File13「秘密の計画」
聖華暦八三四年八月、自由都市同盟の都市同盟軍、参謀本部事務局長ナイジェル・サイアース中将は、自分の執務室で分厚い書類の束を前に、眉を顰めていた。だが、その口元はにやりと笑みを形作り、表情全体としては苦笑じみたものになっている。
彼の手にある書類束の表紙には、第一級軍事機密を示すスタンプが、赤インクで押されていた。
「……ふむ。ダライアス・アームストロング技術中佐とエリベルト・エルナンド技術大佐が、連名で持ち込んできた計画書、か。だが計画の骨子を作ったのは、ダライアス技術中佐の様だな。
……たしかにこの計画が実施できれば、今現在のバフォメット事変で消耗しきったわが同盟にとって、起死回生の策ではあるが……」
徐にナイジェル中将は、傍らに立っている副官たる犬耳の士官、ジャレッド中佐に問いかける。
「どう思うね? ジャレッド中佐。もし帝国や聖王国に中途半端なところでこの計画がバレようものならば……。しかし断行しなければ、同盟はじり貧だ。そう考えると、天の助けとも思えるがね」
「は? は、はあ……。自分には……」
「ああ、いや。済まなかったね。無理に答えなくとも良い。
……そうだな。|断じて行えば鬼神も之を避く《だんじておこなえばきじんもこれをさく》、だ。ジャレッド中佐、冒険者組合に連絡を取ってくれたまえ。そして早急に、出向中のダライアス技術中佐との直接会談をセッティングしてくれ。
その際に、冒険者組合組合長と管理委員会議長、それと都市同盟軍研究所のエリベルト技術大佐も同席してもらえれば、ありがたい」
「……!! はっ、了解であります!」
ジャレッド中佐は急ぎ自分の執務机へ戻り、備え付けの有線通話機を用いて冒険者組合へと回線を開く。多機能通信魔導器を用いないのは、無線による通信では万が一の盗聴を危惧しなければならないからだ。そして彼は、冒険者組合の担当者と喧々囂々丁々発止の交渉に入る。
一方ナイジェル中将は、幾多の書類を処理しつつ、それと並行して頭脳を高速回転させていた。
(……ダライアス技術中佐か。バフォメット事変の英雄の一人。『轟砲の幻装兵 ヴェイルー・ヌ・ザアンティス』の操手。だがこの計画が上手くいけば……。その功績は彼がバフォメット事変で立てたソレなど、問題にならんほど巨大な物になる。
……まあ、かまわんか。彼は計画実行に際し、エリベルト技術大佐ともども、わたしを頼って来た。つまりは、そう言う事だ。
だがこれだけの大きな計画となると、わたしの派閥だけでは力量不足だな。ふむ、この際だ。巻き込める味方になり得る者たちは巻き込んでしまうか。ホーリーアイ武器工房、シームド・ラボラトリーズ、マギカライフ・テクノロジーズもどうにかなるだろう。ロココ設計所は巨大すぎるか? いや、わたしの交渉力しだいか。
アイオライト・プロダクション……あそこはダメだな。あそこは帝国や聖王国とのパイプが太すぎる。そこから情報漏れでも発生したらたまらん)
そして後日、ナイジェル中将とダライアス技術中佐、他数名の重要人物を交えた会談は実現する。後の歴史を大きく変えたこの会談は、しかし秘密裏に行われたため、残念ながらその内容は参加者たち以外に知る者は無かった。
*
そして計画は動き出す。
*
『おい! 危ないからドリルに近づくな!』
「すんません!」
自由都市同盟に含まれる南部諸国連合のバラライカ共和国、その中央部太平洋側にある荒野で、二台の大型従機が大地に穴を掘っていた。従機の両腕は、巨大なドリルになっており、強固な大地をいとも容易く掘り進んで行く。ほんのわずかの間に大量の土砂、残土が従機の後方に吐き出される。
その脇では、都市同盟軍仕様の小型従機『ピギーバック』が何体も群がり、魔導動力のベルトコンベアに残土を載せていた。今しがたの叫び声は、『ピギーバック』の一体がうかつにも大型従機の腕のドリルに近づきすぎたためであった。コンベアに乗せられた残土は、蒸気自動車の荷台に載せられると、何処かの残土置き場へと運ばれて行く。
大地を掘り進んでいるこの二台の大型従機だが、その名を『モール』と言う。つまりモグラの事だ。ぶっちゃけた話、そのまんまの名前である。これこそがダライアス技術中佐が設計開発し、とりあえず現状で六台製造された地盤・岩盤掘削用の大型従機なのだ。
