File14「お見合い」
重々しい音を立てて、魔導仕掛けのクレーンがそこそこ重量のありそうな機械装置を吊り下げ、引き上げていく。その装置は、巨大な台に横たえられている巨人兵器……機装兵から、つい今しがた取り外された物だ。その機装兵の名を、『イグナイト改9』と言う。
冒険者組合の兵器開発局に出向中の、都市同盟軍技術中佐ダライアス・アームストロングは、クレーンの操作をしている銀髪の少女、ララ・エルナンド中尉に合図を送る。ララは正確な操作で緻密に精密にクレーンを動かし、吊り下げられた装置を『イグナイト改9』の隣の台に置かれている別の機装兵の上へと移動させた。
その機体の名は、『ローター・ブリッツ』。『紅雷』を意味するその名の通り、紅に染め上げられた美しい機体だ。
ダライアスは再度ララに合図を送り、吊り下げられた装置をゆっくりと『ローター・ブリッツ』の、装甲板が取り外されたその胸の中へと下ろさせた。そして正確に装置が機体の胸に収まったのを確認すると、彼は吊り下げワイヤーを装置から取り外し、そして装置を機体内部にしっかりと固定、取り付ける作業を行った。
そう、今彼は間に合わせの実験機であった『イグナイト改9』から、本格的な加速装置実験機として建造した『ローター・ブリッツ』へと、加速装置本体を移殖する作業を行っていたのだ。
そして彼は、『ローター・ブリッツ』の胸部へ装甲板を取り付け、加速装置移殖を完了させる。
「ふむ……。これで『ローター・ブリッツ』は一応できあがりだ。あとは稼働試験をして、細々した調整を行えば、完成する。アレクシア大尉とルージーは、喜んでくれるだろうかな。」
「きっと喜びます、我が主。」
「とりあえず極秘作業中と言う事でこの工房は、余人を立ち入り禁止にしてはいるが……。できるならその呼び方は避けて欲しいんだがね。」
「大丈夫です。誰もいません。確認済みです。」
溜息を吐いて、ダライアスは周囲を見渡す。その瞳に『ローター・ブリッツ』の、未だ建造中の姉妹機二機が映った。それはまだ骨格のフレーム構造がむき出しで、内部機器の取り付けが半ばまで終わった程度である。
各々の名を、『グルウン・ブリッツ』『ブラウ・ブリッツ』と言う。『緑雷』『蒼雷』の名の通り、この二機は完成の暁には、それぞれ緑と蒼の装甲が施される予定だ。当然ながらこれらも、加速装置実験機である。
「さて、今日の作業は終わったが。そうしたら……。『宴会』だったな」
「はい。我が主の護衛を兼ねた、研究成果のテストを行う『実験部隊』の結成を祝うパーティーです」
「アレクシア大尉の率いる中隊、か。……『人材』が、見つかればいいんだが、な」
「はい」
ダライアスとララは、後片づけを終えて工房を立ち去る。工房を照らしていた魔石灯のスイッチが切られ、『イグナイト改9』を含めた四機の機装兵が、闇の中に沈んだ。
*
中央都市アマルーナの西側にある冒険者区画、その南側にある料理店を一晩貸し切って、『実験部隊』の結成祝賀パーティーは行われた。と言っても、さほど豪勢な宴会ではない。
何せバフォメット事変の最終局面……魔王級魔獣バフォメットの襲撃により、アマルーナの商業区画の半分、本来の都市領域から溢れ出し、城壁の外側に広がっていた部分が灰塵と化したあの惨劇から、まだ一ヶ月と少ししか経っていないのだ。あまり派手な事をやるのは、不謹慎と言うものだろう。
それに宴会の資金を出したのはダライアスとララ、アレクシア大尉の三人だ。ダライアスは余裕があれば研究にブッ込むし、ララの中尉の俸給などはたいした額では無い。まあ彼らの場合、様々な手当てが基本の俸給とは別に支給される上に、ダライアスの財布はララが管理する様になってから随分と無駄が減ったので、多少の余裕があるが。
アレクシア大尉は、彼女は彼女で実家が裕福な上にちょっとした事業を手掛けている。ただしその事業もバフォメット事変の影響で打撃を受けたが。俸給も諸手当の類も、彼女は無駄遣いせずに貯蓄しているつもりだ。そう、『つもり』だ。彼女はいつも四六時中装備している鎧や武具の手入れとか、予備の武具とかに実はけっこう無駄金を使っている。先日彼女はその事をララから指摘され、凹まされていたりするのだ。
