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非公開  作者: しゅん
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自殺をする動物って、人間だけなんだよ。

「モデルガンだよ。」

体育館に差し込む夕日に反射して、それは怪しげに光った。

「コルト45口径M1917リボルバー。本来は6発弾丸が込められるんだけど、改造してあるから3発しか装填できない。可愛いだろ?」

三橋先輩は右手に持ったリボルバーを眺めて、にっこりと笑う。春家の懸念は無用だった。三橋先輩のカバンを漁る必要はなかったようだ。教育に不適切なもの。不要物。モデルガンなんて、到底学校教育に必要だとは思えない。議論の余地はない。水鳥が没収してほしいものは、このモデルガンで間違いないだろう。

「三橋先輩、なんでそんなものを学校に持ち込んでいるんですか。不要物ですよね。」

「おいおい多田後輩、不要物だって?そんな言い方はないだろう。丸みを帯びた弾倉、細い銃身、木製のグリップ。こんなに可愛い銃は他にないぞ。」

バスケットボールは転がって、体育館の隅で止まって息を潜めている。

「学校には持ってきてはいけないものですよ、それは。」

「さっきまでとは人が変わったようだね、誰かに頼まれでもしたの、多田後輩。」

「ええ、あなたが不要物を学校に持ち込んでいるから、没収してきてほしいと言われたんですよ。うちの副委員長に。僕が体育館に来たのはそれが理由です。」

「ふうん、鬼の副委員長にねえ。」

三橋先輩は納得したように左手を顎に添えた。

「水鳥を知っているんですか。」

「知っているさ。彼女はこの高校じゃちょっとした有名人だからね。」

三橋先輩は右手を伸ばし、グリップを僕の方に向ける。

「いいよ、持っていきなよ。多田後輩とは、一緒にスリーの練習をした仲だからね。」

あっさり承諾する三橋先輩だったが、

「その代わり、最後に私の話を聞いていってよ。ちょっとした思い出話。下校時刻も迫っているし、すぐ終わるからさ。3分もあれば終わる。」

と条件をつけた。それくらいならと、僕は首を縦に振る。

「ありがとう。

私、こう見えて3姉妹の末っ子で、姉二人とは子供の頃からよく遊んでたんだ。一番上の姉が一穂姉で、二番目が仁葉姉。お母さんが子供は絶対三人つくるって決めてたらしくて、漢数字が入った名前にしたらしいよ。安直だよね。

一穂姉はバスケがすごく上手くて、バスケは一穂姉から教えてもらった。手加減してくれなくていつも負けてたけどね。仁葉姉はアニメ好きで、部屋にアニメのポスターがいっぱい貼ってあった。銃がたくさん出てくるアニメにハマったらしくて、お小遣いを全部モデルガンに使って怒られてたっけ。このリボルバーも仁葉姉のものなんだ。」

三橋先輩が歩いてキュッ、とシューズが音をたてる。

「結構前、三人で近くの海岸に遊びに行ったんだ。ビーチバレーするために。その時の海岸の景色を今でも覚えてる。本当にビックリしたから。なぜかって、クジラが打ち上がってたんだよ。座礁っていうのかな。それも一匹じゃない。何十匹も。海岸線に沿ってクジラが大勢打ち上がっていた。まるで人気のアトラクションに列をつくって並ぶみたいにきれいに。集団座礁っていうらしいよ。座礁鯨ともいってたな。とにかくすごい光景だった。

三人で慌てて帰って、お母さんに報告したよ。その時、最初に一穂姉が言ったんだ、クジラが集団自殺してたって。私はそんなこと微塵も思わなかったからビックリしちゃった。でもそう言われたら、あの大量に打ち上げられたクジラを思い出したら、集団自殺かもって思った。

まあ、あとで調べて分かったのだけれど、クジラが集団自殺をするなんてことはないらしい。地形による要因では潮が引いて取り残されたり、老衰によって方向感覚がなくなったクジラが浅瀬に迷い込んだり、餌を追って陸地に乗り上げてしまったり。一匹が座礁する要因はたくさんあるらしいのだけど、集団で座礁が起こる理由はたった一つ、群れがはぐれた仲間を助けに行くからなんだって。一匹を追って、群れが丸ごと座礁してしまう。集団自殺なんて見当はずれもいいとこだよね。

多田後輩知ってる?自殺をする動物って、人間だけなんだよ。動物の中で最も知能が高く、生存競争を勝ち残ってきた人間は、なぜか自分で命を断つことがあるんだよ。」

三橋先輩はくるくるとトリガーガードに手をかけて器用にモデルガンを回転させる。

「クジラが集団座礁した海岸。一匹の仲間を救うため、群れが全滅した海岸。その海岸で、3ヶ月前、一葉姉は集団自殺した。」

「え。」

僕は思わず声を漏らす。

「集団自殺っていうのは少し違うのかな。集団自殺未遂。

一葉姉は社会人で、そういう人たちと関わりがあったみたい。一葉姉の友達もその中にいた。全員で崖から飛び降りて、自殺する計画だったらしい。でも、計画は未遂に終わった。グループ7人のうち、亡くなったのは一名。それが一葉姉だった。

本当に一葉姉が自殺するつもりだったかは、正直わからない。だって遺書がなかったから。もしかしたら、友達を助けるためにその場に同行していただけかもしれない。同じ海岸で座礁していたクジラみたいに。真相はわからない。分からないけど、死んだことには変わりがない。一葉姉は死んだ。クジラがたくさん死んだ海で、死んだ。」


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