第7話 これから
「繊細って……」
どう受け止めればいいんだ。
嫌な気はしないが、嬉しくも……ないな。複雑だ。
「フィギュアの友達とのこと……心配してくれて、ありがとうございます」気を取り直すようにふうっと一息ついてから、絢瀬はぺこりと頭を下げた。「でも、大丈夫ですよ。その子達とは中学入ってから意気投合して、今では仲良しなので」
「あ……ああ、そうか」
そんなもん……か。女子は、そういうのが根深そうなイメージだったけど……。いざとなったら殴り合いで解決してしまいそうな男子のいざこざとは違って、末代まで祟られるような……?
「私がフィギュア辞める、てなったときに、その三人で最後の大会、見に来てくれたんです。彼女たちは中学入るときにもうフィギュアは辞めてたんで、同窓会みたいになって……流れで暴露大会みたいなのが始まって、皆で昔の話をしたんです。それで、知ったんですよね。この子たちも私と同じだったんだな、て……。練習しても成績出せなくてつらくて、そのどうしようもない気持ちを私にぶつけてたんだ、て」
ぼんやりと思い出すようにそう言ってから、絢瀬はどこか切なげな眼差しで俺を見つめ、
「話してみたら……分かり合えちゃったんですよね」
冗談っぽく「不覚にも」と言い添えて、困ったように、情けなく微笑んだ絢瀬に、胸がぐっと締め付けられた。
ああ、やっぱり……と無視できない想いがこみ上げてくるのを感じていた。
陸太の初恋の相手、だよね――いたずらっぽくそう言った香月の声が蘇って、つい、苦笑が溢れた。そんなわけねぇだろ、て今は力強く否定できる気がしなかった。
初恋かどうかまでは分からないけど、少なくとも、俺は絢瀬に憧れていたんだ。リンクの上で、誰よりも高く、迷いなく跳ぶその姿に……心が奮えるような力強さを感じて。
「絢瀬は……」と、観念したように力なく俺つぶやいていた。「やっぱ、強いよな」
「ええ!? なんですか、いきなり? 全然、強くないですよ!」
ぎょっとして絢瀬は首を横に振る。
「今はこうして平気そうに話せてますけど、いろいろ言われてた当時は、もうホント気にしまくってたんですから! クラブの皆が皆、私のこと嫌ってるんじゃないか、て人間不信みたいになって……本当に、フィギュア辞めよう、て思ったこともあったんです」
「でも、絢瀬は辞めなかったし……苦手だった奴らとも向き合って、ちゃんと話したんだろ。それは十分強いだろ」
俺は――と俯き、苦笑していた。
もし、あのとき、逃げずにいたらどうなっていたんだろう。絢瀬に話しかけて、もっとちゃんと知ろうとしていたら……何か変わっていたんだろうか。
まだ、ホッケーも続けてたのかな。女性恐怖症にもならなくて――香月は中学生になる前には、俺に女だって明かして……四年も俺のために嘘を吐き続けることもなかったんだよな。そしたら、ずっと一人で抱え込ませることもなくて、きっと嫌な思いもさせずに済んで――。
「もし、私が強くなれたんだとしたら、センパイのおかげです」
そんな絢瀬の言葉がいきなり転がってきて、俺はハッと我に返って顔を上げた。
「いや……それはさすがに言い過ぎ……!」
「そんなことないです。私がフィギュア続けられたのも、笠原先輩の一言があったからだし。あれからずっと、センパイの言葉に支えてもらってたんですよ」
恥ずかしげもなくさらりとそう言うと、絢瀬は責めるようにジト目で俺を睨んできた。
「それなのに……センパイ、ある日突然、ヴァルキリー抜けて、いなくなっちゃうんですもん。ずっと、後悔してたんです。なんで、会えるうちに話しかけなかったんだろう、て。いろいろ伝えたかったこともあったのに……何も言えずにお別れになっちゃって……」
「あ、いや……それは……」
言えるわけがない。汗臭いから会いたくない、て君に言われたかと思って、ホッケー辞めたんだ……なんて。
情けないだけじゃない。きっと、絢瀬は責任を感じてしまうだろう。ただの俺の勘違いだった、てのに……。
頰を引きつらせて乾いた笑いでごまかしていると、「でも」と絢瀬はゆっくりと呟くように言い、
「こうしてまた出会えたから。これから……たくさん話せますね、センパイ」
ほんのりと頰を赤らめ、恥じらうように――まるで、昔みたいに笑った。