第14話 閃き
「え、なに……?」
誰も動かず凍りついた場で、一人、キョロキョロと辺りを見回すカブちゃん。護も俺も、もうそれ以上、言葉が出てこなかった。というか……何を言っていいのか、分からなかった。どういう体にすればいいのか、見当もつかなかったから。
全ては――香月次第で。
隠し通したいのか、それとも、もう絢瀬にもバラしてしまうのか。結局のところ、俺たちは香月の出方を待つしかなかった。
とはいえ、のんびり待てる余裕もないわけで。
「あのう……」いきなりとんでもない爆弾を放り投げられ、硬直していた絢瀬が、ようやく我に返ったように口を開いた。「カヅキくんが……女って……」
「え、『カヅキくん』!?」
ぎょっとするカブちゃん――に、げんなりとした様子でため息つく護。
「嘘……あれ……? セナちゃん、もしかして……知らなかった?」
みるみるうちにカブちゃんの顔が青ざめていく。どうやら、自分の失言にとうとう気づいたらしい。しかし……そうやって動揺している姿が、さらにその失言を裏付けてしまっているようなもので。
もう隠し通すという選択肢は無くなっていた。
絢瀬は目を見開いて、じっとこちらのほうを――香月を食い入るように見つめていた。
「もう少し、慎重に状況を見てから発言しろ」もう手遅れだと悟ったのだろう、苛立ちが滲んだ声で護がぼそっとカブちゃんを叱るのが聞こえた。「あんな格好してんだぞ。いろんな可能性が考えられるだろ」
「いや、あんな格好、て言われても。俺は香月の男の姿しか知らねぇもん。普段着だと思うだろ」
「あ……」
護は険しい表情で口ごもった。確かに――と、心の中で呟いているのがこっちまで聞こえてくるようだ。
そう……だよな。カブちゃんの言い分ももっともだ。
護は、前に一度、駅で学校帰りの香月と会っているし、俺だって女の香月を見ている。この姿が『男装』だと分かるのは、そうじゃない『本来の姿』を見ているからで。ついさっき、香月が女だと知ったカブちゃんに、「男装してるんだから察しろ」と文句を言うのは理不尽だ。八つ当たりにも近い。
かといって、どうすれば良かったのかも分からない。起こるべくして起こった事故のような気もするが。
まあ、済んでしまったことをごちゃごちゃ考えてももう仕方ない。それよりも、今は――とちらりと香月を見た。
思いつめた表情で俯いている……かと思いきや、香月はまっすぐに絢瀬を見つめ返していた。どこか緊張したような強張った表情を浮かべてはいるが、その眼差しにはなんの憂いも躊躇いもない。
そうして、「絢瀬さん」と澄み渡った声で言うと、
「騙してきて、ごめんね。でも……私は、今までもこれからも女だから。――よろしく」
よろしくって……どういう締めくくりだ?
しっくりくるような、こないような。さらりと言ってはいるけど、なんだろう、妙に刺々しいような……違和感が残る。雑ではないが、繊細さに欠けるというか。思わぬカミングアウトが続いて、さすがに香月も疲れてきているのだろうか。
相変わらず、辺りには壁を震わすような爆音が鳴り響いていたが、それすらも気にならなくなってしまうほどの居心地の悪い沈黙があってから、
「こんなことって、ありえます?」とぽつりと絢瀬が呟くように口火を切った。「皆の憧れの『カヅキ様』が、ショートヘアでスポーツ万能なクールなお姉様だった――なんて」
ん……? なんだ、その言い回しは?
ぞくりと嫌な予感が背筋を走り、ちろりと視線をやると、絢瀬はにんまりと怪しく微笑み、
「まるっきり、ミリヤンじゃないですかー!」
きゃあ、と歓喜の声を上げて、絢瀬は桃色に染まった両頬を押さえた。その瞳は、天体まるごと詰め込んだかのようにキラキラと輝き、一心に香月に向けられている。
「ミ……ミリヤン?」
まさかこんな反応が返ってくるとは思っていなかったのだろう。さっきとは一転、聞いたことないほど間の抜けた香月の声が隣からした。
するとすかさず、絢瀬は「はい!」と元気よく返事して、俺のほうを力強い眼差しで見てきた。
「似てると思いません!? 『ラブリデイ』のミリヤ先輩に!」
それこそ、爆弾が爆発したみたいな――一瞬にして爆上がりした絢瀬のテンションに圧倒されつつ、そういえば……とミリヤ先輩を思い浮かべた。
言われてみれば……だけど。雰囲気だけで言えば、似てる――のか?
「まあ、確かに……」
ぼんやりと呟いた声は、また、護のそれと重なっていた。
ほんと、今日で何度目だよ――と苦笑しかけて……。
え……? 護……!?
ぎょっとして見つめた先で、護もこちらを見ていた。爽やか好青年の顔は見るからに引きつっていき、だらだらと流れ落ちていく冷や汗さえも目に見えるようだった。
そのとき、あ――と唐突に閃いた。
「ツバサちゃんって……」
思わず零れ出たその名に、護は「陸太!」と裏返った声を上げるや、血相変えてズカズカこちらに向かってきた。
その動揺っぷりが何よりの証拠に思えた。
やっぱりそうか、とすぐに確信した。
さっき、カブちゃんと話していたツバサちゃんは、『ラブリデイ』の攻略可能キャラクターの一人。モナちゃんの同級生で、ボクっ娘の――。
「話がある!」俺の肩をがっしりと掴むと、護は見たことないほどに顔を赤くして、脅すような、懇願するような、そんな低い声で言った。「ちょっと表、出ろ」




