File11「二人の客人」
聖華暦八三四年六月。ここは自由都市同盟中央都市アマルーナの、冒険者組合本部。そこの廊下を、二人の男が一人の女性に案内されつつ歩いていた。
男のうち一方は、冒険者組合鍛冶師組合所属技師であるルント・デルフィン。そしてもう一方は、アルカディア帝国からの亡命者であり今は傭兵の扱いで同盟に所属している、ヴィレム・デーゲンハルトである。
徐に、ルントが口を開く。
「……え……っと。大尉さん? オレはここの所属だから、別に案内されなくても自分で行けるんだけど。ヴィレムさんも俺が連れて行くから……」
「……いや。命令書こそ無いが、口頭でとは言えレーヴェンハルト大佐から仰せつかった任務だからな。わたしが引率していく」
「そ、そっか……」
「……」
ルントと違い、ヴィレムの方は別に異を唱えるつもりは無い様で、黙って大人しくその女性大尉に従っている。……ただ、その大尉を時折ついつい目で追ってしまうのは、避けられなかった。
その女性大尉は、なんと頭のてっぺんから足のつま先まで、重装甲の鎧を身に纏っていたのである。敵と戦うわけでもないのに、この大都市の中央もいいところの、冒険者組合本部の真ん中で。
全身を銀色の錬金金属で編まれた鎖鎧で包み、頭は同質の金属で出来たバケツ型ヘルムを被っている。肩には同じく銀色の錬金金属の肩当てが、左胸には心臓の上にのみ錬金金属の胸当てが装備されている。更にその上、重厚な手甲と脚甲を着用していた。
おまけに彼女は、腰には何物をも叩き斬りそうな片手半剣を佩き、背中には巨大なハンマーとカイトシールドを、後ろ腰には予備武器のモーニングスターを装備している。重ねて言うが、何と戦うわけでも無いのに。
そう、彼女は言わずと知れたアレクシア・アーレルスマイヤー大尉殿であった。
「「……」」
ルントもヴィレムも、アレクシア大尉に聞こえない様に、小さくため息を吐くのだった。
*
長い廊下をしばし歩いた後で、ルントとヴィレム、アレクシア大尉は目的の部屋へたどり着く。その部屋の主、冒険者組合に都市同盟軍から出向している、ダライアス・アームストロング技術中佐は彼らを歓迎してくれた。
「よく来たね、ルント・デルフィン技師、そしてヴィレム・デーゲンハルト殿。二人の噂はかねがね。
ルント技師、その技量の程はここ本部でも噂になっているよ。さすがはシュウ殿の秘蔵っ子だとね。ヴィレム殿は今年三月にあった同盟への帝国軍侵攻とハウゼンシュトリヒ攻防戦での八面六臂の活躍は、義勇軍に従軍していた友人から聞いているよ。」
「えっ、あっ、ありがとうございます! ダライアス師!」
「ふむ……。自分としては、そこまで持ち上げられると……」
二人の反応に微笑したダライアス師は、ふと目を眇める。ルントとヴィレムに、少し疲労の色が見えたのだ。
「……? あー、何か疲れている様だが?」
「い、いえ。その、まあ。あはは」
「……うむ。まあ、気にしないで欲しい、ダライアス師」
二人は一瞬アレクシア大尉に目を遣って、急ぎその視線を逸らす。ちなみにここまで彼らを案内して来たアレクシア大尉の本来の任務は、ダライアス師の護衛である。そのため彼女はこの部屋……ダライアス師の研究室に入ると、ダライアス師の斜め後ろに直立不動の姿勢で立った。
ルントはついつい、ダライアス師をまじまじと見てしまう。今まで直接一対一で会った事こそないが、ダライアス師は同盟の冒険者組合においては有名人である。更に彼がオヤジさんと慕うシュウ・フォールズ技師とも、ダライアスは知己であるらしい。
そんなルントの様子に苦笑しつつ、ダライアス師はさっそく本題に入る。
「さて、先にこちらに送られて来ていたヴィレム殿の機装兵……。『ジェンティーレ』、だったね。それの調査と分析、そして機装兵本体の基本的な整備は既に終わっている」
「早い!? たしかオヤジさんの工房の、アマルーナ支部を送り出したのが今週の頭だから……」
「……凄いな」