そして結局彼女も、ララに財布を管理される様になった。そして同じく、経済的には多少の余裕がある、と言う程度に落ち着いている。
まあ、そんなわけで『多少余裕がある』程度の三人が資金を出した宴会は、それほど慎ましすぎず、しかし不謹慎なほど豪勢ではない、と言ったほどほどの物となった。立食形式で、堅苦しくは無い。
「あー、諸君」
ダライアスは、宴会に先立って挨拶の言葉を求められる。細身と言うよりガリガリでひょろ長く、いかにも頭でっかちな学者に見えるダライアスは、しかし『実験部隊』としてアレクシア大尉の下に集められた荒くれ――そうでない者もいるが――たちから、畏怖を持って迎えられる。
まあ、それはそうだろう。彼は『轟砲の幻装兵』の二つ名を持つ機体、『ヴェイルー・ヌ・ザアンティス』の操手として、かのバフォメット事変を戦い抜いた英雄の一人なのだ。
それに彼はこの宴会のスポンサーだ。美味い飯を食わせてくれる人物に、悪い奴はいないのである。
そしてダライアスは言った。
「固い事は言わん。好きに食って、好きに飲んでくれ。ただし羽目を外し過ぎて、店に迷惑をかけないようにな。以上」
「「「「「「う……うおおおぉぉぉ!!」」」」」」
満場の拍手喝采。操手だけではなく、整備などの支援人員、警備のための歩兵一個小隊二十八名まで含め、総勢六十人ちょっとが一斉に叫ぶ。店が貸し切りで良かった、とダライアスは思った。続けて部隊長たるアレクシア大尉が音頭を取って、乾杯をする。
「よし、貴様らコップを持て!それでは……。我らの部隊の結成を祝して、乾杯!」
「「「「「「乾杯!!」」」」」」
そして宴は始まった。
*
宴も半ばの頃合い、飲酒をなるべく避けて――それでもときどき捕まってしまい酒を注がれたりもしたが――とりあえず食う事に専念していたダライアスのところに、小柄な少女三人を連れてアレクシア・アーレルスマイヤー大尉がやって来た。宴会で飲食せねばならぬので、今日はめずらしくバケツ型ヘルムではなしに前が開いたオープン・ヘルムを被っている。
と言うか、宴席でぐらい武装するなと言いたいダライアスであった。
「……先ほど、乾杯の挨拶の時にも思った事だが。君との付き合いは七ヶ月ほどにもなるか? なのに顔を見るのははじめてだな」
「……そうでしたか?」
「ああ。茶を出したときなども、バケツ型ヘルムを脱がずにストローで吸っていたろうに。てっきり顔を出さぬ事に何かしらこだわりなり思い入れなり願掛けなり決意なりがあるのかと思っていた」
「まあ……。童顔なので甘く見られたくない気持ちは多少ありましたが……。そこまでこだわっていたわけでは。ルージーには見せろと言われたので、見せてやりましたし」
「はい、見せてもらいました」
そう言ったのは、ダライアスの義娘である赤髪の士官候補生、ルージー・アームストロングだ。彼女と彼女の姉妹は、自由都市同盟は都市同盟軍中央軍参謀本部の意向で、試験こそ行ったが特例中の特例をもって都市同盟軍士官学校への中途入学を認められた英才である。
もっともこれは、都市同盟軍がバフォメット事変により多数の死傷者を出した事が影響しており、彼女ほど才能がある軍志願者を放置しておくわけにはいかない、万が一にも逃がすわけにはいかない、と軍上層部が焦ったのが原因である。もっとも実は他にも、隠された秘密があるわけなのだが……。
なお彼女は今現在、休暇中である。というよりもバフォメット事変による影響で、自由都市同盟首都、中央都市アマルーナの都市同盟軍士官学校は、一時的なものとは言え機能不全に陥っていたのだ。それ故、士官学校が復旧するまではとりあえず士官候補生たちは休暇扱いになっていたのである。
ちなみに今現在の都市同盟軍上層部の焦りっぷりは、かなりとんでもないレベルであった。その一例として、ルワ魔導女学校の戦術機兵学科、戦術魔法学科、機兵工学科など、特例にて士官学校と同等とされている一般学校の卒業生で、都市同盟軍に士官もしくは魔導士官、技術士官として入隊する事を選ばなかった人材に対し、様々な優遇措置と引き換えに改めて軍への入隊を説得した事などが挙げられる。
