第4話 待ち合わせ
ぎくりとして、俺はとっさに顔を背ける。
いやいやいや……絆されるな。ダメ――だろ?
確かに、俺も周りに『ラブリデイ』をやってる友達がいない。遊佐はいつもバカにしてくるし、唯一、モナちゃんと話してくれてたカヅキは……。
そこで――はたりと、思考が止まった。
冷や水をぶっかけられたような……そんな感じだった。
カヅキのことが脳裏をよぎり、待ってる――て、寂しげに言ったあの声が頭の中に響いた。
動揺が一瞬にして収まっていた。代わりに波のように押し寄せる罪悪感に、押し潰されそうになる。
何をやってるんだ、俺は……。こんなとこで、『妖精』と揉めてる場合なのかよ。
考えさせて……なんてカヅキに言っておいて、結局、俺はなにも考えられてない。ぼうっとして土日が過ぎ去っていた。今も、どうしたらいいのか、さっぱり分からないんだ。カヅキとの関係を、これから自分がどうしたいのか全然見えてこない。やっぱ、俺は――。
「やっぱり――男のフリするような奴は、赦せませんか?」
いきなり胸をナイフで貫かれたようだった。
ぞわっと言い知れぬ焦燥感がどこからともなくこみ上げて、
「そういうわけじゃない!」
とっさに振り返り、廊下に響き渡る大声で叫んでいた。
ハッと我に返ったときには、そこには驚いたように目を丸くする『妖精』がいて……脳みそまで茹で上がるみたいに顔が熱くなった。
しまった……俺、今、カヅキのことを考えてて……。
「よかった〜」と『妖精』はほっと安堵したように力の抜けた笑みを浮かべた。「笠原先輩、ずっと浮かない顔してるから……もしかして、私が男のフリして『カレシ』やってるのが気に入らないのかな〜、なんて心配になっちゃいました。ゲーム上、仕方がないとはいえ……ミリヤンを騙してることには変わりないですから。怒られても仕方ないかな、と覚悟はしてたんですけど……安心しました」
「あ、いや……」
「さっそくですけど、今日の放課後は空いてますか?」
明らかに手応えを感じたように、キラッと瞳を輝かせ、『妖精』は間合いを詰めるようにぐっと迫ってきた。
眩いほどの爛々とした眼差しを『妖精』から向けられて、俺が正常でいられるわけもない。当然、「空いてない!」とかすっぱり言えるわけもなく、まずい、まずい、と頭の中で必死に叫ぶ声はしているのに、それに反して口は全く動かない。何か言わなければ、と焦れば焦るほど余計に頭がパニクって、その間にも『妖精』は興奮した様子でぐいぐい迫ってくる。
どうしよう……目眩がしてきた。吐きそう。
「スケート行きません!?」
「は……スケ……!?」
「須加寺アイスアリーナで滑りたいんです。笠原先輩と一緒に」
須加寺アイスアリーナ――。
渾身の力を振り絞り、誰が行くか! と言えれば良かったのに。その名前が虚しくなるほどに懐かしくて……俺は最後のチャンスを見事に逃した。
試合終了のブザーでも鳴るように辺りに予鈴が響き始め、『妖精』はハッとして「それじゃあ」と急かされるように身を翻した。
「放課後、五時に須加寺アイスアリーナで待ち合わせで。楽しみにしてますね!」
「は……え、いや……!?」
ちょっと待て――と口を挟む暇もなかった。羽根でも生えているかのような軽い身のこなしで階段を登っていく『妖精』の背を、俺は愕然と立ち尽くして見送った。