ルントとヴィレムがわざわざ冒険者組合の本部にまで出向いて来たのには、わけがある。彼らはヴィレムの機装兵『ジェンティーレ』を調整する必要から、ここに常駐している機兵技師ダライアスの力を借りるためにやって来たのだ。もっともルントの方には、もう一つの目的があったのだが……。
ヴィレムが徐に、言葉を紡ぐ。
「それで、グライデンパックなんだが……。なんとかなりそうか?可能ならチェインバスタードも」
「要望は、『ジェンティーレ』のオプション装備であるグライデンパックの調整と修復、改良。そして武装であるチェインバスタードの修理と、可能ならば改良強化、だったな?」
グライデンパックとは、機兵の機動力を劇的に向上させる、ランドセル型の追加装備だ。
元々はエアボードと呼ばれるサーフボード状の、機兵の機動力を向上させるための機器が存在していた。複数の風のルーンを組み合わせる事で地上一~二mの高度を高速で滑空すると言う物なのだが、それの理論を応用しているのがグライデンパックだ。
これは『エアボードの機動力をエアボードに乗らずに確保する』という目標を掲げ、アルカディア帝国軍にて開発された物だった。しかしエアボードよりも複雑に風のルーンを組まねばならなかった等の理由で、量産に不向きであった事。そして何よりも、その能力を完全にコントロールし得る操手が存在しなかった事。
これらの理由で開発製造は中止され、後々ヴィレムと言う極めて高い技量を持つ操手が登場するまで、誰にも見向きもされなかった装備なのだ。
チェインバスタードは、帝国軍機兵の標準装備であるバトルブレードをベースにして強化された武器である。雷のルーンを刻む事により、鎖鋸のごとく刃を高速回転させて斬れ味を増す仕組みになっている。しかしこの武装は、この年の三月に起きた帝国との国境紛争時に、破損していた。
ダライアス師の確認に、ヴィレムは言葉少なに頷く。
「ああ」
「ララ」
「はい、技術中佐」
ダライアス師の呼び掛けに応えて、彼の傍らに控えていた秘書兼護衛役の美少女、ララ中尉が手に持っていた書類ケースから、書類の束を抜き出して彼に渡した。ダライアス師はそれに目を通しながら、赤ペンで書き込みを入れつつ言う。
「……はっきり言うと、そちらの要望を全て盛り込むと、けっこう高くつくぞ? 特にグライデンパックは、駆動系や動力系はともかく制御系がぐちゃぐちゃのスパゲッティ状態だ。ヴィレム殿、お前さんよくこれを制御できてたな?
制御系は全部、一から作り直しだ。一応、マギアディールのシュウ殿が作って送ってくれた制御系の外部仕様書があるから、それから内部仕様を書き起こして細部を煮詰めて制御術式を新しく組み上げないと」
「高くつくって、いくらぐらいになるんです?」
ルントが不安そうな顔になる。ヴィレムの顔色も優れない。だがダライアス師は、にやりと笑う。
「脅かし過ぎたな、安心してくれていい。シュウ殿とクライブ・レーヴェンハルト大佐が冒険者組合上層部と同盟軍とに色々と手を回してくれてな。グライデンパックの簡易量産型を同盟軍に販売する利益の一部を充当することで、何とかする。
どうにかヴィレム殿が払える金額に収められると思うぞ」
「グライデンパックは、ヴィレムさんじゃないと扱えない代物なんですが、それを量産するんですか?」
「ああ。帝国でも産廃扱いされていた装備なんだが……」
「そこはこの書類を見てくれ」
ヴィレムはその書類を受け取る。だが、すぐに眉を寄せて難しい顔になる。
「……すまん。技術的な専門用語が多くてな……」
「ああ、オレが見ますよ」
ヴィレムから書類を受け取ったルントは、その書類にざっと目を通す。
「……なるほど、グライデンパックの操縦は極めて難しいから、半自動化するんですか。操縦槽にテンキーボードを置いて、そのキーを叩く事で様々な機動を自動的に機体に行わせる……。1キーを押せば左方向に横滑り機動。2キーを押せば急速後退機動。5キーを押せばバク宙と言う様に」
「無論、ヴィレム殿ならば細かい機動は手動操作でやった方がいいだろうから、手動操作と自動化操作が被った場合は手動操作を優先するがね。それと、負傷して細かい手動操作が困難になった際など、キーによる一発入力は役に立つと思うよ」