この年、都市同盟軍はなりふりかまわず人材の確保に走っていたのだ。
閑話休題、ダライアスはアレクシア大尉が連れて来た残りの二人に向き直る。彼女らがルージーの姉妹であるジェリー・アームストロングとブリジット・アームストロングだ。緑髪の方がジェリー、蒼髪の方がブリジットである。ダライアスは、彼女らに話しかける。
「で、どうだった? 相性が良い操手は居たかね?」
「候補を二名見つけましたが……」
「わたしも二名です。ですが……。二人ともジェリーと被ってしまって……」
「それはしかたない。わたしたち三名は、能力傾向が極めて近い。わたしはアレクシア大尉を『主』と定めたけれど、わたしほどでは無くても貴女たちも大尉と相性が良かったはず」
ルージーの言葉に、二人は頷く。ダライアスの傍らに控えていたララが、二人に訊ねた。
「候補の二人は、両方とも相性の順序は同じなのですか?」
「いえ、わたしからすれば犬耳をした女性士官の方が相性はいいです。相性の指数は181.2です」
ジェリーが語ると、それに続けてブリジットも説明する。
「わたしと相性が良いのは狼頭の青年士官です。相性の指数は179.9です。」
「互いの第一位が被っていないのならば、たいした問題ではないな。どの士官かね?」
「あの女性と……」
「あの青年です」
ダライアスの問いに、ジェリーとブリジットは二人の士官をそれぞれこっそりと指し示す。片方はシェパードの耳を持つスレンダーな美女、もう片方は狼頭の細マッチョだ。女性の方は皿に料理を山盛りに取って他人から距離を取り、壁の華になっている。青年の方は彼は彼で、適当な若い少尉を捕まえては無理矢理に肩を組み、迷惑そうにしている相手にも構わずげらげら笑声を上げていた。ダライアスは、頭の中の人事書類を急ぎ捲る。
「ふむ、両方とも獣牙族で、女性の方は犬耳、男性の方は狼頭か……。それで、どちらも中尉……。なるほど、ジェナ・スホーンデルヴルト中尉にフーゴ・グラッツラ・ディンフィンブルム中尉だな。よし、準備が出来たら両者を呼んで、面談することにしよう。
ジェリー、ブリジット、それでいいな?」
「「はい」」
「よし、ではあとはルージーもいっしょに、のんびり飲み食いしてきなさい。もし絡まれたりしても、きちんと手加減はしてやりなさい。では、楽しんできなさい」
「「「はい」」」
ルージーを含めた三人は料理を取りに、手近なテーブルの方へと向かって歩み去る。と、ララがアレクシア大尉に問いかけた。
「けれど、よく思いつきましたね。」
「何をだ?」
「この宴席を用いて、ジェリーとブリジットの『主』を探す事です」
「ああ、いや。それはルージーの発案だ」
アレクシア大尉は、苦笑を浮かべつつ言う。ララはわずかに微笑を浮かべた。
「ああ、なるほど。理解しました」
「いや、そこで納得されてもな。まあ、ルージーは自分にだけ『相方』が見つかって、他の二人に見つかってないのをけっこう気に病んでいてな」
「なるほど。……申し訳ありません。本当であれば、わたしたちが気付いていなければならなかったところを」
「あ、いやいや。わたしとて敬われてはいない様だが、それでもルージーの『主』なのだ。彼女の世話を焼くのは当然だ」
アレクシア大尉はララの謝罪に、焦った表情を浮かべる。彼女の表情が見えるのはめったにある事では無いため、ダライアスは若干の違和感とともに、それを少し面白く思った。そしてララが、アレクシア大尉に微笑みかける。ララも随分と、自然に笑う様になった。ダライアスはそれもまた、喜ばしく感じる。
「ルージーからすれば、あれは貴女に対し甘えているのです。つまりは信頼の証でしょう。敬っていないなどと言うのは、勘違い、と言うよりは単にそう見えないだけでしょうか」
「そうなのか!?」
「そうです」
ララとアレクシア大尉の関係も、随分と改善された。まあそれを言うなら、アレクシア大尉は最初がひどかったと言うか、ひど過ぎたのだが。いや、ララはララでけっこう無茶苦茶であったが。ダライアスはいつの間にか、以前の自分では絶対にしなかったであろう柔らかな笑みを、その顔に浮かべていた。
*
