キャッチボールとティータイム
何でキャッチボールなのかって?
よく知らない相手とのコミュニケーションに便利だからだ。
それにキャッチボールは、簡単なコマンドを刷り込むのにもってこいだ。
「王子、もうちょっと遠くに投げますよ!」
「よしこい!」
やってたら楽しくなってきたのか、王子の顔が生き生きしている。かく言う私もちょっと楽しい。
番犬ビジネスが軌道に乗ってからは、自ら犬の相手をすること減ってたからなぁ…。
ちょっと屋敷の犬たちを懐かしく思い出しつつ、思いきり投げる。犬たちで鍛えたので、肩にはそこそこ自信がある。
「そら、取ってこーい!」
あ、言い間違えた。
幸いキャッチボールに夢中の王子は気づかなかったようで、ほっと胸を撫で下ろす。
私は王子を犬だと思っているけれど、流石に本人にそれがバレるのはマズい。
少し逸れた球を上手にキャッチした王子が投げ返してくる。真っ直ぐで良い球だ。
王子は根は素直なのかな?まぁ捻くれた感じはしないな。
そんなことを考えつつ、私は王子との全く甘くない、むしろ軽く汗くさいひとときを楽しんだ。
◇ ◇ ◇
「はー、いい汗かいたな!」
「そうですね」
ちょいちょい走らせるコースに投げてたから、王子は言葉通り汗をかいている。私もちょっと汗ばんだ。
王子の従者がタオルをそれぞれに渡してくれた。多分キャッチボールを始めた段階で用意してくれてたのだろう。
…何で従者にはこういう教育がきちんとできて、王子には……
まあいい。今さらだ。
…本当に今さらだ。
「お茶にでもするか」
「そうしますか」
気をとりなおして王子の提案に頷くと、王子の従者に
「ではこちらへ」
と庭園の木や花の植わっている方へと案内された。ちなみにさっきキャッチボールしてたのは芝生エリア。
後について進むと、皿などが綺麗にセッティングされたテーブルがあった。
当たり前のように席に着く王子。
テーブルの上に広がる、手の込んだ軽食に軽く引く。
こんなの毎日食べてるのか。
これが王族っ!
従者が椅子を引いてくれたので、私もとりあえず席に着いた。ドン引くのは座っててもできる。
王子は慣れた様子でお菓子をつまんでは、パクパクと口に放り込んでいく。
いつもこんななのかー
王家と子爵家の格差をここでも実感しつつ、ガラスの器に入ったお菓子を一つ手に取った。
白くてプルプルしているそれを、スプーンですくってパクっと口に運ぶ。
美味しー。
口の中でニュルンと崩れて、喉にすべり落ちていく。
モグモグ無言で味わいながら食べ進めていたら、皿に何かを乗せられた。
コロンとした、クリーム系のお菓子?
眉を上げて下手人を見やると
「美味いぞ、食え」
と言われた。
頷いてまずは口の中にあったものをゴクンと飲み込んだ。ハーブティーで味をリセットしてから、王子から下賜されたお菓子を手に取る。
しまった駄洒落だ。
いや、それは脇においておこう。
ピンク色が鮮やかな軽い菓子生地に、クリームが挟まっているお菓子だ。
フルーツのピンクかな?
あ、花びらも練り込まれてる。
凝ってるなー。クリームはシンプルな白だ。
どれどれ、どんな味だろう。
パクっと一口かじってみた。
うん、美味しい。
生地はサクサクしてる。ちょっと酸っぱいからやっぱりフルーツが入ってるんだろうな。クリームは多すぎず少なすぎず、甘さ控え目で好みの味だ。
流石王族。見た目も味もいいもの食べてるなー。
もう一口食べようとした時、王子がボソリと呟いた。
「乳製品は乳が育つって言うからな」
…思わず手の中のお菓子を握り潰しそうになった。慌てて止めたので、ちょっとカケラがパラパラと落ちただけで済んだけど。
つい怒鳴りそうになる。
何言いやがる!もう手遅れだよ!
いや違うそうじゃない。
負けを認めたらそこで終了だ。でも現実を受け入れるのもそれはそれで大事で………
益体も無い思考の海に溺れそうになりながら、一気に上がった血圧を深呼吸して何とか下げる。
余計なことを言うバカ犬をキッと睨むと、二個目の乳の素(手遅れ)を皿に乗せられた。