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第7話 すれ違い

「へ……は……!?」

 

 なんの……話だ? そんなこと、言った?

 覚えてない。覚えてない……けども。すぐに否定する気にはなれなかった。

 言ってたとしてもおかしくない、と思ってしまった。実際、そんなふうに思っていたことは覚えているから。『妖精』の跳ぶ姿を、いつまででも見ていたい、とそう思ってしまうほど俺は好きだった。


「着替え終わって帰ろうとしたとき、ヴァルキリーの子達がリンクの外でフィギュア(わたしたち)のことを話しているのを偶然、聞いてしまったんです」おどおどと視線を泳がせながら、『妖精』はまるで言い訳でもするように早口で続けた。「その中にセンパイも居て、私のこと……すごく褒めてくれてて。他のヴァルキリーの子たちがセンパイのこと『リクタ』て呼んでたから……それで、あとで名前とかポジションとかいろいろ調べちゃいました」

「はあ」と生返事しか出てこない。


 つまり……どういうこと? それで、なんで、俺はここに呼び出されたんだ? 褒めてたから、なんなんだ?


「えっと、本当は、リンクの上で言いたかったんですけど……もうこの勢いで言っちゃいますね」


 すうっと息を吸って、何やら気合いを入れている様子の『妖精』は、ただならぬ気迫が漂っていて、俺は思わず後退ってしまった。

 待って。いや、ほんと怖いんだけど。なにを言おうとしてんの? 知ったような口で褒めたのが気に障ったとか……? 確かに、フィギュアの採点ルールもよく分からず、見たままにキレイだな、とか言っちゃってたんだけど。

 戦々恐々、震え上がる俺をよそに、『妖精』はきっと凛々しく表情を引き締め、おもむろに口を開いた。


「私……こっちのフィギュアクラブに移ってきてから、調子が出なかったんです。スランプ、て言うんですかね。うまく跳べなくなっちゃって……それなのに、気づいたら『氷の妖精』なんて呼ばれて騒がれるようになってて。実力も伴ってないのに、評判だけ一人歩きしてるみたいな……それが、結構キツかったんです。そのうち、クラブでも『可愛いだけ』とか『演技は大したことないのに』とか陰で言われるようになって……自信、失くしてたんです」


 そんな……と言いかけた。

 そんなことがあったのか? いつ……!?

 全然、知らなかった。少なくとも、俺たち……ホッケーの連中で『妖精』を悪く言うような奴はいなかったし、俺の目から見れば『妖精』はいつでも自信満々で氷上でキラキラ輝いていた。だからこそ、あの笑みに――『がんばってくださいね』て言われるたびに、俺も励まされていたんだ。


「そんなとき……」と、ふいに『妖精』は表情を和らげて、ぽつりと言った。「『絢瀬セナは一番、キレイに跳ぶ』て、センパイが言っているのを聞いたんです。すごく嬉しくて……それだけで、頑張ろう、て気持ちになれちゃいました。他の人が陰でなんと言おうが、私はセンパイのその言葉を信じて跳ぼう、て……そう思ったら、楽になれたんです。結局、中学に入ってから、いい成績も残せなくて、家の経済的にもきつくなって、辞めちゃったんですけど。――でも、辞めるまで、ずっとセンパイのその言葉を思い出して励まされてたから。だから、お礼を言いたかったんです」


 つまり……どういうこと? お礼……? そのために、ダブルデートなんて嘘吐いて、俺をここまで呼び出したってことか?

 そんなの……ただの律儀な子じゃないか!?

 どうなってんだ? 俺の恐れていた『妖精』と違いすぎる。これじゃ、まるで――。


「そういえば、センパイとはリンクで交代するときにすれ違うだけだったから……こうして向かい合うのは初めてですよね」


 言われてみたら……そうだ。

 ハッとして見つめる先で、『妖精』はふっと微笑んだ。「ようやく()()()……気がします」と頰を赤らめ、はにかんだように浮かべたその笑みを、俺はよく知っていた。それは、俺の記憶にある『妖精』そのもの――白い肌を上気させ、『がんばってくださいね』て、すれ違いざまに言ってくれた()()()そのものだった。郷愁なんて言葉が生ぬるく感じるほどの、デジャブに近い衝撃だった。あの日のリンクに佇んでいるような……タイムスリップでもしたみたいな、そんな気分だった。


「あのときは、話しかける勇気もなくて……すれ違いざまに一言声をかけるだけで精一杯だったから」と『妖精』は視線を落とし、今度はぎこちなく微笑んだ。「練習のあとにセンパイとすれ違うときなんて、汗臭い、とか思われてたらどうしよう、て本気で悩んだりしてたんですよ。できれば練習前に会いたいなーて、いつも思ってました」

「え――」


 今、なんて言った……?

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