パーティーから、一週間が過ぎた。ダライアスはその間に、制作中であった様々な装備品を完成させるため、頑張って作業をおこなっていた。一方アレクシア大尉は『実験部隊』の編制を発表し、彼らを訓練し、そして幾つかの実験装備の追試を行わせている。
そしてダライアスの作業が完了した時点で、アレクシア大尉はジェナ・スホーンデルヴルト中尉とフーゴ・グラッツラ・ディンフィンブルム中尉の二名を、冒険者組合の演習場まで呼び出したのだ。
ダライアスとララ、そしてアレクシア大尉が演習場までやって来たとき、二名の中尉は既にその場で待っていた。ちなみに何故か、ジェナ中尉は苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべている。フーゴ中尉が狼顔でもはっきりと判る笑みを浮かべ、言葉を発した。
「たいちょー。大尉どのー。俺たちが呼び出されたのは、なんでッスかぁ?」
「フーゴ中尉! 上官で指揮官に向かい、なんて口の利き方だ!」
「いいじゃねぇかよ、ジェナさんよう。たいちょーさんは、そこまで気にしてなさそーだぜぇ?」
「フーゴ中尉! 言っておくが、わたしが先任だ! 軍隊ではわたしが上官として扱われる! なれなれしい口調は……」
「へーへー。りょーかい」
「貴官、わかってないだろう!?」
頭が固そうなジェナ中尉に、あからさまに不良士官なフーゴ中尉、そのやり取りにアレクシア大尉が苦笑する。もっとも今日はバケツ型ヘルムを被っているため、表情は分からないのだが。ちなみにダライアスとララは、持って来た書類に視線を落として何やら話し合っていた。
アレクシア大尉が語る。
「ジェナ中尉、かまわん。フーゴ中尉は技量は高いし、少なくともあからさまな命令違反はせん。前の部隊では、たまに命令の拡大解釈はあるらしいがな」
「は、はぁ……」
「んで、俺たちは何で機体なしで演習場に? まさか歩兵の訓練でもするっすか? ま、撃墜されたらどうしても生身戦闘になりますからねぇ」
「まあちょっと待て。今、ダライアス師が説明してくださる」
その言葉に、ダライアスが書類から顔を上げる。
「ふむ……。二人とも、いい面構えだな。」
「はっ! 光栄に存じます!」
「そいつはどうも、技術中佐殿」
対照的な返事の二人に、ダライアスはニヤリと笑いかけた。
「貴官らに来てもらったのは、他でもない。余人には任せられない任務を与えるためだ」
そしてその言葉と共に、地響きが沸き起こる。明らかに複数機の機装兵が歩いているために起きた物だ。そして演習場の壁の向こうから、門をくぐって三機の特注品と見える機装兵が姿を現す。一機は紅、一機は緑、一機は蒼に塗装されていた。
ジェナ中尉とフーゴ中尉は、目を見張る。
「こ、これは!」
「へぇ……。ピッカピカじゃないッスか。新型……。こいつの試験が、任務ですかい?」
「それもある。だが本質は試験だけではない。こいつらの『実戦運用』までもが、貴官らの任務には含まれる」
「!! そ、それは……」
「ほおぉ……」
ダライアスは、ララに顔を向ける。
「ララ、周囲に人は?」
「いません。盗聴の可能性は無いと思われます」
「よろしい……。貴官ら、これから話す事は都市同盟軍の極秘事項だ。もしこの秘密をばらそうとしたなら……。わたしたちは貴官らを殺してでも、秘密の漏洩を阻止する」
「「!!」」
一瞬目を見開くジェナ中尉とフーゴ中尉であった。だが二人とも、すぐ落ち着きを取り戻す。
「了解いたしました!」
「上等……。俺も了解ですぜ、親分……ダライアス師」
「うむ。では……」
そしてダライアスは、三機の機装兵に手を振って合図を送る。すると三機が駐機姿勢になり、その頭部が展開、中から年端も行かない少女がそれぞれ出て来る。当然の事ながら、ルージー、ジェリー、ブリジットであった。フーゴ中尉が呟く。
「ありゃあん? ありゃ、こないだ宴会のときに見たお嬢ちゃんたちだわな。けど、あの機装兵、頭部が操縦槽? あれじゃあ、俺やジェナたんの体格じゃあ、乗れないじゃん」
「たん言うな」
「大丈夫だ。あの三機は二人乗りでな。頭のは操縦補助の副操手席だ。お前ら用の操縦槽は、一般機同様に胴体内にある。
