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第20話 答え

 は……? とぽかんとしてしまった。

 私じゃダメって……何が?

 まるで縋るような……そんな張り詰めた表情で、カヅキは俺を真剣に見つめていた。


「どこでも、触っていいから」


 頰を赤らめ、恥ずかしそうにしながらも、懇願するようにそんなことを言ってくるカヅキは、『王子様』の姿とはかけ離れていて……。そんなカヅキに俺は面食らってしまった。

 触っていいって――いきなり、なんなんだよ? しかも、こんな真昼間の公園で……。

 たじろぐ俺に構わず、カヅキはもう一押しとばかりにぐっと間合いを詰めて顔を寄せてきた。


「少しずつ触れていけば、慣れると思うんだ。だから、手伝わせて。陸太の女性恐怖症、私が治してあげる」


 見開かれた瞳はキラキラと輝き、力強い眼光をまっすぐに俺に浴びせてくる。試合に挑むときのそれみたいだな、て思ってしまった。気合い十分で、覚悟も感じさせて……それでいて、不安も垣間見える。

 懐かしい……と思うとともに、漠然とした寂しさに襲われた。

 目の前のカヅキは、たしかにカヅキだ。多少、印象は違っても、顔立ちも声も俺の知ってる親友そのものだ。小一のときにホッケークラブで出会って、それからずっと友達だった。ホッケーの試合でも、俺はセンターでカヅキはウイングで、息も合ってて、チームの得点源だった。中学に入ってからもたまに週末に遊んで、高校生になってもよく会ってた。女性恐怖症のことだって、誰よりも理解してくれて、気遣ってくれていたのはカヅキだ。俺が女絡みでパニックになると、たとえ電話越しだろうと落ち着かせてくれた。だから、今も――カヅキに電話したいと思っている自分がいる。『今日、合コンに行ったら、ずっと男だと思ってた友達が女だったんだよ、ありえなくね?』って……カヅキに相談したい、なんて思っているんだ。

 おかしいよな。目の前にいるのに……。


「陸太……この前、カラオケボックスで話したこと、覚えてる?」とカヅキは心配そうに眉を顰め、俺の顔を覗き込んできた。「陸太は、信用できる女の子と出会えればいいんじゃないか、て……」


 俺がハッとすると、それで十分答えになったのだろう、カヅキは覚悟を決めるようにきゅっと唇を閉めてから、ゆっくりと口を開いた。


「陸太は、そんな出会いは無理ゲーだって言ってたけど……私じゃ、だめ? その『信用できる女の子』、私はなれないかな? こうして話せてるし、触ったりするのも……私なら大丈夫じゃないかな、て思うんだ。だから、男じゃなくても……陸太の力になれると思うの」


 ああ――と、ようやく、話が繋がった気がした。

 覚えてる。カラオケボックスでカヅキに言われたんだよな。信用できる女の子を探せ、て。この子は信じて大丈夫だ、て俺が思える女の子が現れたら、きっと俺も変われる、て。女性恐怖症だって治るはずだ、て……。

 確かに……そうだ。俺はカヅキのことを誰よりも信用してる。でも――と苦い想いが胸の奥でうずまくのを感じた。

 カヅキが女だったと……その事実をようやく頭が理解すると、今度はどこからともなく滲み出てくるように心のうちに広がっていく何かがあった。どんなに事情を把握して、カヅキが男じゃなかったという事実を受け入れようとしても……それでも、カヅキがスカートを履いていることが不思議でならない。『私』という言葉が耳に慣れない。心許なげに俺を見つめる眼差しが落ち着かない。目の前に在る()()の姿に違和感しか覚えない。

 つまり、俺は――と悟ってしまった。


「私、なんでもする。陸太が、また触れてくれるなら――」

「俺は……『カヅキ』をきみだとは思えない」


 息巻くカヅキの言葉を遮るようにして、ぽろりとそんな『答え』が口から溢れでていた。

 その瞬間、凍りついたように青ざめるカヅキの顔を見て、しまった――と漠然と思った。たぶん、今、言っちゃいけないことを言った……と。

 思い出したように、徐々に鼓動が早まって、息苦しさが襲ってくる。

 今にも泣きそうな……初めて話しかけた()()()()みたいな潤んだ瞳がそこにあって、


「ごめん」と俺はたまらず、逃げるように視線を逸らしていた。「少し……考えさせて」


 何を考えるつもりなのか、自分でも分からなかった。でも、その場凌ぎみたいなそんな言葉にも「うん」とカヅキは落ち着いて返事した。

 懐かしいような……そんな楽しげな子供たちの声が響く中、


「待ってる」


 どこか寂しげな声でカヅキはそう言った。

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