File0「ダライアス・レポート」
その男は、冒険者組合本部棟の自分に与えられた一室で、考えに沈んでいた。
「……駄目だ、没」
そう言って男は、今の時代珍しいと言うよりは存在さえもが疑われるレベルのノートPC上で走らせていた、CADソフトを停止させる。無論、きちんとデータをセーブしてからだ。
たとえ没にしたアイディアとは言え、彼は無下にすることは無い。いつか役に立つかもしれないのだから。
ちなみにそのCAD画面には、全高八メートル程の人型の機械の塊……。この世界における戦場の覇者、人型兵器『機兵』の姿が、様々なアイディアの書き込みと共に描かれていた。
男はセーブしたファイルを、自作した魔導器……外部記憶装置にバックアップする。ノートPC自体の動力を落すと彼は、深々と事務用椅子に腰かけてため息を吐いた。
「ふぅ……」
男の手には一通の書類……細密かつ正確、精密な、一機の機兵の図面があった。機種はおそらく、全高八メートル程度であるが故、標準タイプである『機装兵』ではないかと思われる。その図面には、無数の細かな書き込みがなされていた。
彼はその図面をひっくり返す。図面の裏側には、クリップで書類に留められた白黒の写真。その写真には、無機質な印象を与える……しかし絶世の美少女の姿が写し出されていた。
彼は、その少女の無機質さに負けず劣らずの無機質な視線を、その写真に送る。
「……必ず、打ち負かす」
男の名は、ダライアス・アームストロング。自由都市同盟は冒険者組合の、お抱え機兵技師である。だが二年前まで彼は、自由都市同盟は都市同盟軍所属の技官、技術少佐であった。
*
その機装兵、コードネーム『仮面の怪人』は、ダライアスが全身全霊をもって設計し組み上げた、彼に取って最高傑作だった。
もっとも今思えば、性能こそ尋常でなく高いものの整備性は劣悪、なおかつ頻繁に高度な技術者――ダライアス本人――による調整や修理を必要とし、結果的に稼働率も低い。あげくに価格は高く生産性は目を覆わんばかりのありさまであった。
だが都市同盟軍高官は、その性能にばかり目を取られて狂喜した。そしてその機体に箔をつけるためだけに、最近発掘されたばかりの『幻装兵』相手に、トライアルの場を設えたのである。
幻装兵とは、今現在の技術では模倣すらもできない高い性能を誇る、古の機兵だ。そしてそれを打ち負かしたとあれば、ダライアスの『作品』には大いに箔が付くと言う物だった。
「……?」
その幻装兵……仮称『ブラック・カタナ』、正式名称は不明なのだが、それを目の当たりにしたときダライアスは一瞬目を疑った。
(なんだ……? あの動きは……)
その幻装兵は、非常な高性能機ではあった。あったのだが、現代の機装兵のそれも最高性能の物であれば、充分に対抗可能な能力しか発揮できていなかったのだ。
そしてダライアスの『仮面の怪人』であれば、確実な勝利を得られるはずであった。
発掘に関わった考古学者、技術者たちによれば、おそらくは古代に大量に作られて、なおかつほぼ全て破壊されてしまった一般兵用の凡百な機体なのだろうとの事である。そうとでも思わない限り、あくまで幻装兵としてはであるが、説明のつかない低性能っぷりであったのだ。
それ故に此度のトライアルの、当て馬、噛ませ犬として選ばれたのだ。
ちなみに形状だけは、かつて八〇〇年前の旧大戦において新人類解放軍の中核となって、旧人類の奴隷であった新人類たちを解放した、八英雄の乗機……。八機神と呼ばれる機体群の一機、刀神イザナギ駆る『破裂の幻装兵 アメノハバキリ』によく似ている。そのため、それを元にした大量生産品の安物ではないかと思われていた。
しかしダライアスの眼は、その幻装兵の異様さを見抜いていた。
(なんだ、あの滑らかな可動ラインは。断じてあれは低位機体の構造じゃないぞ。
……いや、出力の応答がうまく噛み合っていない、だと? そのために、転換炉が魔力収縮筋に魔力を十分に流せていないんだ。結果として、パワーロスや反応速度の低下が起きている。
……問題は、制御系か!?)