……そして、あの三人の副操手だが。彼女らは、人類では無い。ルシと呼ばれる、旧人類が創造した人造人間だ。その本当の役割は、旧人類が幻装兵に対抗して造り上げた超兵器の副操縦士として、超兵器の機体制御を司る事だ」
ダライアスの言葉に、ジェナ中尉とフーゴ中尉は唖然とした顔つきになり、次に目を見開き、ぎょっとした風情を漂わせる。ダライアスは続けた。
「大丈夫だ。彼女らは我々新人類の味方だ。……最初に言っておくぞ? 貴官ら、あの娘たちを……わたしの大事な義娘を妙な色眼鏡で見て見ろ。わたしに可能なありとあらゆる手段を使って、地獄落ちにしてやるからな」
それは軽い口調で言われた言葉だった。だがしかし、その言葉に含まれていた異様な迫力に、中尉二人は引き攣った顔でぶんぶんと首を上下に振る。
「そうか、わかってくれたなら、問題は無い。……あの三機の機装兵は、彼女たちの力が無ければ実力を発揮できなくてな。彼女たちと相性の良い操手が、是が非でも必要だったのだよ。そして彼女たちに選ばれたのが、アレクシア大尉と貴官ら二名だったと言うわけだ。
で、紅い機体『ローター・ブリッツ』がアレクシア大尉と赤髪のルージーの機体だ。まず最初に大尉とルージーに、『ローター・ブリッツ』の力を見せてもらう。大尉!」
「はっ! 了解です!」
アレクシア大尉は『ローター・ブリッツ』に走り寄ると、ルージーが解放した操縦槽の扉から勢いよく飛び込む。がしゃん、と重装鎧の塊が着座する音が聞こえた。
そして『ローター・ブリッツ』が胸板の装甲と一体化している扉を閉じて、立ち上がる。紅い機体は、背中に背負った片手半剣を抜き放った。その刃から妖気が滲み出しているのが、傍目でも判る。
そして幾つかの剣の型を披露した『ローター・ブリッツ』は、動きを止めた。それに続き、アレクシア大尉の声が響く。
『ダライアス師! では行きます!』
「ああ、頼んだ! あちらに立っている標的の前まで五百mダッシュ、そしてその勢いのまま標的を叩き斬ってくれ!」
『了解!』
「……いや、その程度だったらどんな機装兵でも出来るんじゃね?」
「しっ! 黙ってみてなさい。何か考えがあるんでしょう。」
フーゴ中尉とジェナ中尉の言葉を他所に、『ローター・ブリッツ』は今にも走り出しそうな姿勢になる。と、その姿が消滅した。ジェナ中尉とフーゴ中尉は、一瞬何が起きたのかわからなかった様だ。
そしてドカンと衝撃波の音が聞こえる。標的になっている何かの残骸は、次の瞬間衝撃波の余波により、綺麗さっぱり吹き飛んだ。更に次の瞬間、標的の上半分が見事に切り取られ、はるか上空から大地に落着する。
フーゴ中尉が呟く。
「なんだ、今のはよ……」
「加速装置だ」
「かそくそう……ち?」
「そうだ。頭部に同乗したルシが制御を担当する事で、今やった通り目に見えないほどの速度で戦闘が可能になる。あの三機の機装兵は、全て加速装置の実験機でもある。各々ごとに若干の違いがある様、造ってはあるがな」
フーゴ中尉の目が、爛々と輝きだす。いや、ジェナ中尉も興奮を抑えきれない様だ。そしてフーゴ中尉が叫ぶ様に言った。
「す……げぇ。凄ぇ!! 凄え、凄えよ親分! 俺がアレに、って言うかアレのどれかに乗れるってのか!? 凄えじゃん! いいじゃん!! 凄えじゃんかよ!!」
「フーゴ中尉! なんて口の利き方!? け、けれど確かにこの加速装置があれば……。もし量産されていれば、もしバフォメットとの戦いに間に合っていれば、もしあの時にこの力がわたしにあったのなら……」
「済まんがジェナ中尉。今現在の技術ではルシの助けなしに加速装置を制御する事はできんのだ。そして残念ながら、ルシは数少ない。更に連続稼働時間にも限界がある。そこまで便利な物では無いのだ」
「そ、そうですか……。そう、ですよね」
消沈するジェナ中尉だったが、しかしダライアスは言葉を続ける。
「だがね、悲観することは無い。技術は日々、進歩している。いつかこれが同盟機兵の標準装備となる日が来るかも知れん。ルシの補助無くしても稼働できる加速装置の研究は、今も続いている。
そして安心する事もまた、できない。バフォメットとの戦いはかろうじて我々の勝利に終わった。だがその被害は深刻だ。そしてバフォメット以外の脅威は、この世界にいくらでも転がっているのだ」
