第6話 下心
なんで? なんで、このタイミングで肉まん?
あまりにも唐突で。きょとんとしていると、
「カブちゃんの肉まんアタック思い出したら、食べたくなっちゃった」
悪戯っぽく、香月はにっと笑って言った。
「ああ……なるほど」
思いの外、浅い理由……だったが、納得できてしまった。
あるよな、そういうこと。言われてみれば、俺も肉まん食べたくなってきた。
でも――いいのか、て疑問がどこからともなく湧いてくる。
心の奥底から冷静な声が呼びかけてくるような……。ずっと、閉じ込めていた良心……みたいなものが、語りかけてくるみたいに。
「肉まん以外でもいいんだ。陸太は何食べたい? もしかして、お腹空いていない?」
ぼんやりとしていたからだろうか、香月が遠慮がちに訊ねてきた。
俺は「いや……」とだけ言って答えに詰まった。
そういう問題じゃない。
別に肉まんだろうが、なんだろうがいい。腹が減っていようが、なかろうが。香月と一緒にいられるなら、なんだっていい。――それは、もう純粋な友情とは違くて。もっと、利己的な欲情で。香月を独り占めにしたいとか……自分のものにしたいとか。きっと、下心というべきもので。そんな気持ちが胸の奥に潜んでいることを自覚すれば自覚するほど、躊躇う。
だって――ちょうど、この場所だったんだ。香月が初恋で、再会してからも気になってた――そう包み隠さず護が俺に語ってくれたのは。そんな護に、香月はただの友達だ、て俺は嘘吐いた。
まだ自覚してなかったから、なんて言い訳だよな。俺は護を騙して香月に興味が無いフリして、仮病使って香月を連れ出した。その上、このまま二人きりで出かけようなんて。そんな卑怯なこと、いいわけない。
護にも、香月にも、フェアじゃねぇよな。
「てかさ、香月」ぐっと拳を握りしめ、俺は顔に無理やり笑みを貼り付けるようにして切り出した。「さっきも言ったけど……俺、仮病だから。別に、体調悪いわけじゃないんだ。だから、やっぱ香月まで帰ることねぇよ。騙して連れ出したみたいで……お前にも皆にも悪いし。だから、お前だけでも、皆のとこ戻って――」
「なんで」
喉が裂かれそうな思いで放った俺の言葉をあっさりあしらい、香月は不服そうに眉を顰めた。
「私は陸太に会いに合コン来たんだ。だから、陸太が帰るなら帰る」
「は……」
その答えはあまりにもシンプルで。まるで子供のわがままのようにまっすぐで。呆気なかった。
でも……それなのに。
ずっとモヤモヤとしていた胸の内がすっと晴れ渡ったようだった。
合コンを香月と抜け出してから、知らず知らずの内に蓄積していた罪悪感が、香月のたった一言でふっと煙のように消えてしまったようだった。
肩透かしでも食らったような気分で呆然としていると、香月はため息交じりに苦笑して、
「また……『俺のせいで』とか考えてた?」
「え……いや……」
「大丈夫だよ。私、陸太が思ってるほど……いい友達じゃないから」
自嘲ぎみに呟いた香月の言葉に、あ――と、思い出す。
そういえば、壁ドンしてきたときにも、言ってたな。俺が思っているほど、香月は『いい友達』じゃないんだ……て。
あのときは、俺もテンパってて、よく分からないまま、流してしまったけど……。
「いい友達じゃないって……」
「私は私で好きなことしてるだけ――てこと」と、どこか切なげに答え、香月は気遣うような眼差しで俺を見つめてきた。「だから、陸太も遠慮しないで。好きにしていいんだよ」
好きにしてって――。
言われて、ハッとした。
今まで、考えてもみなかった疑問が唐突に浮かぶ。
そうだ。俺はどうしたいんだろう――て。これから……香月とどうしていきたいんだ?
「とりあえず」香月は気を取り直すように腰に手をあてがって、くすりと笑った。「肉まんはどうする?」