やがて二台の『モール』は予定していた作業を終え、大地に大きく開いた坑道から出て来る。そこへ大型の蒸気トレーラーに載せられた新たな『モール』二台が到着した。到着した『モール』に蒸気トレーラーに相乗りしてきた操手二人が乗り込み、機体を起動する。
新たな『モール』二台はそのまま坑道へと入って行き、しばし後に坑道から大地を掘削する轟音が響いて来る。先に作業を終えた『モール』二台は入れ替わりで蒸気トレーラーの荷台に載せられ、何処かへと運ばれて行った。
そう、『モール』は現状で六台あるのだ。二台ずつ八時間ごとの三交代で、二十四時間休みなく坑道を掘り続けるのである。無論、八時間掘削作業を行った機体は後方の基地に送られ、そこで綿密な点検整備と補修を受ける。場合によっては摩耗したドリルの交換なども行われるのだ。
そんな様子を、近場の丘の上から双眼鏡で見ている、一団の人影があった。
「……凄いものですな。あの『モール』と言う従機は」
「あれを鉱山開発に用いた際に得られる利益は、利率を厳しく見た試算でさえも驚くべきものでしたぞ」
「正直な話、中将閣下が仰られた計画に用いるよりも、今すぐにでも鉱山開発に用いたいほどですが……」
その人物たちは、いかにもどこぞの高官と言った姿をしている。周囲には護衛と思しき軍装の人間たちが、油断なく警備をしていた。高官たちの中で、ひと際存在感のある白髪の初老の男性が、言葉を発する。誰あろう、ナイジェル中将であった。
「それは浅慮と言うものだ。あの工事が完成した暁に、貴官らにもたらされる利益がどれほどの物であるか、理解しているだろう?」
「は、それは重々……」
「ですがついつい、考えてしまうのですよ」
「ええ、あの腹立たしいトカゲの親玉のおかげで、我々が被った損害を、可能であればわずかであっても、一刻も早く補填したいと」
彼らは南部諸国連合の重鎮たちであった。あの魔王級魔獣バフォメットの通り道であった、ただそれだけの理由で、南部諸国連合各国は凄まじいとしか言いようのない被害を受けたのである。だがナイジェル中将は、柔らかく微笑んで言う。
「大丈夫だとも。従機『モール』はその特殊な構造ゆえに、残念ながら今のところ大量生産はできない状況にある。しかしそれでも既に、小規模量産が可能な生産ラインは動き出しているのだ。
あの工事が完成して得られるものは莫大なエネルギー、そしてそれによって稼働する巨大な工業施設群だ。だがいかに工業施設群があったところで、原料がなければ話にならんよ。原料を手に入れるためには、それこそ貴官らの所有する鉱山企業の協力が必要だ。
貴官らに貸し出すための従機『モール』は、既に確保されている。来週にはそちらに届けられるので、存分に使いたまえ」
南部諸国連合高官たちは、しかし顔色を青褪めさせ、ナイジェル中将に一糸乱れぬ敬礼を送った。彼らがナイジェル中将に怯えているのは、見た目で明らかだった。
「了解であります!」
「ありがとうございます!」
「この御恩は忘れません!」
「フフフ、そう硬くならないでもいいとも。……わたしは貴官らに期待している。近い将来、今現在の中央都市アマルーナではなく、貴官らの南部諸国連合こそが自由都市同盟の中央になる。そのために、この計画が必須なのだよ。
だからこそ、協力関係を結んだシームド・ラボラトリーズを通じて南部諸国連合に……。貴官らに働きかけたのではないか。
わたしがアマルーナからこちらへ視察に出向いて来たのは、それだけわたしがこの計画を重視しているが為だと理解して欲しい」
そう言ったナイジェル中将は、そして双眼鏡で再度工事の現場を見遣る。今はまだ坑道を掘り始めたばかりであるが、既に試掘ボーリングは済んでおり、目標である地下千mまでの地質は調査済みである。そして坑道が掘り終わった暁には、あの地点に巨大なプラントが建設される事になるのだ。
ナイジェル中将は、内心で独り言ちる。
(……そうすれば、この施設とその周辺に建設予定の工業施設群は、同盟にとって生命線となる。当然ながら、南部諸国連合の同盟内での地位は向上する。南部諸国連合こそが、同盟をリードする立場になる。
