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File17「巨人の鎧」

 その日、冒険者組合の兵器開発局に出向中の、自由都市同盟(じゆうとしどうめい)都市同盟軍(としどうめいぐん)技術中佐であるダライアス・アームストロングは、苦渋の思いで自らの敗北を認めざるを得なかった。聖華暦八三四年十二月も末のこの日、彼はついに機兵(きへい)用加速装置の量産化を断念したのである。



「……だめだッ!! く、残念だが……。残念だが現時点の同盟の、いや、わたしが知る限りの帝国や聖王国系技術はおろか、カナドのリュトフ族から学んだ技術をもってしても……。今現在の同盟で、加速装置の量産は不可能だ……!!」


「技術中佐……」


「ダライアス師……」



 ララとアレクシア大尉は、ダライアスを慰めようとする。しかし、その言葉は途中で詰まってしまう。彼女たちはダライアスが、この研究にどれだけ多大な時間と労力をかけて来たのか、ずっとその傍らで見ていたのだ。彼の落胆の大きさが(おもんぱか)れる分、下手な慰めの言葉はかける事ができなかったのだ。


 これまでアレクシア大尉と共に試験操手(そうしゅ)として、加速装置実験機を運用して来たジェナ中尉、フーゴ中尉もまた、無念そうな顔をしている。しかし一番無念であるのはダライアスである事も理解している二人は、自身の想いを口に出す事は無かった。



「……いや、この研究が完全な形で実を結ぶ事は無かったが。だが、それでも……。まったくの無駄であったわけではない。君たちが運用している三機の加速装置実験機は、充分に切り札として使える存在だ。更に、今はまだ無理でも……。今までの実験データは残るんだ。将来的には加速装置が量産化可能になるかもしれん。

 ……わたしが生きている間には、無理だろうがな」



 ダライアスは、しかし肩を落として執務室を兼ねた研究室の椅子に、力なく座り込む。流石にこの件は、かなり来る物があった模様だ。彼は深い溜息を吐く。


 と、そこでダライアスの懐の多機能通信魔導器(ENIGMA)が、呼び出し音を立てる。ダライアスは苦笑を漏らし、多機能通信魔導器(ENIGMA)のスイッチを入れた。



「はい、こちらダライア……」


『ダライアス師かね? 今、大丈夫かね?』


「局長ですか?」



 通信の相手は、冒険者組合兵器開発局の局長であった。ダライアスは居住まいを正し、机上のメモ帳と鉛筆を手元に寄せる。



『ダライアス師。すまんが、急な来客だ』


「アポイントメントは無かったはずですが……」


『それが、冒険者組合の本部棟の前で座り込みをされてね……。ダライアス師に、たっての頼みがあるとの事で、どうにも動かんのだ。機兵(きへい)で引っ張っても、街灯の柱にしがみついて離れん。街灯を壊されるのも阿呆(あほ)らしい。済まないが、対応をお願いできないかね』


「……機兵(きへい)で引っ張っても、とは。相手は巨人か何かですか?」



 その時ダライアスは、局長の言葉を何かしらの諧謔(かいぎゃく)だと受け取り、冗談に冗談で返したつもりだった。しかし局長は言う。



『よくわかったね。うん、巨人なんだ』



 ダライアスは、ちょっとばかり頭痛がした。




*




 その巨人……『南』の氏族、かつての戦士長にして現在の族長相談役バラムの子、冒険者にして戦士ヴォランと名乗った彼は、今現在ダライアスの研究施設の一部である機兵(きへい)工房で、床に設えられた機装兵(きそうへい)用の台座に横たわっていた。普段はダライアス製作の機兵(きへい)の類を整備なりなんなりしている作業員たちが、総出で彼に群がり、彼の身体のサイズを採寸している。



「う、むう……」


「ああ、動かないでくれたまえ。君の依頼を果たすために、採寸しているんだからな」


「し、しかし……。こそばゆい」



 文句は言ったものの、巨人ヴォランは動きを止めた。それを眺めつつ、ダライアスは考えに沈む。



(さて、どうした物か。彼の依頼……。単に造るだけならば、そう難しくはない。だが、ただ造るだけでは芸が無さすぎるし、彼の本当に欲する物を造ったとは言えん。

 そう……巨人である彼が『機装兵(きそうへい)に勝つため』に、『バーニアの付いた』鎧が必要だと)



