第8話 再会
って、え? 誰……!?
いきなり、抱きついてくるって……もしかして、お兄さん? 親戚の人? しかし――すっぽり男の胸の中に収まった香月は、俺に負けず劣らず、きょとんとしている。その横顔は困惑に染まって、今にも「誰ですか?」と言い出しそうだ。
でも、確かに、「香月」って呼んだし、知り合い……なんだよな? 変質者……てわけじゃなくて。「久しぶり」って言ってたし、香月が思い出せないだけ?
いや、それにしても……。
これっていいのか?
がっちりとした肩から伸びる太い腕。見るからに固そうな厚い胸板。格闘技か、ラグビーでもやってるのか。鎧のように纏った筋肉が、Tシャツ越しでも分かるようだった。そんな逞しい図体に香月を埋めるように抱き竦め、身動き取れないほどに身体を密着させ……心なしか、香月も苦しげに見えた。テーマパークの着ぐるみならまだしも。生身の男相手にそんな様を見せつけられて、気まずい――というより、気に入らない。胸が無性にざわめきたって、いてもたってもいられなくなって……。
「あ」とふいに、男がつぶやく声がした。「なんかいい匂いする」
その瞬間、全身を駆け巡る血が一気に沸き立ったようだった。かあっと頭のてっぺんまで熱くなって、反射的に俺は足を踏み出し、そいつの腕を掴むと、
「お前、何なん――」
「おい、何やってんだ!?」
俺が怒号を上げた瞬間、突然、張りのある声が飛んできた。
ハッとして振り返ると、
「離れろ、バカ! あとで後悔するぞ」
呆れ顔で現れたそいつに、俺は思わず、息を呑む。
さっぱりとした短髪がよく似合う、爽やかで精悍な顔立ち。香月に抱きついた男ほどではないにしろ、長身で肩幅が広く、無駄なく引き締まった体つきはバランスが良く、軸がしっかりとしている感じがする。面持ちや佇まいは聡明そうで落ち着いて――そんな雰囲気が漂う中で、ぱっちりとした目は愛嬌があって……昔のままだった。
呆然と見つめる先で、そいつはふいに俺のほうへ視線を向け、凛々しい眉を険しく顰めた。しばらくそうして俺をじっと見てから、
「陸太……か?」
その声はずっと低くなっていて、でも、芯のある頼もしい感じは記憶の中にあるそれと一緒だった。『来い』と何度も電話口で怒鳴ってきた、その声と……。
「久しぶり、だな」
少し唇を歪ませるようにして微笑む――気まずいときに見せる、そんな不器用な笑みも全然変わってない。
「護……」
間違いない、と確信するなり、その名前が口から溢れ出ていた。
日比谷護――小六の時の、俺らのキャプテンだ。
いつかは会いたいとは思っていたが……まさか、こんなところで出くわすなんて。
「え、陸太!?」と香月にくっついていた熊――のような男も、ばっとこちらに振り返り、「あ! 本当だ、面影あるわ! 眼鏡してるから分かんなかった。久しぶりだな〜!」
ようやく香月から離れたかと思えば、今度は俺の頭をわしゃわしゃと撫で回してくる。
いや、待て。
で、結局……誰なんだよ、こいつ!? 護の知り合いで、俺や香月を知ってるってことは――ヴァルキリーの奴ってことだろうけど。
髪をかき乱されながらも、そいつをじっと見上げて観察する。
俺なんてすっぽりと影で覆い隠してしまうほどの巨体。短い髪をツンツンと立たせて、彫りの深い顔立ちの中で切れ長の目が鋭い眼光を放っている。貫禄、とでも言えばいいのか。向かい合っているだけで圧倒されるような存在感があって、街中で出くわしていたら、そっと道を譲っていただろう、と思った。
その豪快な雰囲気や、サイボーグみたいな厳つい顔には、やっぱり覚えはない。ていうか、同じ高校生にも見えないんだが……まさか、コーチか?
「もしかして……」と、ふいにぼんやり言う香月の声が傍らでした。「カブちゃん……?」
「カブ……?」
カブちゃん……て。
その名にぽかんとしてから、俺は「え!?」と飛び退いた。
「お前、カブちゃん……!?」
すると、そいつは大きな体を小さく窄め、照れたように鼻をかいて笑った。その仕草は、確かに、記憶の中のそれと一致する。
ゴーリー(ゴールキーパー)だった鏑木太陽。カブちゃん。ぷくぷくとした丸っこい奴で、大福のようなほっぺたが印象的だった。穏やかで人懐っこくて、癒し系とでも言えばいいのか。恵比寿様を思わせる朗らかな笑みで、皆を和ましてくれていたものだが……なんで、サイボーグになってんの!?
「やっぱり、分かんなかったかー。ちょっとダイエットしたからなぁ」
「ちょっと……か!?」
もう悪の組織に改造でもされてそうなレベルなんだが。
「陸太も、変わったな。俺、護に言われるまで分かんなかったよ。昔はもっとやんちゃな感じだったもんなぁ」と、それでも――面構えも体格も別人のように変わっても――相変わらず、人の良さが滲み出るような笑みを浮かべ、カブちゃんはのんびりと言う。「もう四年だもんな。そりゃ、皆、変わるか」
「それにしても……カブちゃんは変わりすぎだけどな」
まだ、衝撃が残ってて。引きつり笑みでそう言うと、カブちゃんは、ははは、と大きく口を開けて笑った。そして、「でも」と思い出したように香月に顔を向き直し、
「カヅキは変わらないな〜! あのときのまま、順調に正統派イケメンに育ってくれて俺は嬉しいよ」と、香月の両肩をがっしりと掴むと、感極まったような声を上げた。「さっき、通路でお前を見かけて、間違いない、て思ったんだよ。こんなイケメン、そうそういないもんなぁ。護は、そんなわけない、て信じなくて、なかなか一緒に捜しに来てくれなかったんだけど」
あ……と、その瞬間、俺はとある事実を思い出す。
そういえば、いたな。俺の中で、この数週間の間に、ある意味、とんでもなく変わったやつが――。
「俺も護も男子高なんだけどさ、むさくるしい奴ばっかで。お前の有り難みを思い知る日々だよ」おいおいとカブちゃんは嘆かわしく泣きマネして見せて、「せっかくだから――もっかい、抱きしめていい?」
「いいよ」
さらっと答えた香月に、
「いいのかよ!?」
「ダメだろ!」
思わず、叫んだ声は、護の声と重なった。




