高校生というものは、高校生らしくあればあるほど退屈なものである。
毎日ちょっとずつかいていきますー。
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高校生というものは、高校生らしくあればあるほど退屈なものである。
鹿野山高校に入学して半年、僕はコンクリートでできた渡り廊下を走りながらそんなことを考えていた。
「ラスト10周―ー!!」
よく日焼けしたキャプテンが先頭で拳を上げる。膝が痛い。コンクリートの上を走っているからだ。足を鍛えるためのランニングのはずなのに、少しずつ足を壊している気がする。一歩一歩コンクリートを踏み締める度に、粘質の高いハンマーで足の骨を叩いているような、そんな気がする。
「山口!今日は調子いいな!濱崎、あと10周、踏ん張れよ!栗松、ここで頑張れたら一皮剥けるぞ!」
キャプテンが先頭からスピードを落としてくる。前から順番に一人一人、激励を飛ばしているのだ。鹿野山高校の旧校舎棟の一階をグルグル回るトレーニングで、なぜそこまで士気を上げてくるのか分からない。大体このランニングだって、目的不明である。僕を含めてこの旧校舎棟の一階を走り回るトレーニングを行っているのは、なんと卓球部である!
「山口、もう一つ前だ、一つ前を目指してみろ!」
キャプテンが目の前の山口のところまで下がってきた。未だキャプテンの激励のバリエーションは一つも被りがない。松岡修造なのかこいつは。松岡だこいつは。今日からお前は、松岡だ。
キャプテンと目があった。キャプテンの白い目玉がぬるりとこちらを睨んでいる。
「多田ァ。またお前が最後方かぁ」
キャプテンは自分の頭を拳を作って殴る。決して最高峰ではない。最後方である。
「多田、俺は悔しいよ。多分、お前よりも悔しいと思ってる。」
「はあ。」
僕は間の抜けた返事をした。息切れもしていない、間の抜けた返事だ。そもそも旧校舎棟の廊下はとても短い。スピードに乗る前にカーブがきてしまう。そのため無酸素運動にも有酸素運動にもならず、ただ漫然とコンクリートの床で足を痛めているだけである。
「多田、一回ぶっ倒れるくらいまで全力で走ってみたらどうだ?景色変わるぞ。」
僕とキャプテンが校舎から渡り廊下に飛び出す。外は霧みたいな雨が降り続いている。景色は朝から変わっていない。あと9周だ。
「キャプテン、なんで卓球部は雨の日はランニングなんですか?僕ら、室内スポーツですよね。」
霧雨が飛び込んできて、顔面が濡れる。真夏なので、まとわりつく水が気持ち悪い。
「雨の日はサッカー部と野球部が体育館使うんだよ、今更なに言ってんだよ。」
卓球部の癖にサッカー部や野球部みたいによく日焼けしたキャプテンは、あからさまに声のトーンを落とした。キャプテンの元気がなくなることを知っていて、あえて言った。僕は深くため息をついた。
部活は絶対しなさいよ。高校生らしく。
母は入学する前、僕にそう言った。部活として成り立っていて、それでいてなんとなく楽そうな卓球部を選んだ。その結果見えた景色が、日焼けした卓球部キャプテンの寂しそうな横顔など、くだらないにも程がある。
「キャプテン、僕、あと9周走ったら部活やめます。」
「はあ!?いきなり何言って…」
キャプテンの返答を待たず、僕はスピードをあげた。しかし、廊下の角を曲がりきれず、非常口の扉に思いっきりぶつかってしまう。湿度は高いはずなのに、非常口の扉は乾いた金切声を上げて僕を弾き飛ばした。
「多田!大丈夫か!何してんだお前!」
格好はつかない。もともと運動神経が良いわけではない。ひっくり返った視界でキャプテンが駆け寄る。
「キャプテン、僕、やっぱり今やめます。すみません。この通り、運動音痴なんです。」
キャプテンが僕の体を肩で持ち上げた。汗の匂いがする。僕は汗をかいていないから、キャプテンの汗だ。
「馬鹿野郎。そんなの全員知ってるよ。」
高校生というものは、高校生らしくあればあるほど退屈なものである。
僕にとって今日は、最初で最後の高校生らしい退屈な日だった。卓球部としてコンクリートを走る雨の日は、二度と来ない。そんなことは当然わかっていたはずなのに、望んでいたはずなのに、なぜかとても、哀しい気分になった。
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