ダライアスは、『ブラック・カタナ』の整備責任者――この幻装兵の発掘時の責任者でもあった――に、噛みついた。
彼は相手に足枷をはめて戦って、勝利を盗むような真似はしたく無かったのである。実戦の場ならばともかく、少なくともこのようなトライアルの場では。
「エリベルト技術大佐!! あの機体を発掘した際に、何か別口で発見されなかったか!?」
「な、何かね、いきなり!?」
「あれは一般兵用の凡百な機体なんかじゃあない! 明らかに、なんらかの目的を持って製作された一品物だ! だがおそらく、パーツが足りない! 発掘された物品の中に、何か鍵があるはずなんだ!」
相手方の整備責任者であるエリベルトは、唖然とする。
「な、なんじゃと? し、しかしだな……」
「頼む! エリベルト師! ……わたしは相手の手足を縛った上での、欺瞞に満ちた勝利など欲しくは無いのだ。たとえ、わたしが負ける事になったとしても、だ! それは今の負けではあっても、最終的な負けでは無い!
だが……今、嘘の勝利を受け入れてしまえば、それは最終的な敗北だ。わたしには、そこから先は無いだろう。技術者として……」
「……」
エリベルトは沈黙する。そして彼は、助手に命じて一人の少女を連れて来させた。その少女は、絶世の美少女であった。だがしかし、何処か無機質さを感じさせる。
「この娘はララ……。『ブラック・カタナ』を発掘した遺跡から発見された少女じゃ。魔術で体組成などを調べたが、旧人類とも我々新人類とも異なっておる。
おそらくは、この機体の操手として作り出された、量産兵士なのだと思われた。
彼女には記憶が無い。おそらく基礎的な知識も命令も何もかもインストールする前に、大戦が終わってしまい、彼女だけが遺跡のカプセルに残されたのだろう。
哀れに思って、な。軍の検査が終わった後に、引き取ってララと名付けたのじゃよ」
「では……」
「いや、この娘に操縦させても、この幻装兵の性能は他の操手が動かすのと大差は無い。いや、熟練の操手の方が優秀ですらあった。
貴君の考え過ぎでは、と思うがの……」
「……くっ!」
ダライアスは『ブラック・カタナ』の胴体中央に位置する操縦席、『操縦槽』へと走った。彼は肉体的には貧弱な方ではあったが、操縦技術は一流の部類に入る。彼は幻装兵の操縦槽の中を、徹底していじりまわした。
そして、幻装兵の拡声器から、ダライアスの声が周囲に響いた。
『……見つけたぞ』
「!!」
「ら、ララ!? どうしたんじゃ!!」
幻装兵『ブラック・カタナ』の頭部が展開して行く。そこには、人間の大人では座れない小さなサイズの……ちょうど少女であれば、すっぽりと収まる程度の、バケットシートが存在していた。
少女ララは、エリベルトの制止を振り切って、幻装兵の方へと駆け出した。その身体能力は信じ難く、八メートルはある機体の頭部まで、一瞬のうちに跳ぶ様に登り切り、そのシートに身を沈めた。
*
そして『ブラック・カタナ』が『目を覚ま』す。
*
「おお……!!」
「う、うわぁ!?」
「なんだこのデタラメな魔力の波動は!!」
周囲に噴出した魔力の余波が、その場にいた全員の身体を総毛立たせる。その魔力の渦の中心で、『ブラック・カタナ』は腰に二本差しになっていた双刀を抜き放ち、信じ難い速度で舞うような動きで振るっていた。
双刀はありあまる魔力を本体から供給され、凄まじい威力の妖刀と化している。
その一閃は、まさしく稲妻の如し。今現在の機兵では、何がどうあろうと太刀打ちできぬ事は明白だった。たとえそれが、ダライアスの最高傑作であろうとも。
『……しかも、剣に素養が無く、技術も無いわたしが操っていてコレなのだからな。く、くくく』