それまでに……。この者たちには、もう少し成長してもらわんとな。自由都市同盟と言う大国を率いる一員として、足る器になるまでに。今のまま、近視眼的な視野のままでは困ると言うものだ。
……だが今のままでも、今現在の国家中枢にいる多くの連中より若干ましだと言うのが泣けてくるな。奸物どもは、除かねばならんか。使い物になるかと思って残しておいたが……。害の方が大きい)
双眼鏡の視野の中では、大量の土砂、残土が坑道からベルトコンベアで運び出され、蒸気自動車で運び出されて行く。ナイジェル中将は双眼鏡から目を離し、頷いた。
*
数日後の事である。中央都市アマルーナの軍用区画中枢部にある自らの執務室で、ナイジェル中将は再びダライアス技術中佐と、今度は一対一で面談していた。
「ダライアス技術中佐、よく来てくれた。本当ならば忙しい貴官を呼びつけるのではなく、わたしから会いに行くべきかとも思ったのだがね。だが申し訳無いが、わたしも例の計画のためもあり、正直貴官以上に忙しくなってしまった」
「それは理解しています。幸い、自分の作業はちょうど一段落しておりました。次の山が来るまでは、多少時間があります」
「それならば良かった。いや、できるだけ早いうちに、貴官ともう一度会って話をしておきたかったのだよ。……貴官を見定めるために、な」
そしてナイジェル中将は、にっこりと笑う。だがその目は笑っていない。周囲の空気に空恐ろしいほどの圧力が満ちた。だがダライアス技術中佐はその圧力を、柳に風と受け流す。
と、次の瞬間、空気に満ち満ちていた圧迫感がきれいさっぱりと消滅した。
「……流石だな、技術中佐」
「申し訳ありませんが、先ほど程度ならば翼竜の突然変異体……魔導障壁を持ち、ヘルカイトに倍する体躯を持つあの化け物と、生身で相対する方が恐ろしいですな」
「ふっ、なるほどな。実戦の恐怖を克服している者に、下手な脅しは通用せんか。しかも貴官は、腹芸の類は苦手だと調べがついている。まあ……学者的な人間と言えば、そうなのだろうな。
ふむ。となれば、単刀直入に問うしかあるまい」
笑みを消したナイジェル中将は、ダライアス技術中佐に向けて真摯な表情で問いかける。
「……貴官は、何を求めている? わたしは貴官らが持ち込んだ例の計画が同盟のためになると思えばこそ、その後ろ盾になる事を承諾してその推進にあたっている。だが立案者であるエリベルト技術大佐と貴官……。
いや、エリベルト技術大佐は名前を貸しただけである事は、調査済みだ。あの大計画を発案し立案した貴官は、いったい何を求めている? 富か? 栄達か? 権力か?」
「現状維持を」
間髪入れずにかえってきたダライアス技術中佐の返答に、ナイジェル中将の眉が一瞬ぴくりと動いた。ダライアス技術中佐は一拍置いて、言葉を続ける。
「無論、これは最低限の望みですがね。わたしが望むのは、自由な研究環境です。ですが近い将来確実に、それは脅かされる。間違いなく。……何もかも、バフォメットが悪い」
「ふむ……」
「今のままですと近い将来同盟は、帝国か聖王国に飲み込まれるのは避けられない。帝国の方が可能性は格段に高いですがね。わたしが望む、現状維持とはそう言う事です。
帝国の下でも聖王国の下でも、わたしの研究は異端です。獄に繋がれるか、処刑されてしまうか……」
ダライアス技術中佐は肩を竦めてみせる。
「わたしに自由な研究をさせてくれるのは、自由都市同盟しか無いのですよ。わたしにとって研究は、水や空気に等しい。そう言う意味でも、わたしは同盟を愛している。無くなられては、困るなどと言う程度どころではないのですよ」
「同盟を愛している、か」
「ええ。だから閣下にあの計画を持ち込んだのですよ。失礼ながら、閣下を調べさせていただきました。あの計画を持ち込む相手として、最適なのは誰か……。正直、必死でしたからね。色々調べた結果、閣下が最適であると判断いたしました」
「ほう? わたしが周囲からどう思われているか、調べたのなら理解していると思ったがね?」
ナイジェル中将の広く一般に知られている評価は、腹黒く冷徹で容赦のない人物だ、と言う物である。そしてそれは決して間違った評価ではない。利用できるものは利用し、政敵は巧妙に排除して、軍官僚一本槍で都市同盟軍内でのし上がって来たのが、彼なのである。