「簡易量産型グライデンパックからは、手動操作を全廃して全てキー入力による自動操作での機動を行うんですか。なるほど、細かい機動はできなくなるけれど、おおざっぱに高機動を行うなら、これでいい……」
そこでヴィレムが口を挟む。
「……キー入力による自動操作なんだが、そのうち一つに、わたしが万全な状態でも不可能な強引な機動をセットしておいてもらえないだろうか。万が一の切り札として」
「……操手を殺す様な真似はできんな」
「死ぬためじゃない。……死なせないためだ」
ダライアス師とヴィレムは、しばし睨み合う。ルントは対峙する二人に口を挟もうとして、だがタイミングを逸する。ルントからして見れば、ヴィレムの言葉は本当であり、同時に嘘も含んでいると思えた。
ヴィレムの『死なせないため』と言う言葉は、彼の本音だろう。だがルントが見るに、ヴィレムは死に急いでいる側面がある。もしその機能を付けたなら、ヴィレムは誰か仲間が危地に陥ったときなど、他に方法があってもその機能を乱用してしまい、仲間を救うのと引き換えに、あっさり死んでしまいかねない怖さがあった。
と、そこで声を上げた者がいた。
「良いのではないか? ダライアス師」
「アレクシア大尉……」
そう、それはダライアスの斜め後ろに直立不動でいた、アレクシア大尉だった。彼女はゴツいバケツ型ヘルメットの奥から、眼光鋭くヴィレムを見つめる。
「ヴィレム殿にとっては、必要な機能なのだろう。その機能を付けてやったからと言って、さっさと死ぬとは限らない。いや、絶体絶命の窮地に置いて、九死に一生を得る事もあり得るだろう」
アレクシア大尉はそこで言葉をいったん切る。そして再び口を開いたが、その声音にはなんとも言い様のない、異様な迫力が宿っていた。
「だがな、ヴィレム・デーゲンハルト殿。貴殿がもしその機能を死ぬために使った時! わたしが先に、貴殿を殺す!!」
「!?」
「その機能を死ぬために使う時、それはダライアス師に自殺の手伝いをさせるに等しい行いだ! わたしが尊敬するダライアス師に、そんな真似をさせてみろ! わたしは貴殿を赦さない!!」
彼女の言葉に、ヴィレムは思わず息を飲む。ルントもダライアス師もララ中尉も、一言も発しない。だがララ中尉は、アレクシア大尉に賛同するかの様な視線を送っていた。やがてヴィレムは重々しく頷く。
「肝に……命じよう」
「そうしてくれ。……ダライアス師、失礼しました」
「いや、アレクシア大尉……。ありがとう」
凍り付いていた空気が柔らかくなる。ダライアス師も、ララ中尉も、微笑を浮かべていた。ルントがヴィレムの表情を窺うと、ヴィレムは何か感じ入った顔つきをしている。ルントは、安堵の息を吐いた。
*
夜分遅くに、ダライアス師は自分の多機能通信魔導器が通信の着信音を鳴らすのを聞いた。彼は急ぎ回線を開いて着信を受ける。
「はい、こちらダライアス・アームストロング。」
『よう、ダライアス師。元気か? 俺だ、シュウだ。ちゃんと飯食ってるか?』
通信の相手、シュウ・フォールズは、自由都市同盟の工業都市マギアディールに本社がある古参の工房に所属する技師であり、整備長の地位に居る人物だ。
若い頃のダライアスとは、その頃のダライアス師が性能偏重で使い勝手や整備性が悪い、量産性皆無で稼働率も低い、言わば『尖った高性能機』を好んで建造していた事もあり、折り合いが悪い時期があった。今はダライアスの方がシュウの正しさを認めた事もあり、関係は劇的に改善している。
「シュウ殿か! ……いや、久しいな。大丈夫、面倒見の良いお目付け役がいるからな。飯どころか、毎日のティータイムには手製の菓子と美味い茶をご馳走になってる」
『ほう!? お目付け役か……。女か?』
「ああ。もっとも、残念ながら色っぽい話は無いがな」
『……ほんとに変わったなあ。昔のお前さんだったら、こんな冗談には乗って来なかったろ』
「昔の事を言うのは勘弁してくれ。若気の至りだったんだ」
