私が婚約者になった訳
何故子爵家の私が王子の婚約者に選ばれたのか。
前にも言ったと思うけれど、それはひとえに私のこの胸の大きさ、いや小ささに尽きる。
先日の王子の婚約破棄騒動は記憶に新しいと思う。
その時王子には、既に国王の決めた婚約者がいた。私は会ったことないけど、よくできた人だったらしい。
けれど王子は、あろうことかその婚約を勝手に破棄して、男爵令嬢との婚約を宣言したのだ。
そんな王子を待っていたのは、国王の怒号だった。
まあ当然だろう。
勉強もマナーも性格も問題ない婚約者を「胸が大きい女性の方がいい」なんて理由で捨てるのはひど過ぎる。
ちなみに王子の母親である王妃様も、胸はそんなに…じゃなかった。
とにかく、王子の愚行にブチ切れた国王は一計を案じた。
年頃の貴族令嬢の中では胸の小ささがピカイチと評判の私に目をつけたのだふざけんな。
国王は、王子が勝手に宣言したサリ嬢との婚約を無視すると、私を事後承諾で次の婚約者に据えやがった。
「その性根、叩き直してくれるわ!」
と言って。
そしてその性根を叩き直す役は、私に丸投げされた。こちらも事後承諾で。
マジふざけんなよ!?
しかしそこは封建社会の悲しいところ。国王がクシャミをしただけで親戚一同吹き飛ぶ我が子爵家が王命に逆らえる筈もなく、親娘ともども謹んで拝命したのだ。
「「はい、喜んでー!」」
マジ辛い。
謁見の間で私の胸を見ながら「これならば」と満足そうに頷いていた国王、絶対に許さない。
そんな流れでお互い嫌々婚約した私と王子だけれど、今のところそれなりに上手くいっている。
今日だって、一緒に勉強している。
王子との勉強は、なかなかにユニークだ。
始めてまず驚いたのが、王子がじっと座っていられないこと。
幼児かとツッコミかけたけど、そう言えば王子は犬だった。
おすわりのできない犬は珍しくない。躾がされてなければ当然だ。
そんな王子に対して、従来型のこまめにご褒美を与えて座ることに慣れさせる、って方法をとってもよかったんだけど、別に私の役目は王子を椅子に座らせることじゃない。勉強させることだ。
だからそこはすっ飛ばして、授業中に歩き回ってもいいルールにした。立ったり座ったりグルグル回ったりと落ちつきの無い王子だけれど、流石に部屋からは出て行かない。
でもそれだけだと緊張感が足りなそうなので、理解度の確認方法を紙のテストではなくした。
たとえばこんな風に。
「カスティーナ国の国王の名前は?」
剣を振り上げて王子に叩きつける。
カン!
それは王子の持つ剣で防がれた。
「トーハン!」
「違います!それは現宰相の名前です!」
もう一度、今度は一旦引いた剣を腹に向かって突き出す。
カン!
手首を返した王子の剣で、それも防がれる。
「アランだ!」
「正解!」
「よしっ!」
今度は王子が斜めに剣を振り下ろした。短剣を滑らせるように合わせ、軌道を逸らして防ぐ。
私たちが何をやっているのかというと、剣を振り回しながらのクイズだ。
私が問題を出して王子が答える。
問題を出す際、私は一回攻撃する。
王子が正解したら、王子が私に攻撃する。
不正解だったら私がもう一回攻撃する。
つまり、正解しない限り王子は防戦一方になるのだ。
王子はこのルールを割と気に入ったようで、時々攻撃が当たって悔しそうな顔をしながらも、概ね楽しそうにしている。
ちなみに私は短剣、王子は長剣だ。
もちろん木製だし、お互い簡単な防具はつけてるから大怪我をする心配はない。
国王夫妻から「打撲や多少の傷ならオッケー」と言質もとってある。
剣ばかりだと私が疲れるので、走らせたり筋トレさせたり、スコア制にしてオヤツのお菓子を選ぶ順番をかけたりもしている。
その為に厨房にも協力を依頼して、王子とのお茶には同じ種類の菓子は一個しか出さないでもらっている。
成果はというと、悪くはないようだ。
教師たちが「王子ってやれば(そこそこ)できるんですね!」と言って喜んでいるから。
そのうち人を使ったリアル陣取りゲームで、戦術なんかも勉強する予定だ。盤上だとイマイチ理解できないらしいので。
担当の教師には、その方向で計画や人集めをお願いしている。
…これは別に、王子に軍師の才があるとか思った訳ではない。万が一戦争になって命令系統が混乱した時に、思いつきで首を突っ込むようなバカだと困るからだ。
自分が口を出すと状況が悪化する、程度の自覚は持てるようにしておこうという腹なのだ。
それが私の考える『最低限ギリギリ』
それにしても、教師たちは大変だ。
私はこうして王子と遊ん…王子をしごい……王子と勉強しているだけでいいけれど、彼らは色々頑張っている。
大幅に下がった目標に合わせて授業を組み立て直したり、クイズの問題を考えたり、というのはもちろん教師たちの担当だ。
元々の予定にはなかった仕事を増やしてしまい、ちょっと申し訳ない。
その代わり、確認のクイズで王子を木剣で殴ったり容赦なく走らせたり、お菓子の争奪戦を繰り広げたりというのは、教師には少し荷が重いようなので私が引き受けている。
何せ私は国王から王子を丸投げされた婚約者だ。多少のことは許される。
ちなみに今、王子が勉強している内容は、私にとって大半が未知の領域だ。
他国の貴族の名前なんて、一生知らずに生きていく予定だった。しがない子爵家の私には、必要ない知識だったから。
でも不幸中の幸いとでも言うか、王子が今まで勉強を頑張らなかったおかげで、私もあまり苦労せず授業についていけている。
王子が嫌にならないように、毎日少しずつ進めてもらってるし。
ゴールが『普通に立派な王族』から『外に出してもギリギリ恥ずかしくない王族』に変わったことで、教師たちも達成の可能性が見えて目に光が戻っている。
不可能への挑戦はキツいもんね。
それでいいのだ。国王たちが求めているレベルは、もうそんなに高くない。
それに時間はまだある。
少しずつ確実に、最低限ギリギリをクリアするのだ。
 




