慣れと些細な問題
私が王宮に来てからだいぶ経ち、王子と随分仲良くなった。
何しろ毎日三食(お昼の一食と、午前と午後のおやつの二食を)一緒に食べてるし、午前も午後も勉強やらなんやらで一緒にいるのだ。
これだけ長時間いても仲良く慣れなかったら、今後の生活が心配になるところだ。
もう、お互いの食べ物の好き嫌いは知っているし、好きな色も知った。
王子は肉だけでなく、意外と野菜も好きだ。
でも丸い緑の豆だけは苦手。
味じゃなくて、パサパサの乾いた食感がダメらしい。
それでも時々食卓に上るけど。
王族は、嫌いな物でも平然と食べれないといけないから練習なんだそうだ。
食事に招かれた時に、アレルギー以外の理由で嫌そうな顔をしたり食べなかったりすると、それを出した人たちの人生が狂い兼ねないから。
…何か理由が少し重いなって思った。
理由は全然違うけれど、下級貴族も自分より上の立場の人に招かれた時に苦手な物を食べないって選択肢は無い。
何故かは…言うまでもないと思う。
うちのお父様は、ゲテモノだって笑顔で食べられるそうだ。
切ない笑顔でそう言ってた…。
…………。
まあ、それは置いておいて。
王子の好きな色は鮮やかな青色なんだそうだ。晴れた夏の空のような、レインボーバードの卵のような青が。
確かに、最近ちょくちょく服の差し色に使っているのを見かける。
うん、良い色だよね。
未だに私の胸元を見て、一日一回くらい残念そうな顔をするけれど、それをスルーするのにももう慣れた。
何度見たって大きくはなりませんよー。
どうにもならないから、いい加減諦めてくださいよ。
私はとっくに諦めてますから…。
そして今でも、数日に一度くらいは空いた時間にキャッチボールをしている。
今日みたいに。
「いきますよー!」
「よし、こーい!」
私はいつも、わざと少し逸らして投げる。
王子は体力が有り余っているから。
ボールに向かって一心に駆けていく王子は、まるで茶色い毛の犬みたいだ。ブラッシングでツヤツヤの髪の毛がとっても毛皮っぽい。
無理目に投げても、王子はジャンプして器用にキャッチする。
「ナイス!」
私の声に得意げに笑い返す顔は、実家の犬たちを彷彿とさせる。王子様スマイルならぬワンコロスマイルだ。
もっと近くにいたら撫で回したいくらいだ。
「まだまだー!」
大きく放物線を描いて返ってくる球は、相変わらずきちんと私の手の中に収まる。
受け取ったボールを再び投げる。
「そら、取ってこーい!」
……あ
投げる時たまに、ついうっかりそう言ってしまう。
一応直そうとはしたけれど、犬たちとの遊びでついた癖だからか直らなかった。
しょうがないと、そろそろ諦めている。
そう言われる王子は、細かいことは気にしていないみたいだ。
楽しそうな顔でボールを取っては投げ返してくる。
何気に、この時間が一番好きかもしれない。
◇ ◇ ◇
それにしても王子の調教は順調だ。
最初に思った通り、王子はかなり素直な人だった。
飲み込みもそう悪くはない。
きちんと教育すれば、それなりにはなりそうだ。
ちょっと考えなしで、ちょっと大きな乳が好きすぎるけど、完璧な犬なんていない。
そんな訳で、予定しているカリキュラムは順調に半分くらいまで進んでいる。
けれど別の問題が出てきた。
いや、うん。問題って訳ではないかな。
でも……
王子に少し人気が出てきたのだ。
女性に、というより、むしろ貴族に。
今まで「アレはないな!」って言ってた家が、「コレなら縁つづきになってもいいかも?」って意見を変え始めてるみたいなのだ。
王子には兄弟姉妹が何人もいる。
だから今まではそっちを狙っていたけれど、当然普通に倍率が高い。
だから今の王子ならギリ有りだから狙いを変更しようかな、って家が。
やっぱり王族と縁戚、っていうカードは大きいからね。
複数の家が、裏で動き始めてるらしい。
あんなふざけた理由で婚約破棄された元婚約者の侯爵家までが『誠意を見せるなら復縁してやらなくもない』的な感じなんだとか。
っていう情報をターニャが拾ってきた。
そうなると、子爵家のうちは分が悪いし、王子曰く貧乳・オブ・ザ・チャンピオンの私個人も分が悪い。
というかむしろお呼びじゃない。
…別にこの婚約がダメになったっていいけど。
うち程度じゃ、王族のコネなんてあっても使いこなせないから。
私個人も、身分違いは最初からわかっていたし『王子様(笑)』への憧れなんてのも無かったから別に立場への執着はないけれど。
…でも、折角調教した犬を手放すのは、ちょっと悲しい。
だいぶ頑張ったのに。
それに…王子のこと、クーの次くらいには気に入ってるのに…
…これも……領地に帰ればクーがいるから、別にいいけど………
頑張って調教した子を手放すのも、いつものことだし…
ただ…基本的に彼らは、最初から手放すつもりだったけれど…
王子は、ずっと一緒にいるつもりで育ててたから、ちょっとクるっていうか……
そんなことでモヤモヤしてたら、お茶のテーブルについた王子が、いつの間にか心配そうな目で私を見ていた。
…その目はやめて欲しい。
情が湧いてしまうから。
手放す時、悲しくなるじゃないか。
頭を振って気を取り直す。
「さあ王子。さっき不正解だったから、今日のおやつは私から選ばせてもらいますからね!」
虚勢をはってそう言うと、
「ああ、いくつでも好きなもの選んでいいから元気出せ」
とか格好いいこと言われた。
…王子の…癖にっ…