第6話 失恋と失言
聞き間違いか、と思いつつも訊き返すと、
「あれ」と絢瀬のほうも驚いたような顔でこちらに振り返り、「GW中に、失恋した……んじゃないんですか?」
「いや……そんな覚えはない……んだが?」
「え、でも……センパイ、すごい落ち込んでたじゃないですか」と怪訝そうに眉をひそめ、絢瀬はまじまじと見つめてくる。「てっきり、現実で失恋して『ラブリデイ』もできないくらいショックを受けちゃったのかと……」
ああ、そういえば……さっき、 『GW中に何かありました?』って、絢瀬は神妙な面持ちで訊いてきたんだよな。まるで、全てを知っているかのような、確信を感じさせる雰囲気を漂わせて……。
まさか、あれは……俺がGW中に失恋した、と思って――!?
「違う、違う!」慌てて、俺は手を横に振る。「まだ失恋とかはない!」
つい、『まだ』とか言ってしまった……と自分で凹みつつも、「告ってもいないし」とぼそっと言い添えた。
「そう……なんですか」
まだ半信半疑といった様子で絢瀬はぼんやりと相槌打って、「それなら良かった」とどことなく申し訳なさそうに微苦笑を浮かべた。
「GW中、ずっと気になってたんで」
「ずっと、て……まさか、『訊きたいことがある』て今朝呼び出したのも……」
「はい。もし、失恋してたら、今ごろ落ち込んでるんじゃないか……て心配で。とりあえず、直接会って様子をうかがってみようかと……」
な……なんだろう、この絶妙に複雑な気分は。そんなに心配してもらって有難いような、情けないような。
だって……そこまで心配させてしまうほど、失恋しそうだと思われてた、てことだよな。
それって、どうなんだ?
素直に「ありがとう」と言う気にもなれず、渋面を浮かべて黙り込んでいると、
「だって、香月さんのこと好きになったのってあの合コンから……ですよね?」と、さらりと長い黒髪を耳にかけながら、絢瀬は遠慮がちに訊いてきた。「好きな人いたら、そもそも、合コンなんて行かないだろうし。香月さん、合コンに来た時、センパイと会うのは久しぶりなんだ、て言ってたし。再会して気持ちが盛り上がっちゃった感じ……なんでしょう?」
「いや……まあ、うん……そう……なのかな」
細かいことを言えば……少し違う。
あのとき、香月が俺に『久しぶり』と言ったのは、男の姿で会うのが久しぶり、という意味で、別に気持ちが盛り上がるほどの劇的な再会をしたわけではない。確かに、あの合コンの日から俺は香月を好きだと思うようになったわけだが、それは『自覚した』ってだけで、きっと、もっと前から香月に対して特別な感情を抱いていたんだと思う――なんて……もちろん、恥ずかしすぎて絢瀬に語れるわけもなく。
俺は曖昧な返事ではぐらかすことに徹した。
そんな俺を気にする風もなく、絢瀬は思いつめたような至極真剣な表情で前を見つめ、「だから」と呟くように続ける。
「そんなのつらすぎる、て思ったんです。せっかく再会して好きになったのに、一週間も経たずに失恋なんて……」
失恋――その言葉に、つい、乾いた笑いが漏れる。そう何度もはっきりと口にされてしまうと、胸に突き刺さってくるものがあるな。
「さすがに、そんなハードスケジュールで失恋はしてないわ」たまらず、俺は冗談っぽくそう口を挟み、「てか……合コンのとき、そんな心配にさせるほど脈無しに見えたんだな」
はは、と情けなく笑って、自虐めいた弱音のようなものをポロリとこぼした。
そのときだった。
「あ、違います! そうじゃなくて」と絢瀬は慌てた様子でこちらに振り返り、「センパイと香月さんが帰ったあと、日比谷くんがGW中には香月さんを口説き落とせそうだ、て鏑木くんに話してるのが聞こえちゃって心配になっただけで――」
夢中――まさにその言葉がよく当てはまる鬼気迫る勢いでそこまで言って、絢瀬はハッとして口を噤んだ。
しんと辺りは静まり返って、待ってました、と言わんばかりに予鈴が鳴り始めていた。もううんざりするほどに何度となく聞いてきたはずのチャイムの音色が、このときばかりはやけに厳かに重々しく頭の中に響き渡るようだった。
みるみるうちに顔色を失っていく絢瀬の顔を呆然と見つめながら、
「護が……なんて?」
無意識に、俺はそう訊ねていた。




