舐められた
国王からは何の沙汰も無いまま、日々は続く。カリキュラムも五分の四が済んだ。
もしかしたら、王子の教育が終わるまではこのままなのかもしれない。そして調教が終わったらスパっと……
今日のお茶には、とっても美味しいお菓子が出てきた。最近他国で流行っているという、クリームをたっぷり使ったケーキ。
初めて見たけど、私は珍しい食べ物はとりあえず試すタイプだ。
甘すぎるんじゃないかと、ちょっと恐る恐る食べ始めてみたら、クリームの量に合わせて甘さが抑えられていて物凄く美味しい。
食べる手が止まらない私を、羨ましそうな目で見る王子。つい、ニヤっと笑ってしまう。
今日は王子がクイズを不正解したから、私が珍しいこのケーキを先に選んだのだ。
テーブルの上に、似たようなお菓子はこれ一つ。
「…そんなに美味いのか?」
「はい、とっても」
煽り気味に笑ってみせる。
「…一口寄越せ」
拗ねたように言う王子に、
「ダメですよ」
と笑って最後の一欠片を口にした。悔しくなければやる気が湧かないからね。
…それにちょっと、王子のそういう顔も好きだし。
すると何を思ったか、王子がいきなり腕を伸ばして私の頭を引き寄せた。「何!?」と問う間も無く、ペロリと口の端を舐められる。
「ちょっ…王子っ…!?」
無作法なんてものじゃない。
「何するんですか!やめてくださいっ…!」
叱ると、王子はムッとしたような顔をした。
「…ちょっと舐めただけだろう。クーだっておまえの顔を舐めるんじゃないのか?」
「そりゃ舐めますけど…」
だってクーは犬だ。
実家にいた頃は、毎日どころか何なら朝昼晩舐められてた。そんなのを引き合いに出されても困る。
「なら俺も舐める」
「「なら」の使い方が訳わかりませんよ!」
何故か意地になった様子の王子が、私の腕を横に引っ張った。
「王子!王子ってば!」
芝生に引き倒される。
椅子から地面だからそんなに高くなかったし、受け身を自然にとったから痛くはないけれど…。
私にのしかかってペロペロ顔を舐める王子。引き剥がそうとするけどビクともしない。
…そういえばクーもこんな感じで、なしくずしに許したんだっけ
不意に昔の事を思い出す。
「俺はおまえの婚約者だからな。犬に負けるのは気に食わん」
「犬と張り合う方がどうかしてますよ!」
このバカ犬が!
あ、犬同士なら張り合ってもおかしくなーー
いやいや違う。そうじゃない。
うっかり思考が変な方に行きそうになる。
「どいてくださいってば!」
一瞬納得しかけたけど、我に返って腕を突っ張った。
王子は駄犬だけど一応人間だ。犬と同じ事を許していい訳がない。
でも、まだどこうとしない。
…そんなにあのケーキが食べたかったのか。
確かに凄く美味しかったけど。
でも頬に付いたクリームをしつこく舐めとるとか、王子の癖にいじまし過ぎる。
けれど私だってやられっぱなしじゃない。だいたい、こんな暴挙は調教担当として見過ごせない。
まさか王子に、人としての自覚を促さなければならない日がくるとは思っていなかったけれど…
斯くなる上はーー
しつこく私の頬を舐める王子の額に指を突きつける。
親指に中指を引っ掛けてタメを作りーー
ビシっと眉間にデコピンをお見舞した。全力で。
クーだって、これを鼻先にすると「キャウン!」って鳴いてすぐに離れ……
あ、あれ…?
王子はどかない。
そして何か目がマジだ。
額は赤くなってるけど…。
「あ…あの…王子……?」
真剣すぎる顔が怖い。
…ちょっとやり過ぎただろうか…
でもしつこい王子も悪いと思うし……
……けど目がマジだ…
よく考えたら王子は腐っても駄犬でも王子だし、流石にデコピンは不味かったかも……
「不敬罪」の文字が頭をよぎる。
「あ…の……王子…ごめんなさ……」
とりあえず謝ろうとした時
ちゅっ…
急に王子の顔がまた近づいてきて、頬で小さく音が鳴った。
そして王子はガバリと起き上がると、振り返りもせずに駆けて行ってしまった。
「……え?」
お茶の乗ったテーブル。
引き倒された椅子。
芝生の上に転がる私。
逃げて行った王子。
どうしよう…今何が起こったんだろう…
何となく頬に手を当てる。
今……あれ……え……?
自分の想像に顔が赤くなる。
え…?本当に…?いやいやまさか!?
犯人は既に逃げた後で、一部始終見ていたであろうメイドや従者に確認するには、恥ずかしい内容。
……それに勘違いだったら余計に恥ずかしいし……
でも視線があったターニャは、ちょっと気まずげに目を逸らした。
…え……やっぱり…そういうこと……?




