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第16話 ごめん

 その瞬間、さっきのナノさんの言葉が脳裏をよぎって、思わず視線がカヅキの胸元に落ちていた。うっすら影が見えるかどうかの膨らみに、エイカップ――という暗号のようだったその言葉の謎が解けそうになった。

 まさか……って、いや!

 ない。ないない。あり得ねぇよ、と俺は自分に言い聞かせ、早まっていく鼓動を落ち着かせようとしていた。

 アレだよ。女子の人数が足りないから、女装させられたんだ。友達に頼まれて、女のフリしてるだけ。そうに決まってる。ナノさんたちも悪ノリして、俺をからかってるだけだ。エイカップだって、靴下か何か詰め込んでるだけだろ。

 なんでそんな格好してんだよ――て茶化してやろう。元から中性的な見た目なんだし、メイクでもすりゃ《《らしく》》なるよな。似合ってんじゃん、とか言ってやったら、うるさいな、て鬱陶しそうに返してくるはずだ。きっと、そうだ。

 だから、大丈夫だ――と、俺は拳を握りしめ、どこかすがる思いでカヅキを見つめた。


「カヅキ、お前がそんな格好してるからさ……遊佐がすっかり、お前のこと女だと信じ切って、美少女とか言ってるぞ」


 我ながらひどい棒読みだと思いつつ……はは、と必死に笑みを取り繕ってそう言った。すると、「うん」とカヅキはどこか諦めたような切ない笑みを浮かべ――、


「ごめん、陸太」

「は……?」


 ごめん、て……何?


「ずっと、嘘ついてて……ごめん」


 カヅキは短い髪をそっと耳にかけながら、今にも泣きそうな表情で俯いた。

 心臓に一突き。トドメを刺された気分だった。

 嘘って……なんだよ?

 だって、小一からの付き合いだぞ。もう十年だぞ。そんな長い間……ずっと――?

 ぞわっと痺れるような戦慄が背筋を走り、俺はガタンと大きな音を立てて立ち上がっていた。

 身体の中が焼けるように熱い。それなのに、極寒の地にいるみたいにガタガタと全身が震える。


「ちょっと……なに、これ?」隣で呆然と突っ立っていた倉田くんが、戸惑いの声を漏らした。「この空気、なんなの? 俺、櫻さんがAカップだってことしか把握できてないんだけど」

「倉田!」とビシッと鋭いナノさんの声が矢の如く飛んできた。「あんたはもう黙ってて。今、大事なところだから」

「いや……合コンは!?」


 心臓が激しく波打ち、その音が耳障りなほどにうるさく頭の中にまで響いてくる。

 ああ、ダメだ。目眩がしてきた。息が苦しい。吸っても吸っても酸素が肺まで入って来ない。このままここに居たら……たぶん、倒れる。


「悪い、遊佐」ふらつきながらも身を翻し、俺は遊佐の肩にぽんと手を置いた。「帰るわ」

「帰るって……!?」


 ぎょっとする遊佐を残し、俺はそのまま逃げるようにテーブルを離れた。


「待って、陸太!」


 背後からそう呼び止める声がした気がしたが、振り返る余裕もなく、俺は足早に出口へと向かった。

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