殴る
あの国王を殴りたい、と最初に思ってから何年も経った。
どうせ実行はできないだろうと諦めていたのだけれど、とうとうその機会がきてしまった。
◇ ◇ ◇
王子ジュニアが生まれた時から、国王は孫の顔を見せに来いとうるさかった。
嫌だけれど、腐っても王の要望。
二人目も少し大きくなったので、この度仕方なく家族揃って王宮まで遊びに来た。
今回は私と王子と子ども二人ということで、後宮の一画をごそっと貸してくれた。
…なんというか、一人当たりの面積が広すぎる。
まあでも、それはこの際どうでもいい。
問題は、国王夫妻がジュニアズにメロメロってことだ。
確かにうちの子たちは可愛い。
見た目は王子に似ている…。
王妃曰く「小さい頃のあの子にそっくりね」だそうだ。
……多分、年数が経って記憶が劣化しているんじゃないかと思う。
だって成長して王子みたいになったら……
いやいやいや。
不吉な予感を振り払う。
似てるのはあくまで見た目だ。中身じゃない。
きっと大丈夫。
今のところ駄犬の兆候は二人とも見られない。
えっと、そんなジュニアズに国王夫妻がメロメロなのは本当だ。
毎日「仕事サボってんのか」ってくらい何度も後宮区画に来る。
こんなの想定外だ。
どうやら彼らが孫を直に目にするのは、これが初めてだったらしい。
王子の姉姫様も妹姫様も、もう結婚しているけれど、二人とも国外に嫁いだので帰ってこない。
だから子どもはいるけれど、会った事はないのだそうだ。
王太子は何故かまだ結婚していない。
年齢的に、隠し子くらいはいるかもしれないけど…
いやいやいや。
そういうことは考えちゃいけない。怖い。
そして弟王子も結婚していない。
だから当然子どもはいない。
こっちはまだ若いから順当だ。
そんな訳で国王夫妻、特に国王はうちの子たちに会うたびにはしゃいでいる。
連日、はしゃぎまくっている。
執務の合間に遊びに来てはデレデレしている。
今も来ている。
いったい、日に何度来るつもりだ。
「何でも買ってやるぞ~。何がいい?土地か?爵位か?女か?」
しかも子ども相手に何言ってやがる!うちの子はまだ四歳と六歳だぞ!そもそも女以外はどっちも手持ちじゃないか!
っていうか女って!女って!!
四歳はキョトンと、六歳は少し困ったような顔をしてるじゃないか!
「えっと…全部間に合ってます…?」
視線で助けを求めてきたジュニア六歳に、グッジョブと親指を立てておいた。
土地と爵位はちょっと惜しいかもしれないけど、そんなものをホイホイもらうのもどうかと思う。
「そうか…」
ジュニア六歳の模範解答にシュンとした国王は、
「おまえはどうだ?宝石はいらんか?ん?鉱山の方がいいか?」
と四歳に矛先を変えた。
マジでやめろ。
「金山でも銀山でもダイヤの山でもいいぞ?何なら侯爵からミスリル鉱山を取り上げておまえにくれてやろうか?」
やめろ国王、内戦起こす気か!
遂に今がその時かと、グッと拳を握ったけれど
「じいじ!」
ジュニア四歳が満面の笑みで国王に両手を伸ばした。途端に相好を崩して四歳を抱き上げる国王。
「おおぅ、可愛いのう。可愛いのうぅ!」
もう、デッレデレである。
愛息子に頬ずりしているニヤけ顔は殴りたいけれど、ひとまず鉱山の話は国王の頭から消えたようでほっとした。
ちなみに王子は、少し離れた所で王妃様の相手をしてくれている。
王妃様は怖いから、正直とても助かる。
王妃様は国王ほどわかりやすくはしゃがないけど、毎日お菓子を山ほど持ってくる。
美味しいけどちょっとあり得ない量なので、大半はメイドたちに下げ渡している。多分それはわかっているだろうに、毎日大量に持ってくる。
王子が喜んで食べているから、案外その所為かもしれない。王妃様は結構王子にも甘いから…。
そんな王妃様だけれど、時々周囲を見回す目つきが怖い。
「ああ、あの方が住んでらしたこの辺りって、こんな風になっていたのね」
って…。
途端に周りの空気が一気に冷たくなる。もう初夏なのに、春先みたいな肌寒さになる…。
…今の後宮は空だけど、国王が若い頃は何人も囲っていたらしいから、王妃様には色々な思い出があるのだろう……。
…怖い。
そして冒頭に戻る。
国王は今日も王妃と一緒に来て四歳と遊んでいたのだけれど、しばらくして居眠りし始めた。
ソファに座ってコックリコックリ頭を揺らしている。その幸せそうな寝顔に、普段は抑えていた怒りが募る。
面倒事は全部、他人に押しつけやがって。
拳を握りしめて考える。
今なら…人見知りするジュニア四歳の為に護衛も下げている今なら。悲願のアレをできるんじゃないだろうか。
ずっと我慢してきた私の願望。
…一度でいい。国王を殴りたい
。
ジリジリと背後ににじり寄る。
国王は目を覚まさない。
…軽く…そう、軽く一発でいいのだ。
こ の 手 で 殴 り た い。
呼吸を殺す。
なに、怪我をさせる訳じゃない。
ちょっとこの手でペシっと叩いて「やり返してやった」という実感が欲しいだけなのだ。
そう、ほんの軽くでいい。
相手に知られず、ちょっとした満足感を得たいだけなのだ。
ほんのちょっとだけーー
背後に立ち、そろりと腕を振り上げかけた時
ドン!
と後ろから思いきり何かにぶつかられた。
弾みでよろけ、足が前に出る。
そして
ゴッ!
と中々の音を立てて、国王にぶつかった。
慌てて国王から距離を取る。
後ろを振り向くと、王妃様が薄っすら微笑んで立っていた。
「ふふっ…共同作戦ね」
そして満足そうにそれだけ言って、優雅に去って行ってしまった。ジュニアたちの方へと。
国王は「ぐおっ!?」とか言いながらもまだ寝ぼけているようなので、私もこっそり遠くへ離れた。
幸い国王は、自分が誰かに殴られただなんて思いもしていないようだ。
だから
知ーらない。
と無視を決め込むことにした。
国王は首を痛そうにさすっているけど知らない。知るものか。
だって最後の最後で背中を(物理的に)押したのは王妃様だ。
私はまだ迷ってたのに。
仮に叩くとしても、ほんの軽くのつもりだったのに。
あんなに思いきりいくなんて!
しかも自分の手は汚さずに!
なんて汚い!
流石王妃様!!!
「共同作戦」とか初耳なんですけど。
むしろ私が一方的に使われたんですけど…
何の相談もなしに…
形の上では、王妃様は息子の嫁である子爵出の娘にぶつかっただけだ。何ら問題はない。
でも私は、国のトップをぶん殴ったようなものなのだ。自分の意思ではなかったとはいえ、ほぼ全力で。
…相変わらず平たい私の胸で。
………色々な意味で人には言えない。
この秘密は墓場まで持っていこうと決めた……。
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国王とリューン、痛み分け。
王妃様の一人勝ち。




