視察
この前から考えていることが、現実味を帯びてきたようだ。
王子が時々、呼び出されている。
良いところの家の家長と、たまにその娘も一緒に会っているのだ。
謹慎前からたまにあったことだからと、王子はあまり気にしてないようだけれど。
でもこれはもう、そういう事なんだろう。
このまま王子の教育がつつがなく終われば、私はお役ご免になる…多分…。
だってそもそも、酷い理由で婚約破棄をやらかした王子に、キレた国王が罰としてあてがったのが私だ。
ほぼ完全に勢いで。
あれから月日が経って国王の怒りも解けたみたいだし、実は王子はやれば(そこそこ)できる人だった。
そうなると、たかが子爵家の娘と婚姻を結ばせるのが惜しくなるのは理解できる話だ。
他国に婿に出すのは無理としても、国内の有力貴族や、国境沿いに領地を持つ、国にあまり愛着のない貴族。あるいは他国の有力者の娘を迎えるくらいは、今の王子ならギリギリいけるんじゃないだろうか。
それくらいを目指してきたし。
二回婚約破棄しようと三回婚約破棄しようと大した違いはない。
王子は既にケチのついた経歴だから、私との婚約を破棄するのに国王は躊躇しないだろう。
何しろ、弱小子爵家のうちとは縁つづきになるメリットがない。
そうなったら完全に相手都合の婚約破棄だし、慰謝料くらいは出るだろう。
…出なかったらゴネよう。
国王から、できるだけいっぱい、ふんだくってやろう。
シミュレーションして、心の準備をしておかないと…。
その時に、取り乱したりしないように。
王子との婚約が破棄されたら、地元に帰ってまた家の手伝いでもしようかな。子爵家程度だと、むしろ嫁に行くのも一苦労だし。
しかも相手都合とはいえケチのついた身になるなら余計に大変だ。
そもそも私は胸が……ってうるさい。
私は元々結婚願望はないから、結婚できないのは別にいいんだけど……でもそこはめちゃくちゃ結婚したかった事にして、慰謝料釣り上げようかな?
別に地元に帰らなくても、今なら王都でも働けない事はないと思う。王子と一緒に色々学ばせてもらったし、教師関係の知り合いも何人かできたから。
でもこっちの、生き馬の目をくり抜いて華麗に調理して売り捌く空気は私にはちょっと荷が重い。
やっぱり領地でのんびり暮らすのが向いていると思う。慣れ親しんだ土地だから、色々やりやすいし。
幸い父も、私が王子と婚約させられる前は、ずっと家にいてもいいと言ってくれていたし。
…胸を不憫そうに見下ろしながら。
弱小子爵家とはいえ田舎だから敷地は広いし、頼めば小さな家の一軒くらい建ててくれるだろう。
ダメなら街中に家を買ってもいい。
女性のお針子ギルドとか、試してみたいアイディアがいくつかあるのだ。
そういうのをやるなら、街中に住む方がむしろ都合が良さそうだ。
その為にも、慰謝料はたくさんもらわないと…
目を閉じてそんなことをツラツラと考えていたら、王子に肩を叩かれた。
「おい、着いたぞ」
気づくと馬車が止まっていた。
今日は、王都近郊の農村に視察に来ているのだ。
視察と言っても、難しい事はない。
民衆に顔を見せての人気取りと、この辺りを任されている領主にプレッシャーをかけるのが目的だ。
この国では、王都のすぐ近くの肥沃な土地は、細かく分割されて個人的な功績のあった人に一代限りで与えられている。
肥沃だけれど土地が狭いので、それほど私腹は肥やせない。
そんな土地でも時々良からぬ誘惑にかられることがあるので、こうしてこまめに王族の誰かが訪れる必要があるのだそうだ。問題は起こる前に対処する方がよっぽど楽だから。
そう政治の先生が教えてくれた。
それに、民が王族を身近に感じていると、色々といい感じに回るとも言っていた。
…ちょっとアバウト過ぎるふわっとした説明に、王子の教育方針転換の影響を感じる。
まあ、わかりやすくていい。
そんな訳で私たちは今、屋台の串焼きを食べている。
…いや…その、これも人気取りの為なのだ。
庶民の食べ物を美味しそうに頬張る王族。
……ね?
……肉を焼く音と匂いにやられて何が悪い!
食べ物は正義だ!
だいたい先に立ち止まったのは王子だ。
侍従も文句はなかったようで、普通にお金払ったし。
その王子は既に二本目だ。「これイケるな!」と美味しそうに食べている。
この後、領主の館でお昼だけれど、まあいいだろう。
王子は細い癖に意外と大食いだ。
…そういうところも、クーを彷彿とさせる。
あの子は王子と違って優秀な子だけど、結構食い意地がはっているのだ。
毛並みは良いのに、よく食べるところはそっくりだ。
…領地に帰ったら、今度はこの逆でクーを見て王子を思い出すんだろうか。
それは、嫌だな…。
 




