ドッジボールで無双している俺はどうやらゲームの主人公らしい
現在連載準備中のドッジボール小説の短編版です。
『さぁ始まります決勝常河戦! このチームは攻撃では素早いパス回しとカウントリセットで疲労を誘い、守備ではひたすらクサい攻撃を躱し安易なアタックを誘うことによる遅滞戦術を特色としたチームですね』
試合開始のホイッスルが鳴った。互いに礼をし、俺はいつも通りセンターに立つ。ジャンプボールのためだ。ドッジボールでは、試合開始直後のボール支配権はバスケットボール同様ジャンプボールで決定される。
『これぐらいの実力ならばわたしの指示は必要ありませんね。本来の実力をここで測るためにも今回はゲーム実況者らしく実況に徹することと致しましょう。あ、今日の飲み物はオレンジジュースです。果汁濃厚タイプの』
ここにいると、相手の顔がよく見える。俺を恐怖の目で見つめている顔がよく見える。君は最後に当ててやるとも。最初は快感だったその目も、もはや日常風景の一つだ。人の適応能力とはかくあるべしだろう。まぁ、だからこそ、異常な環境にいる人は異常に気付かないのだろうけども。また俺なんかやっちゃいましたの精神はきっとこうやって生まれるのだ。
ふと振り向けば、味方の顔もよく見える。幼馴染のリン、双子のマサとヤス、選球眼のスグル、雑草魂のノラ、第二のエースカツヤ、ヘッドアタッカーホノカ、絶対的守護神ムドー……彼らとも振り返ればいろいろあった。全員が、俺を信頼の目で見ている。
『さぁ望月君! 君の力を見せつけるんだ! 絶対王者霧谷のエースたるもの、全滅以外許されないぞ!』
さて。ここで一つ質問がある。みなさんの中で、頭の中に自分とは全く違う他人の声が響く人はいるだろうか。
俺にとって異常を異常と認識できない最たる例がこれだ。俺の頭の中では、毎日のようにゲーム実況者を名乗る人間の声が響いている。
最初のうちは違和感でしかなかったが、日常となればなんとやら。試合中に頭の中で叫ばれてももはや動じることはない。
『ジャンプボーーール!』
試合が始まった。ジャンプ力も、1年前と比べたら随分と向上した。相手のジャンプボーラーはボールに触れることもできず、ボールは自陣コートを跳ねる。
『さあ高速攻撃だ! いつも言ってる通り最初が肝心だぞう!』
「任せろ」
左肩の調子はすこぶる良い。手先の感覚も冴えわたっている。思い通りのプレーができそうだ。
外野の岡部も見る限りやる気十分である。思い切りパスしてこい、というジェスチャーが見える。そんなに言うなら、本気で行くぞ? 内野後ろから走り込み、本気でパス。投げる瞬間、お相手の守備がじりじりと小さく二歩、三人ほど下がっているのが見えた。
俺のパスに若干守備のラインが崩れている。岡部はアタックを打つものと思ったが、より確実にやるならばそれでもいいだろう。完全にアタックが来ると身構えている相手をあざ笑うかのように、俺の左肩上に素晴らしいパスが流れてきた。完全に来ると思っていたのだろう、反応が遅れている。彼の強面と豪快なフォームもあって、見事にパスで内野のラインを完全に崩して見せた。
『これは決まるね』
「ナイスパスだ」
そのままハンドキャッチしながら投球へと移り、左端の選手の左肩に命中。もう何千何万回とも繰り返してきた、慣れた動きだ。崩された守備の構えでそのコースに来たら取ることも避けることもできまい。そのままボールは誰もいない外野へと転がっていった。アウトになった選手は茫然している。
ボールが内野でも外野でもないところに落ちたことにより、ボールデッドでこのまま自チームのボール。
『そうだ望月くん! この試合、一度も攻撃機会を与えるな!』
頭の上にボールを掲げながら、頭の中ではなかなか無茶なことを叫んでいる。ミスなしでやれということだ。やれるだけやってみようか。
笛の音を聞き、ゆっくりと走り出す。相手内野陣が、今度はほぼ全員がじりじりと後退しているのがよく見えた。
「甘い」
『視聴者のみなさんもわかると思いますが、常河の内野陣はかなり望月岡部のコンビを恐れていますね。おそらくはひたすら躱してからの甘いボールないしミス待ちを基本戦術としたのでしょう。何人かアウトになるのは想定内といったところ、そこからエース一転狙い……要するに望月一転狙いの攻撃に移るでしょう。以前危なかった試合がそのパターンでしたから』
