだから、おそらくは後方の補給担当か何かに回されて、デスクワークばかりしているんだろう、とストームは思う。しかしそれでも、若い頃の重厚な経験は馬鹿にはできない。



(だけど……)



 そしてストームは咆える。



「だけど、ただじゃ()られねえッ!!」


『その意気じゃ!!』



 ストームは機体の両手で保持した片手半剣(バスタードソード)を突きに使い、エクセレンザの全速で老人操るミーレスに吶喊(とっかん)した。




*




 ストームは遊戯場(ゲームセンター)のロビーで、老人が皆に奢ってくれたドリンクを飲みながら、深々と溜息を吐いた。



「やれやれ、爺さん強いな。型落ちミーレスでアレか……。おかげでしばらく続いてた、無敗記録が途切れちまったぜ」


「そうは言うがな? お前さん、最後は相打ちじゃろうて? お前さんの勝ちとは言えんが、負けでもあるまいに」



 そう、あの最後の吶喊(とっかん)は老人に防がれていた。あの瞬間老人は、機体に持たせていた中盾(ヒーター・シールド)と長剣を投げつけたのだ。それで勢いの(にぶ)った片手半剣(バスタードソード)を、老人のミーレスは真剣白刃取りしたのである。

 突撃を見事に防がれたストームは、しかしその瞬間に機体の右脚部バーニアを全開にして、その勢いを乗せた蹴りを敵機の胴体真ん中……操縦槽(そうじゅうそう)へと叩き込む。一方の老人のミーレスは、白刃取りにしたストーム機の片手半剣(バスタードソード)を奪い、そのままストーム機の首元から操縦槽(そうじゅうそう)に突き立てたのだ。

 結果、両者とも操手(そうしゅ)死亡判定で撃墜扱いになり、そこで15分のゲーム時間が切れたのである。



「引き分けっちゃあ、引き分けかも知れねえけどよ……。気持ち的には、してやられたって感じしか無えなあ」


「ふむ……。それを言うなら、こちらも相打ちとは言え撃墜されてしまうとは思わなんだのだがの。

 ……のう? もし良ければじゃがの。都市同盟軍(としどうめいぐん)兵員訓練学校……訓練校と言えばわかるか? そこへ通って見るのはどうかね?お前さん、いやお前さんだけじゃない。他の子供らも、この遊戯場(ゲームセンター)が出来てからじゃろう? あのゲームに触れたのは」



 その言葉に、ストームも他の子供らも、目を丸くする。



「「「「「「え?」」」」」」


「ゲームとは言え、三ヶ月にも満たない期間であれだけ機装兵(きそうへい)を動かせる様になるとは、お前さんたちは才能あるぞ? 良ければ、わしが紹介状を用意してやろう。訓練校は学費は要らんし、薄給じゃが給与も出る。上手く推薦状を得られれば、士官学校に進む事も不可能では無い。と言うか、わしの紹介状があればその可能性は更に高まる」


「あ、い、いや。それは有難いけどよ。俺たちにゃ、他にも今は来てない仲間が……」


「じゃったら、後々で良い。そ奴らの腕前も見せてもらおうかの。さて、どうじゃ?」



 ストームと仲間たちは、降って湧いた幸運に目を丸くした。しかし彼らがその幸運が、どれだけデカい代物だったかを知るのは、後々の話である。


 そして老人の酔狂に、彼の見張り兼護衛役の壮年の男は、米神を抑えるのだった。




*




 自由都市同盟(じゆうとしどうめい)都市同盟軍(としどうめいぐん)参謀本部事務局長であるナイジェル・サイアース中将は、この日急な来客を迎えていた。それは先日、あの遊戯場(ゲームセンター)でストームら子供たちに、訓練校への誘いをかけていた、あの老人である。今現在その老人は、きっちり軍服を着込んで応接用ソファに座していた。


「……それで、その子供たちの都市同盟軍(としどうめいぐん)兵員訓練学校への入学に、便宜を図れ、と」


「できるならば更に、裏で士官コース要員としてマークして置いて欲しいんじゃがの。あの子らの才能は、歩兵や従機(じゅうき)乗りを卑下するつもりは全く無いんじゃが、それで終わらすには余りに惜しい。明らかに、機装兵(きそうへい)乗りとしての高い才能がある」


「……」



 ナイジェル中将は、深く溜息を吐くと書類ケースから幾通かの書類を抜き出して、老人に見せる。老人は、驚きの表情を浮かべた。



「これは!?」


「あの遊戯場(ゲームセンター)は、ロココ設計所とホーリーアイ武器工房の共同出資で創設された、ロココ・アイズ・アミューズメント社の店舗でしてね。そしてホーリーアイ武器工房が、冒険者組合のひも付きである事は、知っての通りです」


「……」


「あのゲーム用魔導器自体、もとはと言えば冒険者組合に出向中のダライアス・アームストロング技術中佐が開発した、機兵(きへい)シミュレーターなのですよ。ゲーム用にするにあたり、少々操縦難易度は落としておりますが、ね。

 無論、軍や訓練校、士官学校、その他諸々の準士官学校級の民間学校などに、このシミュレーターは量産して配備されつつあります。しかしそれに先立って、遊戯場(ゲームセンター)はホーリーアイ武器工房の幅広い展開力を借りて、自由都市同盟(じゆうとしどうめい)全土に出店しております。……何故かわかりますか?」



 老人は、手に持った書類を見遣りつつ頷いて見せる。



「あのゲームを遊んだプレイヤーのデータを、軍が入手していた。そしてゲームで優秀な成績を出した者には、軍のスカウトが接触して訓練校への紹介を行っていた……。違うかね?」


「正解です。……先ほどお話のあった、ストーム少年……ストーム・ティレット君とその友人たちには、近日中にスカウトが接触する予定でした。もっとも、そちらに先を越されてしまった模様ですが」


「やれやれ……。それでは……」


「ええ。彼らの入学への便宜を図る事と、士官コース要員としてのマーク、どちらも了解しました。特にストーム君は逃がしたくない逸材です。ただ、そちらの紹介状はきっちり用意してくださると有難いですな。閣下が(ツバ)を付けていた人材となると、下手に他所に持って行かれ難くなります」



 ナイジェル中将と老人は応接セットのソファから立ち上がり、(おもむろ)に両者は敬礼と答礼を交わした。



「さて、今回の事はわしの借りにしておいてくれて構わんよ、事務局長」


「ありがたく、そうさせていただきます。アデルバード・ビスマルク大将……提督閣下」


「くくく、階級こそ上だが、実際の権力は貴殿の方が何倍もあるからな。その貴殿から閣下と呼ばれると、尻が痒くなる」


「とは言っても、規律は規律ですからな」



 そして二人は硬く握手をする。老人……自由都市同盟(じゆうとしどうめい)都市同盟軍(としどうめいぐん)機甲師団の第一師団『リベリオン』を率いる提督、アデルバード・ビスマルク大将は、ナイジェル中将の執務室を立ち去って行った。

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