言い合い
一晩寝たけど忘れられなかった。
…というか、眠れなかったから忘れられなかった。
それでも朝はくる訳で、朝食を食べて活動を開始する。
今日も王子とお勉強だ。
頑張るぞー…
おー……
いつも王子と勉強している部屋に着くと、王子は先に来ていた。
なんだか気まずげな顔で俯いていたけれど、私の顔を見た途端、慌てた様子で詰め寄ってきた。
「どうした!?顔色悪いぞ!?」
「……ちょっと昨日眠れなくて」
どっかの駄犬のせいで。
軽く睨むと、王子は眉を下げた。
「………悪かった」
………。
そんなに素直にシュンとされてしまうと、これ以上怒れなくなるじゃないか。
…犬っぽい王子が悪い。
………仕方がないなあ。
「二度とああいうのは無しですよ?」
反省してるみたいだから、釘を刺すだけで許してあげよう。
「わかった」
王子は神妙に頷いて
「ああいうのは、結婚してからだな」
爆弾を落とした。
動揺のあまり、手の中のノートや筆記用具が床に落ちる。
ドサドサガシャンと結構な音がしたけど、それどころじゃない。
「ななな、何言ってんですか!」
怒鳴ると何故か、王子の目付きが鋭くなった。
「結婚したらキスするに決まってるだろう」
「っ!」
昨日のアレはやっぱりキスだったんだ!
とか確認する気のなかった事実をうっかり流れで確認してしまい、動揺に拍車がかかる。
「っ…そ、そういう事は、結婚相手に言ってください!」
そして動揺のあまり、最近ずっと考えてた事が口から出てしまった。
「俺の結婚相手はおまえだろう」
不可解そうに眉をひそめる王子。
…そんな訳がない。
国王に、私たちを結婚させるつもりはもうない。
だって王子は、実はできる駄犬だったから。
だからもう、私の犬ではなくなる。
「王子は私とは結婚しません!」
王子の顔が一瞬で怒りに染まった。
「…どういう事だ?俺を捨てるつもりか!?」
何言ってるんだ、このバカ犬は!
子爵家の私が王子を捨てられる訳がないのに!
私が王子を捨てる訳がないのにっ!
「捨てられるのは私の方です!!!」
王子にもっといい婚約者をあてがう為に、婚約破棄されるんだから!
勢いで怒鳴ったら、自分の言葉が胸に刺さって涙がこぼれた。
王子の怒りが削がれる。
「…何だそれ」
「あ……」
完全な失言だ。
まだ正式に通達された訳じゃないのに。
「…俺は聞いてないぞ」
「…まだ…可能性の段階ですから……多分、本決まりになってから知らせるつもりなんだと思います」
私だって、はっきり言われた訳じゃないけれど。
でも、ターニャが拾ってきた噂とその信憑性を考えた結果、ほぼ間違いなくそうなると判断した。
息子といえども、王の手駒の一つだ。事前に本人には何の話もなく、なんて珍しくもない。
現に私と王子の婚約だって、一方的に決められた。だから終わる時だって…
「…王子、頑張ってますからね。最近、評判良いみたいですよ?…だから…そんな王子には私みたいな子爵家の貧乳じゃなくて、ちゃんと家柄も胸もある女の人と結婚させてあげよう、っていう…ご褒美なんじゃないですかね。…良かったですね」
難しい顔で黙り込む王子に、私が知る限りの良い情報を伝えてみた。
けれど王子は浮かない顔のままだ。
「大丈夫ですよ。誰が相手でも、私より胸は大きいに決まってますから」
参ったな…こんな自虐が痛くないくらいに、傷ついている…
でも、大喜びする筈のそんな情報を聞いても、王子の表情は暗いままだ。
黙って何か考え込んでいる。
そして、ふと顔を上げた。
「………今日の授業は中止だ」
「え……」
唐突な発言に驚く。
まさかのサボり?
今まで一度もしなかったのに?
「ちょっとやらなきゃいけない事ができた」
怠けるつもりなら叱って止めるけど、顔が真面目だしそういう雰囲気じゃない。
そこにドアが開いて、教師が入ってきた。
「おはようございまーー」
「すまない。今日の授業は中止だ」
すれ違い様、挨拶をしかけた教師に再度そう言うと、王子は部屋を出て行ってしまった。




