第7話 可愛い!?
「え」踏み出そうとした瞬間に話しかけられ、ぎくりとして凍りついたように俺は固まった。「な、なにが……?」
「部屋からここまで来る間。陸太、ずっと私の腕、掴んでた」
ふふっと香月は得意げに笑ってから、ちらりと自分の身体を見下ろした。
「やっぱり、男の格好のほうが触りやすかったりする?」
「いや……さあ」
思わず、曖昧にごまかしていた。
確かに。香月の言う通り、俺は香月の腕を掴んでここまで来た。とにかく、香月を部屋から連れ出さないと、と必死で。『カヅキ』の出現でパニクってたし、香月はすっとぼけて動こうともしないし、動揺と焦りで頭に血が上って何も考られなくて。気づけば、その腕を掴んで連れて来ていた――ていう、ただ、それだけの話で。他愛のない衝動だった。
でも、さっきは……。
ぶわっと顔が真っ赤に染まるのが自分でも分かって、慌てて香月から顔を逸らした。
そうだよ。俺、さっき……何しようとしてた!?
触りやすい……どころか。俺、香月を抱きしめようとかしてなかった――!?
「いろいろ、試していこうね。無理がない程度に」
動転している俺に気づいてもいないのだろう、香月は冗談っぽくそう言って、
「それで……いつか陸太が私に触れるようになったら、プール行きたい」
「は!?」
いきなり、何言い出した!?
「なんで、プール!?」とぎょっとして振り返ると、「だって」と香月は恥ずかしそうに頰を赤らめてムッとした。
「小学生のとき、私だけ、陸太たちとプール行けなかったから。さすがに海パンじゃバレると思って」
「いや……バレるとかいう問題じゃないだろ」
「あ、ちなみに」と、ぱあっと瞳を輝かせ、香月は思い出したように言う。「私、泳げないんだ」
「じゃあ、行く意味なくね!? てか、なんで、嬉しそうなんだよ!?」
「陸太、泳ぐの得意って言ってたから。教えてもらおうと思って」そこまで言うと、香月は懐かしむように目を細め、やんわりと微笑んだ。「ずっと――楽しみにしてたんだ」
その瞬間、全身に痺れるような感覚が走って、俺は堪らず、視線を逸らしていた。
まずい……。
さっき、はっきりと自覚してしまったあの衝動が、胸の奥でまた疼き出すのを感じていた。少しでも気を抜けば、すぐにでも身体を乗っ取られそうで。それを押さえ込むように、俺はぐっと拳を握りしめた。
おかしい。なんなんだよ。香月って、こんなに可愛かったっけ!?
カッコいい、とか、王子様みたいだ、とか……そんなことは何度も思ってきたけど、こんなのは初めてだ。いじけたり、ムキになったり、泣きそうになったり、甘えるようなこと言ってきたり……そうやって子供みたいに無防備に感情をさらけ出す彼女が、どうしようもなく可愛く思えて――。
「陸太、どうかした?」
ふいに、香月がそっと近寄る気配がして、背筋がぞくりとした。
と、そのときだった。
「やっぱカヅキだ!」
突然、壁を震わすような野太い声が辺りに響き渡って、ハッとして振り返ると、
「久しぶりだな!」
まるで、熊みたいな。恰幅のいい大柄の男が通路の角から飛び出してきて、がばっと躊躇なく香月に抱きついた。