そのまま二人ほどアウトにした頃だ。1分以上、一貫して左を中心に攻めていたことによる油断、あるいはずっとボール支配権がこちらにあり高速パス回しを繰り返されたことによる疲れもあるか。アタックの可能性はほぼ切り捨ててしまったのだろう。我ながら完璧なノールック・逆クロス。アタックコースもタイミングも狙った選手もこの上ない。右端の選手に飛んで行ったボールは膝に当たり、まっすぐ前へと弾いていた。顔を歪めながら前のボールを眺めている。気持ちが明後日の方向を向いている守備陣など、容易に崩れる壁でしかない。
『いいぞ望月くん、内野がよく見えています。投げ方が直前までパスを出すときのそれに見えたのも油断を誘ったポイントでしょう』
動揺を隠せない守備陣に、畳みかけない選択肢はない。転がってきたボールをノールックでパス。全く足音もせず右サイドへと回り込んだ岡部に、常河の守備陣は反応できるわけもなく。
「オラァ!」
乱れに乱れた守備の列の一番近いところに、岡部はリリースのタイミングをワンテンポ遅らせながらアタックを放り込む。岡部の豪快なフォーム、2メートルもない距離に、相手守備は一か八か、ジャンプ避けの一手に出たようだ。
『ジャンプした相手が着地した瞬間足元に当てるの、読み勝ったという実感があって気持ちいいですよね』
はい、見事な着地狩り。ワンテンポ遅らせたのはこのためだ。宣言通り、開始2分は一度も相手にボールが渡ることがなかった。
これで9-4。相手の様子がよくわかる。中心メンバーのほとんどを失ったためか、すでに戦意のほとんどが消失している。そういう人間を狙った。
申し訳ないが、こうなった相手と対戦をしても面白みがない。速攻で行くことにしよう。
『どうでしたみなさん、今日の望月くんは! 全試合オートでこれです! やはり天性のドッジボールセンスが物言うんですよ、これ』
蓋を開けてみれば、決勝2試合とも10-0の圧勝。市長杯に優勝した。まぁ、これはほぼ調整みたいなものだけど。本当の戦いの場、全国大会まであと4か月。
「ったあー。勝てる気がしねえ。俺は36アウトに2回キャッチされ……今日のアウト率まさか100%か? リョーヤ」
スポーツドリンクをガブ飲みしながら、岡部は悔しそうに言った。今日は岡部とアウトにできた人数を競っていたのだ。アタックの撃ち得にならないよう、キャッチされたら-2点として。
「俺は今日の9試合で49アウトだな。キャッチはゼロ。まぁ、今日は一日通して調子よかったかも」
「何言ってやがる。時々神がかったようになるじゃねえかお前は。その時に比べたらまだ今日は人間だったぞ」
神がかり、なんと的を射た表現か。俺を操作している実況者、『プレイヤー』は、大事なゲームや場面になると俺から体の自由を奪う。その時の動きはまさしく神がかりと表現できるものだ。俺自身、まだその領域には到達していない。できそうもない。普段はオートプレイという名の、俺自身の動きである。
何故普段は俺に動きを任せているのか。アレの話を聞く分だと、経験値なるものが足りなくなってしまうから、らしい。自分ではない何かが無理やり動いているだけだから、という理屈だろうか。
『去年の全国大会では見事な結果を残しました。絶対王者、霧谷の絶対的支配者、望月涼夜。しかあし、今年の難度は去年のそれではありません!』
頭の中では、ハイテンションな声が何時にも増して興奮している。興奮しているところ悪いが、もうすぐチームでミーティングだ。ぞろぞろと、チームメンバーが集まってきている。
目の前のメンバーたちを見渡す。主将として、王者として、はっきりと、チームメイトに言わなくてはならない。
「素直に優勝したことは祝おう。だが、今回の結果を喜んではいない。全国大会優勝ははっきり言って現段階では難しい」
『彼らはまさに今、今覚醒しているのです! 天帝の神薙然り、真極のシンジケートコンビ然り! ハードモードが心を折りに来るのはここからです。いよいよターニングポイントです。はっきり言って、ここまでなら結構な方が来れるのです』
これからが、本当の戦いだということを。
「去年俺らが、あれだけ苦心して破った天帝中は、動画を見ての通り、もはや別チームだ」
『挑戦者が牙をむき出しにして襲ってきます。システムが殺しに来ます。真なる怪物が誕生します。アッハッハ! 楽しいのはここからですよ!』
「だが、俺たちは絶対に負けない」
負けない。そうだ、負けたくないんだ。俺は。以前までの俺だったら信じられないだろうね。
「我ら霧谷の伝説はここから始まるんだ」
心臓が震える。高揚感に身を任せるのはこんなにも気持ちいいのか。
これからだ。わたしの物語は、これからも続くのだ。
ここまでお読みいただきありがとうございました。