バスケのシュートは弾丸を発射する拳銃に例えられる。
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ダム。ダム。ダム。
体育館の中は、彼女を除き全員が既に帰宅しているようだった。
ダム。ダム。ダム。
力強く打ちつけられたボールが、彼女の手元に戻っては離れ、戻っては離れる。
バスケットゴールから目算五メートル以上ある遠い位置。地面にいたはずのボールはいつの間にか彼女の頭上にセットされ、浮いた体から弾かれるように発射された。
時が止まったと思うほどの静寂。まるでオレンジ色の体育館が、人に見つからないように息を止め潜んでいるかのよう。
射出されたバスケットボールが、磁石でも取り付けてあるのかのごとく、放物線を描いてゴールに吸い込まれてゆく。ボールはネットの中心を射抜き、水に石を落としたようにネットは宙を舞う。
「美しい。」
あまりに調和された光景を前に、僕は一昔前の物理学者のようなコメントを呟いてしまう。
「あれ、新入生?申し訳ないけど、今日は練習休みだよ。」
僕に気づいた三橋先輩が、声をかけてきた。
「あ、いえ、入部希望とかではないんです。でも、今のシュートはすごいと思いました。あの距離、スリーポイントですよね。」
「おや、制服なので入部希望かと思ったけれど。まあいいか、スリーを知っているということは、少なくともバスケに無関心というわけではなさそうだね。」
「今のシュートを見て無関心でいられる人はいないと思いますよ。なんというか、時間が止まったのかと思いました。」
「おいおい〜!さては君、おだて上手だね?時間が止まっただなんて、詩人だね。ただのスリーだよ。君にだってできるさ。」
いやいや、と僕が首を振ると、三橋先輩は僕に向かって手に持っていたボールを投げてきた。
「ちょっと投げてみなよ。教えてあげるから。」
僕は慌ててボールをキャッチする。ボールは意外にも僕の手の中にすっぽり収まってくれた。指先が摩擦でじん、と心地よく痛む。
「君、名前なんていうの?教えづらいから名前を教えてくれる?」
「多田です。先輩は三橋先輩ですよね。」
「多田後輩君ね。ってあれ?なんで私の名前知ってるの?」
あなたが今もっている不要物を回収しにきたからですよ。なんて急に言っても、初対面の一年生など相手にされないかもしれないと、僕は判断した。
「友達がバスケ部なんです。三橋先輩、よろしくお願いします。」
こうして三橋先輩の、スリーポイントシュートレッスンが始まった。
まず初め、僕は自分なりの投げ方でシュートを打ってみる。が、全て枠にも当たらなかった。
「投げ方は知っているみたいだね。左手の使い方はあってるよ。」
左手は添えるだけ。その言葉は、もはやバスケをしていない人でも知っている名言だ。
三橋先輩はボールを拾うと、力強くボールをついて左右に体を振る。キュッと軽快な音と共に、体の線が一本の大木のように動かなくなった。手首から音もなく放たれたボールが、再びネットに吸い込まれる。
「すごい…」
「バスケってさ、二点をとるシュートと三点をとるシュートがあるんだよ。試合で競り合ってる時、戦局を変えるのはいつだってスリーなんだ。だから私はスリーが好き。ちなみにラッキーナンバーも3なんだよ。」
三橋三香。彼女の名前からしても、3という数字には因果を感じずにはいられない。
「多田後輩、カウントスリー投法というものを知っているかい?」
「いえ、知りません。」
「いや、まあ名前の通り三つ数えて投げるっていうだけの話なんだけどね。これが初心者には結構おすすめでさ。やってみようか。」
三橋先輩は、文字通り手取り足取りシュートの投げ方を教えてくれた。
まず、膝をまげて重心を落とす。これが3。地面から力を吸い上げるイメージで体を伸ばし、腕を持ち上げる。これが2。そして、持ち上げたエネルギーを放出するように右手でボールを放る。これが1。3、2、1と数えながらこの動作を行う。故にカウントスリー投法。
「多田後輩はMG42っていう機関銃知ってる?ボールを弾丸だとするなら、腕は銃身。右手が銃口で、左手が三脚。では多田後輩。膝はどこになると思う?」
「三橋先輩、すみませんが機関銃を知りません。」
「ええ!?歴史の教科書に載ってなかったっけ?」
「一年生なので、人類は未だマンモスと矢で戦っている状況ですよ。」
「あらあ、そうなんだ、これは失敬。」
三橋先輩は後頭部をポリポリとかいた。
「まあ拳銃くらいなら分かるでしょ。膝は拳銃で例えると、どこになると思う?」
「うーん…引き金、ですか?」
「ぶぶう。不正解です。」
三橋先輩は大袈裟に両手でジェスチャーをした。女の先輩がおどけてくる場合、後輩の一年生はどのように対処したらいいのだろう。
「正解は、弾倉です。あ、弾丸をこめるところね。つまるところ、膝でためたエネルギーで弾丸を打つということよ。シュートを打つときに最も重要なのは手ではなく膝。ここを意識することで、ボールが真っすぐ飛ぶわけよ。そして最後、引き金はココ。」
そう言って三橋先輩は、自分の左胸を親指でつついたのだった。
三橋先輩があまりに満足げに語るので、僕はすっかりその理論を信じきってしまい、そして人間信じれば為ってしまうもので…
「3、2、1!」
カウントスリー投法と、放たれる弾丸を意識してシュートに励むこと30分。僕はついに人生初のスリーポイントシュートを決めたのであった。
「や、やりました三橋先輩!」
「やったな多田後輩!」
「「やった!やった!やった!やったぞううう!!!」」
誰もいない体育館、二人で小躍りした。
「はっ!」
すっかり汗をかき、念願のスリーポイントシュートを決めて気持ちよくなっていた僕は、ここで重要な約束を思い出してしまう。
「三橋先輩、そういえば僕、三橋先輩にお願いしなくてはいけないことがあるんです。」
「おいおいなんだよ多田後輩。私たちの仲だろう?一緒にスリーで汗を流した仲じゃないか。」
「いえ、それが少し言いづらいことなのですが…」
僕は生唾を飲み込む。
「おっぱいはダメだぞ。」
「おっぱいではありません。」
なんだよお、と言って三橋先輩はドリブルを始めた。
ダム。ダム。ダム。
一人、また一人と架空の敵を抜き去っているのが分かる。鋭い切り込みは、とても一人でバスケをしているとは思えない迫力だ。
「三橋先輩、学校に不要物をもってきていませんか?」
スッと細い腕からボールが放たれる。僕がボールを投げるときは、必ずボールが体のどこかに擦れて音がなっていた。三橋先輩のシュートは、とても静かだ。サイレンサーが付いているのかと思うほど。
ボールは迷うことなくゴールネットに吸い込まれた。ボールが地面に落ちて跳ねる。体育館の静寂の中で、ボールの音だけが聞こえる。
三橋先輩の方に目をやると、何かを手に持っていることに気づいた。バスケットボールではない。歪で、不適切。学校にあってはならないもの。不要物。
三橋先輩はそれを慣れた手つきでくるくると回した。カチャリと、金属の音がする。
「不要物ってこれのことかな?」
三橋先輩が手に持っていたもの。
それは、拳銃だった。
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