『今でも若いだろう。はっはっは』
ダライアス師はふと、通信費が気になった。いや、こちらから相手に通信したならば、冒険者組合本部の大型通信機を仲介に使えるから、それほど費用はかからない。だがシュウから通話をかけてきたのだから、彼のいるマギアディールにある通信屋を使わねばならないだろう。通信屋を使うと、通信費は一分で五十ガルダと馬鹿高い。
「シュウ殿。なんならこちらから通話をかけ直すが? こちらからなら、通信費はそこまでかからん」
『あ、いや構わん構わん。だが、そうだな。そろそろ本題に移るか』
そしてシュウは、突然話題を変える。彼の言によれば、こっちが本題の模様だが。
『ところでよ。そっちに行かせた二人はどうだ?』
「ヴィレム殿とルント技師か? ヴィレム殿はまあ、作業がある程度進むまでは、お客さん扱いだな。作業の費用を少しでも浮かせるために、物が出来上がってからのテストは彼自身にやってもらうつもりだが。
ルント技師は、中々だな。流石あなたの弟子だけの事はある。来たばかりで申し訳ないとは思ったが、早速実作業を手伝ってもらっているよ」
『ルントの事なんだが、単に手伝いにいかせただけじゃねえんだ。奴からもその内にお前さんに頼み込むたあ思うが、一応俺からも話を通しとこうと思ってな』
「む?」
『いや、な……』
その後少々の間、ダライアス師は通信越しにシュウと会話を続けた。通信を終えた後、ダライアス師は少々考え込む。シュウから持ち込まれた話は、少々判断が難しい事であった様だ。彼は古代の遺物であり彼の私物であるノートPCを開き、立ち上げる。しばしの間、忙しくキーボードを叩く音が、彼の研究室に響いた。
*
ここ数日、ルントはダライアス師を補佐して、グライデンパックとチェインバスタード、そして『ジェンティーレ』本体の改造作業を行っていた。これは彼が、自分から申し出た事である。今日も彼らは冒険者組合本部の機兵用ハンガーで、改造作業に勤しむ。
「ルント君、『ジェンティーレ』本体への増槽の取り付けと、操縦槽の改装、進捗はどうなっているね?」
「はい、ダライアス師。作業自体は完了してます。チェックも済んでますし、あとは実際の稼働試験を待つばかりです」
「……流石、作業が早いな。シュウ殿の秘蔵っ子だけの事はある」
そう言うダライアスの方は、彼は彼でチェインバスタード関係の作業を既に終わらせていたりする。必要なのは損傷部位の修復の他、威力の強化と簡易的雷魔法の行使能力の付与であった。
これらの実現のため、ダライアスはいったんチェインバスタードをばらばらに分解した。そして威力を強化するために、本体フレームをはじめ、鋸刃やそれを回転させるための鎖部位や回転軸など、必要パーツを元々のそれよりも強度が高い高価な錬金金属を用い、新造する。
更に心臓部に刻まれていた雷のルーンを新たに刻み直し、鋸刃の回転駆動以外にも簡易的な雷魔法を放てる様にした。
ちなみにヴィレムは、ダライアスより機装兵『ドランカード・タイガー』を借り受けて、演習場にて完成したチェインバスタード改のテストを行っている。
「まあ、これだけやってしまうと魔力の消耗が激しくなるからな。だからこそ『ジェンティーレ』本体には増槽を取り付けたんだが……」
「グライデンパックの方は、ララ中尉さんが作業を?」
「ああ、グライデンパック本体の改造と、制御呪紋を書き起こすのまではわたしが自分でやったが。制御呪紋を情報圧縮して呪紋原盤にする作業は、彼女の方が得意だからな。
本当なら、義娘たちにも手伝わせたかったんだが。あの娘らは今は士官学校での勉強が大変な時期だから、呼び戻すのは避けたんだ」
突然出たダライアス師の義娘の話に、ルントは驚いて聞き返す。
「む、娘さんがいらっしゃったんですか!?」
「義理の、だがな。呪紋原盤ができれば、冒険者組合の魔術師組合に依頼して、原盤から呪紋を制御用の魔導制御回路に書き込んでもらわないとならん。