ダライアスは自嘲の笑みを漏らす。『ブラック・カタナ』操縦槽にある、外部を映し出すスクリーンである映像盤には、これからトライアルに挑む『はず』であった自分の最高傑作『仮面の怪人』が映っていた。
ダライアスには、その自身が造り上げた機兵が、とてつもなくみすぼらしく思えてならない。
彼は、『ブラック・カタナ』から降りる。
「お、おいアームストロング技術少佐……」
「……わたしの完敗……ですよ。いえ、戦う以前にわたしは敗れていました。自分自身に……。自分自身の驕りに、ね」
「……」
「ああ、操縦槽内のパネルを外した裏側の更に奥に見つけました。あの機体の正式名称は、『ヴェイルー・ヌ・ザアンティス』、だそうですよ。では……」
そのままダライアスは、悄然とその場を立ち去った。そんな彼を、『ヴェイルー・ヌ・ザアンティス』の頭部ハッチを開いて、ララがいつまでも見つめていた。……無機質な瞳で。
*
そしてダライアスは目覚める。そこは冒険者組合本部棟の、自分の研究室であった。
「ふう……。夢、か」
この二年間で彼は軍を退官し、冒険者組合へと移籍していた。理由は単純、しばらく頭を冷やす必要に迫られた事と、軍にいては思うような研究ができないからである。
無論、研究資金は軍の方がたくさん使える。湯水のごとく、とまでは行かないにせよ。しかし研究の多様性と言う面では、冒険者組合の自由さには敵いはしなかった。
ちなみにダライアスほどの技官を野に下らせる事について、当然の事ながら軍は難色を示した。
だが最終的には軍も首を縦に振る。何かしら、軍と冒険者組合の間で裏取引があった様なのだが、それにはダライアス本人は関与していない。
「……」
ダライアスはノートPCを起動し、CADソフトを立ち上げると、眠る前に没にした機装兵の設計データを再びロードした。
(ふむ……。そう言えば、わたしも普段使い用の機装兵が必要なんだったな。実際に古代の機体を発掘に行くにせよ、古戦場へパーツ漁りに行くにせよ、組合から借り出せる従機では頼りないにもほどがある。
……造るか)
彼はいったん没機兵をCADソフト上でばらばらに分解すると、骨格を別の物に変更する。
(二世代前の、旧式機装兵『ピラニア』……。これは、初期性能は低いものの、カスタマイズ上限値は阿呆の様に高い。これをベースにして、わたし得意の射撃戦用に機体を造り直す……)
彼は再度CADデータをセーブしてバックアップを取ると、ノートPCをシャットダウン、椅子から立ち上がった。
(古戦場……アントシニアン平原がいいか。あそこに残骸を漁りに行かねばな。ニコイチ、サンコイチすれば使える骨格が集まるだろう。機体名は何としようか……)
その時ダライアスは、ノートPCの壁紙になっていた、古代魚の写真を思い浮かべる。それは水中より口で水を吹き出して、樹上の昆虫をはじき落として捕食する、特殊な魚の写真だった。
「……テッポウウオか。よし、この機体の名は『アーチャー・フィッシュ』にしよう。射撃戦を得意とする、わたしに相応しい機体名だな。」
そして彼は意気揚々と研究室を出て行った。
*
「なあ、あの男は?」
「ああ、うちの秘蔵っ子ですよ。『子』って歳じゃありませんがね。うちの組合の誇る、天才機兵技師です。名前は、ダライアス・アームストロング。
……あ、天才って言ったのは内緒にお願いしますよ?そう言うと、怒るんで」
「ほお? ……天才、ねえ? くっくっく。もしかして、俺の機体は奴が造る事になるのかい?」
ダライアスは、そんな会話が交わされているとは知らず、簡易型の機兵である従機、『ミメラ・スプレンデンス』を組合から借り出して、アントシニアン平原へと出立して行ったのである。