 そうなのである。突然冒険者組合本部に押しかけて来た巨人ヴォランの依頼は、ダライアスに自身の鎧を造ってもらう事だったのだ。その目的は、機装兵(きそうへい)に勝利する事。


 かつて聖華暦五〇〇年以前の、自由都市同盟が生まれるより以前、アルカディア帝国とカーライル王朝・聖王国において造り出される機装兵(きそうへい)には、バーニアの類はほとんど搭載されてはいなかった。


 幻装兵(げんそうへい)を模した一部の機体に、機動性向上のため申し訳程度に搭載される事はあったが、その時点までの機装兵(きそうへい)は地べたを這いずり回るだけの、接近すれば強いものの総合的には鈍重な陸戦兵器であったのだ。


 だが聖華暦六〇〇年代に至り、第五世代機兵(きへい)と呼ばれる機体群が開発されるに至り、その常識は覆る。強力なバーニアを備えた機体は三次元的な機動を可能とし、かつて旧人類が運用していた空母に近い『機兵(きへい)母艦』から、カタパルト発進なども可能になったのである。


 バーニアによる機動力は機兵(きへい)自体の戦闘能力をも大きく増進させた。単純な格闘戦能力、白兵戦能力だけであるならばそれ以前の機種と大差は無い。しかし三次元的機動による自由な位置取りや高速での接近、離脱は、それまでの機装兵(きそうへい)では太刀打ちできない戦闘力を与えたのである。



(……そして巨人たち、か。巨人たちはかつての時代、機装兵(きそうへい)に匹敵する戦力として、傭兵的に雇用されて重宝されていたとも聞く。実際、中古機兵(きへい)の外装を打ち直して、鎧として身に纏って戦いに赴くらしいしな。

 しかし機装兵(きそうへい)にバーニアが搭載される様になってからは、その戦力価値は目減りする。白兵戦や格闘戦では機装兵(きそうへい)と互角であっても、その機動力にはついて行けない。彼ら自身はその巨体と、魔力を持たないと言う種族特性によって、機装兵(きそうへい)に限らず機兵(きへい)の類は扱えんしな)



 その様な理由により、巨人たちは聖華暦八〇〇年代において、非常に肩身が狭い思いをしているのだった。巨人は基本的に戦闘民族である。だがその本領であるはずの戦闘力と言う面で、技術の進歩に置いて行かれてしまった種族なのだ。


 そしてこのヴォランと言う巨人は、それに我慢がならなかった。彼は必死に貯めた登録費用一千ゴルダで冒険者組合に冒険者登録し、魔獣退治などを主な仕事にして自己鍛錬に励んだ。巨人族の中でも素質に恵まれた方であった彼は、最新型機装兵(きそうへい)とも白兵戦や格闘戦であれば戦えるほどの力量の戦士となる事ができた。


 しかし先日、隊商の護衛仕事を請け負った際に、彼は野盗が(よう)していた機装兵(きそうへい)に苦戦する。彼は敵機装兵(きそうへい)のバーニアによる高機動力に、追随する事が叶わなかったのだ。


 味方機装兵(きそうへい)との連携もあり、最終的には隊商を護り抜く事はできた。しかし彼は自身の機動力の無さ故に、基本的に隊商の直衛しかできず、敵の殲滅にはさほど寄与する事ができなかったのである。これは、彼の誇りを著しく傷つけた。


 その後この巨人ヴォランは、都市同盟軍から冒険者組合へ出向中の凄腕技術士官であるダライアス・アームストロングに、鎧を造ってもらう事を思い付く。発想としては単純な物だ。彼が着用している鎧は、元々は機装兵(きそうへい)の外装だった。それにバーニアノズルの取り付け跡が残っていたのが、発想の根幹であったのだ。


 そして正しい手続きなど知らぬ脳筋である巨人ヴォランはあろうことか、冒険者組合本部の前で座り込みをして頼み込むと言う暴挙に出る。本人に悪意が無かった事が明白であったため、幸いにも取り次いでもらえたが、下手をしたらエラい事になるところであった。


 ちなみにダライアスと面会が成った時には、彼は叩頭の礼をもって感謝の意を伝えた。頭突きをくらって道路の路面にヒビが入り、その補修作業の費用が彼に課されたのは言うまでも無い。