しかし、グライデンパックの制御のためだけに、機装兵制御用のコード・スフィアを転用しているとはな。量産に向かんわけだよ。同盟軍に卸す簡易量産型では、最低機兵用のタクティカルディスクあたりの品で代用できないか、ちょっと考えないといけないな」
「……」
「……? どうしたね、ルント君」
急に考え込んだルントに、ダライアス師は怪訝そうな顔を向ける。ルントはしばし躊躇った後、決然と顔を上げた。
「ダライアス師。お願いがあります」
「……何か大事な話の様だな。ここには作業員もいる。一応彼らも守秘義務は心得てはいるが、大事な事なら聞かせないに越した事は無いだろう。
そうだな……作業も一段落した事だし、少し休憩を入れて休憩所で休みながら話を聞こうか」
「はい」
彼らはその後しばしの間、ハンガーの休憩所を占領して真剣な顔つきでしばし話し合っていた。しばらく経って話が終わった後に、ルントが難しい顔で、ダライアス師が少々困惑した顔で、休憩所から出て来る。それを見た作業員たちは、いったい何があったのかと怪訝に思った。
*
冒険者組合本部付き演習場で、ダライアス師の『アーチャー・フィッシュⅡ』とララ中尉の『ドランカード・タイガー』、アレクシア大尉の『ロイヤリタートTypeⅣ』、ルントが借り出した機装兵『アーミィ・アント』が、ヴィレム駆る新生『ジェンティーレ』の実機試験を見守っていた。
『ジェンティーレ』は増槽を装備したり様々な補器を追加されたために、若干重量増加してはいたが、グライデンパックの出力強化により以前よりも高い機動性能を発揮している。
ちなみにアレクシア大尉は本来ならば、加速装置実験機の『ローター・ブリッツ』に乗り換えていたのだが、『ローター・ブリッツ』はルシ三人娘の一人であるルージーと二人乗りで動かす機体である。そのルージーは今、三人娘の残り二人であるジェリー、ブリジットと共に同盟軍士官学校だ。
それ故彼女は、以前の乗機である『ロイヤリタートTypeⅣ』に搭乗しているのである。
ダライアス師は、徐に呟く。
『うむ……。これまでは問題無かったな』
『はい、技術中佐。どの実測データも、事前に予測した許容範囲です』
ララ中尉が無表情な声で、ダライアスに答えた。だがダライアス師の『アーチャー・フィッシュⅡ』は、操手の不安を反映してか、首を傾げる。
『しかし……。次の……最後の試験がある。例のヴィレム殿でも制御不能レベルの高機動を組み込んだ、0番のキーに割り当てた切り札とも言える動作……』
『では最後の試験項目だな、ダライアス師』
そこへヴィレムの『ジェンティーレ』から、声が上がった。ダライアス師は、それに応える。
『ああ。あちらに標的……。スクラップになった旧世代機の重機兵を出してある。あれを目標にして、0番のキーを叩いてくれ。ただし、くれぐれも慎重にな』
『グライデンパックの出力を限界まで出しての、全力での突撃行動をセットしてあるんだったな』
『その通りだ、ヴィレム殿。だが、万一異常が起きたら即座に手動操作で突撃をキャンセルしてくれ』
『了解だ。では始める』
言うやヴィレムの『ジェンティーレ』は、標的に向き直る。そして次の瞬間、凄まじい風の唸りが『ジェンティーレ』の背部から発生。そして『ジェンティーレ』は、爆音を発して一瞬で超高速にまで加速。
その手に握られ突き出されたチェインバスタード改が、紫電を纏いつつ標的のスクラップ重機兵を粉々に粉砕。更に副次的に発生した衝撃波が、標的の残骸を派手に吹き飛ばしていた。
標的を撃破した『ジェンティーレ』は、しかし即座には停止せずにそのまま大きく弧を描いて徐々に速度を落とす。見ると『ジェンティーレ』の初期位置から標的のあった場所に至るまで、衝撃波による深い溝が大地に走っていた。ルントの呆れたような声が響く。
『凄い……』
『ヴィレム殿、無事かね? ……ヴィレム殿? ヴィレム殿、返事をしたまえ!』
『ぐ……。いや、大丈夫だ……』
ダライアス師の呼び掛けに、多少遅れて返事があった。しかし大丈夫だと言う割に、その声には苦痛の響きがある。
