File15「農業指導員物語」
ポール・ガターリッジは自由都市同盟農業水産省の下っ端役人である。彼はかつて、苦学生であった。幼い頃は地方の寒村に住む貧農、というか小作農の更に五男であり、上には姉も含めて八人の兄姉がいた。いや、下にも四人ばかり弟妹がいたのだが。
彼が一念発起して勉学を志したのは、九歳の頃であった。彼は貧しくなおかつ彼を無料の労働力としか見ない家庭を捨てて家出、近隣の物流の要所であったデイリーフの街へとやって来る。そこで彼は廃品回収で日銭を稼ぎつつ、幸運にも巡り合えた師――負傷除隊したかつて軍人だったらしい老人――に基礎的な勉強を教わった。十四歳の頃に師が亡くなり、彼は爪に火を点す様な思いで貯めた金で、中等学校普通科の特別枠を受験する。
幸運なのか奇跡なのか、彼は入試を突破。他人の二年遅れで中等学校の普通科に入学し、必死で勉強とアルバイトを積み重ね、これも他人の二年遅れで普通科を卒業した。その上で公務員の募集に応募し、見事試験に合格。農業水産省に配属されて五年。二十二歳になった彼は今、従機に乗ってヘアリージャッグの近縁種と見られる小型魔獣に向けて、機載の魔導砲を必死になって乱射していた。
ちなみに彼が従機の操縦を習ったのは農業水産省に入省後、従機レベルではあっても操手の能力を持っていれば給料が上がり、操手の技能を教える私塾に払う金を考えても、十二年と半年後ぐらいには収支がプラスに転じる、と言われたからである。そして真に受けた彼は私塾に通い、従機の操縦を身に着けた。
おそらく収支は十二年と半年後にはプラスに転じるのであろう。もしかしたら、危険手当なども含めればもう少し早まるかも知れない。操手としての能力を身に着けてしまった彼は、こうやって畑の害獣駆除などに便利に使われる事になったのである。手当は出るが、さりとて万一途中で死んでしまえば大損であった。
(害獣ってレベルじゃないよなあ……。ま、バフォメット事変のときよりかマシだ。あのときは後方とは言え、従機で物資運搬とかやらされたもんな。
あんときゃ酷かった。土中から突然魔獣が奇襲してくるんだもんなあ。味方の機装兵、前線で機体を失った操手が乗り換え用の機体を受領に来てなかったら……。その『アーミィ・アント』とか言うのが前線に戻る行きがけの駄賃に倒してくれなかったら、死んでたね。
そういや、あのアレクシアとか言う大尉さん、手柄立てたんだから出世とかしたかな? してなかったら、都市同盟軍の昇進規定を疑うね)
なんとか魔獣を全て倒し、彼は自分が所属する農業指導課の備品である従機『ミメラ・スプレンデンス』の機体を休ませた。そして機体を降りて魔獣の死体を解体、魔石を取り出す。
(あー、小型の雑魚魔獣だけあって、どれもたいした等級じゃないな。今の戦闘で使った経費と、とんとんってところかな)
彼は魔石を集め終ると、『ミメラ』に戻って背後の農村へと機体を歩かせ始めた。
*
「……流石にそのカタログに印刷されておる機械を買うのは、無理じゃのう」
「どうしても無理でしょうか、村長? 幾ばくか、国から補助も出ますよ?」
「補助が出たところで、とうてい足りぬよガターリッジ殿。村で一番余裕があるわしが買うて、皆に貸す事も考えたのじゃがのう。昨年末から今年の年初めに至るまでの、あのバフォメットとそれに操られる魔獣どもの襲撃で、村の畑は大損害じゃて。わしら村人が避難しておる間に、畑の小麦は全滅じゃよ」
「……」
村長の言葉に、ポールは唇を噛む。今彼がこの村長に販売を仲介したのは、畜獣に牽かせる犂の代わりに、畑を耕す耕運機である。この村ではバフォメット事変による損害で畜獣の全てを失い、今畑は鋤や鍬で手作業で畑を耕している。幼い子供ですらも、その労働力の一助となっているのだ。
本来ここの村では幼い子供たちは近隣にある街まで通い、そこの寺子屋で教育を受けられていた。この村は、本当であればかなり恵まれていたはずの村だったのだ。だがそんな村でも、このありさまだ。ポールは瞼を閉じる。脳裏には彼が幼い頃にやっていた、旧暦……旧人類が西暦と呼んでいた時代であれば、虐待と言われていたほどの重労働の思い出が浮かんだ。
「……この耕運機『耕す君Mk-Ⅶ』はこの村を始め、そんな村々を助けるために開発されたのですがね」
「とは言ってものう……」
「いえ、わかります。わかってはいるんです……」
「じゃが、この機械……。Mk-ⅠからMk-Ⅵまでは、どうなったのかの」
「それは、どうなんでしょうね?」
ポールは村長が重苦しくなった雰囲気から、話を逸らすために言ってくれた冗談に乗る。しかし彼の心は、この現実から離れられない。
(駄目だ……。都市同盟軍の技師、冒険者組合に出向中の天才技師、ダライアス師とか言う人物にまで協力を依頼してまで安価に造った機械なのに……。その安価な機械ですらも買う事はできないなんて……。あの耕運機が使えれば、子供らを勉強させる事ができるってのに)
顔ではほのかな苦笑を浮かべながら、ポールの心は荒れ狂っていた。
*
村長の家を辞去し、従機『ミメラ・スプレンデンス』に乗り込んだポールを、村の人々が取り囲む。
「農業指導員のダンナ! 今日は害獣駆除、ご苦労だったね!」
「あいつらのせいで、せっかく直した畑が荒らされてさあ……」
「うちの旦那も、大怪我してねえ。子供らを寺子屋にやりたいんだけど、そうもいかなくなっちまったよ」
ポールは悔しい思いを必死で噛み殺し、明るい笑顔で言う。
「そいつは大変だね。なんとか子供らに勉強させてやれる様に、わたしも力を尽くすよ。実は秘密にしておいて驚かそうかと思ってたんだがね、収量がやや多い上に病害虫に強い、新しい小麦の種が手に入るんだよ。秋の種蒔きまでには持ってくるさ」
「うおおぉぉ!! そいつぁ凄ぇぜ!!」
「じゃ、畑仕事頑張って、そいつを買うお金を貯めないと!」
「さ、従機を動かすぞ! 離れてくれるかい?」
村人が離れ、ポールは『ミメラ』を起動した。『ミメラ』が騒音を立てつつ歩き出す。村人たちは、総出で手を振る。ポールも機体に、大きく手を振らせた。
ポールは決意を新たにする。
(あの耕運機の普及は、絶対に必要だ。必要なんだ。できれば草刈り機も。他の機械も。だが、それを買う資金が、村々には無い。支援が必要だ。今の場当たり的な補助金じゃない、きちんとした支援制度が絶対に……。絶対に必要なんだ。
子供たちのために……。子供たちに、勉学の機会を与えるためにも!)
ポールはデイリーフの街に帰還したら、暇を見つけて上申書を書こう、と決意していた。彼が徹底的に考え抜いた農村支援制度が自由都市同盟の上層部に認められ、実施されるのは、しばし後の事であった。そして彼自身はその上申書により抜擢を受け、とある極秘の食糧増産計画に配される事になるのだ。
しかし今の彼は、その様な事は夢にも思わない。彼の頭には、かつての彼と同じ境遇の子供たちを救う事しか無かったのである。