*




 座り込み事件から一週間が経過。ダライアスたちと巨人ヴォランは、冒険者組合の演習場へやって来ていた。試作品の巨人用鎧の、テストをするためである。『アーチャー・フィッシュⅡ』に乗ったダライアスが、巨人ヴォランに声をかけた。



『さて、今回はあくまでデータ収集のための試験だ。君が今着用しているのは、旧式の『シメオン』から引っ剥がして来た外装をベースに、バーニアとエーテル供給用の増槽を搭載しただけの、あくまで間に合わせの物だと言う事を忘れないでくれ』


「うむ、わかった。何から始めれば良い?」


『まず単純な跳躍の実験からだ。そこの白線がひいてある場所に立って、向こうの赤い線がひいてある場所まで跳ぶつもりで、ジャンプしてくれ。理屈では、バーニアが自動で働いて、奥の黄色い線まで跳ぶはずだ』


「うむ」



 のっし、のっし、と一見して機装兵(きそうへい)『シメオン』に見える巨人ヴォランが、白線まで歩いて行く。その背中には、やや大きめに見える背嚢(はいのう)が装備されており、背嚢(はいのう)の両脇には円筒状の増槽が取りつけられていた。


 巨人と言う種族は、もともと魔力と言う物を持っていない。そのため、鎧に装備されたバーニアを稼働させるためには、液体エーテルを詰め込んだ増槽を搭載するしか無いのである。


 閑話休題(それはともかく)、巨人ヴォランは赤い線めがけてジャンプする。と、下脚部や背嚢(はいのう)下面に装備されていたバーニアがジェットの奔流(ほんりゅう)を噴き、巨人ヴォランの巨体が空中に浮きあがった。



「お、お、おおお!?」


『着地寸前に、小さくジャンプする様に足を動かすんだ!』


「わ、わかった!!」



 巨人ヴォランは言われたとおりに小さく足を動かした。すると再度バーニアがジェットを噴き、落下速度を殺す。巨人ヴォランは、黄色い線がひかれた場所に、計算通りに着陸する。



「お、おおお! は、ははははは!! これはいい!」


『うむ。第一段階の実験は成功だな。続いて……あ、おい!』


「うおおおぉぉぉっ!」



 巨人ヴォランはよほど嬉しかった様だ。彼は何度も何度も、跳ね飛んだりあるいは前方に高速ダッシュを繰り返す。ダライアスは慌てて制止する。



『待たんか!! 増槽には最低限の液体エーテルしか入ってない! 無茶をするな!』


「ぬお!?」


『言わんこっちゃない!!』



 そして巨人ヴォランは全力での跳躍を行い、そこで増槽の液体エーテルが切れて全速力で地面に墜落した。ダライアスは、操縦槽(そうじゅうそう)の中で頭を抱える。



『……ララ、アレクシア大尉、ジェナ中尉、フーゴ中尉。あの馬鹿を回収してきてくれ』


『『『『了解です……』』』』



 ララの乗った『ドランカード・タイガー』、アレクシア大尉駆る『ロイヤリタートTypeⅣ』、ジェナ中尉とフーゴ中尉の『アーミィ・アント』二機が、巨人ヴォランの墜落地点へ歩き出した。彼女らは一様に、器用に機装兵(きそうへい)で肩を竦ませている。ダライアスは呟いた。



『……魔導制御回路(スフィア)のプログラムを書き換えねばならんな。常に液体エーテル残量を監視させるようにして、減速用の液体エーテルが足りない様な跳躍はできん様にしておかないと……』



 巨人ヴォランが墜落したときの土煙は、今だ現場に漂っている。ダライアスは、溜息を吐いた。




*




 更に一週間後、ダライアスたちは中央都市アマルーナの市門前で、巨人ヴォランを見送っていた。



「ダライアス師……。この度は、本当にお世話になった! このバーニア付き鎧、本当に素晴らしい! 支払った金額以上だ!」


「いや、まあ。そう言ってもらえるのは、わたしも嬉しい。まあ、色々研究に詰まっていたからな。ある意味で、良い気晴らしになったよ」



 巨人ヴォランの鎧は、見事に完成していた。防御力そのものも、着心地と言う点からも、普通に巨人たちが鎧として使っている機装兵(きそうへい)の外装を打ち直した物より、飛躍的に向上している。


