第10話 誘い
ミリヤ先輩……?
ぽくぽくぽくと木魚でも鳴っているような気分になった。ええっと……としばらく思考が停止して、
「あ……!」
ハッと思い出すなり、ぞっと背筋が凍りつくようだった。
そうだ。絢瀬、香月のことを『ラブリデイ』のミリヤンに似てる、て香月の目の前で言って――。
つまり、香月にはもうバレてる、てことか。俺と絢瀬が『カレシ仲間』だって……!?
「いや……違うぞ!?」
「何が?」
慌てふためく俺を冷静に見つめ、香月は小首を傾げる。
何が、と言われると……。確かに、俺は何を否定しようとしたんだ? てか、香月はどこまで知ってるんだ? 保健室の件やら、ダブルデートのことやら……恥ずかしすぎるあれこれ全部、絢瀬にもう詳しく聞いているのか?
下手なことも言えずに閉口する俺に、「びっくりしたよ」と香月はクスリと笑った。
「皆、『ラブリデイ』やってるんだね」
「み……みんな……?」
「絢瀬さんもだし、カブちゃんも知ってたし、あと護もやってるんでしょ?」
「へ……!?」
思わず、俺はぎくりとして固まった。
「ま……マモル……とは?」
「護もやってるんでしょ」と至極当然のように香月は訊いてくる。「『ラブリデイ』の話が出た途端、すごく慌ててたもんね。ツバサちゃんって……『ラブリデイ』のカノジョなのかな」
護……もうバレバレだぞ!?
「さあ……どうだろう」
はは、と乾いた笑いをこぼして、俺は逃げるように視線を逸らした。居た堪れなさすぎて、ごまかすように「のどがかわくなあ」とアイスティーを飲む。
「私が知らないだけで、周りでもやってる人たくさんいるのかな」
「さあ……」
「結構、流行ってるんだね」
「一部地域にな」
「もしかして……やってないの私だけとか?」
「それはない」
「学校で『ラブリデイ』やってる人が見つかった――て、絢瀬さん?」
「ああ……」
ぼんやり答えてから、ハッとする。
今、何を聞かれた……?
咄嗟に振り返ると、
「やっぱり、偶然……とかじゃなかったんだ」
口元を隠すように頬杖ついて、香月はくぐもった声で呟いた。
ぼうっと窓の外を見つめる眼差しは冷たく、その口調は突き放すようで……嫌味っぽくさえ聞こえた。
そういえば、この前、一緒に映画を見に行ったとき、学校で絢瀬と会ったことを話そうとして、ついでに『カレシ仲間』になったことも香月に言おうと思ったんだよな。でも、香月が絢瀬を俺の初恋の相手だとか言い出すから、恥ずかしくなって……はぐらかしたんだ。それからずっと、絢瀬と『カレシ仲間』だということを隠してきて――今、それを俺はうっかり自分でバラしたのか!?
隠してた上に、不意打ちでボロ出したような明かし方して……さすがに、あり得ないだろ。
順番が逆だし、手遅れな感じもするが――俺は居住い正し、改まって「ごめん」と謝った。
「あのとき、全部言おうと思ったんだけど、お前に『初恋相手』だとか言われて恥ずかしくなって……思わず、隠した」
「そっか」
短く相槌打つだけで、香月はマグカップを唇まで運び、キャラメルなんとかを一口飲んだ。怒っている風でもないし、理解を示してくれている感じでもない。まるで素っ気なくて、逆に怖いくらいだった。
それどころか。
静かにマグカップをカウンターに置くと、
「そういえばさ」と香月は急に明るい表情で振り返り、あっさりと話を変えた。「護と仲直りできたんだね」
「え……」
いきなりだな、と戸惑いつつ、俺は「ああ」と頷いた。
護から……合コンの間に聞いたのかな。ずっと、二人で話してたもんな。
「良かったね」
目を細め、心から安堵したように微笑む香月は、まるで自分のことのように嬉しそうで……見ているだけで、心の奥がぽっと温まる感じがする。
そういえば、香月にも相談してたもんな。護に謝りたい、て。
「もう殴り込みに行く必要なくなっちゃったね」
悪戯っぽく笑って言う香月に、降参でもするような気分で「そうだな」と俺は鼻で笑っていた。
男同士は拳で語り合ったほうが早い――とか、前にも言ってたけど、いったいどこで学んだんだか。
呆れつつも、そんなところもやっぱり可愛く思えてしまって……合コンで目にした倉田くんの顔が、ふいに脳裏をよぎった。
梢さんに「ねー?」と声をかけられただけで、高校球児らしい日に焼けた顔を今にも蕩けてしまいそうなほどに綻ばせ、「ねー!」とすっかり骨抜きで応えていた倉田くん。そのデレデレ具合に呆然としたものだが。きっと、今の俺も大して変わらないんだろうな、と思った。
そんなとき、
「それで……なんだけどね」と、香月は言いづらそうに切り出し、スマホを取り出した。「来週からGWでしょ。私は親と優希兄ちゃんと旅行に行くんだけど……最後の日は帰ってきてるんだ。八日の月曜日」
この流れは……とそれだけで胸が高鳴ってそわそわとしてしまう。単純というか、アホというか。倉田くんより重症だな、なんて思っていると、
「もし、夜、暇だったら、陸太も一緒にどうかな? 実は――氷上練習を観に来てほしい、て護に誘われたんだ」
スマホを両手にぎゅっと持ち、香月はどことなく緊張したような硬い表情で、おずおずと訊いてきた。