「!!」
「その時のために、貴官らの力を貸してくれ。今はまだ量産不可能な装置に過ぎんが、少しでも多く加速装置のデータを取り、研究の糧にするんだ。まだ目標とする量産型には、遠いがな。
そして同時にこの三機の加速装置実験機は、わたしたちが振るえる最強クラスの剣でもある。三機で総がかりすれば、最強クラスはともかくとして中位程度の幻装兵になら立ち向かえるかも知れん。いやおそらく単機であっても、加速装置を駆使すれば『兵の幻装兵』あたりなら、あるいは……」
ダライアスは残った二機の加速装置実験機に向かい、手を振ってその頭部に乗っている少女たちを呼び寄せる。彼女たちは数mの高さをものともせずに、ひょいと言う感じで飛び降り、ぱたぱたと駆け寄って来た。
「ご苦労ジェリー、ブリジット。ジェナ中尉、この緑の髪をした方が、緑の機体『グルウン・ブリッツ』を担当しているジェリー・アームストロング士官候補生だ。ジェリー、こちらがジェナ・スホーンデルヴルト中尉だ。挨拶を」
「はい、お義父さま。スホーンデルヴルト中尉、自分がジェリー・アームストロング士官候補生です。どうかよろしければ、わたしの『主』になって下さい」
「あ、主!?」
驚くジェナ中尉に、ララが説明をする。
「ルシと言うものは、基本的に旧人類の超兵器の制御装置代わりとして、パイロット……機兵で言う操手ですが、自分と相性の良いパイロットを『主』と定めて従う様に、精神構造の奥底に刻み込まれています。パイロットとルシは、何か特別な事情が無い限り一対一対応なのです。
どうかこの娘の『主』になってやってください。そしてその力を、存分に引き出し、使ってあげてください。それがルシとして生まれたこの娘の望み、この娘の幸せでもあるのです」
「!! ……了解です、エルナンド中尉。ジェリー・アームストロング士官候補生、わたしでは至らぬ事も多いと思うが、それでも良いならば……。よろしく、頼む」
「はい。こちらこそ至らぬ身ではありますが」
ジェナ中尉にジェリーが敬礼を送る。ジェナ中尉もまた、答礼を返す。こうして一組のペアが成立した。そしてダライアスが、今度はフーゴ中尉へ言葉を発する。
「こちらの蒼い髪の娘が、蒼い機体『ブラウ・ブリッツ』の制御担当、ブリジット・アームストロング士官候補生だ。ブリジット、こちらのフーゴ・グラッツラ・ディンフィンブルム中尉に挨拶なさい。上手く行ったなら、長い……本当に長い付き合いになるのだから」
「はい、お義父さま。ディンフィンブルム中尉、自分はブリジット・アームストロング士官候補生と申します。もしよろしければ、わたしの『主』になって下さいませんか?」
「面白いじゃねぇか。士官候補生って事は、士官学校だな? さっさと卒業してきやがれ。待っててやっからよ」
フーゴ中尉の言葉に、だがダライアスが割り込みを入れた。
「ああ、その件だがね。参謀本部と話がついている。ルージー、ジェリー、ブリジットの3人はこちらでの任務が発生した際は、士官学校から特別休暇が与えられる事になっている。学校に戻った際には、特別試験とレポートが待っているがね」
「ほう! わかった、親分! よう、ブリジットって言ったな! こき使ってやっから、覚悟しとけよ!」
「はい、了解です。泥船に乗ったつもりでいてください」
「泥船だと沈むじゃねえか!! ククク」
アレクシア大尉の『ローター・ブリッツ』が、こちらへ戻って来た。操縦槽の扉と頭部装甲を展開しており、ルージーとアレクシア大尉の姿が見える。ルージーはこちらの様子を見ようと、身を乗り出していた。
ダライアスはそちらに小さく手を振ると、中尉二人に向かい声を掛ける。
「どうだね? 早速あの二機に乗ってみるか?」
「は! お願いいたします!」
「おう! 喜んで! さっきからアレに乗ってみたくて、うずうずしてたんだ!」
「了解だ。では行きたまえ。ただし今回は慣らし運転だと言うのを忘れるなよ?」
「「「「了解!」」」」
中尉二名とジェリー、ブリジットは『グルウン・ブリッツ』と『ブラウ・ブリッツ』の方に急ぎ駆け出した。それを眺めつつ、柔らかく微笑むダライアスとララであった。





