男子会
第三王子視点です
部屋に帰るとソファの陰に何かいた。
チラリと見える茶色い髪の毛。
「…兄上?」
「しーっ…!」
ちょっとだけ顔を出して、唇の前で指を一本立てている不審人物は間違いなく兄上だ。
つまりこの国の王太子。
「…またですか?」
兄上が何かから逃げて僕の部屋にくるのは、今に始まったことじゃない。
「頼むよ」
自分と似た顔を格好いいと言うのもどうかと思うけど、だいぶ格好いい部類に入る自慢の兄上。
…普段なら。
「…仕方がないですね」
今はちょっと情けなく見える兄上に、肩を竦めて匿うことを了承した。
今日のこれからの予定は全部無視すると兄上が言うので、お酒の準備をする。
僕は元々、これ以降の予定はない。
お酒やナッツなどのツマミは部屋に常備してあるから、人を呼ぶ必要はない。兄上がこういう時の為に貰い物の酒やなんかをちょいちょい持ち込むので、皿やグラスなんかも結構充実しているのだ。
僕が一人で飲むことはほとんど無くて、兄上と飲む時専用みたいになってるけど。
「悪いな」
僕の返事にほっとした表情を見せてソファに座った兄上は、やっぱり格好いい。女性が放っとかない感じだ。
というか事実放っておかれないから、こうなってる。
でも兄上は
「またご令嬢とのお茶会から逃げてきたんですか?」
そう言った僕を恨めしげに見て
「だって女なんて、あの母上や姉上や妹と同じ生き物なんだぞ!?」
いつもの言い分を涙目で訴えてきた。
兄上もいい歳なので、周囲は結婚させたがっている。兄上と結婚したい女性も山ほどいる。
その為たまにこうして、公務の合間にお茶会がねじ込まれたりするのだ。
それから逃げてくる兄上の気持ちはわかる。
とてもよくわかる。
母上も姉上たちも、見た目は粛々とした淑女にしか見えないのに、中身はアレだ。
特に下の姉上は、虫も殺さない顔で…
……………忘れたい…。
兄上の気持ちは凄くよくわかるけど
「でもきっと、あんなのばっかりじゃないですよ」
心にもない事を一応言ってみた。
だって兄上は王太子だ。
跡継ぎが必要なのだ。
けど案の定
「ならおまえが結婚しろよ!先に結婚してそれを証明してみせろよ!」
と反発して………泣き始めた。
泣くのまでは予想してなかった。
格好良さが五割減だ。
それでもまだ格好いいとか、どうなってる。
「僕はまだ若いし。兄上の後にって思ってるから」
とりあえずいつもの言い訳で誤魔化した。
でも本音を言うと、僕だって結婚なんてしたくない。
女は魔物だ。
いや。剣で斬り伏せていい分、本物の魔物の方がまだいいと時々本気で思わなくもない。僕が直接相手しなくてもいいし。
…女は怖い。
女と結婚なんて嫌だ。
なんであんな怖いのと一生を添い遂げなきゃならないんだ…。
僕の身近な女性が特殊なだけ。
そう思おうとしていた時期が、幼い頃の僕にもあった。
けどそんな甘っちょろい幻想は、お茶会に数回参加しただけで粉々に粉砕された。
女に隙を見せたらダメだ。
絶対に!
そう魂に刻みつけられた。
そんな相手と将来を誓い合うとか……
無理無理無理無理無理!!!
すぐ上のアラン兄上のお嫁さんは、ちょっと毛色が違うみたいだけれど。あれは絶滅危惧種的な何かだろう。あの胸の小ささ同様に。
少なくとも、僕らが結婚できそうな年齢で、僕らと結婚したがる女性の中にああいうのはいないだろう。
けれど困った事に、僕らはモテる。
顔はそこそこいいし、何より身分が申し分ない。
教育された通りに全ての女性を平等に丁寧に扱うのも、受けがいい理由らしい。
だから虎視眈々と狙われている。
しかし決して、女が好きな訳じゃないのだ。
というか正直、この一番上の兄上と僕は、女性不信を拗らせている。
アラン兄上は、単純な性格が幸いしたのかそんな事はないようだけれど。
…大きなおっぱいを見れば素直に飛び込んでいきそうなアラン兄上が、一時期ちょっと羨ましかったっけ。あれだけ無邪気に女性に夢見ていられたら、どれだけ幸せだろうって。
…今は特に狙ってもいなかった癖に、偶然怖くない女性と結婚できた兄上が心底羨ましい。
でもそんな絶滅危惧種がそうそういる訳もないから、僕らが怖い女性と結婚するのはほぼ決定付けられている。今はまだ、どうにか逃げ回っているけれど。
でも、兄上に対する結婚へのプレッシャーは、日に日に強くなっていってる。
そりゃ次期王だから、世継ぎをつくらなきゃいけないのはわかる。
でもその為に女と結婚するのは……。
………だいぶ追いつめられているのか、兄上は最近本気でアラン兄上の子を養子に迎えたそうにしている。
この前、アラン兄上が父上に子どもを見せに来た時に、凄くしっかりして見えたのも大きいんだと思う。
あのアラン兄上の子とは思えないほど、ちゃんとした受け答えだったから。
「あれだけしっかりした子なら王太子として十分だよな!?な!!?」
って部屋に戻ってきてから血走った目で言ってた。
あれから、前例とか他国の事例とかも調べさせてるみたいだし…。
いざとなったら、僕はそれでもいいんだけどね。
「王位継承権を混乱させたくない」とか何とか上手い事言って自分の結婚も回避できそうだから、むしろ好都合だ。
「はー………王太子なんてやだ」
兄上が、天井を見上げて愚痴る。
だいぶ酔いが回ってるみたいだ。
兄上が持ってくる酒は、度数が高いものが多いから酔いやすいのだ。
…酔って現実逃避する為のものだから……。
「またそういう事を」
「おまえがやればいいんだ」
一方僕は、ツマミがメインだ。
お酒は弱いから、ゆっくり飲んでいる。酔った兄上の愚痴を聞かなきゃだから。
今は何かのジャーキーを齧っている。
これ、旨味が凝縮してて美味しい。
「やですよ。早い者順ですから。諦めて兄上がやってください」
「嫌だー。好きで先に生まれた訳じゃないー」
かなり酔ってても、アラン兄上に継がせようと言わない理性は残ってるみたいだ。
…うん。それは絶対超えちゃいけない一線だ。
僕も、もしキリル兄上に何かあったら即位する覚悟はできている。
…でも理想は、キリル兄上が結婚して即位してその子が跡を継いで…だなー。
次点でキリル兄上が即位してアラン兄上の子がその跡を継ぐ…のがいいな。
………うん。その方向なら誰も傷つかない…かな……?
…甥っ子に面倒を押しつけるみたいで少し悪い気はするけれど。
でもあの変わり者のお嫁さんに育てられるなら、僕らほど女性に対する激しいトラウマが刻み込まれる事はないだろうし…。
だから…うん。僕も協力しようかな?王冠も付いてくるんだから、そう悪い話じゃないよね?
あれだけ可愛がってる孫が継ぐなら、父上もそこまで強く反対しないだろうし…。
…うん。
少し酔ってるような気もするけど。
でも明日になっても気が変わってなかったら、ちょっとその方向で進めるのもあり…かな…
本人不在で、酔っ払いたちによるとんでもない計画が…