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第11話 望み

「ま……護に……?」

 

 思いもしないところから矢が飛んでいて、胸を貫かれたような、そんな感じだった。期待に膨らんでいた胸に大穴が開いて、一気に萎んでいくような……。

 呆然としていると、香月は「あれ」とでも言いたげに目を瞬かせ、


「護とカブちゃん、まだホッケーやってるんだって。そういう話は護としなかった?」

「それは……聞いたけど」


 四谷ハーデス……だったか。高校生から社会人までのチームで、二人とも須加寺アイスアリーナでまだホッケーやってる、て確かに聞いた。でも、俺が聞いたのはそれだけじゃなくて――だからこそ、勘ぐってしまう。


「俺のこと誘う、て……護には言ってあんのか?」

「言ってないけど……なんで?」と、香月は怪訝そうに眉根を寄せた。「護と……仲直り、したんだよね?」

「したけど……なんつーか……」


 なんと聞けばいいのやら。こんなとき、気の利いた言い回しでさりげなく探れるほど、俺は器用じゃない。どう聞いても失敗して、取り乱す未来しか見えない。

 口ごもっていると、香月はやんわりと気遣うような笑みを浮かべ、


「その日の氷上練習、七時半からなんだって。だから、その前に一緒に夕飯食べよう、てさっき、LIMEきたんだ。きっと、カブちゃんも誘ってるだろうし……久しぶりに、皆でご飯食べながらゆっくり話せたらな、て思って」

「夕飯って……」


 思わず、呆れ返ったような声が溢れていた。

 確信して、愕然とする。

 いや。もう勘ぐる必要もない。明らかだ。やっぱ……それ、デートの誘いだろ!?

 行けるわけがない。行っていいわけがない。護がそこにカブちゃんを誘ってるとも思えないし、たとえ、誘ったとしてもカブちゃんだって来るわけない。

 俺もカブちゃんも知ってるんだ。護が香月のこと好きだ、て。だから――友達が好きな子を夕飯に誘ったんだ、て分かったら……。

 膝の上でぐっと拳を握りしめ、


「俺は……やめとくわ」と歪めた口元から絞り出すようにして、俺は答えていた。「次の日、学校だし」


 焦りなのか、不安なのか。それとも、嘘を吐いている後ろめたさからなのか。何かに追い立てられているかのように、心臓が激しく鼓動を打ち鳴らしていた。


「そっか」と答える香月は見るからにしゅんとして、はっきりと落胆の色が見えた。「そう……だよね」


 カタン、と香月はスマホの画面を伏せるようにしてカウンターに置き、じっと俯いて黙り込んでしまった。

 香月には珍しいくらい、あからさまに表情を曇らせて……そんな横顔を横目で見つめて、なんで護なんだ――て、まだ未練がましく思ってしまう。

 どうでもいい奴だったら……構うことなく香月と一緒に行って、邪魔してやろう、なんて思えたかもしれない。そしたら、『皆で』夕飯だって食べに行けた。香月をこんなにがっかりさせずに済んだのに――。


 ようやく……なんだもんな。きっと、香月はよっぽど楽しみにしていたんだろう。

 ようやく、俺らに女だってことを明かせて、気兼ねなく皆と『香月』として会えるようになった。俺と護も仲直りできて……そりゃ、皆で飯食って、昔みたいに須加寺アイスアリーナでわいわいやりたかったよな。

 ずっと、心待ちにしていたんだと思うんだ。あのころから、ずっと……。

 そう思ったら、自分の浅ましい欲求なんてどうでもいい、と思えてしまった。そんなことより、香月の望みを叶えてやりたい、て思ってしまって……。


「あとは、ヨシキだけだな」


 気づけば、そう切り出していた。

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