そして『ジェンティーレ』がゆっくりと、のろのろした微妙な足運びで戻って来た。出来る限り、操縦槽に振動を与えない様な歩き方だ。それを見て、アレクシア大尉が突っ込む。
『……ヴィレム殿。貴殿、どこか痛めただろう』
『見ればわかるな』
『同意します』
ダライアス師とララ中尉も、同意を返す。ルントが慌てて叫んだ。
『ちょ!? ヴィレムさん、無理をしないで! 今救護班呼びますから!』
『む……。肋骨が一~二本いかれただけだ。大事無い』
『大事ありますよ!! 衛生兵、衛生兵ー!!』
急ぎ救護班が『ジェンティーレ』の足元へと集まる。それを眺め遣り、ダライアス師はため息を吐いた。
『ヴィレム殿が制御できないほどの高速高機動を、との要望だったから、グライデンパックが吹き飛ぶ直前まで出力を高める様に調整したが……。流石にやり過ぎだったか』
『いや、このぐらいの無茶が効く様でなければ駄目だ。要望通りに作っていただき、感謝する』
『いいから貴殿はさっさと救護班の担架に乗りたまえ。まったく……。ああ、まかり間違っても、今後0キーは連打するなよ? それこそ風の魔力がオーバーロードして吹き飛ぶぞ? いやいっその事、連打できないように、機構的にロックをかけるべきか……』
ダライアス師は疲れた様に頭を振った。彼らの機兵の足元では、ヴィレムが担架に乗せられて運ばれて行く。少なくとも今の機動を発動するための0キーは、うかつに押せない様にカバーを取り付けるべきだと、ダライアス師は心に決めた。
*
冒険者組合本部のゲートで、ダライアス師はヴィレムとルントを見送りに来ていた。ヴィレムの怪我のせいで少々遅れたが、ルントはここ同盟の中央都市アマルーナに実家があるためそちらへ帰省する予定であるし、ヴィレムもシュウの工房のアマルーナ支部に下宿しておりそこへ戻る事になる。
ちなみにまだヴィレムの肋骨はくっついてはいない。幸いなことに内臓の損傷などは無く、鎮痛剤の投与と固定具による固定で済んでいる。
なおダライアス師の左右には、ララ中尉とアレクシア大尉が立っているのは言うまでもない。ダライアス師たちは、ヴィレムとルントの傍らにそびえ立つ『ジェンティーレ』を見上げる。『ジェンティーレ』には、強化されたグライデンパックとチェインバスタード改が装備されていた。
「……まあ、なんとか形になったな」
「貴方のおかげだ、感謝するダライアス師」
「予定よりも長く居たのに、何かあっと言う間でした」
ヴィレムとルントの二人も、何と言おうか感無量の様だ。と、ダライアス師が左手に持っていた手提げカバンをルントに差し出す。ルントはきょとんとした。
「え? ……これは?」
「わたしが纏めた、魔力型電磁加速砲の、その論文一式だ。もっとも、同盟軍の軍機に関わる部分は削除してあるがね。持って行きなさい」
「えっ……。えっ!? せ、先日お願いした時は、駄目だと言う話だったのでは!?」
驚くルントに、ダライアス師は苦笑しつつ答える。
「軍機に関わる部分があるからな。だからこれは、そう言う部分を削った、一般……と言っても学者向けだが、一般公開用の論文だ。君の能力と知識ならば、これに書いてない部分も自分で埋める事ができるだろう」
「……っ!! あ、ありがとうございます!!」
「それを上手く役立ててくれる事を願うよ」
そしてダライアス師とララ中尉、アレクシア大尉は踵を返し、冒険者組合本部の中へと消えて行った。ヴィレムは手提げカバンから論文を取り出して興奮状態で読みふけるルントに、声をかける。
「……そろそろ行かんか? 私は機装兵を歩かせて行くから構わんが、そちらはあまりのんびりしていると、蒸気バスが出てしまうだろう」
「えっ! あ、そ、そうですね! じゃあ行きましょうか!」
ヴィレムは不器用に微笑みを零すと、『ジェンティーレ』の操縦槽へと登る。途中、折れたままの肋骨が痛んだが、なんとか乗り込みに成功した。
そして『ジェンティーレ』は起動し、ゆっくりと歩きだす。徒歩のルントを置いて行かない様に、そして折れている肋骨に響かない様に。目的を達した二人の男は、家路についた。





