カウントスリー
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世の中には、たくさんの規則がある。人のものを盗んではいけない。赤信号を渡ってはいけない。人を殺してはいけない。当たり前のルール。守る守らない以前の、当然の決まり。人を殺してはいけない。では、自分を殺すことは許されるのだろうか。自殺は罪になるのだろうか。罰せられるのだろうか。
三橋先輩のお姉さんは、過去集団自殺で亡くなっていた。
「悲しかったなあ。本当に悲しかった。たくさん泣いたよ。そりゃあ泣いた。バスケもしばらく休んじゃったよ。本当にショックでさあ。中々立ち直れないほど。一穂姉が高校を卒業して家を出てからしばらく経っていたけど、それでも悲しかった。」
ああごめん、と三橋先輩は謝る。
「少し長引いちゃったね。もう少しで終わるから。ここからは本当に短い話。最近だよ、3週間くらい前かな。大学生になった仁葉姉と話した。クジラの話。さっき話した、集団座礁を見たって話だよ。仁葉姉は懐かしむように、慈しむようにクジラの座礁を3姉妹で見たことを話した。仁葉姉は私に、あのクジラは私たち3姉妹だったんじゃないのかって言った。」
三橋美佳先輩。3姉妹の末っ子。スリーポイントシュートが得意。ラッキーナンバーは3。
体育館の天井を支える骨は、大量の三角形が組み合わさってできている。意外にも、体育館は四角形よりも三角形が多いのだ。
「私たち3姉妹は、あのクジラみたいに仲良く自殺する運命だったんじゃないかって。仁葉姉はクジラの集団座礁を自殺だと思い込んでいたんだ。あれが事故だということを知らなかった。けれど、私はそれを否定しなかった。だってそれで良かったから。あのクジラの集団座礁が自殺だったなら、一穂姉は一人で寂しく死んだことにはならない。一穂姉は他の6人には置いていかれたけれど、まだ私たち姉妹がいる。私たち姉妹が一緒にあの海岸で座礁してあげられる。」
その時、静かな体育館に足音が近づいてくる。それも慌てた様子で、パタパタと上履きが擦れている。
「多田くん!どこ!?」
息を切らせて体育館に飛び込んできたのは、春家だった。膝に手をついて、肩を上下に揺らしている。
「あれ、もう時間か。まだ話は終わっていないのになあ。」
三角形ばかりの体育館。三箇所の非常口。3発しか装填できない弾丸。
「多田くん何してんの!早く逃げて!」
悲鳴にも似た叫び声が体育館に反響する。ゆっくりと三橋先輩に視線を戻すと、そこには真っ黒の銃口がこちらを覗いていた。
「これで3人。役者が揃ったね。カウントスリー。シュートの復習だよ、多田後輩。」
パスンと乾いた音と共に、銃口から飛び出したスポンジ弾が僕の太ももに命中する。
「いっ、」
同時に鋭い痛みが太ももに走った。
「っってええええええええええええええええええええええええええええっええええ!!!!!!」
まるで巨大なハンマーで殴られたような痛みだった。骨が砕かれたように痛い。地面への抵抗力がなくなって、足から崩れ落ちる。勢いよく倒れたせいで、強く肩を打った。体育館の床に頬が触れる。痛くて冷たい。
傾く視界の中で、三橋先輩の真っ黒な瞳と僕の目が合う。3人だったはずの姉妹が、一人ずつ冷たい海に沈んでいく映像が浮かぶ。
カウントスリー。3、2、1。三橋先輩から教わったそのシュート方法を、僕は何度も何度も頭の中で繰り返していた。
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