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第1話 見ーつけた

「おはよう、笠原!」


 月曜日になって、登校するなり、昇降口で思わぬものを見た。

 いつにも増して艶やかに思える黒髪をさらりとなびかせ、眩くような笑顔を浮かべる遊佐だ。ガヤガヤと騒がしく行き交うブレザーの制服姿の生徒達の中、なぜか、朝から上機嫌で俺を待ち構えていた。


「なんだよ、遊佐」


 格好つけてるつもりなのか、下駄箱によりかかる遊佐を横目に、靴を履き替えながら俺は疑るように訊ねた。嫌な予感しかしない。


「いやー……土曜日の合コン、最高だったね」

「同じ合コン行った!?」


 ぎょっとして顔を上げ、大声を張り上げていた。

 土曜の合コンなんて、散々だったじゃねぇか。俺がぶち壊したようなもんで……。てっきり、朝、顔を合わせるなり文句を言われるとばかり思ってたのに。なんで、満足気なの、こいつ!?


「君のおかげだ、笠原くん」と、さらりと髪を掻きあげ、遊佐は殴りたくなるような《《したり》》顔を浮かべた。「あのあと、俺と倉田は、君たち二人の話をさかなに、菜乃ちゃんと舞衣ちゃんと大盛り上がり。デザートまで皆でおいしくいただいたんだ。連絡先まで交換しちゃって、実に有意義な時間になったよ」

「ああ……そう」


 俺がカヅキと公園で話し合っている間、とりあえず、他のメンバーは楽しい時間を過ごしたわけか。遊佐はどうでもいいが……他の皆(特にあの合コンをセッティングしてくれたらしい倉田くん)には申し訳ないと思っていたので、少し気が楽になった。「よかったな」とぼそっと言って、俺は遊佐の隣を通り過ぎた。


「お前は?」と俺の後を追いながら、遊佐が背後から訊いてきた。「あのあと、香月たんとうまくいったの?」

「香月たんとか言うな」


 なぜかイラっときて、振り返って睨みつけていた。


「え……嘘でしょ。もう彼氏面!?」

「そんなんじゃねぇよ。ふつーに気持ち悪ぃだろ、その呼び方」

「なにイラついてんだよ〜。もしかして、拗れたのか? なんで? いいじゃん、親友が美少女だったなんて最高じゃん」

「どこが……!?」


 ぐわっと噛み付かん勢いで遊佐に怒鳴りつけた――隣を、ちらりと怪訝そうにこちらを見ながら女子が二人、通り過ぎていく。ぎくりとして、俺はとっさに壁のほうへ体ごと向けていた。階段のほうへと二人が去っていく気配を背中で伺って、俺はふうっとため息ついた。


「お前は忙しいやつだな」と傍らで遊佐が呆れたように呟く。

「うるせぇな……朝は皆、忙しいだろ」

「なに、そのごまかし方。反応に困る完成度だな」


 朝の昇降口は一番混み合う。俺にとって鬼門だ。さっさと立ち去らないと。

 俺は遊佐を盾にしつつ、壁側をそそくさと身を縮めて歩き出した。そうして、階段に差し掛かったとき、

 

「まぁ……なぁ」ふいに、珍しく重々しい口調で遊佐が切り出した。「十年もあんな可愛い子を男だと思い込んで気づかなかったお前がバカだとは思うけど。ちょっとは同情するわ。男同士でしかできない話とかあるもんな。男だから信頼して話せることもあるわけじゃん。それも全部、聞かれてたわけだろ。顔合わせづらいってのはあるよな」

「男同士でしかできない話……?」


 なんのことだ? ピンとこない俺に、遊佐は「は!?」と目を見開いて振り返った。


「いや、一番最初に心配することじゃね!? エロい話だよ! 香月たんともそういうのもしちゃってたんだろ!?」

「あ……」


 二階まで登ったところで、突然、筋肉が硬直したかのように俺はガチリと固まった。

 しまった……と、そのときになって気づいた。カヅキが女だと分かり、親友を失ったようなショックに襲われ……全く、そこまで考えが及んでいなかった。

 そうだよ。そういえば、いろいろとカヅキに性癖もバラしまくっている。


「やば……」とゾッとして俺は頭を抱えた。「モナちゃんの惚気話……カヅキにしまくってた。この前も、モナちゃんの可愛さをカラオケボックスでマイク持って延々と熱く語って……!」

「うん。まあ、お前のそういうとこは男同士でも引くんだけどな。もう何度も言ってるけど」

「いや、でも、カヅキはモナちゃんとも仲良しだったし……」

「待て待て、怖い怖い! 仲良しってなに!? 香月たん、どうせ、お前に気を遣ってただけだからな? お前のために男のフリまでしてくれてた子なんだぞ。お前を傷つけまい、とそういう趣味にも付き合っててくれたんだろ」


 反論もできず、言葉に詰まった。

 いつもの遊佐の罵詈雑言……なのに。不覚にもぐさりと急所に突き刺さってしまった。容赦無く、的を射すぎだよ。

 俺に気を遣って、付き合ってくれた……か。やっぱ、結局、そういうことなんだよな――《《全部》》。ふっと自嘲のようなものが漏れていた。


「あ……おい」


 何も言い返さずに、黙って階段を登り始めた俺を不審に思ったのか、背後から戸惑う遊佐の声が聞こえてきた。

 しかし、これ以上、カヅキの話をする気にもなれない。無視して自分の足元見ながら、のそのそと階段を上っていると、


「――おい、笠原!」


 そう呼び止める遊佐の声は緊張したようなそれに変わっていて、「なんだよ?」と振り返った。

 すると、遊佐はいつも何か良からぬことを企んでいるようなその表情を、純粋無垢な子供のように輝かせ、俺より階段をさらに上がったほう――俺らの教室がある三階のほうを見上げていた。なんだ? とその視線を辿ろうと顔を前に向き直した瞬間、


「見―つけた」


 愛くるしく無邪気に弾む声が、鞠のように転がり落ちてきた。

 ぞくりと背筋が凍りつくような悪寒が走る。

 もはや確信に近い嫌な予感を胸に、おそるおそる階段の上へと視線を向けると、


「ずっと探してたんですよ〜」


 すらりと白く長い脚に、華奢な腰。そんなほっそりとした体に似合わぬ、ふっくらとした胸元。緩んだブラウスの襟から覗く白い肌は、廊下の窓から差し込む朝日を跳ね返して眩く輝くよう。まだあどけなさの残る顔立ちに、にんまりといたずらっぽい笑みを浮かべ、彼女は長い髪をさらりとなびかせ、まるで表彰台にでも立っているかのような――そんな堂々たる立ち姿で階段の一番上に佇んでいた。


「もうお身体、大丈夫ですか? せーんぱい」


 さあっと血の気が引いていくのを感じた。

 間違いない。そこで俺を見下ろしていたのは、この校舎に潜む『鬼』……じゃない。『氷の妖精』――絢瀬セナだった。

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