だが、ダライアス技術中佐は再度肩を竦めて見せる。
「そうですね。周囲の閣下への評価は、間違ってはいない。ですが、それだけではない」
「……」
「閣下の行い……閣下の行動を子細に分析すれば、見えて来る物があります。閣下は、閣下の利益のために行動している、それは間違ってはいない。
ですが、閣下の行動は閣下個人のためだけの物ではない。どの様な場合でも、閣下の行動はかならず『同盟のため』になっています。いや、そちらを優先して閣下自身の利益を度外視した行動に出ている事も、一度や二度ではありません」
ダライアス技術中佐はナイジェル中将の目を、真っ向から見つめて言った。
「閣下、あなたは……自由都市同盟を愛している。わたしと同じ様に。いや、わたし以上に。
……少なくとも、わたしたちの分析ではその様に確信できました。だからこそあの計画を持ち込む相手として、わたしたちの立場を勘案した上で閣下こそが最適だと判断したのです。無論あの計画を実施する上で、きれいごとだけで済むわけが無い。そう言った事も含め、わたしたちは……」
「そうか……」
「閣下?」
ナイジェル中将は、すっ、と右手を差し出して来る。一瞬ダライアス技術中佐はそれが何を意味するのか理解できなかった様で、右の眉をぴくりとさせた。しかし次の瞬間、彼はナイジェル中将の意図を理解する。そして彼もまた右手を差し出し、ダライアス技術中佐とナイジェル中将は固い握手を交わした。
「ダライアス・アームストロング技術中佐。忙しくなるぞ。一分一秒ですら惜しい。可能な限り早くあの計画……『海洋温度差発電所および完全電化工業都市群建設計画』を完遂させる。そして帝国と聖王国が気付く前に、自由都市同盟の国力をバフォメット事変以前……いや、それ以上に高め、都市同盟軍を再建するのだ。
万が一、帝国と聖王国との二正面作戦になっても戦いうるだけの……。いや、勝利し得るだけの力を、同盟は蓄えなければならん。貴官の力、貸してもらう」
「我々は、既に一蓮托生では?」
「ちがいない」
海洋温度差発電所と、完全電化の工業都市群……。名前からして明らかにこれは、科学技術の産物であった。この世界において、科学技術は忌避され、放棄された存在である。何故ならば、科学技術とはこの世界をいったんは滅ぼした、旧人類たちの邪悪な技術であるとされているからだ。
この世界に今を生きる新人類たちは、科学技術の代替として魔力を用いる『魔導工学』や『魔法』を使用している。そしてこの世界の三大国家、アルカディア帝国、カーライル王朝・聖王国、自由都市同盟のうち、帝国と聖王国ではヒステリックなまでに科学技術を嫌悪し、排撃している。その二国の領内で科学技術の産物を使用している……いや、所持しているのが発覚しただけで、投獄か、下手をすると粛清されてしまうほどなのだ。
科学技術に対してリベラルな自由都市同盟においても、そこまでヒステリックではないだけで、おおっぴらに科学技術を用いる事は無い。発覚すれば、帝国や聖王国からの干渉が避け得ないからである。しかし今、自由都市同盟は存亡の危機にあると言っても過言ではなかった。
国を揺るがすほどの一大事件、魔王級魔獣バフォメットによる襲撃……バフォメット事変が、全ての原因である。都市同盟軍の必死の抵抗、そして英雄たちの死を賭した戦いにより、多大なる犠牲を払ってバフォメットは討滅された。
だがその爪痕は深く、とても深く、自由都市同盟という国に刻み込まれたのだ。そして周辺国は、自由都市同盟が再起するのを待ってはくれないだろう。
それ故、ダライアス技術中佐は同盟を護るために、同盟を早急に再起させるために劇薬を投与する事を決めた。同盟が他の二国に対し、わずかに持っているアドバンテージ……。科学技術に対する理解というソレを、最大限に活かす劇薬。科学技術による復興である。
そしてナイジェル中将はそれに賭ける以外、同盟の存続が難しいと見た。だからこそ、中将はそれに手持ちの全部の賭け札を張ったのだ。
後の世で、科学技術排斥派の者たちからこの二人は、悪魔のごとく、蛇蝎のごとく謗られる事になる。だがしかし、彼らからすればそれ以外に道は無かったのである。