 しかもジャンプの着地や危険回避などの自動制御は、旧世代の機装兵(きそうへい)に使われている魔導制御回路(まどうせいぎょかいろ)『トワル・スフィア』にプログラムされており、安全度は飛躍的に高まっている。


 また万が一の緊急時用として、増槽に詰め込まれた液体エーテルの他に、一瞬だけ爆発的な大出力を得る事ができる『マナ・カート』と言うカートリッジ式システムを3個搭載し、背嚢(はいのう)内部に装備された魔導スラスターと言う大出力推進装置を駆動するシステムも組み込まれている。あくまで緊急避難のためのシステムであるが、場合によってはこれを用いた突撃戦術なども可能である。


 何にせよ様々な機構を組み込んだため、この鎧を着こんだ巨人ヴォランの姿は重機兵(じゅうきへい)にも比肩する威容となっている。巨人ヴォランは、満足そうに頷くと右手の人差し指を伸ばして来た。ダライアスは笑みをこぼすと、自分も手を出して伸ばされた巨人ヴォランの指を握る。つまりは握手の代わりだ。



「ダライアス師、貴方の事は忘れない! では!」


「うむ、ではな」



 そして巨人ヴォランは、踵を返すと後ろを振り向かずに歩み去る。ダライアスは笑みを浮かべると、少し離れた場所で待っているララ、アレクシア大尉、ジェナ中尉、フーゴ中尉の所へと歩き出した。




*




 そして八三五年一月。ダライアスは、再び研究の日々に戻っていた。加速装置の量産実用化は断念せざるを得なかったが、自由都市同盟(じゆうとしどうめい)の、そして都市同盟軍(としどうめいぐん)の戦力強化は急がねばならない。


 帝国と聖王国は、今現在の段階では各々それぞれの方向を向いている。しかし近い将来、その矛先が自由都市同盟(じゆうとしどうめい)に向かないとは言えないのだ。



「……この失敗作の新型魔力収縮筋まりょくしゅうしゅくきんだが、もしかしたら使えるかも知れんな。これまでの魔力収縮筋まりょくしゅうしゅくきんよりもはるかに高いパワーを引き出せるが、短時間で破裂、自壊してしまう……。だがそれを前提として、あくまで使い捨ての『外付け筋力増幅装置(パワー・アンプ)』として組み上げればどうだ?

 それと、操縦難易度を下げるための仕組みとかがあれば、技量の低い操手(そうしゅ)であっても機体を取りまわせる。腕のいい操手(そうしゅ)の操縦データを、学習型の魔導制御回路(まどうせいぎょかいろ)で記録しておいて、それを操手データ移殖カートリッジの要領で他の機体に移殖する……。行けるかも知れんな」


「技術中佐、関連資料を纏めます」


「頼む、ララ。アレクシア大尉、済まんが試作品が出来上がるまで出番が無い。従来機の追試をしてくれるか?」


「は、了解です」



 と、そこへ多機能通信魔導器(ENIGMA)の呼び出し音が鳴った。ダライアスは多機能通信魔導器(ENIGMA)のスイッチを入れる。



「はい、こちらダライア……」


『ダライアス師! 済まんが……!』



 通信相手は、冒険者組合兵器開発局の局長であった。ダライアスはしばし彼と話すと、(おもむろ)に椅子から立ち上がった。




*




 そしてここは、冒険者組合の本部棟前である。ダライアスはその場の状況、というか惨状を見て、大きく溜息を吐いた。



「貴殿がダライアス師か! 貴殿がヴォランに造ったあの鎧は、素晴らしい!」


「是非にわたしにも!」


「お、オラにも造ってほしいだ!」


「あたしにも造って! おねがい!」



 そこには十人近い、巨人たちが押しかけて来ていたのである。しかも彼ら彼女らは、わざわざ冒険者登録を済ませてから来ていたりする。熱意は分かる。熱意は分かるのだが……。


 ダライアスは、頭を抱えた。




*




 結局のところ冒険者組合は、関係の深い超一流の中小企業である『ホーリーアイ武器工房』へと、巨人用バーニア鎧の製法をライセンスした。そして押し掛けて来た巨人たちは、『ホーリーアイ武器工房』でバーニア付きの鎧を造ってもらう事になったのだ。


 この一連の出来事により巨人たちは、再び機兵(きへい)級の戦力としての立ち位置を手にする事になったのである。

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