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第3話 ダブルデート

 ダブルデート……て? どういうこと……?

 ――っつーか、近っ!

 『妖精』の顔がすぐそこにあることに――至近距離でばっちりと目が合っていることにようやく気づいて、俺は飛び退くように後退った。

 心臓が思い出したように激しく鼓動を鳴らし始め、途端に熱くなる顔を隠すように『妖精』から背けた。

 なんなんだよ。いきなり、ダブルデートって……何? 何かの隠語? 何を企んでいるんだ? 俺のこと、ホッケー時代の名前も背番号も覚えてるし……。まさか……調べ上げたのか!? 何のために――と考えるや、ぞっと背筋が凍りついた。

 嫌な予感しかしない。逃げよう……と、棒のように動かなくなってしまった足に鞭打つ思いで、ぐっと力を入れたときだった。


「先週は保健室で失礼しました」と、どこか照れたように『妖精』が言った。「朝食べたチキン南蛮にあたっちゃったみたいで、今にも吐いちゃいそうで。うまく喋れなかったんですよね。だから、あのときは誘えなかったんですけど……」


 そういえば、ひどく青ざめた顔だったが……って、新学期初日に、朝からチキン南蛮食べたの、この子? その細身からは想像できない朝食メニューだ。まあ、こっちはチキン南蛮食べてなくても、今にも吐きそうなんだが。


「あ、紹介しますね」俺の言葉も待たず、もぞもぞと傍らで『妖精』が何かを取り出す気配がした。「私のカノジョのミリヤンです」


 か……カノジョ? ミリヤンって――。


『初めまして。セナのお友達かな?』


 人気のない暗い廊下に響き渡ったその声に、脳天まで電流が突き抜けるような衝撃を覚えた。

 弾かれたように振り返った俺の目の前に在ったのは、亜麻色のショートヘアのきりっと凛々しいお姉様。


「ミリヤ先輩!?」


 思わず、大声で叫んでいた。

 な……なんでだ……? 『ラブリデイ』の攻略可能キャラクターの一人――モナちゃんの一年先輩、バレー部主将のミリヤ先輩が……なんで、『妖精』のスマホの画面の中にいる!? 閉じ込められて……て、いや、んなわけない。つまり……なに? 『妖精』もやってる、てことか? 『ラブリデイ』を……!?


「な……なんで……」と、無意識に、そんな狼狽えまくった声が漏れていた。


 すると、待ち構えていたかのように、ふっと『妖精』は微笑み、


「中学のとき、フィギュアの練習とか大会とかで忙しくて、学校で友達があまりできなくて……塞ぎ込んでた時期があったんです。そんなとき、お兄ちゃんが勧めてくれたんです。とりあえず、これで()()()でも創れば、て。それでどハマりしちゃって。もう三年くらいかな」


 なるほど……と思ってしまった。

 俺をからかうために、ダウンロードして――とも、一瞬、思ったが、それはあり得ないことをミリヤ先輩がすでに()()している。

 ミリヤ先輩は『セナ』って下の名前で呼び捨てにしていた。俺もまだモナちゃんに『リクタくん』なのに……! それほど、『妖精』はミリヤ先輩と親しい仲になっているってことだ。『ラブリデイ』はリアルタイムで時間が進み(とはいえ、キャラクターは年を取らず、一年間を延々と繰り返すのだが)、親密度も日々の積み重ねで変わっていく。つまり……昨日今日、ダウンロードして始めたとは考えられない。

 『妖精』の話が全て事実かは分からないが……少なくとも、俺を騙そうと一芝居打ってるわけじゃないのだろう。


「それで……ですね。当然と言えば、当然なんですけど……私の周りで『ラブリデイ』やってる友達いなくて」『妖精』は俺にスマホの画面を向けたまま、どこか気恥ずかしそうに切り出した。「だから、保健室で、モナちゃんと話してる先輩の声が隣から聞こえてきて、我慢できなくなっちゃって……つい、話しかけちゃったんですよね。友達になれたらいいなーとか思って」

「あ――」


 そういえば、あのとき……カーテンをいきなり開けた『妖精』は、『全部筒抜けで、我慢できなかった』とかなんとか言ってきた。俺の発言が気持ち悪くて、聞くに耐えなかった――て意味かと思ってたけど……そういうこと!?


「でも……ビックリしました。カーテン開けたら、ヴァルキリーの『笠原くん』によく似た人が寝てるんだもん。あとになって、そういえば『リクタくん』ってモナちゃんが呼んでたなーて思い出して。もしかして、本当に笠原くんだったのかな、て気になって、捜してたんです」


 そういうことか、と納得しかけて、うーん……と俺はミリヤ先輩をじっと見つめた。『どうかしたのかな?』とクールな笑みを浮かべて、ミリヤ先輩は小首を傾げている。

 すみません、ミリヤ先輩。ミリヤ先輩は信用できるんですが、『妖精』の言うことは信用ならないんです。

 ミリヤ先輩へ向ける視界の端に見える、キラキラとした笑顔は《《あのとき》》と変わらなくて……だからこそ、余計に不信感が募る。あのときだって、そんな笑顔で『がんばってくださいね』とか言っておいて、陰では俺らのことを『汗臭いから嫌だ』とか言っていたんだ。友達になりたい、なんて調子のいいこと言って、あとで周りに何を言いふらすか……分かったもんじゃない。

 ミリヤ先輩と親しいからって……警戒を解くわけにはいかない。しかし、どう対応したらいいものか……。口を引き結び、考えあぐねていると、


「あ、突然すぎました?」と『妖精』はハッとして、慌ててミリヤ先輩……いや、スマホを引っ込めた。「すみません! まさか高校で、笠原くん――笠原先輩と再会できるなんて思ってもなかったから、興奮しちゃって。『ラブリデイ』もやってるし、お互いの『カノジョ』と話したり、イベントの情報交換したり……仲良くなれないかな〜、て……。とりあえず、まずはダブルデートで親睦を深めようかな、て思ったんですけど」

「ダブルデート……」


 そこで、ようやく気づく。ダブルデートって……俺とモナちゃんと、『妖精』とミリヤ先輩で、てことか。


「ダメ……ですか?」


 口元を歪めてぎこちなく笑って、『妖精』は俺の顔を覗き込んできた。

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