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非公開  作者: しゅん
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規則に従わず、規則を従える力。私はそれを、規能と呼ぶ。

毎日更新中。

西日が教室をオレンジ色に染め上げる放課後、僕と春家は二人で新校舎二号棟の一階を歩いていた。

「それにしても今時、水を入れたバケツを両手に持って廊下に立たされる、なんてことがあるんだな。私、タイムスリップしたみたいで少し感動しちゃったよ。」

春家は顎に手を添えてうんうんとうなづいている。

僕は教育の場に不適切なものを持ち込んだ罰として、放課後二時間廊下に立たされた。春家が言ったように、水の入ったバケツをぶら下げて、だ。

「もう手の感覚がない。のび太くんの気持ちが痛いほどわかったよ。僕は今日、ドラえもんに甘えるのび太くんを糾弾するのはやめようと心に誓ったよ。」

水入りのバケツを持って廊下に立つ僕にクラスの男子は同情するどころか、からかいの言葉を投げた。「お前どんなエロ本隠し持ってたんだよ」とか、「ジャンルが委員長陵辱モノだったんだろ」とか、「相当ハードなA Vだったんだな」等である。

「まああの副委員長には助けられたようね。キノコが入ってたこと、結局先生にもバレてなかったんでしょ?」

水鳥はクラスの生徒にはもちろん、担任の先生にもキノコの存在を明かすことはなかった。代わりにハードなエロ本を隠し持っていたむっつりスケベという汚名をかぶることにはなったが。

「地獄の廊下立ちの後も水鳥には特に何も言われなかったな。ただ、秘密をバラさない代わりにおつかいを一つ頼まれて欲しいと言われたよ。」

「それが体育館というわけ。」

「体育館というより、体育館にいる生徒だな。」

水鳥が僕に頼んだおつかいの内容とは、バスケ部の生徒からあるものを没収してきて欲しいというものだった。

「鬼の副長。」

バン、と春家が銃を打つジェスチャーをする。

「なんでも女子バスケ部のエース、三橋美佳先輩が不要物を学校に持ち込んでいるらしい。それを没収してきて欲しいと水鳥にお願いされた。」

「なるほど、水鳥さんの持ち物没収スキルにより、その三橋先輩とやらの不要物持ち込みまでは看破したけど、二つ上の先輩に直接言うのも気が引ける。そこで弱みを握った多田君を利用してその不要物を没収しようという魂胆か。」

「まあそういうことだ。」

「で、その不要物ってなんなの。」

「知らない。」

「え、大丈夫?多田君。先輩の、それも女の人のカバンを漁ったりなんかしたら、バスケ部自慢の怪力でメッタメタにされるんじゃない?ただでさえ元卓球部の貧弱な多田君が、女とはいえ二個うえの先輩には到底敵わないでしょう。」

「失礼な。卓球部にも体育会系はいるぞ。僕は違うけど。まあ、話し合いでなんとかするよ。大体、不要物を持ち込んでるあっちの方が悪いんだ。こっちは取り締まる側なんだから、堂々としていればいいんだよ。」

「さっきまで泣き顔でバケツを持っていたとは思えない自信ね。」

顔を西日が照らした。新校舎棟一階、渡り廊下だ。僕は目を細めて体育館の入り口を見つめる。

「多田君、後でまた話すけど、ちょっと注意して欲しいことがあるわ。」

「ん?なんだよ、改まって。」

「規則を守ることって実は規則を守らないことくらい愚かなことなのよ。」

「は?どういう意味だよ?」

僕は西日の日差しを左手で遮り、足を止めた。

「世の中って、たくさんの規則があるよね。人を殺しちゃいけないとか、赤信号は渡っちゃいけないとか、他人のものを盗んだらいけないとか。当たり前のルールだよね。守る守らない以前の、当然の決まり。でも、そういうルールって、一体誰が決めたんだろうね。」

西日が眩しくて、春家の顔が見えない。

「そういうルールを作った人ってさ、実はそれ以前のルールを破った人なんだよ。ルールを破ってルールを作った人。そういう人を、一般的には革命家っていうんだけど。」

「ルールを破った人がルールを作った?おいおい、そんなウロボロスみたいな…」

「そう、ウロボロスなんだよ。大抵の人はルールを破らない。人は殺さないし、赤信号をみたら止まる。盗みもしない。でも、ごくまれに規則に従わず、規則を従えちゃう人がいる。規則を食って、規則を生み出す人が。ウロボロスみたいにね。」

「信号無視してでも、道路で突っ立ってたおばあちゃんを助けたみたいなことか?」

「それは少し違う。規則を破るということは、規則にある意味では従っている。規則を従えるっていうのは、もっと根本的なこと。規則を従えた者は、規則を変える力を持つ。規能、と私は呼んでいる。」

規則を従える。規則を変える。規能。

一体なんのことを言っているのか、僕にはさっぱり分からなかった。

「ま、続きは後で話すよ。じゃ、私はこれで。没収頑張って。」

春家は体育館に続く渡り廊下には行かず、家庭科室に続く廊下へと足を進めた。背中を向けて手をひらひらと振っている。

「っておい、春家もきてくれるんじゃないのか。というより、どうしてお前がキノコを僕の靴箱に入れたのかまだ聞いてないぞ。体育館に行くのだって、そもそもお前がキノコを学校に持ってきたのが原因、って…」

僕の言葉を聞かずして春家は去ってしまった。

…あとで話すって言ってたし、キノコのことはあとで聞くか。僕だって実際、計らずとも春家をかばってキノコをカバンに隠したわけだし…半分はもう共犯みたいなものだろう。

渡り廊下がオレンジ色に染まっている。ダム、とゴム製のボールが弾む音がした。

僕は気持ちを入れるため、両手で頬に平手打ちをした。

僕はこれから、水鳥のおつかいで見知らぬ先輩から持ち物を没収しなければならないんだ。

それは、学校教育に不必要なものだから。学校規則に違反しているからだ。僕も学校の規則に違反したから、廊下に立たされ、副委員長の仕事も手伝っている。

―ごくまれに、規則に従わず、規則を従えちゃう人がいる。

春家の言葉が、妙に僕の頭に残っていた。

僕はこの後その言葉の意味を、西日が差し込む放課後の体育館の中で知ることとなる。


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